クラズヘイム王国に住む貴族の娘・ルサリィは、今年で十歳になる。
　ルサリィに付き従うのは、メイドで十八歳のフェイト。
　二人は屋敷の中庭にあるガゼボの中で、午後のティータイムを過ごしていた。
　しかしルサリィの表情はどこか暗く、大好きなアップルティーを飲んでも変わらない。
「……ねえ、フェイト。この間の母の日のことなんだけどね」
「はい、奥様は随分と喜んでいらっしゃいましたね。ルサリィお嬢様から手作りの赤いカーネーションのコサージュをいただいた日から、ずっと身に着けておられますし」
「まあそれはフェイトに手芸を教えてもらったおかげもあるんだけどね。でもわたしの友達はそうじゃないみたい」
　ルサリィはつい先日、貴族友達の家に行っておしゃべりを楽しんできた。
「友達に母の日にしたことを聞いたんだけど、みんな『お父様からお金をいただいて、高級品を買って贈った』と言うのよ。まあ悪いとは言わないけれど、なぁんか物足りないと思わない？」
「はあ……。しかし貴族のご子息・ご令嬢ならば、当然のお考えなのでは？　どちらかと言えば、手作りの品を贈られたお嬢様の方が貴族として変わっておられるんですよ」
「……ハッキリと言ってくれるわね。でもフェイトのそういうところは気に入っているわ」
「ありがとうございます」
　無表情ながらもペコリと頭を下げたフェイトを見て、ルサリィはため息を吐く。
「もっとこう……貴族のお子様達だけの力で、ちゃんとお母様に感謝を伝える方法ってないのかしら？」
「母の日にプレゼントをいただいただけでも、お母様達は喜んでいらっしゃると思いますよ」
　フェイトはフルーツパイを切り分け、皿にのせてルサリィの前に置くも、悩む顔つきは変わらず腕を組んで唸っている。
「……でもお父様のお金で、お店で売っている物を買って贈る――というところが引っかかるのよね。お母様の為に自分で何かを作った方が、もっと喜ばれると思うのよ」
「お言葉ですが、貴族の方々はあまりご自分で何かを制作はされないでしょう？　今回はお嬢様が特別だっただけですよ」
「むう……」
　確かに貴族のプレゼントとは、高級品を購入して贈ることが普通である。特に贈る相手が大人の場合、手作りよりも店で売られている物の方が喜ばれることがあるのだ。
「ねぇ、一般の家の子供達は母の日に、どんな贈り物をするのかしら？」
「そうですねぇ……。私が聞いた話ですと、カーネーションを贈ったり、料理やお菓子を作ったり、似顔絵を描いたりと様々のようです。庶民の方々は自由に使えるお金の金額は貴族の方々より少ないようですし、贈り物にお金をあまり使わない方法となれば、おのずと『自分で何か作れるもの』をと考えるようですからね」
「ふぅん。でもそっちの方が、心がこもっているようで良いと思うんだけど。わたしのお母様も、いつもよりも喜んでいるように見えたわ」
　ルサリィはこれまでは他の貴族の子供達と同じように、金で高級品を買って贈っていた。しかし今回は特に、感動と喜びが強かったように見える。その証拠に今でも母の胸元には、ルサリィの手作りコサージュがあるのだ。
「……ねえ、フェイト。確かハンターの方々の中には、一般の出の人もいるのよね？」
「まあ大半がそうみたいですが……。何を考えていらっしゃるんです？」
　顔を上げたルサリィは、ニッと笑う。
「なら依頼をするわ。母の日は過ぎてしまったけれど、改めて母の日をやり直したいの。友達はわたしが声をかけて、この屋敷に来てもらうわ。そこでハンターの方々に、母への手作りの贈り物を教えてほしいの。ハンターならば身分がちゃんと分かっているから、貴族の子供達が集まってもおかしな真似はしないでしょう」
「確かにハンターならば信頼はできますが……。本気ですか？」
「もっちろん！　お父様にはわたしからお願いしておくから、フェイトはハンターに依頼をしてきてね。さあ、忙しくなるわよ！」
　

