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【転臨】

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ここに辿り着くまで、どれほどの時間がかかっただろう。
どれほどの涙が、血が、そして命が零れ落ちただろう。
……決して忘れてはならないのは、この勝利は多くの犠牲の上に成り立ったものである、ということだ。
改めて、総ての尊い犠牲に、心からの祈りを捧げよう。
だが、それでも俺は……此度のメフィスト討伐における騎士団とハンターの功績を大きく称えたい。
“俺たち”は……まだしばしやるべきことが残っているが、せめてお前たちだけでも、
今はゆっくり体を休めてほしい。

王国騎士団副長:エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)

更新情報(12月5日更新)

メフィストの討伐、そしてイスルダ島の奪還――その背景には多くの代償がありましたが、
ハンター達の尽力は大きな困難を乗り越え、グラズヘイム王国の悲願が遂に成就されました。

5ヵ月にも及ぶ【転臨】シナリオはこれにて終幕。
グランドシナリオの『その後』を描くエピローグノベル を、是非ご覧ください。
▼【転臨】グランドシナリオ「黄金の夜明け」▼
 
 

【転臨】エピローグノベル「異端審問、開会」(12月5日公開)

●歪虚の“心”

メフィスト

 はじまりは、暗い洞のなかだった。
 ある日に見たその光は、あまりの荘厳な美しさで私の心を振るわせた。燃え尽きた山の中、豊かな木々に遮られなくなって初めて見えた景色であったことが、ひどい皮肉であったと……今にして思う。
 あの日の願いは一つ。この美しき世界が、いつまでも変わらずつづきますように。
 ──ただ、それだけのはずだった。
「この美しい景色をも、壊すのか?」
 ──全く、馬鹿な人間が居たものだ。この男、“解っていて聞いたとしか思えない”。
 そうだ、壊せるはずがない。この景色は、あまりにも私の始まりに似すぎていた。ヘクス・シャルシェレット(kz0015)がそのうえでなお、この世界を最後の舞台に選んだというのなら。
『なるほど、我が王が執着するお気持ちも分かろうというものだ』
 目の前で昇りゆく陽光のなか、まるで光に解け行くように四肢が消失を開始している。
 ああ、口惜しい。惜しむ理由などいくつもあるが、根本的にはこの私の命自体が惜しまれるのではない。やるべき道の途上、世界を守れず死に行くことをこそ惜しいと思うのだ。
 それでも、"あの日、山の中でただただ人を呪うだけの自分"で終わらなかったことを誇りに思おう。そうあれたことに感謝をしよう。
 それでも、だ。決定的に惜しまれることがもう一つある。
『ああ、我が王……“メフィスト”は、先に参ります』
 ただの化け蜘蛛に名を与え、強い力で迷える私の道行きを指し示したかけがえのない主──我らが傲慢の王、イヴ。誰より美しく、誰より誇り高く、そして誰よりも孤独な王。
 彼に多くのものを残すことが出来なかった。
 彼の望む世界を、見せて差し上げることが出来なかった。
 人間に心を殺され一つの生を終えようとしていた私に、第二の生をあたえくださった。そのご恩に、報いることが出来なかった。それでも、この黄金の光を前にこそ強く思うのだ。この光は、私にとっての彼そのものを髣髴とさせるから。
『……我が身、我が心は、いつまでも──貴方様のお傍に』

