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プレゲーム第3回リプレイ「避難誘導、安全確保」

プレゲーム第3回リプレイ「避難誘導、安全確保」


 惑星間航行用戦略宇宙戦艦サルヴァトーレ・ロッソ内に潜り込んだ歪虚討伐は、別の騒動を引き起こす展開となっていた。
「……大丈夫そうなの」
 通路の角から首だけを出し、ウェスペル・ハーツが周囲の状況を伺っている。
 歪虚汚染の確認地域は、民間人が居住していた地域の近くであった。もし、歪虚が居住区内部へ発生すれば抵抗する術を持たない民間人は簡単にその命を奪われる事になる。
 その為、民間人を安全なブロックへ移動させる必要があった。
「……大丈夫ですなの」
 ウェスペルと共に周囲を警戒していたルーキフェル・ハーツが、ウェスペルと同じように反対側の通路から首だけ出して安全確認を行っている。
 民間人の移動経路にヴォイドが隠れている可能性も考えられる為、ハンター有志が移動通路の安全を確認しているのだ。万一、歪虚の姿を確認すれば、その場で排除行動へ移行する予定だ。
「若いの、安全確保はいいが……あまり突出するなよ」
 ガルクエイがぶっきらぼうに注意を促す。
 ハンターといってもサルヴァトーレ・ロッソ内部へ足を踏み入れる事が初めてのウェスペルとルーキフェルだ。戦艦内部としては親切な案内板が設置されているが、迷子にでもなれば歪虚と対峙しても仲間の支援は得られないかもしれない。
「その時は、俺が囮になります」
 ガルクエイの傍らで、翡翠 凍牙が呟く。
 元々、歪虚が出現した際には囮役を買って出るつもりだったのだ。自分が囮になって仲間が助かるのなら――そう考えていた翡翠だったが、ガルクエイは静かな口調で一喝する。
「そんな事……簡単に言うもんじゃねぇ」
 自分を犠牲にしても、仲間がそれを望むとは限らない。
 その犠牲が無駄になるような真似は、絶対にしてはならない。少なくとも課せられた軍務を全うするまでは……。
 軍人からの経験がそう言わせたのか、ガルクエイは翡翠へ視線を投げかける。
 翡翠はガルクエイへ返答するべき言葉が見当たらないまま、周囲の警戒を再開した。


 通路警備の面々が安全確保に 苦心している頃、別部隊も苦労を強いられていた。
「次はここか。
 いやー、安全確保も軍人さんの大事なお仕事だよね」
 ヴァン・H・アッシュは、仲間と共に次なる施設へ足を踏み入れた。
 元軍人でありながら、その口調は軍人らしくない。軍人以外のメンバーを引率する事から、できる限り堅くならないよう会話を心がけている為だ。
 しかし、その気遣いを知らないのか、仲間達は早々に施設のチェックを開始する。
「通気口や配管、ゴミ入れ等の基本設備正常起動もチェックして下さい」
 十 音子(ka0537)は仲間達に対してチェックすべき箇所を説明していた。
 通路の安全が確保された後、音子ら別部隊は施設の安全確認を行っていた。
 現在使用されていない左舷居住区へ民間人を避難させるに辺り、移動先施設の安全を確保する必要があった。民間人が移動した先にヴォイドが待ち構えていた、なんて悲劇は絶対に回避しなければならない。
「あいよ、安全確認はお任せあれ! まずは医療ユニットと倉庫をチェックだ」
 ケンジ・ヴィルターは、気合いを入れて安全確認を開始する。
 一口に民間人が移動してくると言っているが、1ブロック辺り300名程度の収納が可能なのだ。そこから考えれば避難する民間人の数はその数倍であり、整列をさせるにしても 一度に移動させようというのだ。
 中には怪我をした者がいると考えてもおかしくはないだろう。
「分かりました。歪虚を確認しましたら、早急に連絡願います」

