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プレゲーム第2回リプレイ「三日目/出港前夜」

プレゲーム第2回リプレイ「三日目/出港前夜」

●パーティ会場
 その男は、愛する人に触れる手つきで竿を操っていた。
 透明な海面が大きく揺れて、ぱしゃんと音を立てて20センチはある魚が釣り上げられた。
「釣りはいいねぇ」
 クリムゾンウェスト出身のハンター、シルヴァーノ・アシュリーは穏やかな表情で目を細める。
 島は平和で空気がうまい。日差しも風も穏やかで、できればここで数日骨休めをしたいくらいだ。
「んん?」  ふと、シルヴァーノは4尾目を魚籠に入れながら目を開く。透き通る海を透き通る肌の美人が泳いで近づいてくるのが見えたのだ。
 彼女が手に持っているのはちょっと綺麗で素晴らしく美味しい貝だ。焼いて良しアクセサリーにして女に贈って良しの一品。
「こんにちはっ」
 パシャッと勢いよく、ただし釣り人の邪魔にならないよう気をつけて紅鬼 雫は水面から上半身を出すと礼儀正しく挨拶。
 白い肌に張り付いた銀の髪が艶めかしく、人並みの自制心しか持たない男なら犯罪行為に走ったかもしれない。だが、シルヴァーノには愛する妻がいる。彼は零の持っている貝が何処で採れるのか聞いてみようと思っただけであった。
 一方、零の姿に奇妙な反応を示す女性がいる。
「ふう」
 リアルブルー出身のお嬢様にして飲食業経営者一族出身のメリエル=ファーリッツが心底うんざりした顔で立派なお胸を揺らす。
 女性用水着姿が似合っていてもメリエルの目はごまかせない。
「おととい来やがれですわ……ではなくてちょっと貸してくださいな」
 大型の貝を受け取りナイフで不要部を切り取る。そして醤油をベースにしたソースをかけて雫に返す。
 つるりと飲み込むと、貝の旨味が数倍に引き出され口から脳に突き抜けた。
「凄いね君!」
 満面の笑みを浮かべる美人の、男の子、に対しメリエルは慣れた手つきで魚を締めながら切ないため息をつく。
「できれば可愛い娘にそう言って欲しかったですわ」
 メリエルさん14歳。根っからの女の子好きである。
「この香り、ワサビと醤油か!」
 ハンターが駆けてきて海女(男)と釣り人と料理人の前で急停止する。
 使い込まれた防具に得物、鍛え抜かれた戦士の体はハンター以外には見えないけれども彼、淵東 茂はリアルブルーからの転移者でもあった。
「僕にも1つくれ……これ調味料な。使ってくれ」
 零はにっこり微笑むと、早速貝を茂に渡す。メリエルも壺を受け取るとソースを茂に差し出した。
 サルヴァトーレ・ロッソ以前に漂着した茂は懐かしい味を渡され何度もうなずく。
「うまいなぁ」