●光のその先は

セルゲン

ミカ・コバライネン

クローディオ・シャール

エリオット・ヴァレンタイン

 体組織は端々から黒い燐光と化して消え行くなか、蜘蛛の中心に行くにつれその“黒”は色を失ゆき、やがて心臓部に達しようという頃には“白”い光を放つようになっていた。
 足を失い大地に横たわった大きな蜘蛛は、地平から昇り行く陽の光を見つめながら静かにその“生”を終えたのだった。
「……こいつがここまで“人間”を憎む理由は、最後までわからずじまいだったが」
 目の前で、最後に解けた白く大きな光。それが空へと還る光景を見上げながら、セルゲン(ka6612)は先ほどの出来事を思った。
「あいつは俺を殺すことが出来たのに、そうはしなかった。それを“他者を軽んじる傲慢”だという向きもあるが……」
 なぜかは解らないが、素直にそうとは思えなかった。そこに介在したのは傲慢ではなく、彼の感情の本質なのではないか、と青年は眉を寄せてうつむく。視線を落とし、手のひらをみつめながら、自らが何者であるかを分かった上で、改めて自問自答を繰り返す。
「ま、そう深く考えなくていいんじゃないか。ひとまず状況終了のようだしな」
 ミカ・コバライネン(ka0340)が顎で示す先、どうやら北方でも最後の抜け殻である人型との戦闘が終了したらしい。……だが少し、様子がおかしい。
「どうやら、ヘクス氏が倒れているようだな。何かあったんだろうか」
 他意なく、見たままの事実を述べたクローディオ・シャール(ka0030)の言葉を耳にした瞬間、眼前の大蜘蛛の末路とこの戦域の状況把握に努めていたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)がようやくあちら事態に気付き、突然北方をめがけて駆け出した。
「隊長、私たちはこのあと……」
 ここにいて待機なのか、それとも北方へ合流なのか、あるいは状況終了にともない“蜘蛛を捕らえるための檻”からどう脱出すればよいのか。何の話も聞いていない。手を伸ばそうにもすでにエリオットはかなり遠くへと離れてしまっている。
「あちらさん、確かに多少不穏な空気っぽいな。だけど、それにしたって……お前さんのところの騎士長サン、随分余裕がねえなぁ」
 くわえたタバコを少し弄びながら、ミカがこぼした。そこまで深刻さを滲ませたつもりはなかったのだが、残念なことに相手が悪かった。
「余裕がない……? 確かに、これまで隊長が指示もなく現場を放り出すなどということは、今までになかった。まさか、あちらで何かが……!」
 言うが早いか、クローディオまで駆け出し、つられるようにして生存していた黒の騎士たちが北方へと向かってゆく。
「……やれやれ、生真面目なことだ」
 紫煙を一つ、ため息混じりに吐き出しながら、ミカは体力の限界にともなってその場にどかりと腰を下ろす。
「どーみたって、もうこの世界、“ほどけはじめてる”のに、なぁ?」
 黙っててもすぐ後に強制的に同じ場所へ戻されるようだし、わざわざ100メートル走なんてごめんだ。笑いながら、寝そべった草の上は魔術世界と思えぬほどに心地がいい。
 ああ、なんだ。──本当に、“召喚”してるんだな、これ。
 広がる美しい夜明けの光に、激戦を終え疲れ果てた身を任せ、ミカはやや重たく感じられる瞼をそっと閉ざしたのだった。



 その瞬間、光が溢れた。

 世界の終わりと、始まりの瞬間だった。
 1000年前の世界は、あの日あのままの美しさであの場所に残された。
 いま、"私たちの世界"がここに再び始まったのだ。
 ハンターと騎士からなる王国連合軍が眩い光から目を覚ましたとき、そこには再び寂れた古の塔最上階が広がっていた。