○押し花の材料集め
「それではみなさん……、ここで押し花の材料を見つけましょう。特に今の季節なら……、四つ葉のクローバーが良いですね。なかなか見つかりにくいものですけど……幸運のアイテムと言われていますし」
「摘んだ花や草は、それぞれ持っているカゴの中に入れてくださいね。形が崩れないように、丁寧に入れてください」
　セレナ・デュヴァル(ka0206)とパティ＝アヴァロンウッド(ka3439)の提案で押し花を作る為に子供達を連れて、ルサリィの屋敷の敷地内にある野原にやって来た。
　子供達はキャッキャッとはしゃぎながら、押し花にする為の春の草花を選び始める。
「……でも屋敷の敷地内に、こんなに広い野原があるなんて……スゴイですね」
「そうですね。しかも向こうに山がありますし、どこまでが敷地内なのか見当もつきません」
　セレナとパティが春の草花で押し花を作りたいと言ったところ、ルサリィがここを紹介してくれた。
　『野原』と言ってもちゃんと庭師が手入れをしており、至る所に美しく、可愛い花が咲いている。
　子供達が下手に外に出るよりは安全だが、二人は少し圧倒されてしまう。
　それでも胸いっぱいに春の空気を吸い込み、子供達の楽しそうな姿を見ると心が落ち着いていく。
「私は母の日をやったことがなかったので……、新鮮で楽しいです」
　セレナはしゃがみ込むと、近くにあるクローバー畑に手を伸ばす。
「……私は孤児院育ちなのですが、院長は男性だったんです。なので父の日には……子供達で院長の似顔絵を描いたり、今のように野原で花を摘んで渡していました……。育ててくれたお礼を手紙に書いたり……、ある程度成長した子は手作りのクッキーを贈っていましたね。院長はとても喜んでくださって……、私達も嬉しかったです」
　当時を思い出したのか、セレナの顔には微笑みが浮かぶ。
　そんなセレナを見て、パティも自身のことを思い返した。
「私の母は……もういません。でも母の日のことは覚えているんです。私がプレゼントした物の中で、母は手紙を一番喜んでくれました。まだ拙い文字しか書けない頃から手紙やメッセージカードを贈っていましたが、母はアンティークの小箱に大事に入れて残していたんです。元気が無い時は小箱を開けて、手紙やメッセージカードを何度も読み返しては元気になったそうです。なので押し花と共に、子供達にはお母様への手紙を書いてもらいたいです！」
「ふふっ……、手紙は真心がこもりますからね。……あっ、見つけました」
　セレナは四つ葉のクローバーを見つけるとゆっくりと手折り、立ち上がる。
「……伝説によりますと、四つ葉のクローバーの小葉はそれぞれ誠実・愛情・幸運・希望の意味があるそうです。そして『三つ葉のクローバーが一万本ある中で、四つ葉のクローバーは一本しか見つからない』と言われています……。見つかりにくいですけど……、お母様の為に努力をするというのが一番大事だと思います」
「そうですね。一生懸命に努力した物をプレゼントすれば、きっとお母様達は喜んでくださいますよ」
「ええ……。あっ、子供達が呼んでいますね……」
　二人が子供達の所へ行くと、「花言葉を教えてほしい」と摘んだ何種類かの花を差し出して言ってきた。
「えぇっと……、白く小さなお花のスズランの花言葉は『幸せが訪れます』、ピンク色のお花のヤマツツジは『思い出すと楽しいことばかりです』。贈り物にはピッタリな花言葉だと思いますよ……」
「こちらの紫色の小さなお花のハナズオウは『あたたかい心遣いをありがとう』、黄色のお花のキバナコスモスは『明るく楽しく過ごしましょう』です。こちらも良い花言葉ですね」
　そしてしばらくの間、セレナとパティは子供達と一緒に押し花の材料を集めた。


