【星罰】

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憎めば良いものを許し、許せば良いものを憎み……繰り返し輪を描く。
生きることも死ぬることも、守ることも壊すことも、全ては表裏一体。
善も悪もない。ただお互いの立場、存在の違いがあるだけであろう?
誇れ、人間。貴様らは裁定を退けた。生きるべくして、あるがまま生きよ。
この暴食王が許す。世界は貴様らヒトが支配せよ。その責務、最後まで果たせよ。

不死の剣王:ハヴァマール

更新情報(10月25日)

グランドシナリオ「不死なる者へと捧ぐユメ」のリプレイMVPが公開!
帝都を舞台に繰り広げられる最終決戦、その結末をご確認ください!
また、グランドシナリオのエピローグとなるストーリーノベルも掲載しております。

これにて【星罰】のストーリーは終了となります。
最終決戦にお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
▼【星罰】グランドシナリオ「不死なる者へと捧ぐユメ」(10/4?10/25)▼

▲OPと参加者一覧▲
 
 

【星罰】ストーリーノベル「解放」(10月25日公開)

 夢を見た。とても懐かしくて、もう二度と手に入らない夢を。
「私は人間だった頃から、戦いなんて好きじゃなかった」
 普通の少女でいたかった。
 戦争なんてなければよかった。
「でも……戦争のない世界であることも、きっと許せなかった」
 革命戦争があったせいで犠牲になった人。革命戦争がなかったせいで犠牲になった人。
 結局はいるのだ。どちらにも別々の理由、別々の経緯で犠牲になる人達が。
 路地裏で餓えと寒さに倒れるはずの子供たちが、戦場に駆り出されて死んだだけ。
 どちらが良かったのかなんて、後になったってわからなかった。
「それでも……きっと何かもっといい方法があったはずだって。そうであってほしいって。何かその過去に意味があって……理由があって……価値があって欲しくて……憎んだり、祈ったり……」
 本当はわかってた。
 命がそこにあることに意味なんてないって。
 意味も、理由も、存在も、誰かに与えられるものじゃない。自分が決めることなんだ。
「私は弱かった。力も、心も。だから罪の意識に耐えられなくて、記憶さえも手放した。自分を投げた時点で、私は私の存在意義さえ捨ててしまっていたんだ」
『だが、お前は最後に自分を取り戻したではないか』
 嗄れた声。よく耳に馴染んだ声がする。
 誰もいない帝都の真ん中、好きだった広場の古いベンチで少女は顔を上げた。
 誰かが傘を差していて、初めて雨が降っていたのだと気づく。
 濡れた前髪の合間から見上げたその人は、太陽の軍服を纏っていた。
『ツィカーデ。お前はよくやった。お前はちゃんと、責任を果たした』
 あの日、あの時、なんでもないありふれた戦場の片隅で少女は死んだ。
 あっけなく。塵のように。
 それが歪虚として起き上がり、この世界を彷徨い歩いてようやくたどり着いた答え。
『お前は、お前のままでいいのだよ』
「……うん。わかってるよ。でも……それでもね」
 きつむ目を閉じ、空に叫ぶ。
「私は……皆を救いたかったんだ! 生きて……生きて故郷に! 家族に逢わせたかった! もう死んでるんだからそんなの無理だってわかってる! 全部取り返しがつかないってわかってる! それでも私は……守りたかった。せめてなにかを守って戦って、終わりたかったんだ……!!」
 あの腐りきったゾンビが家族だって?
 命を弄ぶ吸血鬼が仲間だって?
 肉体すら失った、さまよい歩くだけの亡霊共が同胞だって?
 ああ、そうだ。それでもいいんだ。だってずっと一緒だった。そばに居てくれた。
 苦しくて、悲しくて、何かを奪わなければ生きていけない狂った存在。それでもみんな、そこにいたのだから。
「みんなみんないなくなった! 私が弱かったせいで! ごめんなさい、ごめんなさい……! うぁぁ……わああああああっ!!」
 みっともなく喚きながら目の前の男にすがりつく。
 傘が落ちて、男はその両腕で少女を抱きしめた。
『皆の願いは、叶わない。この世界は誰かの無念で出来ている。……だとしても。そうであっても。それでも命には、意味がある』
 優しい声に顔を上げる。男は振り返り、遠くを指差した。
『痛みも悲しみも苦しみも、何もかもを超えて命は続く。世界は周る。その大いなる流れの中に闇があり、光さえもある。……お前は人の理すら超えて、よく頑張った』
 みんなが待っていた。気のいい仲間たち。
 人間だった頃の。歪虚になった後の。
「お父様……お母様……」
 立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。その背中を軍服の男は優しく見守っていた。
『さらばだツィカーデ。罪は我が背負って逝く。お前はもう、自由におなり』
 重たかった右腕が人の形に戻った。
 自分を上塗りするための軍服が、質素なワンピースに戻った。
 息を切らして走った。心臓が動いてる。肺が空気を吸って、吐き出して。
「お父様! お母様!!」
 二人に抱きつき、瞼を閉じた。
 暖かさを感じる。もうずっと感じることができなかった、命と命が触れ合う熱を。
「愚かな私を……褒めて……くださいますか……?」