ヘクス・シャルシェレット

リリティア・オルベール

八島 陽

誠堂 匠

 気付けば先ほど意識を飛ばしていたヘクス・シャルシェレットはフロアの最奥にある小さな玉座に腰をかけており、その周囲には少なくはない血液が垂れていることに気付く。リリティア・オルベール(ka3054)は、その男の傍によると、自身にわかる範囲の容態を確認したのちに改めて息をつく。
「……生きてはいますね。この出血量を思えば、仕方のないことだとは思いますが。あの世界の召喚──古の魔術の起点となっていたのは、やはりヘクスさんだったのですね」
 こういうことだったのか、と。冷静な彼女ですら眉をひそめた。あの世界を呼び出すための“儀式”は、まるで生贄を対価とする黒魔術のようだと──光の千年王国に相応しからぬ、闇に寄り添ったものだったのだと改めて感じたのだ。
 すでに周囲に敵の気配はなく。先ほどまでの戦闘時とはうってかわって、リリティア自身は穏やかさをたたえてはいたが、現実はこの有様。なにせ、この“稀代の詐欺師”──より前向きかつ誠実に表現するのであれば、王国最高峰の軍師を力尽きさせるほどの状況だった訳なのだから。 「そうではないかと薄々感じていたけどね。この人の眠りにあわせて世界の端々からマテリアルがほどけてゆくのが感じられたから」
 八島 陽(ka1442)が安堵とも疲労からともわからぬため息をこぼした。見渡す限りに美しい世界にも、終わりが訪れようとしている。この世界を今後みることはもう、二度とないのではないか──そう思えばこそ、ほんの少し名残惜しくもあるのだが。
「おい、ヘクス……ッ! お前、これは一体どういうことだ!」
「騎士長? あれ、隣の戦域にいたんじゃ……」
 気が付くとエリオットが玉座で意識を失っているへクスの傍に駆け寄っていた。
「“大丈夫”なんじゃないのか、おい! 応えろッ!」
「エリオットさん、落ち着いてください。そんなにしたら、ヘクスさんが本当に力尽きますよ」
 やれやれ、といった様子のリリティアが、青年の腕に手を添える。それで多少なりとも普段の落ち着きを取り戻してくれればよいのだが、それにしたってかつて人前でこれほどうろたえるこの男を見たことなど一度もなかった。それが、どういう意味かは現状考える体力も気力も残されてはいなかったのだけれど。
「隊長、ヘクス氏の容態は!? 私はまだ治療手段に多少の余力が!」
 もう一人、似たように生真面目な顔をして乗り込んできたクローディオも状況の混乱に拍車をかけていることは間違いない。
「いや、だから……」
 陽が苦笑を浮かべるものの、とりあえず説明だけはしたほうがよいのだろうと思い直し、改めてこう告げた。
「エリオットさん、クローディオさん。本当に彼には先ほどこちらのクルセイダーが治療を施しています。リリティアさんも確認していましたけど、今は眠っている状態です。もっとも、この出血量ですから、すぐにも安全な場所で養生してもらったほうがいいとは思いますが」
 どう考えても「歴戦の戦士」がその“命のにおい”に気付かないはずがない。感情は判断を著しく鈍らせるものだとつくづく思ってしまう。それもまた、人間らしさの証だろう。
「……生きて、いる。そうか……本当に……」
 胸に耳を寄せると、確かな鼓動が感じられ、青年はようやく多少の安堵は出来たようで。青年は顔を伏せると、そのまま草の上に寝かされたヘクスを抱きかかえて立ち上がった。
「“後のこと”は……任せていいか、クローディオ、匠」
「“亡くなった仲間”のこと、ですね」
 険しい顔をした匠に代わり、クローディオが素直に首肯する。
「無論です。隊の騎士たちと……仲間たちと共に、彼らを手厚く弔うよう手配しておきます」
 そういって、先の夜明けのような、美しい金色の髪を翻してクローディオがその場を辞する。けれど、誠堂 匠(ka2876)は動けずに居た。
「エリオットさん、あの……」
 ──貴方は、“大丈夫”なんですか。
 それを言葉にすることは出来なかった。いや、しなかったのだ。問うたところで口にする性格でもない。
「どうか……貴方も体を休めてください。長く、戦い詰めだったでしょうから」
「そうだな」
 珍しく和らいだ表情から感じさせる独特の清清しさが、なぜか匠の心に突き刺さる。
「……今回ばかりは、少しそうさせてもらうかもしれない」
 エリオットの言う“後のこと”──それが何を指していたのか。
 匠のいやな予感が的中したのは、王国連合軍が塔から転移門をくぐってアークエルスに戻った直後のことだった。