八島 陽

 その傍らで、守原治希は音子とケンジの二人 へ無茶をしないよう強く促した。
 施設を稼働させた途端に歪虚が出現する可能性も捨てきれないのだ。民間人の前にチェックをしていたらヴォイドに攻撃をされる事も考慮して、十分なチェックを行わなければならない。
「……こちらの設備は問題ありません」
 八島 陽(ka1442)が設備のチェックが完了した事を報告する。
 元々墜落までは融合炉も動いていたのだから動力不足は発生していないはずだ。それを頭では理解しているのだが、施設の動作確認を怠らないのは工学系学生故なのだろうか。
「皆さん、真面目だねぇ?。ま、人の命を預かるようなもんなんだから当たり前か」
 仲間達の働きを目の当たりにしながら、ヴァンはそっと呟いた。


 通路、施設の安全確認に勤しむ仲間達だが、実は彼ら以外にもう一つ重要な任務を課せられた者達がいる。
 そして、この任務を果たす者達が一番の厄介者に対処しなければならない。
 そう。歪虚よりも、もっと厄介な相手――。
「放っておいて! もう私は生きていても仕方が無いんだから! 死んだ方がいいのよ!」
 避難民の中でルナの叫び声が木霊する。
 LH044で大切な者を失った悲しみを抱えるルナ。その心の傷が癒える前に、再び避難命令が下される。脳裏に蘇る悲劇の瞬間――ルナが自暴自棄になる事も無理はなかった。
 こうしたルナのように不安定な心理状態は、他の民間人でも起こっていた。
 避難命令という事は、再びヴォイドが襲ってくるのではないか。
 既にこの場所は歪虚に囲まれていて、自分の命も奪われるのではないか。
 もしかして、自分達は見捨てられようとしているのではないか。
 一度生まれた不安と疑念は、その者の心を蝕み続けてパニックを引き起こす。
 心理的プレッシャーをかけ続けられる民間人の心は、疲弊していたのだ。
「お腹が減るから怖くなるんだよ」
 タンポポはルナへカロリーブロックを差し出した。
 ルナは一瞬、動きを止める。
 儚げな雰囲気を持つ少女から差し出されるカロリーブロックを前に、自分が今まで何も食べていない事に気付かされたからだ。
 そこへ立派な髭を持つ豪快なヴォイスが姿を現す。
「どうした、何か不安でもあるのか?
 安心せい! 何があってもわしがおる!」
 胸をドンと叩いて見せるヴォイス。
 人は不安になれば、何かに助けを求める。
 他者に助けられて心の平穏を取り戻そうとする。
 ヴォイスのような頼り甲斐のある者なら、助けを請われて当然だろう。
「…………」
 それでも、ルナはその口を閉ざしたままだ。
 ヴォイスに助けを求めたい気持ちもある。
 しかし、先程まで自暴自棄になり死を仄めかしていたのだ。
 そう簡単に素直になれるものではない。
 その心の扉をミシェル・ローランドはそっと開く。
「……心配はいらない。何があっても護ってやるさ。
 怖いと思ったら、横を見てくれ。俺は必ずあんたの傍らいる。
 あんたの心は不安でいっぱいかもしれないが、あんたを護る存在だけは覚えておいてくれ」
 ミシェルはルナの手をそっと握りしめる。
 手から伝わる温もり。

 ――忘れていた。
 この温もりが、不安に塗れた心を洗い流してくれる。
 
 ルナは、僅かではあるが小さく首を縦に振った。
「では、お姫様をご案内しますね」
「え?」
 トリスターノがルナを抱き上げる。
 世に言うお姫様抱っこという奴だ。
 突然の出来事、それも周囲に多数の目がある状態にルナは戸惑いを隠せない。
「ちょ、ちょっと……」
「寝て起きたら、きっと素敵な朝が待っているよ。
 それとも……夢の中で俺と会いたいのかな?」
 お姫様抱っこのままルナを左舷の居住区へ運び始めるトリスターノ。
 腕の中で慌てるルナだったが、いつしかその心にあった不安は消え去っていた。