 歪虚は眠らない。だから夢も見ない。
 もしも夢を見たとすれば、それは僅かな眠りのいとま。
 すべてが光に還る、刹那のまぼろし――。


ヴィルヘルミナ・ウランゲル

 皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)の葬儀は国を挙げ盛大に執り行われた。
 元よりこの国における戦死とは、実態はどうあれ華やかで、誰かの為に戦い抜き“人類の礎となった”ことを示すものだ。
 ヴィルヘルミナが国民に愛される存在であった証明であるかのように、騒がしく華やかに死出の旅が祝われた。
 国葬は古い時代に倣い、棺を担いだ騎士たちが帝都中を練り歩き、集まった国民がたくさんの花びらを投げるパレードから始まり、バルトアンデルス城での葬儀へと移る。
 文字通り彼女が礎となった皇威議事堂の残骸があった場所は整備され、近々彼女の墓標と共に歴代の皇帝を含めた慰霊碑に生まれ変わるという。
「古い議事堂は騎士議会のためのものでな。あの円卓には席が足りないし、傍聴できるようなスペースもなかった。どちらにせよ、議事堂は建て替える必要があったのだ」
「爆破したのは印象操作としては良かったですね。皇帝の墓標に再利用されるとなれば、国民も建て壊しに反対はしませんし」
 帝都バルトアンデルスは半壊した。だが、全てが失われたわけではない。
 国の立て直しには多くの労働力が必要となる。都民の力だけでは不足するので、帝都を囲むように作られた難民キャンプからも働き手が求められる。
 邪神戦争で壊された国中のあらゆる場所で、身分も出自も関係のない、平等な復帰が行われている。
 その例外であった聖域も、これでただの都市のひとつになった。
「最後の騎士皇は倒れました。しばらく国は混乱するでしょうが、やがて議会が取って代わる。この国の民主化は強制的に開始されました」
 少年は振り返る。そこには仮面をつけた女の姿があった。
 長かった髪は短く切り揃えられ、片腕はなく、足も不自由なのか、杖を突いている。
 首元から顔半分ほどに程にやけどを負ったが、覚醒者なので大事はなく。つまり皮の変色よりも顔そのものを隠すことを目的に仮面をつけている。
「さて。葬式も見届けたところで、死人はそろそろ去るとしよう」
「これからどうするんですか?」
「とりあえず、どこかで義手を手に入れんことにはな……。リハビリついでに雑魔退治でもするかな」
 少年は理解していた。もう彼女と会うことはないだろう。
 戦いは「死ぬため」にするものではない。
 だが今回の戦いだけは、「死ぬため」に行われた。
「おさらばです。どうか長らくお元気で……は無理でしょうから、改めます。どうか、悔いなき旅路を」
「ああ、おさらばだ。今日までありがとうな。達者で暮らせよ。皆をよろしく」
 杖をつき、女は去っていく。
 寂しさはある。だがそれよりも少年の胸には喜びの気持ちが溢れていた。
 ようやく、あの人は自由になれる――。
 バルトアンデルスから遠ざかり、難民街のバラックの影に隠れ、その姿はすぐに見えなくなった。