「王国騎士団副長、エリオット・ヴァレンタイン! 貴様に異端審問会への召喚令状だ!」


 メフィストを討伐し終えた連合軍を迎えたのは、聖堂戦士団、ならびに貴族軍からなる王国連合軍。アークエルスにある王立図書館を、彼らが一斉包囲して待ち構えていたのだ。
「無駄な抵抗は止めておとなしく召喚に従え! この審問会は任意ではなく、国の、教会の総意による絶対命令権が行使されている! いかに貴様といえど拒否権はない!」
「異端審問だと? 頭でも沸いたか。先ほどこの国の脅威となるメフィストを連合軍で討伐したばかりだというのに」
 クローディオ・シャールの瞳に怒りの色がにじむ。仲間の騎士に肩を貸していた誠堂 匠も心中は到底穏やかでないのだが、勤めて冷静に言葉を選んでゆく。
「お言葉ですが、此方は王国正規軍に多くの死傷者をだしている状況です。怪我人の治療など一刻の猶予もなく、審問が“必要なのであれば”後日を改めて……」
「審問が必要であれば、か。──賢しい騎士もいたものだ。なに、斯様に緊急な事態であれば、なおのこと。ヴァレンタイン一人を突き出せば、事は済むだろう?」
 連合軍のなかから姿を現したのは、王国貴族の中でも最高峰の権力者である大公──ウェルズ・クリストフ・マーロウだった。譲る気配のない王国軍を前に、匠はなおも言葉をつづろうとするが、しかしいかに賢い青年であったとしても“相手が悪すぎる”と踏んだようだ。
「言っただろう、匠。“後は任せる”と」
「……ッ、ですが」
 事態を察知し、後方からエリオットが一人で現れた。それを制する匠だが、部下の肩を叩く素振りをしてエリオットは青年の耳に囁く。
「“あいつ”を、安全な場所へ運んでくれるか。何かあれば第六商会の者を頼れ。それと……ヘクスが目覚めたら伝えるように言ってくれないか。“後のことは、引き受けた”と」
 それは「国の正規戦力を頼るな」という言葉そのものでもあり、同時に「顛末は総て自分が負う」という決意そのものでもあった。
 まさかこのときのために、彼は黒の隊を設けたのではないだろうか──ならば、敵は歪虚だけではなということにもなってしまうのではないか? そうではないことを願うばかりだが、しかし。
「……そんな言伝を、俺に……託すんですか」
 友であるというのなら、それは、あまりに酷い顛末で。
「お前だから、託せるんだろう」
 これが、この何年かの戦いの果てに想定されていた“結末”であったとしたのなら、それは、どれほど苦しいものだったのだろう。教会と貴族からなる連合軍の圧力は苛烈に過ぎて。かけがえのない友を相手に、行くな、従うな、などとは口に出来なかった。

 その日、その瞬間、聖堂教会ならびに貴族連合軍により王国騎士団副長を務める騎士エリオット・ヴァレンタインの身柄は正式に拘束されることとなった。
 罪状は一つ。傲慢の歪虚、黒大公ベリアル(kz0203)と通じたという異端行為によるものだった。


●代償

システィーナ・グラハム

セドリック・マクファーソン

「……エリオットは、大丈夫でしょうか」
 システィーナ・グラハム(kz0020)は王城の窓から城下町を見下ろして、呟いた。声には懸念。そして、不安が滲んでいる。
「形はどうあれ、歪虚と通じていた……そう断言したかの騎士を、必要な処置だったとして保護することはかないません。殿下と言えども、審問の差し止めは瑕疵にこそなりすれ……」
 少女の背に応じたのは、セドリック・マクファーソン(kz0026)。厳しい顔にはシスティーナを慮る気配とともに、苦いものがある。
 ――聖堂教会の大司教であるセドリックにすら、この運びは見えなかったのだ。異端審問そのものでは、ない。此処に至る事態進行の早さが、異常だった。
「ええ、わかっております……ですが」
(……貴族どもめ。その手練を戦場で示せば良いものを)
 少女の泣き出しそうな声に、恨み言を呑み込んだ。
 毒にも薬にもなりはしない愚痴に過ぎぬ。それを、少女に吐き出す愚を侵したくはなかった。
 セドリックには介入をさせぬように教会内部に働きかけた者の正体は、想像に難くない。
 その結果が、王国軍――つまりは貴族達と歩調を合わせた、枯山を蹂躙する火炎の如き攻勢だ。
「……」
 少女の小さな背を、見つめた。
 この火が向かうのはただ一つ、王家の威光。つまりは、王国騎士団を事実上の張子の虎にすることが目標だと見える。ダンテ・バルカザール(kz0153)を失い、いまエリオットを失うことの痛手は、王家にとって計り知れない。
 なにせ、現場の手すらも充足しているとは言い難いのだ。古の塔では白の隊の最精鋭を、新設した黒の隊は中心的戦力である古強者やアカシラ隊の鬼たちを数名ずつ喪った。イスルダ島でも赤の隊への被害もまた、ゲオルギウスは再編成に頭を悩ませているほどである。
 そんな状況で、赤の隊が本来迎えていたであろう《壊滅》を逃れられたのは僥倖以外の何ものでもない。しかし、その一件を他ならぬ貴族が、攻め立てる。イスルダ島で最も人的被害を抑えることができたのは貴族軍であるというのに。