○母への感謝の言葉
　木のカゴにたくさんの草花を入れて、子供達を連れたセレナとパティはルサリィの屋敷に戻って来た。
「お帰りなさいませ、皆様。アイロンの準備はできております」
「フェイトさん……、ありがとうございます。ではパティさん、子供達のこと……お願いします」
「了解です。そちらも頑張ってくださいね」
　パティと子供達からカゴを受け取ったフェイトとセレナは、洗濯室へ向かう。
「さあ、手を洗った後は広間へ行きましょう」
　パティと子供達は汚れた手を洗った後、紅薔薇(ka4766)が待つ広間に入る。
「おっ、ちょうど良い時に来たのじゃ。準備はできておるぞ」
　広間には子供用の椅子とテーブルが用意されており、テーブルの上にはレターペーパーと封筒、そして色画用紙と色鉛筆などの文房具が置かれていた。
「妾はメッセージカードの制作を手伝おう。色画用紙を使い、開くと飛び出す仕掛けのカードを作るのじゃ。母への感謝の気持ちを存分に込めようぞ」
「私は手紙の書き方をお教えしますね。お手紙には大好きなお母様への感謝の気持ちや好きなところを書けば、きっと喜んでくれます。後は色鉛筆で何か絵を描いたりして、出来上がった押し花を手紙と一緒に封筒に入れましょうね」
　子供達は「はーいっ！」と元気に返事をするとそれぞれ椅子に座り、メッセージカードを作るか手紙を書くか、悩み始めた。
　パティと紅薔薇は子供達から少し離れて、その様子を笑顔で見守る。
「うふふっ。一生懸命に頑張る子供達の姿、可愛いですね♪」
「そうじゃな。妾も依頼人のルサリィ殿と同じで、プレゼントは贈り主が相手のことを思いながら、努力を重ねて用意することが大事じゃと思うておる。……とは言え、今回の相手はまだ幼き子供らじゃ。妾達がいろいろと教えてやろうぞ」
「はい！」
　そこでふと紅薔薇は、パティ達が先程まで野原に行っていたことを思い出した。
「話は変わるが、押し花に使う良い草花は見つかったのか？」
「ええ。このお屋敷の庭師の方がいろいろな植物を植えてくれたおかげで、材料には困りませんでした。四つ葉のクローバーを見つけた子もいましたし、五月に咲く花もいっぱい入手できましたよ。でも今日一日で押し花を作り上げる方法は限られているので、制作はセレナさんとフェイトさんにお願いしました」
　押し花は通常、制作に一週間ほどの時間がかかる。だが今回はアイロンを使い、その日のうちに完成する方法を選んだ。
　流石にアイロンは子供達には使わせられないので、セレナとフェイトが押し花を作ることになった。
「……じゃがカゴいっぱいの草花に、アイロンをかけるのは大変そうじゃ。後で冷たい飲み物とタオルを差し入れてやるかの」
「はっ！？　そうですね。室内で熱中症になったら、大変です！」
　洗濯室で汗を流しながらアイロンをかけるセレナとフェイトの姿を思い浮かべた二人だったが、子供達から呼ばれるとすぐに忘れてしまった。


○手作りのお菓子
　咲魔 詩乃(ka4990)が待つ調理室へ、紅薔薇は子供達を連れて入る。
「詩乃殿、準備は出来ておるかの？」
「うん！　クッキー作りの準備は万端だよ」
　詩乃はすでに頭には三角巾、体にはエプロンを身に着けていた。
「さあ、みんな。ボクと一緒にママさんの似顔絵クッキーを作ろうね！　まずは三角巾とエプロンを身に着けようか。紅薔薇さん、手伝ってくれる？」
　自身も三角巾とエプロンを着用した紅薔薇は、深く頷いて見せる。
「もちろんじゃ」
　子供達に三角巾とエプロンをつけながら、詩乃と紅薔薇は会話をする。
「ところでパティさんは？」
「セレナ殿とフェイト殿に冷たい物を差し入れる為に、慌てて洗濯室へ向かったのじゃ。……メッセージカードの制作と手紙の作成に、少々時間がかかってしまっての。二人とも、無事だと良いのじゃが……」
　心配そうに遠い目をする紅薔薇を見て、顔を引きつらせる詩乃。
「……ああ、アイロンは熱いからね。でっでもきっと大丈夫だよ！」
　その後は二人とも、黙々と作業を続けた。
　そして子供達全員の準備が整ったところで、詩乃は調理台の前に立つ。
「先に材料の分量は測り終えているから、後は材料を混ぜていくだけだよ。紅薔薇さんとボクとで作り方を教えていくから、頑張ってママさんの似顔絵クッキーを作ろうね！」
　二人は体の小さな子供達の側へ行き、クッキー作りを優しく丁寧に教えていく。
「ふう……、生地は一通り完成したのぉ。詩乃殿、これからどうするのじゃ？」
「着色料を用意してあるから、ママさん達の髪や眉毛、眼や唇の部分は色付けしようと思っているの。眼が黒い人なら、チョコチップでも良いと思うんだけど」
「そうじゃな。生地を色付けした後は、少し冷やそう。その間に、子供達を休ませるのじゃ」
　

　クッキー生地を冷やしている間に、詩乃と紅薔薇は子供達を居間へ連れて行く。
　メイド達からアフターヌーン・ティーを出されると、喜んで子供達は食べ始めた。
　二人は紅茶を飲むと、ほぅっ……と息を吐く。子供達にお菓子作りを教えることは、思っていた以上に体力と精神力を使うからだ。
「はあ……、やっぱり子供って可愛いね。こんな子供達からプレゼントを贈られたら、どんな物だって親は喜ぶよね」
「そうじゃの。それにこんなに頑張っておるのじゃ。喜ばぬ母はいないじゃろう。……しかし母を厚遇するほど、父はヤキモチを焼くものじゃ。父の日がまた大変そうじゃの」
「父の日……か。ボクのパパは似顔絵クッキーをあげたら、スゴク喜んでくれたんだよね。『大切にとっておく』って言ってたけど……、今頃どうしているかな？」
「少なくともクッキーは食べておかねば、大変なことになっておると思うぞ？　食べ物は長い間、原型を保ってはおらぬからな」
　紅薔薇の冷静な一言を聞いて、詩乃の体は硬直した。