オルフェ

 ヴォイドにも孤独にも負けない男が、笑いながら一筋の涙をこぼした。
「淵東さん仕事中?!」
 クリムゾンウェスト出身のハンターの少年であるオルフェ(ka0290)が遠くから抗議しすぐに仕事に戻る。
「ごめんね。騒がしくして」
 オルフェは今、海岸から百メートルほど内陸でリアルブルー出身の民間人に食べられる森の幸を教え込んでいた。みな頭は悪くないのだけど野外経験が絶望的に足りていない。
「ん?」
 物音に振り向くオルフェ。がさりと茂みが揺れ、白目を剥いた鹿が現れた。
 悲鳴を上げて逃げ散る地球人。その背中を見て頭痛に耐えるオルフェ。その彼の前を獲物を運んできた槍使いハンターであるリアン・カーネイが軽く頭を下げて歩みを進める。
 言うまでもなく鹿は仕留め済みで血抜き済み。ついでに山菜も自然を壊さない範囲で集めている。
 サバイバルスキルを持つリアンにとってはこの程度は容易だ。体に負担をかけない早足で、バーベキューパーティーが開催される予定の場所を目指す。
 会場は遠くからでも分かるほど広い。料理用の机が10以上設置され釜も今あるものだけで20は越えている。
「お肉も野菜もどんどん持ってきて! 暇な人は手伝ってちょうだい!」
 辰川 陽子が大声で呼びかける。彼女の料理のため後ろにまとめた赤褐色の髪が大きく揺れた。
 それに応じてリアンが鹿を持ち上げる。
「解体の経験はないんだけどね」
 7歳の娘を娘を持つ三十路とはとうてい見えない若々しい笑みを浮かべて、陽子は肉切り包丁を構え、皮を剥ぎ内臓を取り骨から肉を外す。
 地球のスーパーに並んでいそうな肉になるまで時間はかからなかった。
「お手伝いさせてください」
 同じくリアルブルー出身のティーナ・ウェンライトが協力を申し出る。
 少し顔色の悪い、夫と娘を失った痛みに耐える気丈な女性だが、全く顔に出さないのは難しかった。
「助かるよ」
 陽子は意識してティーナの事情に触れず、おそらくティーナ以上に失ったものの多いリアンは平然とした顔で山菜を渡す。
「ありがとうございます」
 ティーナは軽く頭を下げて山菜をあく抜きのため鍋へ持っていく。途中、解体した後の鹿を見て顔を青くするよその子供に気づき、優しく微笑んで連れて行った。
 島のあちこちから集められた食材が彼女達の手で料理に変わっていき、腹を空かせた人々が徐々に集まってくる。
「火をつけるぞ―!」
 釜から火が上がる。網の上に大量の串が並べられていく。
 肉の脂や焼ける甘い香りと新鮮な野菜の香りが重なり合い、あちこちから生唾を飲み込む音が響いた。
 ロスヴィータ・ヴェルナーが一生懸命に串を並べいい感じに焼けたものは半回転させていく。
 強烈な熱が釜から吹き上がり金の髪を揺らす。
 見た目より過酷な労働だ。けれどコロニーからの脱出行で、父親を失うという過酷なストレスにさらされた彼女にとっては、良い気晴らしになっていた。
 でも、焼いても焼いても終わらない。
 串に刺され適度な味付けをされた肉と野菜が大皿1つにつき50から100積み上げられ、今も皿が増え続けている。
 料理担当の数は足りているのに釜が足りないのだ。
「待たせたなぁ!」
 分厚い鉄を打ち付ける音が近づいてくる。
 しばらくして、ラザラス・フォースター以下サルヴァトーレ・ロッソ整備員有志数名が半円筒状のバーベキューコンロを持って現れた。
「普段の打ち出しに比べればこんなんはお遊びさ」
 物資もエネルギーも貴重なので廃棄予定のパーツを金槌で叩いただけの品だけれど、今日いっぱい使うくらいなら問題は無い。
 コンロに炭が入れられ火がつけられる。大量の肉と野菜が網の上で焼かれ匂いが広がっていく。
 ロスヴィータは最初に焼けた串を皿にとり整備員の元へ運ぶ。
「どうぞ。差し入れです」
「肉だ―っ」
 熱烈な歓声が響いた。
「酒が欲しくなるな」
「ロッソに戻ったら仕事だぜ。飲める訳ないだろ」
「俺は白い飯がいいな……って何だこりゃ」
 バーベキューではない、炊きたてご飯でもない、しかしそれと同レベルに食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。
「あんたら今から仕事なんだって? だったら俺のパン食っていってくれよ!」
 健康的な肌色のエルフ、ハル・シャイナーがにかりと笑う。
 いくつかのコンロの上にはいつの間にか鉄板が置かれ、ぷっくり柔らかく膨らんだパンが並べられている。
「うひょー!」
「ありがとよ。パーティ、楽しんでくれよな」
 整備員と入れ替わりに、大勢の客がパーティ会場に集まってきていた。