 ――本来であればメフィスト討伐の功績を労うための機会が、ただ只管に、穢されていく。
 しかし、見守ることしかできない。王家には、渦中のエリオットたちに伸ばす手など、ありはしなかった。


●「人間」という名の闇

 エリオット・ヴァレンタインに対する審問は、異例の公開審問となった。解放された大聖堂にはヘルメス通信局をはじめとした報道関係者が詰めかけ、王国民も列を為しての大騒動となる。
 その火種となったのは、一つには聖堂教会からの公布がある。審問の対象と日時、場所のみを公にした教会の意図は不明。しかしながら、各種報道機関が公布後すぐに報道したのは、「王国の剣、騎士団の象徴たるエリオット・ヴァレンタインがベリアルと通じていた」という報せであった。出処は“不明”。しかし一斉に報じられた内容に、それは、すぐさま国全土を嬲る炎と化した。
 メフィスト討伐の報せと同時にもたらされた報せに、混乱が生じていた。王家はベリアル討伐を確かに宣言したはず。それを、王国民は万雷の拍手で祝ったはず。王家――システィーナだって、それを機に各種産業に王家の蔵を開いた。それは王国民にも目に見える形で現れ、王国の栄えある進展を示していたのに、

 ――何故。

 ――何故、裏切ったのだ。

 疑念と不満、悪意と敵意が過密に醸成された審問会が、開かれようとしていた。


●異端審問

ベリアル

 お約束の答弁が終わると、審問官はすぐさま、本題へと切り込んだ。
「被告、エリオット・ヴァレンタイン。汝は王国の剣であり盾であるという誓いを立てた“騎士”にも関わらず、“歪虚”――在ろう事か大敵ベリアルと通じた。この事実に誤りは無いと認めるか」
 審問官の双眸深くに、凝る敵意が見えた。紛うことなき断罪の視線を見返しながら、エリオットは口を開く。
「認める。確かに俺は、イスルダ島攻略に際し、かのベリアルから情報を得た」
 ぞわり、と。室内に満ちる感情が爆ぜる。それが騒動に転じなかったのは、すかさず打たれた木槌の激しさによるものだ。
「それが赦されざる異端に通じるものだと知っての行いか」
「――無論、知っていた。その上で、必要と思われる情報を入手した。それが、国のため出来得る最善だったからだ」
 今度こそ、場内は大音声に包まれた。「静粛に! 静粛に!」と打ち鳴らされる木槌が、なおも混乱を増長させるよう。
 もしこの場に、ゲオルギウスやセドリックら重鎮たちが居合わせようものなら、万感の篭った嘆息をこぼしたことだろう。
 あまりに、実直過ぎる。戦後二度目となる異端審問がまさか、被告の全肯定によって瞬く間に裁定に至ろうとは。ゲオルギウスがかつて言ったとおりに、この男には政治闘争などには微塵も適性が、ない。
「此度の一連の疑惑、総ては俺の独断で――」
 そうしてついに、エリオットが“宣言”しようとした、まさにその時だった。