○贈り物は心を込めて
　アフターヌーン・ティーを食べ終えると、再び調理室に戻る。そして子供達は冷えたクッキー生地で、紅薔薇と詩乃に手伝ってもらいながら母親の顔を作っていく。
　形作れた似顔絵クッキーをオーブンに入れて焼いている間に居間へ戻り、今度はラッピングの準備を二人ははじめた。
「せっかく作った似顔絵クッキーは、ちゃんと包んでママさん達にあげようね」
「いろいろなラッピングの材料を用意したから、好きなのを選ぶと良いのじゃ」
　テーブルにラッピングの材料を置くと、次に詩乃は色とりどりの色紙を、紅薔薇は裁縫道具をそれぞれ手に持って見せる。
「あと色紙を使って、折り紙を作ってみようか。鳥や花なんかも作れるんだよ。ボクが作り方をちゃんと教えるからね」
「妾はあらかじめ用意していたこの白いハンカチに、刺繍をすることを教えようぞ。今回は簡単に、母のイニシャルをハンカチの隅に刺繍するのじゃ。難しいことではないからの。やってみたい者は申し出るのじゃ」
　子供達はそれぞれ、興味がある方へ向かって行く。
　クッキーを焼いている間は折り紙や刺繍に集中して、焼き上がる時間になると調理室に戻った。
　詩乃はミトンを両手につけるとオーブンを開けて、鉄板に並んでいる似顔絵クッキーを見て破顔する。
「わあ！　上手にできたねー。まだ熱いから、冷めたらラッピングしようね。きっとママさん達、喜ぶよ」
　甘い香りが漂う調理室に、タオルで顔を拭きながらセレナとパティが大きなカゴを持って入って来た。カゴの中には押し花がたくさん入っている。
「甘いクッキーの匂い……ですね。美味しそうな匂いです……」
「押し花は全部完成しましたよ。ルサリィさんが子供達のお母様達を呼びに言ったとフェイトさんからお聞きしましたから、そろそろおいとましましょう」
　紅薔薇はパティの言葉を聞き、慌てて柱時計を見上げた。
「おっと、もうそんな時間になっておったか。では仕上げに入るのじゃ」
　全員で居間へ移動して、似顔絵クッキーをラッピングした後、贈り物をまとめて入れるカゴを子供の人数分用意する。封筒にメッセージカードや手紙、押し花を入れて、カゴの中に似顔絵クッキーと共に入れた。折り紙と刺繍入りハンカチもカゴに入れて、最後に子供達の姿を綺麗にする。
　客間ではメイド達が来客を迎える準備をしており、子供達はカゴを持ちながら中で待機することになっていた。
「それじゃあ……みなさん、頑張ってください……」
「お母様達を驚かせてくださいね」
「贈り物はどれも心がこもっておるのじゃ。自信を持って渡すと良い」
「みんな本当に頑張ったね。後は自分達の力で、ママさん達を喜ばせてあげてね」
　セレナ・パティ・紅薔薇・詩乃の四人は子供達に笑顔で手を振り、フェイトの案内で裏口へ向かう。


　裏口から外へ出たところで、正面入口の方から複数の来客の物音が聞こえてきた。入れ違いに母親達が訪れたらしく、四人は胸を撫で下ろす。
「でも……子供達が母親の為に、頑張っている姿を見ていたら……何だか羨ましくなりました……」
「……私もセレナさんと同じ気持ちです。なので喜ぶお母様達の姿を見れないことは、ちょっと残念ですね。フェイトさん、どんな様子だったのか後で教えてください」
「はい、パティ様。必ず」
「また何かあれば呼んでくれ。子供達の為に働くのは、悪い気はしないのじゃ」
「楽しかったもんね、紅薔薇さん。それじゃあそろそろ、ボク達は行くね。フェイトさん、ルサリィさんによろしく言っておいて」
「かしこまりました、詩乃様。そしてハンターの皆様、このたびはありがとうございました」
　そう言ってフェイトは深々と頭を下げた。


○後日談
　数日後、フェイトは報酬を支払うついでに、後日談を伝えにハンターズソサエティに訪れる。
　子供達から改めて母の日のプレゼントを贈られた母親達は、喜びのあまり泣き出す人もいたらしい。
　またその後、子供達は自らの手で何かを作ることに興味を持って、いろいろな物を作ろうと学んでいるようだ。
　結果的には成功であるものの、やはり父親の嫉妬は少なからず出たようである。


＜終わり＞