 民間人の避難誘導に携わる者達だが、苦労はこれだけではない。
 相手がルナのように説得に応じる者とは限らないからだ。
「ねぇ……ここも怖いのが来るの?」
 ロン=マドックが傍らに居た月森 雪奈に問いかける。
 子供は大人が思う以上に敏感だ。大人の不安を子供は早々に察知する。そして、その不安を心の中で何倍にも大きくする。そういう事を他者へ伝える術が不得手である事から、子供は不安を抱え続ける。
「知らない」
 冷たい、というよりも感情がない一言。
 ロンの問いに対する答えを雪奈は持ち合わせていない。
 答えようがないのだから仕方ない。
 その状況を察したロンの心が、ついに爆発する。
「……う、う、うわーーーんっ!」
 ついにロンは溜めていた涙を流し始めた。
 だが、雪奈の対応は変わらない。
「うるさい」
 雪奈は、再び感情が感じられない言葉を放つ。
 子供の中には泣いて気持ちをアピールする者もいるが、今はそれを察するだけの余裕ある大人も少ない。ましてやロンと2歳しか変わらない雪奈に求めるのは無理がある。
 結果的に子供は取り残されて、場合によって孤立する。
 心にできた大きな傷を治す事もできずに――。

クレール

「どうしたの、泣かないで……」
 泣いているロンを発見したクレール(ka0586)は、ロンの視線に合わせて中腰になった。
 突然現れた来訪者に小首を傾げる子供。
「あ、ちょっと待ってね」
 クレールは懐から一本の針金を取り出した。
「えーと、お名前を教えてくれる?」
「ロン。ロン=マドックだよ」
「そう、ロンね」
 クレールは手にしていた針金を細工して、ロンの名前を象ったバッチを作ってみせた。
 男の子が喜びそうな格好良いバッチを。
「あ! バッチだ!」
 ロンの顔に笑顔が戻る。
 先程の泣き顔からは想像もできない、屈託のない笑顔だ。
「いい笑顔ッス! ならこれもプレゼントするッス!」
 アルス・カナフィーは手にしていた風船を手早く細工して、一匹の子犬を産みだした。
 良く遊園地でピエロが作ってくれるような、風船の子犬。
 出来上がった子犬をそっと雪奈へ握らせる。 「ありがと」
 感謝の言葉を述べる雪奈。
 やはり無感動な印象を受ける。
 アルスは一瞬たじろいだが、戦闘に巻き込まれた経緯を考えれば簡単に心を癒やせる訳がない。今は下手に突っ込まない方が良いだろう。
「二人とも。
 大丈夫でありますよ。仲間もたくさんいるでありますからね」
 クラヴィ・グレイディがロンと雪奈の不安を和らげようと優しく話掛ける。
 持ち前の元気さで子供達に元気を分け与えようと率先して子供たちへと笑顔を向ける クラヴィ。
 ロンと雪奈もクラヴィの言葉に素直に従った。
「うん!」
「…………はい」
「じゃあ、ぼくの後について来てね!
 あ、あめ玉もあるから欲しかったら言ってね!」
 カルルはロンと雪奈へ一緒に避難するよう促した。
 民間人達の避難は着実に進んでいるようだ。