「ああ、少しだけ、補足してもいいかな?」

 飄々とした男の声が、割って入った。
 瞬後、場内の視線が後方へと集う。
 そこには、車椅子に座った青年がいた。背には、その車椅子を押したであろう、メイド服の女性。
 青年は視線一つ一つを眺め見て、金蛇の細工をつけた片手を上げる。そうして、場内の混乱を口元で笑うと、こう言った。

「口下手な友人に変わって、お伝えしたいことがある。ベリアルと通じていたのは、実は」

 そこにいたのは王家の傍流に連なる大貴族当主。
 “前回”の異端審問会に招かれた、男。

「この僕――へクス・シャルシェレットなんだ」
「貴様……ッ!」
 この場で最も激憤したのは、紛れもなく審問官であっただろう。前回の審問においてはのらりくらりと躱され、挙句の果てには新聞を通してゴシップとして国民全土に晒し上げられた。その下手人が他ならぬこの男だと知っているがゆえに。
「ヘクス、なぜ……ッ! 今すぐここを去れ、これ以上は!!」
「……その証拠として、紹介させて欲しい。良いかい、よく見ておいてくれ」
 酷く苦しげな顔のまま抵抗するエリオットの一切を無視し、鬱血死しそうなほどに怒責する審問官の方へと笑いかけると、ヘクスは片手を示す。そこには、先程と同じ金蛇を模した腕輪があった。
 それが。