ハヴァマール

 暴食王ハヴァマールは討伐され、暴食の眷属はその殆どが撃破された。
 ゾンネンシュトラール帝国に、今や歪虚の陰りなし。
 ようやく人々は歪虚との戦争が終わったことを知り、心よりの安堵とわずかばかりの虚しさを得た。
 勝ったのだ。戦争に勝った。
 長く長く続いた戦争に。父祖らが死に続けた戦争に。
 成すべきを成し終えた時、残されたのは膨大な未来の空白だ。
 この国はこれからどうあるべきなのか、誰にも何もわからなくなった。
 だがそれこそが国の転換期。やっと戦いから解放された今だからこそ、ようやく考えられる。
 頭の片隅に常に眠り続けた戦闘の二文字がなくなり、その余白で未来を想像できる。
 勝利は過去の精算だけではなく、未来の創造にも繋がったのだ。

カッテ・ウランゲル

 ヴィルヘルミナ亡き後、弟のカッテ・ウランゲル(kz0033)は姉の死を嘆く様子もなく、皇帝代理人として引き継いだ業務をこなした。
 彼は本当にあの日から一度も悲しげな顔をすることすらなく、冷血だなんだとさんざん揶揄されたが、そういった感情論とは無関係に、彼の行いはすべて合理的だった。
 組織と指揮系統が再編され、帝国軍は変わった。
 庶民議会の発言権が大きく伸びたのは、そもそも庶民の意識が変わったからだ。
 皇帝は戦いを全うした。役割を全うした。素晴らしい人物だった。
 だが、彼女一人に便りすぎた国が彼女を失って混乱の中に落ちた時、誰かが手を挙げ声を挙げ、人々を導かざるを得なかった。
 それができる人材が、既にヴィルヘルミナによって庶民議会に集っていた。
 カッテは庶民議会の人々を大いに支え、彼らの考えが誤った方向に行かぬように導いた。
 騎士と庶民。二つの議会は少しずつ拮抗し、国の未来を結んでいく。
 それを見届けると、カッテは大きく介入することをやめ、今度は皇帝という制度の解体にかかった。
 彼は自らをただの一般人に貶めるために、その天才的な頭脳を使い続けた――。

「で。俺も庶民議員をやることになった」
 実の父親に該当するヒルデブラント・ウランゲルと二人きり、カッテは元皇帝の執務室に座っていた。
 以前は何やら色々な連中が出入りしていたこの部屋も随分片付けられてしまった。
 いずれはまるごとカッテの執務室に移動して、ヴィルヘルミナの痕跡は消えてなくなるだろう。
「あいつの言う通り、ただの村人Aに戻る道もあったんだが……ま?、娘が盛大に爆死かましてくれたからな。ヴルツァライヒの連中も夢から醒めちまったっつーかなんつーか……あいつらも過去を振り切ってちゃんと国政に参加しようって気になったらしい。んで、その時には担がれるやつが必要だから、責任とってオレがやるって寸法だ」
「いよいよですか。観念して悪ふざけの責任をとってください。ところで、ナイトハルトは……」
「普通にフワァ?っと消えた。立ち会ったハンターがいるから、確認してもいいぜ。で、あいつが消えたらオレに従う理由も特にないんで、だいたいの絶火の騎士も一緒に消えたよ」
「一部は残ってるんですね?」
「付き合い長いしなぁ。歪虚も完全に根絶されたってわけじゃねぇし、しばらくは軍に協力するってよ」
 これで英霊が人類に反逆する可能性は途絶えた。
 むしろ更に帝国軍に協力する英霊が増えたことにより、帝国の治安は更に良くなっていくだろう。
「して、今日はその報告に?」
「いんや。消えたあの英霊(バカ)が最期に気にしてたんでな。今回の一件について答え合わせをしとこうぜ。無論、口外するつもりはない。せっかくこの国が解放されたってのに、蒸し返すのはナンセンスだ」
「いいでしょう。といっても、私の推測も入る話になりますが、構いませんか?」
 同意するように頷くヒルデブラントに、カッテは両手を組んで語り始めた。
「今回の戦いには、大きく分けて2つの目的がありました。ただし、目的には表と裏、それぞれ二つの意図があります」