「敵、排除完了! このまま索敵を再開します!」
 発見した小型のヴォイドを排除した天駆 翔は、無線で仲間に状況を報告する。
 通路に時折出現するヴォイド を一体ずつ確実に排除していく。かなり地道な作業だが、ここで確実に仕留めなければ後から来る民間人を安全は守れない。
「ん?。予想通り通風口やダクトに入り込んで移動しているヴォイドがいるね?」
 木島 順平は通路に張り巡らされていたダクトに視線を送る。
 小型のヴォイドはその身体の小ささを利用してダクトや通風口を移動しているようだ。つまり、民間人の目的地にひょっこり姿を現す可能性もある。
「敵だけじゃねぇぞ。通路にある障害物はなるべく撤去だ。
 怪我されたら寝覚めも悪りーだろうがぃ」
 歪虚以外の物にも気を配る春咲 紫苑。
 民間人の中には子供や老人の存在もある。ヴォイドによる襲撃はなかったとしても、思わぬ形で怪我をする可能性もある。この為、危険がありそうな物は可能な限り撤去していた。
「こっちは大丈夫そうだよ?。
 さっき暗闇に歪虚がなくて良かった? 」
 おっとりした口調 で和泉 鏡花が報告する。
 木島が指摘した通り、ダクトへ入り込んでいるという事は暗闇にも潜んでいる恐れもある。懐中電灯で一箇所ずつ丁寧に歪虚の存在を確認していた。
「そうだな。安全、ってぇ思った事が油断って奴だったりするんだ。
 最後まで油断するんじゃねぇぞぉ」
 春咲が仲間へ再度注意を促す。
 自分達の後から来る民間人の安全は、自分達一人一人の双肩にかかっている。
 その事を自分に言い聞かせながら、細心の注意を払わなければならない。
 春咲は、その事を仲間へ伝える 。
「その通りだ。
 だが、安全を守るのは民間人だけじゃない。自分の身体の事も気遣ってやるんだ」
 蘇芳 陽向は仲間の身を案じていた。
 同期の仲間と通路の安全確保にあたっていたが、実際には蘇芳が一番の年上。
 年下の奴らに怪我なんかさせられない。
 その想いが、この中で誰よりも仲間の身を心配していたのだ。
「そうだね?。自分の身を犠牲にする前に、仲間へ助けを求めるんだよ?」
 のんびりな口調ながら、蘇芳に同意する木島。
 誰も傷付かない事が理想。
 その理想から外れる事無く、この任務を全うしたい。
 その場にいた者は、その事を心にしっかりと刻みつけた。


「皆さん、移動を開始します! こちらへいらしてください。
 こちらの通路は既に安全が確保されています」
 シンシア・ノームが民間人の誘導を開始する。
 以前は誰も言うことを聞いてくれずに誘導で苦労をしていた経験があるが、今回は仲間達が事前にメンタルケアを行った事もあって比較的誘導はスムーズに進んでいる。
 しかし、問題がない訳ではない。
「……痛っ!」
 誘導に従おうとしていた負傷者が、足の痛みに耐えながら立ち上がろうとしている。
 先の戦闘に巻き込まれた民間人の中には、怪我を負っている者も存在している。医療関係者が対応しているケースもあるが、避難するには少々困難が強いられるようだ。
「……おっと」
 負傷者の後ろにいた鳳雛が背中を支える。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。支えてもらって……」
「気にするな。私にはこれぐらいしかしてやれないのでな」
 民間人と共に避難しようとしていた鳳雛。
 誘導を担当している者と違って鳳雛自身は何か特別な事をやった訳ではない。
 今の自分にできる事はこの程度。何かに貢献できた事が少し嬉しかった。
「大丈夫、きっといいことあるって!」
 ルイーズ・ホーナルがすかさず負傷者に肩を貸す。
 不安を抱える民間人達に前向きな生き方を説いて回っていたルイーズ。
 負傷者を励ましながら、少しでも心の平穏を取り戻せるように尽力していた。
「では、行きますわよ。
 迷子にならないよう、手を繋いでくださいね」
 セラ・グレンフェルが先頭で民間人の案内を開始する。
 手を差し出しながら老人、子供の移動を優先させ、負傷者は周囲の民間人が避難を支援。
 皆がお互いを助けながら確実に避難行動を進めていく。
「私達がついているからね! 不安だったら……そうだ、歌を歌って元気づけてあげます」
 身の安全を確保するだけじゃない。
 少しでも不安を抱かないようにケアをしてあげる必要がある。
 セラは背後の集団を気遣いながら、左舷の居住区へ歩みを進めていく。