●サルヴァトーレ・ロッソ
 戦艦の中は静かだった。
 民間人だけでなく非番の軍人の多くもパーティに参加している。
 残っているのは艦の機能と安全を保つための最低限の人員のみ。
「あ」
 艦内厨房の1つ。乗員の夕食を担当している場所で、栂牟礼 千秋がこぼれた涙に小さな声を上げると、とっさに作業台から離れてハンカチで目元を覆う。
「止まらないよ」
 無意識に兄に助けを求めようとして、奥歯を噛みしめ耐える。彼女の兄はMIA(作戦行動中行方不明)だ。再会できる可能性は限りなく0に近い。
 千秋がいる区画から50メートル上方で、安藤・レブナント・御治郎は空腹を感じながら空を見上げていた。
 日没寸前の色合いが不安定かつ美しい。
「おうふ」
 あくびが出る。もっとも周囲に対する警戒は完璧で、近づく気配に気付き振り向いた時には武器に手をかけていた。
「君か」
 ほっと息を吐いて手を離す。
「どうだった?」
「CAMは使わせてもらえないみたいです」
 近付いて来る佐倉・桜の表情は苦痛に耐えているように見えた。
 桜は整備もできるCAMパイロットで、宇宙航行中は最も艦に必要な人材の1人のはずだった。
「大気圏内仕様へ変更する余裕も、そもそも燃料も足りないですから」
 地球あるいはその周辺宙域に戻るまで、彼女のCAM関連技能を活かせる場はないかもしれない。戻れるかどうかも分からない。
「誰かの命を護り続けたあの子たちがこのまま朽ちてしまうのは可哀想です」
「死を忘れず生きよ、だな。人であっても機体であっても」
 御治郎は照れたようにこほんと咳払い。意識して軽薄な笑みを浮かべて警備に引き継ぎを行った。
 そんな映画の1シーンに似た光景が展開されている右舷の反対側で、杜郷 零嗣がガラス玉じみた虚ろな目でつぶやいていた。
「異世界じゃなくて死後の世界じゃないかな」
 不気味に微笑み、さらに何事かを小声で呟く。
「ぶつぶつ……はい教官。幸福は俺の義務です」
 頭の中で恩師の激励がリピートしていなければ、海面に飛び込むまでもなく精神的に死んでいたかもしれない。
「あんたも仕事かい」
 わざと足音を立てて伊出陸雄がやって来る。
「セキュリティ違反だ! ZAP! ZAP……」
 空しくなって途中で止める零嗣。そんな彼の気持ちが解るのか、陸雄は無視して優しく語りかける
「色々あったよな」
 足を止め、水平線に消える太陽を見送る陸雄。
「最後の一人になっても、生きている限り戦い続けろ。隊長はそう言ってた。だから、戦い続けるさ。分隊も俺一人になっちまったしな」
 大きく息を吸って吐く。
 吐き終えたときには、弱気は完全に消えていた。
「俺も気分を切り替えなきゃなんだろうけど」
 零嗣がため息をつく。
「今日明日に事態が急変する訳でもないだろ。自分のペースでやりゃぁいいさ」
 男2人が別々の方向へ歩き出した頃、島から近づくボートが銃のスコープで捉えられていた。
 そのスコープを除く神楽坂 凜が伏射の姿勢のまま端末を取り出し単文を入力する。
 現地人2名と民間人2名がボートで接近中。武装無し。バーベキューの会場からの差し入れの可能性高。
 返信は凄まじく早かった。
 どうやら艦橋でも確認していたようで、余裕のある部署なら出迎えに行っていいらしい。皆極度のストレスから解放され娯楽に飢えているようだ。
「まったく」
 監視を放り出す訳にはいかない。
 凜は完璧に気配を消したまま、サルヴァトーレ・ロッソの甲板から島の監視を継続するのだった。