 ひとつ。暴食王ハヴァマールの討伐。
 これは単純に宿敵である暴食眷属の討伐を表の目的とする。
 だが裏の目的としては、この国に取り憑いた戦争からの解放があった。

「その裏は言うまでもありませんが、もう先祖代々何百年も歪虚と戦争を続けてきたこの国は呪われきっています。ここ数年はその呪いの解体を色々と尽力してきましたが、結局邪神戦争を経ても、帝国の人々は戦争の終わりを実感できませんでした。なぜならばまだ倒すべき敵が残っていたからです」
「ハヴァマールか。あいつが残っているからこそ、いつか始まるであろう戦いに備える緊張感を保てるって面もあったろう?」
「ええ。だから投票を行いました。しかし、それよりも戦争を終え、決着をつけ、全てを白紙にリセットすることを望む声が大きかったということです。人は常に自分自身に一定のストレスをかけたまま別の作業を行えない。だから戦争に備えている限り、人々は戦争以外の生活・経済を本格的に開始できない。この国を変えるには、戦争を終らせる必要があったわけです」
「戦争からの解放。それが裏の目的か」

 ふたつ。皇帝ヴィルヘルミナの戦死。
 この国は独裁国家だ。
 独裁のいいところは、独裁者が間違えない限り、どれだけ民が無能であっても絶対に間違わないということにある。
 この国は戦争のことしか頭になかった。何をするにもまず戦争。それから戦争を維持するための生活という明確な序列がある。
 当然ながらよりよい政治、よりよい教育など考えるヒマもない。故に、民は紛れもなく愚民であった。
 その愚民が戦いのために考える頭を使ってしまっているから、独裁者というセーフティーが必要だった。
 だが、歪虚がいなくなれば戦争は終わり、セーフティーは不要となる。
 セーフティーが邪魔になれば、それを排除するための内戦さえ起こりかねない。
 故に彼女は戦争と同時に独裁からも国民を解放しようとしたのだ。