 同時刻、別の民間人が移動を開始していた。
「あの時を思い出して……訓練通り避難したから……こうしてちゃんと生き残れました……今回も同じです……さあ……訓練通りに整列と点呼!」
 アイゼリア・A・サザーランドは教師らしく民間人の整列に努めていた。
 列を作らせ、順番に移動させる。
 要介護者と子供には、元気な大人を一緒にして気遣えるように配慮を行っている。
「御老人と子供が一緒のペアから順に避難します。
 大人 が不安に感じると子供にも伝わります。時折、子供の表情を確認してあげて下さい」
 シシリーがアイゼリアの並ばせた列へ説明を繰り返していた。
 民間人同士が支え合わなければ避難どころではない。全員が無事に脱出するのであれば、民間人の協力も不可欠である。
 それでも、民間人の中には不安を打ち消せない者も存在する。
「本当に、大丈夫なのか?
 このままヴォイドに殺されるなんて事は……」
「心配なんていりませんよー。頼りになる仲間たちと一緒なんですから」
 持ち前の柔らかい雰囲気で、不安を持つ人を和ませるリンカ・ローゼンハイム。
 シシリーの言う通り大人が持つ不安は子供にも伝播しやすい。大人の不安を取り除いてやる事が子供のケアにも繋がるのだ。
「そんな事言ったって……」
「だから、大丈夫ですって。あそこにいるのは軍人さんなんですよ?」
 リンカが指差した先には黒田・ユニの姿があった。
 釣り目で勝ち気な少女であったが、先日の戦闘ではCAMを操り歪虚と対峙していた。
「安心して下さいね。皆の事は必ずお姉ちゃんが守ります」
「でも、あんたは負傷しているんだろう?」
「あはは、大丈夫。こんな怪我、痛くないですよ。軍人の身体は丈夫にできているんです」
 包帯が巻かれた胸を張るユニ。
 民間人の前で弱気な態度を見せる訳にはいかない。
 少しでも元気な姿を見せて民間人を全員退避させる。
 その想いがユニの身体を突き動かしていた。
「は?い、では先頭の方から移動しますよ?」
 絶妙なプロポーションを誇示するかのようにフィリア・フィルスが、民間人の先導を開始する。
 男性陣がその腰つきに視線が釘付けになってしまう見事なウォーキング。
 欲望丸出しの親父がフィリアの後をついて進まない訳がなかった。
「そこの人、ちゃんとついてきてね?」
「あ……は、はい……い、いや僕は……」
 フィリアに促され、ユーノ・ユティラは思わず反応してしまった。
 本当は避難誘導役を買って出ようとしたのだが、道に迷ってしまい民間人と勘違いされてしまっていた。
「う、あの……ありがとう、ございます?」
 しかも誘導するはずが、逆に誘導されてしまっている。
 どう反応して良いのか、ユーノは迷いながら歩き始めた。


「デカい船ね……誘導があっても不安は不安よね。
 そうだ、手を繋いで移動しましょ」
 ミルドレッド・V・リィは子供達の先導をしながら、周りの人と手を繋ぐようにお願いした。
 移動通路は安全が確保されているが、他の通路は歪虚が出現しないという保証はない。安全なルートから外れないように手を繋ぐようにしたという訳だ。
 時折、不安にならないよう故郷の童謡 を歌って子供達の不安を取り除いてやる事も忘れない。
「何処まで歩くの?」
 子供の一人が月野現へ話かけた。
 大人にすればそれ程の移動距離ではないが、子供の足では少々辛いかもしれない。
「大丈夫ですよ。もうすぐ着きます。着けばもう安心です」
 子供の視線にまで身を屈め、目を見て微笑みかける月野。
 この子だけじゃない。
 彼やミルドレッドと一緒に誘導される子供は、多かれ少なかれ不安を抱いている。
 月野も一人一人声をかけているが、不安を感じる子はなかなか減ってくれない。
「じゃあ、私と一緒に行きましょう」
 荷物を抱えていたロスヴィータ・ヴェルナーが不安げな表情の子に手を差し伸べた。
 子供に理解できるよう、できるだけゆっくりと話掛ける事を心がけていたロスヴィータ。
 戦争から逃れる子供。
 その多くが、心や体に傷を負っている。
 その子達すべてを救う事はできなくても、目の前で塞ぎ込んでいる子供に手を差し伸べてあげたい。
「…………うん」
 子供はロスヴィータの手をそっと握った。