●パーティ!
 肉に火が通れば祭りの始まりだ。
 街や艦から持ち込まれたアルコールの封が開けられ飲み食いが始まる。
 ヴォイド相手に肩を並べて戦った者、直接相対することで互いが人間であることを実感した者、他様々に交流を持った者達がより繋がりを深めていく。
「皆様お待たせしました」
 金髪碧眼のオペラ歌手体型な女性が高らかに歌う。
「これよりリアルブルー、クリムゾンウェスト料理食べ比べ大食い大会を開始いたします。お残しは即失格ですので節度をもって参加してくださいね」
 アメルザ=エディエットが愛嬌たっぷりにウィンク。
 出身と性別を問わず喜びの歓声が響いた。
 なにせ体力に優れた軍人やハンターが多い。今は並みの大食い大会など軽々と食い尽くしてしまうほど食欲旺盛だ。
「さあさあ、この機会によく見ておくのだよ。これは王国田舎の料理。香草で包んで焼いた魚は非常に風味豊かで美味しいのだぞ! 遠慮せずどんどん食べてくれたまえ!」
 得意の薀蓄話を披露するクリムゾンウェスト人ハロルディン=ホープ。
 しかしまともに聞いているのは一部の料理人だけで、ほとんどの大食い大会参加者は単純すぎる味付けの魚を骨ごと食って完食し次の料理に移る。
「キノコを料理するときは気をつけるのだぞ。食べてはならんものが紛れ込んでいることが……」
 なおも続けるハロルディンに、ほうほうと興味深げにうなずくのはアメルザくらいだった。
「おじさん、ありがと?♪ これパパとママの分のお礼っ」
 リアルブルーのお子様、泉 染鞠が両手にそれぞれ特大串を持って倍近い身長の軍人に差し出す。
「おじっ……」
 実は10代の男が心に深い傷を負う。ロッソは国際色豊かなのでこういう勘違いもよく起きる。
「……あ、ありがとな。今度は親御さん達とはぐれるんじゃないぞ」
「うん!」

アーサー・ホーガン

 頭を下げる両親に挟まれ、泉は輝くような笑みを浮かべていた。
「おらぁ、この箸捌きについてこれるか!?」
 アーサー・ホーガン(ka0471)が近くのテーブルの皿を空にして隣のテーブルへ侵攻。
「なんのなんの。技無しで勝てると思ったか!」
 熟練らしいハンターが応戦する。鍛えた技と力と術のぶつかり合いは見ていて楽しくどんどん観客が集まってくる。まあやってるのは肉の取り合いなのだけれども。
「てめぇ、そりゃ俺の肉だぜ!」
 アーサーは健康な白い歯で分厚い鹿肉を食いちぎり次の皿に手を伸ばした。
 パーティ会場では大食い大会以外も開催されている。
 ロッソから運び込まれた甘味が数テーブルに並べられ女性陣の目を楽しませている。
「あれも、コレも……あう?迷うのですよ♪」
 エルフ耳を幸せそうに上下させているのはティオ・バルバディージョ。
 個数制限はないとはいえ乙女的に自主制限するしかない。ハンター業で消費しきれないと体についちゃうし。
 イチゴショートを小皿にとってもらって席に着く。
「あそこにはもっとあるのかなぁ」
 翡翠色の瞳のきらきら輝かせ、白と赤の宝石と戦艦を何度も見比べていた。
 その戦艦の中ではパーティ会場に負けない歓声がうまれていた。
「おしごと中ごめんなさい、お兄さんもお姉さんもチョコートどうぞなのですよ」
 クリムゾンウェストの少女、エミリア・チョコレートが大きなお盆を運んできた。
 厚めのマグに入っているのはだいたい彼女お手製のホットチョコレート。
 10になったばかりの彼女が一生懸命運んでいる様子はとても愛らしくて、勤務中なのに表情を緩めてしまう男女が続出していた。
「焼きたてをお持ちしました」
 地球出身者の御桜 茜が身分証と大きなお盆を提示する。
 串に刺さった肉からは甘そうな油が滲み、タレと絡まることでとんでもなく食欲をそそる。量も兵士十数人が腹一杯食えるだけある。
「有り難う」
「連絡したから勤務明けの連中がすぐに来るよ」
「うまそうだよなぁ。でも俺等の勤務明けまで残ってないよな」
 とほほと残念そうな顔になる軍人達の耳に、可愛らしい腹の音が届いた。
 茜はそっと視線をそらす。
 夢中になって用意した結果、自分で食べるのをすっかり忘れていた。
「すみませ?ん!」
 妙な空気を元気な声が吹き飛ばす。
「見学いいですか? こっち行っていいですか?」
 好奇心で目をぎらつかせたエルフのマリアンデールが、恐るべき押しの強さで外から入ってくる。