「この蛇が、ベリアルだ。……ほら、約束したろう? 挨拶しなよ、ベリアル」
『……メェ。なんという恥辱だ』

 言葉と共に解け、鎌首をもたげるまでは、静かなものだった。
 それが、蛇では有りえぬ一声を発するに至り――場内は混沌に包まれた。


●転

ヴィオラ・フルブライト

 突然の事態に、聖堂全体が震えるほどの激震が走った。悲鳴と人の波が凄まじい奔流となって巡る。
「僧兵! 市民を締め…………避難させろ!! ヴィオラ・フルブライト! 貴様はその男とその歪虚を拘束するのだ! その汚らわしい蛇ともども逃がすな!」
 重要参考人も要る現場には、セキュリティとして聖堂戦士団が駆り出されていた。訓練された上級僧兵達は一糸乱れぬ動きで傍聴席に居た市民を避難させる中、人混みが避けて通るヘクスの元にたどり着いたヴィオラ・フルブライト(kz0007)は驚愕に目を見開いたまま、相対する。
「ヘクス、貴方は――」
「やあ、ヴィオラ。丁寧に扱ってくれよ。何せ、僕もコレも、結構ボロボロだからさ」
 小声で返った緩い声よりも、ヘクス自身のその仕草と反応にヴィオラも声を潜めた。
「……まさか、その体……」
 し、と。ヘクスは指を口元で立て、片目を閉じると、声を張る。
「さて、審問を続けてもらおうか。というよりも、僕のほうが喋った方がいいかな、これ?」
「やめろッ! ヘクス、お前はッ!!」
「エリオット・ヴァレンタイン、静粛にしろ。審議に悪影響を及ぼすことになるぞ。…………ともあれだ。補足、といったな。聞かせてもらおう。裁定は、答弁の後に下す」
 未だ残る報道関係者を見て、舌打ちをした審問官であったが、元よりこの場は開かれたものであった。故に、予定と外れてもなお、締め出すわけにはいかない。
「まず、この蛇がベリアルかどうかについてだけど。それは僕には分かんないね」
「何だと……?」
「コレは戦場で拾ったのさ。かつて、あの黒大公が進軍した経路でね。金色の小さな蛇が、僕の足元にやってきてさ、“我はベリアルだ。メフィストに復讐したい”と言ったんだ。物珍しさよりも――ああいや、実際珍しいよね、ただ、その内容に興味を惹かれてさ。つい、拾っちゃったのさ。
 危険はあったかもね。ただ、この通りチンケな歪虚だしねえ? まあ確かに、最初はコイツは生意気にも僕に【強制】を掛けようとしたみたいだけど、失敗。そのくらい力が無い歪虚みたいだった。ともかく、出会い頭にそんなことをする【傲慢】様だ。当然、交渉の何たるも解らない。だからこの蛇に手取り足取り交渉の何たるを教え込んだ僕は、結果として“イスルダ島の現状”を聞き出した。メフィストについては驚くほどに何も知らなかったからね、この蛇は」
『……メェ……』
 思う所はあるのだろうが、ベリアル(?)はヘクスの腕に絡みついたまま、チロチロと舌を出して呻く他ない。また、立て板に水の如く喋り続けるヘクスに、審問官も書記官も割り込む隙を持ち得ない。まさに、独壇場だった。
 ――傍らで見ていたヴィオラの背筋が、粟立つほどに。
 これは、投身自殺のようなものだ。結託の証明を、証言を何の気負いもなくやってしまうのは、理性あるヒトの所業とは思えない。
 ヘクスの語りは、止まらない。
「あの島を拠点にしていた歪虚――かどうかは分かんないけれど――が、力もなく人間をよすがにすり寄って来たんだ。利害が一致したから、利用してやっただけだろ? これが異端にあたるかは解んないけど、事実としてその情報は役に立ったんだ。違うかい?」
「……ッ、事実に相違はない。だが……!」
 答えたのは、先ほどとかわらず苦しげながらもある種諦観の念を抱いたのであろうエリオットだった。続けて言葉を紡ごうとする青年を確実に遮って、ヘクスはへらりと笑む。
「もちろん、イスルダ島に上陸した彼らが、この蛇の情報だけを当てにしてたとは限らない。僕はエリオットには『拾った歪虚から聞いた情報なんだけど、参考になれば幸いだなあ』なんて伝えはしたけどね。まあ、エリオットは大真面目な堅物だから、真に受けたのかもしれないけど……実際には、現場での判断が最優先で、あくまでも補足的なものだったんだと思うよ。どうだい、審問官……ええと、ベルナールくん?」
「……その件は私の職務には関係の無いことだ。私は」
「あ、そうか。それならいいや。でも、イスルダ島をそのままにしておくわけにも行かなかっただろうし、実際さ、この蛇の情報は役に立ったんだろう? 何せ、メフィストは狡猾な罠を残していたそうじゃないか。あそこに出来た破壊痕の話、聞いたかい? あの場に残ってたら壊滅してただろうねえ。騎士たちはもちろん、戦士団の諸君も、貴族たちも、さ。それに、結果を見れば、イスルダ島は奪還。憎きメフィストだって討伐を果たしただろう?」
「しかし!」
 木槌――ガベルが、振り下ろされた。何某かの頭蓋を幻視しそうなほどに、執心の籠もった音。振り下ろした姿勢のまま、審問官――ベルナールの目線に、憤怒が燃える。
「しかし、貴様が歪虚と手を組んだ事実は変わらぬではないか! それが異端の証、エクラの教えに背く、人類敵の所業である何よりの証だ! ヘクス・シャルシェレット、貴様には他にも疑いが残っている。メフィストは貴様に執着していた、と聞いている! それは――」
 審問官の赫怒を、
「それは……どうだろうね。ところで」
 ヘクスは、鷹揚に遮って、微笑んだ。
「ここで、一つ相談なんだけど」
 腕輪――ベリアルを掲げていた手が、ゆっくりと下がっていく。
「実は、僕の身体が結構やばくてね。“コレ”を隠し持ってた期間が長かったせいか、大分、負のマテリアルに侵されていて、さ。ついでに言えば、先日所用で無茶をしたのもたたってしまって……」
 長い、吐息だった。しかし、その呼気が震えていることに気づいたのは、間近に居たヴィオラと、介助に立つ侍女のみであった。
 そして、ヘクスはこう言ったのだった。

「これ以上証言しようにも、今にも死にそうだ。助けて欲しい」

 この日、そのまま気を失ったヘクスの治療対応の為に審問会は一端閉会となった。
 審問対象となったエリオット・ヴァレンタインへの疑いは保留となり、以後はヘクスの治療を継続しながら行われることとなる。

 メフィストという難敵を打ち破ったグラズヘイム王国。その行く先は、果たして──。

(執筆:藤山なないろムジカ・トラス
(監修:京乃ゆらさ
(文責:フロンティアワークス)

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