 民間人の移動しつつあるブロックでは、最後の対応を行う者がいた。
「こっちは撤退確認完了、と」
 那月 蛍人が担当箇所の結果を仲間へ報告する。
 万が一逃げ遅れた者がいれば、手を取って避難させる心積もりだった。
 幸いにも今回は逃げ遅れた者はいないようだ。
 やはり先の戦いの記憶が民間人の心の中に渦巻いているからなのだろうか。
「なら、君で最後だ。名前は……」
「南条……南条日向」
 ぼんやりとした女性は、自らを南条と名乗った。
 那月が南条の存在に気付いたのは先程の事だ。他の民間人と違って誘導する者の 話を聞かず、壁にもたれかかっているのを発見したのだ。
「早くここを離れよう。ヴォイドが迫っているかもしれない」
「……ヴォイド…………ヴォイド!」
 途端に、南条は身体を震わせて耳を塞いだ。
 明らかに様子がおかしい。
「南条さん、大丈夫!? ここにヴォイドはいない。落ち着いて」
 ヴォイドがいない。
 その一言で南条の身体の震えが止まった。
(歪虚に対して何かをされたのか。いずれにしても早急なケアが必要そうだ)
 那月は南条の身を案じた。
 南条だけじゃない。他の民間人も同じような傷を負っているかもしれない。
 南条を連れて避難を開始しなければ――。
「こっちの確認も終わり……ん? まだ民間人がいたの?」
 那月と同じように逃げ遅れた者を確認していたトト・四ノ宮は、南条の存在に気付いた。
「ああ。彼女で最後だ」
「なら、左舷の居住区へ急ぐぞ。場合によっちゃあ、ここも戦場になるかもしれねぇしな」
 銃を構えて後方を警戒していた君島 防人が、三人へ撤退を促す。
 この場で複数の歪虚に襲撃されれば、いつまで持つか分からない。
 安全が確保されているうちに撤退を決断するのは自然な事だろう。
「そうだな。移動中も襲撃を警戒……急ごう」
 那月は南条の手を引いて足早にその場を去った。


「対象クリア」
 ルーファス・J・クラヴィスはサブマシンガンのマガジンを交換しながら周囲を警戒していた。
 間もなくここへ民間人がやってくる。それまでに紛れ込んだヴォイドを排除して安全を確保しなければならない。
「ヘザー、残りは?」
「付近に敵影ありません。それにしても無茶しますね」
 ヘザー・S・シトリンは索敵情報を伝えながらルーファスの身を案じた。
 時折、ルーファスが敵に向かって突撃するシーンがあった。幼馴染みの無茶にヘザーは何度も心臓が止まる思いだった。
「時間がない。多少の無茶も致し方ない」
「ま、責めても仕方ないでしょ。とりあえず歪虚は排除できたみたいだし、結果オーライだって」
 ロバート・ウィンダムが二人の間に割り込んだ。
 幼馴染みの会話 に割り込んでいるが、ロバートは一緒に歪虚と戦った中だからということで、遠慮する気はなかった。
「それにしてもこりゃすごいな! 異世界じゃ船の中に空を作れるってのかい」
「空は言い過ぎね。でも、こちらにはそうした大きな建物はないみたいね」
 ロバートの驚きにヘザーも反応してみせる。
 ロバートのクリムゾンウェストに住む者らしい反応がヘザーには面白かったようだ。
「そうだな。こんな大きなもんはなかなかないねぇ」
「……おい。お喋りはここまでだ」
「あ?」
 クールな佇まいでロバートを制するルーファス。
 思わず聞き返したロバートだったが、部屋を訪れる者達の存在が言葉の続きを掻き消した。
「はーい、皆さんこちらで待機して下さい」
「お姉さんがいれば、もう安心ですからねー。
 あ、怪我をされている方はこちらへ」
 クレメンティナとエリアス・トートセシャが民間人の集団を連れて部屋へ入ってきた。
 先程まで歪虚を排除していた三人は、民間人の姿を見て安堵していた。