「ハヴァマールへの奇襲はもちろん戦略的なものです。でも、彼女はこの戦いで死ぬ必要があった。歪虚がまだこの世界にいるのなら、彼女は必要でした。でも、戦争がないのなら彼女は必ず邪魔になる」
「だから自殺したってのか?」
「ああ、いえ。あれは自殺ではなくて戦略的な自爆です。死ぬつもりがあったらわざわざ皇帝の為に作られた防御特化のサーコートに袖は通しませんよ」
 皇帝の礼装はその実防御にすべての性能を振り切った防具だ。
 古来より暗殺の危険を孕んだ皇帝という役職に受け継がれてきた鎧とサーコートは、高い防御性能を有している。
 自ら剣をとって戦うには動きづらいため、自身が最前線に立つ時には軽装を好んでいた彼女が、礼装を纏ったのはハヴァマールを歓迎するためではない。
「歓迎するため、に見せかけるため、ではあるのですが。ガッチガチに防御を整えていたら警戒されるかもしれませんし、彼女の安全を確保するためには“国を挙げた歓迎のフリ”という手順は必須でした」
「礼装を着用して不自然ではない場を用意したのか。じゃあ、あいつは死なない程度に自爆したってことか?」
「それも違います。死ぬかもしれない、というか死んで当然の爆発です。“よほど運がよくなければ死ぬ”って感じですね。でも、命を投げっぱなしたりはしていません。幸い彼女は強力な覚醒者でもありますから、多少の肉体欠損は技術で補えます」
「なるほど。ついでに古い議事堂をぶっ壊して、新しい議事堂の建設と独裁の終わりを演出したってわけか。死ぬかもしれないが生きていたら儲けモン……だが、こいつに裏の意図なんてあるのか」
「あるから彼女は今ここにいないんじゃないですか」
 苦笑するカッテ。ヒルデブラントは顎髭を揉みつつ、眉をひそめる。
「まさかあいつ……」
「はい。あなたと同じですよ。彼女は別に皇帝をしたかったわけじゃない。“しなければならないし、自分以外にはできないから”やっていただけです。やらなくて済むのならやらない。ただそれだけのことなんですよ」
 やるべきことはすでにやった。目的は達成され、責任も果たされた。
 ならばもう、彼女は自由だ。自分のためにその生命と時間を使う権利がある。
「私は彼女の最期のわがままを止めませんでした。彼女がわがままを言って、私がそれに応える……元からそういう関係性でしたしね」
「死ぬ可能性の方が高かったんだろう?」
「勿論。でも、止められませんよ。死ぬかもしれないとしても、それでも挑んでしまう……願ってしまう。ヒトはそういうものだし、そうだからこそ邪神戦争にも勝利できた。今の世界に、その客観的事実を否定する権利はありません」
 目を閉じて想像する。
 もしかしたらノンビリと安全に老いて、孫やらなにやらに囲まれ、国民からの愛惜を一身に浴びながら、水底に沈むように眠る最期もあったかもしれない。
 それを幸福と呼ぶヒトもいるだろう。でも、そうではないヒトもいる。
「ただ、それだけのことなんです」
 幸福と満足の形は人それぞれだ。
 ただ生きているだけでは満たされないモノもいる。
 大勢に評価されることだけが人生ではないし、金銭や名誉、他人や社会から与えられるごく一般的な幸福のスケーリングが当てはまらない人もいる。
 そういった定型的な人生を許容しない権利を、自由と呼ぶのだ。
「不滅の剣魔クリピクロウズは、“誰かを救うことはその誰かのためではなく、自分のため”だと言っていました。同時に、自分を救おうとするアイゼンハンダーに、“それは救いではない”とも。敵に共感するのも問題かもしれませんが、彼女の言葉がよくわかるんです」
 その人に、こうであってほしいと願うことは。
 自分の子供が怪我や大病なく健やかに育ってほしいという、親ならば当然の祈りなのかもしれないし。
 自分の親が長く健康に生きて、命の尊厳を保ち続けてほしいという当然の祈りのかもしれないけれど。
「それは幸福を貪るが如く願い……暴食の呪いなのです」
 自分の延長線上に確かに繋がっている誰かは。どんなに大切に思っても、願っても、自分自身ではない独立した命だ。
 意思があり、願いがある。
 それらがわずかでも傷つき、己の思う幸福とは異なる道を歩まんとすることを否定するのは、独立した存在であり意思を持つ他人を食い殺すかの如く行い。
 即ち、呪いである。
「暴食王ハヴァマールはなんでも食べてしまうでしょう? あれは“弱者を守るため”だと思うんです。自分の一部にしてしまえば、誰も失うことはないから」
「あいつなりに、誰かの幸せを願っていたと?」
「ええ。ただ、彼は世界を守るという行いを、自分という敵と戦わせること、そして死者の命を喰らい尽くすことでしか表現できなかった。それだけのことなんです」
 カッテの憶測に過ぎない。しかしだからこそ、否定する材料もない。
 だってこれは、ただの妄想なのだから。
「痛みや傷、苦しみさえも可能な限り尊重すること。私はその行いこそ、愛だと考えます。愛情を有するがこそ、私は彼女の死に直結しかねない選択を許容し、肯定した」
 死んでほしいわけがない。
 それでいいわけがない。
 だとしても――それでも。
「……彼女は彼女であって、私じゃない。私が願う彼女の幸せなんて、彼女自身が願う彼女の幸せに比べれば、小さなことですから」