八島 陽

 兵士が止めれば素直に止まり、歩みが止まった分勢いを増して質問が連射された。
 サルヴァトーレ・ロッソの建造方法に維持手段、運用の仕方から対ヴォイド戦での有用性など、兵士が口にできる範囲で答えても止まらない。
「肝心なことはトマーゾ・アルキミア教授じゃないと分からないと思うぜ」
 追加の差し入れを持って来た八島 陽(ka1442)が口を挟む。
 工学系を学ぶ学生なのでこの艦がどれだけ飛び抜けた存在なのか嫌というほど分かっている。
「どこに?」
 マッドな気配をまき散らすマリアンデール。
「僕も知りたいよ。ほんとにどこにいるのだか」
 陽は携帯端末で夜の空を再生して、溜息をつく。地球で撮った空と、今日撮った空は違いすぎていたから。
 
 パーティ会場やパーティ会場と同じくらい賑やかなところはいくつもある。
 もっとも、そうでない場所も数多くある。
 ロッソの居住区もその1つだ。
「僕なんかが生き残って良かったのかな?」
 上村 晃樹は待合室のソファーに腰掛けペンダントをいじっていた。本来の持ち主は既にこの世にいない。
「なんて言ったら怒りそうだよね、姉さんは」
 壁に埋め込まれたディスプレイには、艦の外の景色が映し出されている。
「この場所なら、このクリムゾンウェストでなら……見つかるのかな? 僕の生きる意味が……」
 まだ、立ち上がる気力はなかった。
 見回りに来た白藤は、晃樹の姿を見て自分もネックレスを強く握っていたことに気づく。
 手を広げると、血の気が引き十字型の痣がついた掌が見えた。
「帰れるんやろか、元の……世界に」
 しく、しくと、心が削れる押し殺した泣き声が聞こえる。
 その声を聞いたおかげで、自分まで泣きそうになった白藤だったが、彼女は強く奥歯を噛んで泣き言を喉の奥へ押し込め、泣き声を頼りに廊下を歩く。
 人気のない居住区の隅で、血のついたアルバムを抱え込んだロン=マドックが泣いていた。
 ハレの席に持っていく訳にもいかず、かといって一時でも手放すことはできず、この場に止まっているのだろう。
「坊や、暖かくしとかんといかんよ」
 一度戻って毛布を運びロンの肩にかける。
「あり、がとう」
 痛々しく笑みを浮かべた少年に、白藤は気にするなと言い残して巡回を再開した。