「老人や子供はこちらの部屋へ。
 負傷者はこちらの部屋へ移動してもらって下さい」
 セレン・アズブラウは、次々と訪れる民間人の部屋割りを担当していた。
 ある程度は予見して準備を進めていたのだが、人手が少ない事が災いして誘導スタッフとの連携に齟齬が生じていた。結果的に一部情報が錯綜していたようだ。
「……はい、子供が中心の一団はこちらへ移動願います」
「了解。みんなー、こっちの部屋へ移動しよっか」

コルネ

日下 菜摘

 茅崎 颯はセレンの指示に従って子供を誘導する。
 部屋へ足を踏み入れるとコルネ(ka0207)が一言。
「お菓子や飴、クッキーもあるよ。食べたい人はこっちへおいでー」
 茅崎と同様に子供達を誘導していたコルネが、子供達に呼びかける。
 走り出す子供達にコルネも茅崎も、ほっと一安心。
 しかし、左舷居住区へ移動して終わりではない。
 サルヴァトーレ・ロッソ内の安全が確保できるまで、民間人のフォローが必要なのだ。少なくとも歪虚を完全に排除するまでは、この子達の不安を取り除かなければならない。

 別の部屋では悲鳴にも似た声が木霊していた。
「トリアージ赤の人からこっちへ運んで下さい! 急いで!」
 日下 菜摘(ka0881)は声を張り上げて看護兵へ指示を出す。
 無理な避難で傷口が開く民間人も存在していた。この為、左舷居住区へ到着した重傷者に対して治療行為が続けられていた。治療がスムーズに行えたのはセレンの部屋割りと日下の迅速な指示が大きい。
「……出血が止まらない。
 止血をお願い。輸血の準備も忘れないように看護兵へ伝えて」
「了解しました」
 治療行為を手伝っていた神崎翔太は、看護兵へ日下の指示を伝達する。
 医者の真似事などやったこともない。
 治療施設はあっても医療従事者が少ないのだ。ならば、手伝える事をするべきだと神崎は考えたようだ。
「あの……大丈夫ですよ、ね?」
 不安そうな患者が神崎に問いかけた。
 神崎は満面の笑みで答える。
「大丈夫ですよ。なんの心配ありません。
 任せておいてください」
 笑顔で患者を安心させる。
 今、神崎にできる最良の治療行為だ。

「避難は無事完了。負傷者の再治療はありましたが、歪虚による新たな負傷者はなし。十分な成果ですね」
 セレンは民間人のリストに目を落としながら呟いた。
 マニュアル通りに避難していれば、おそらくパニックが発生。そこへヴォイドが襲撃をかけて民間人に多くの被害が出ていただろう。ハンター達の活躍でそれが防げた事は大きな成果と言えるだろう。
「何もない事が成果ですか。報酬は民間人の感謝のみ、ですね」
 視線を上げたセレンの先には、茅崎とコルネに遊んで貰う子供達の顔。
 そこにはハンター達が守り抜いた最高の笑顔が浮かんでいた。

担当:まれのぞみ
監修:藤城とーま
文責:フロンティアワークス

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