 普通に考えれば死んでいる。アレは助からない。
 そういう風に思われなければ意味がない。兵の士気が上がらない。演出として成立しない。
 だから最大限の防御を行いながらも、死を確信するほどの爆発を起こした。
 衝撃に体中を砕かれ、炎に炙られ、瓦礫の生き埋めになった。
 だが――それでも彼女はそこにいた。
 しばらく気絶していたが、ふと瓦礫の下で目を覚ました。
 必死で脱出を試みるが、身動きが取れない。全身の骨がバラバラであった。
 兵士らには自分を助けにくるなと厳命していた。それよりもハヴァマールを倒し、責務を果たせと。
 つまり助けは来ないので、自力で脱出できないのであれば、もうここで死ぬしかないということになる。
(――読みが外れたな。この身であれば耐えると思ったが……腕がなくては力も出ない)
 鍛え方が足りないということはない。やれるだけのことはやったので、運の問題だ。
 爆風ではちぎれない計算だったので、瓦礫か何かがいい感じにヒットしてしまったのだろう。

 まあ――【そういうこともある】。

 戦場の全てを読み切ることなど、神にもできはしない。
 戦争も人生も同じだ。
 絶対の成功なんてない。絶対の安定なんてない。
 ああ、それでも。だとしても。
 弱いなりに。哀れなりに。愚かなりにあがき続けた先にのみ、可能性は微笑む。
(もっとも、女神は気まぐれだ。微笑み続ける道理もなし)
 ゆっくりと女は目を閉じた。
 敗れることもある。だから賭けは面白い。価値がある。
 これまで多くの存在を斬った。
 歪虚も、悪人とはいえ人間も。食うためとはいえ獣も。身を守るためとはいえ、亜人も。
 たくさんたくさん滅ぼして、たくさんたくさん奪って、踏みにじってきた。
 彼らにも夢があったろう。我が身は可愛かったろう。
 愛する家族もいたかもしれない。子孫を残そうと必死だったのかもしれない。
 草を踏み。木々を伐採し。美しいからと華を摘み。身勝手に活かし、飽きれば枯らしもして。
 心がなければ殺してもいい、悪人だったら殺してもいい――そんな調子に乗った覚えはない。
 全ての存在には価値がある。善だろうが悪だろうが、斬ると決めたのは自分自身。
 言い訳はしない。被害者面はしない。順番が回ってきた。
 たくさん奪ったのだから――自分だけ例外だなんて、そんなズルは通用しない。
(不満や後悔を口にすることすら盗っ人猛々しい。残念だが、めちゃくちゃ痛いしさっさと死ぬか)
 全身から意識を手放せば、簡単に死ねる気がした。
 あと数秒、ほんの僅かな時を経て彼女は死ぬ。そのはずだった。

 地中に埋まった人間を掘り出すには――まず見つけ出す手段が必要だ。
 見つけたとて相手が瀕死なら、命をつなぐための手段が必要だ。

 それを取り揃えたものがたまたま現れたことを、彼女は肯定してはいけない。
 これが自分の運命だと、これが戦場だと定めたことを、己一人の力で切り開けぬのなら、死ぬることこそさだめであろう。
 ハヴァマールが言ったように。あの哀れな王が言ったように。
 今、この道において途絶えるべき命は、途絶えなければならない。
(そうでないと、ヒトはまた何度でも――同じ夢を見てしまうから)

 光が差し込む。
 願いは、祈りは、時に呪いとなって誰かを縛り続ける。
 生きてほしい、続いてほしい。
 そう願うことすら、誰かの安らかな眠りを妨げる呪いとなるだろう。
 その日その時、ヴィルヘルミナ・ウランゲルは確かに己の運命から解放され、そして確かに、新たな運命の祝福を受けた。
 光の中から差し伸べられた手を握った時、新たな呪いが始まったのだ。


「さあて、どっちにいこうかな」
 分かれ道を選ぶ理由が今の彼女にはなかった。
 だから逡巡し、それから側に落ちていた小枝を立て、風まかせに倒れた方向へと歩みを進める。
 そんな些細な自由さえ今は何より心地よい。
 朝焼けの中、ふと足を止める。
 いつだか眺めたイルリ河のきらめきを思い出し、女は笑った。
 寂しげに。そして或いは――満足そうに。

(執筆:神宮寺飛鳥
(文責:フロンティアワークス)

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