●明日へ向かって
 大量に調達された肉は既に半分を切っている。
 腹がくちくなった、体力の有り余った若者が集まればすることは1つ。
 腕比べだ。
 ミズホ・A・Hの拳が夜の空気を切り裂いた。
 地球でのボクシングに近い一撃は桜澤 奈緒の頬を掠め、糸のように細い傷から艶めかしい赤が垂れた。
「ふっ」
 今度は奈緒の番だ。視線と腕を使ったフェイントからの蹴りが飛ぶ。
 地球の対人格闘会で練り上げられた技は、初見のミズホでは回避しきれない。
 両手を十字にして蹴りを受け止める。両腕の骨がきしみ、肩が悲鳴をあげた。
「やるわね」
「あなたこそ」
 地球のお嬢様と異世界のエルフが淑やかに笑う。
 奈緒はとっておきを繰り出そうとして、気づく。
「どうしてやりあってたのかしら」
 奈緒が喧嘩を仲裁する、喧嘩を聞きつけたミズホが乱入する、もともと喧嘩していた連中が逃げ出し奈緒が応戦してご覧の有様だ。
「相互理解のためですわ」
 ミズホはおほほとごまかしていた。
「悪い人では無いことはよくわかりましたわ」
 2人は堅い握手を交わし、いきなりしゃがみこむ。
 直前まで2人の頭があった場所を竹とんぼが貫通した。
「うおぉぉぉっ!」
「俺の、勝ちだぁっ!」
 童心に返って白熱するハンターが十数名、最低でも20代後半の野郎共が火を興す勢いで地球製玩具を回転させている。
「そこの方、大人げないことはしないでくださいな」
 魔宮 真夜が笑顔で見下ろす。
 怯えた民間人の子供達が、彼女の背後から恐る恐る顔を出していた。
「すみません」
「お、おう」
 歴戦のハンターは心底びびって恭しく玩具を差し出し、真夜が呆れの吐息と共に許しを与えた。
「ガキ共! 楽しいからって独占なんて小さい真似するなよ。ほらっ」
 魔宮 御影がケンケンパで、お手玉で、そして竹とんぼで子供の注意を引きつけ一緒に走り回る。
 内気な子供が興味を示したときには相手が怯えない絶妙な距離で巻き込んで、姉が始めた両世界友好の輪を子供限定ながら、急速に広げていく。
 ユーリアス・ラ・ムーナも輪に加わった1人だ。
 ツインテと触覚風前髪を揺らしながら、機導師らしい器用さでお手玉を4つ回しながら駆け、つまずいた。
「きゃっ」

桜憐 りりか

 宙で一回転して着地に成功する。
 が、お手玉は闇の中に消えかかり、誰かが運んでいたお盆に載って止まった。
 小柄なユーリアスより頭半分は低い桜憐 りりか(ka3748)が、お盆の上のお手玉を不思議そうに見つめ、こてんと首をかしげた。
「ごめんごめん」
 ボクエルフだよ?と尖った耳を動かす。
 りりかは何度も瞬きを繰り返し、そっとお盆を差し出した。
「どうぞなの…」
 ひたすら分厚い肉が3切れ、盛大に湯気をたてている。
 残念ながら箸も串もない。集めた食材が多すぎて尽きたらしかった。
 どうしようか悩む2人の横を、クラヴィ・グレイディが通る。
「一時はどうなるかと思ったけどどうにかなるもんだね?」
 今後どうなるにせよ、宇宙の藻屑やヴォイドに為す術無くやられる未来だけはない。今回の騒動で確信したクラディが鼻歌交じりで行きすぎ……る前に魅惑の肉に気付く。
 要領よく確保していた割り箸を2人に渡して1切れずつ分け合い、ごほんと咳払いしてから音頭をとる。
「いつか帰る時の為にも元気で無いとダメであります! なのでまずは」
 くわっと目を見開き肉を掲げ。
「食べるでありますよー!!」
「はい」
 りりかの脳裏に、前線で戦っている兄の事がよぎった。 (兄さま、どうか無事でいて欲しいの……)
 だが、今はクラヴィの言う通り、元気で無いといけないのだ。そう自分に言い聞かせ彼女は目の前の肉に集中。
「わーい!」
 一方、ユーリアスはすっかりこの状況を楽しんでいる。
 異なる世界の少女達が、元気よくお行儀よく焼き肉を食べる。
 とても甘くて、少しだけ大人の味がした。
 3人が再会を約してそれぞれの場所に戻っても宴は続き。
「げ、もう朝かよ」
「目が痛い?」
 肉を食い尽くし、酒を飲み尽くし、朝日に照らされた地球人とハンターはあくびをしながら片付けを行い、3人と同じように再会を約して帰路につくのだった。

担当:馬車猪
監修:稲田和夫
文責:フロンティアワークス

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