【MN】『あなた』が望んだ世界へ

マスター:星群彩佳

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
8日
締切
2016/08/16 22:00
完成日
2016/08/28 22:31

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

☆流れ星に願ったことは……

 夜遅くまで働くハンターの『あなた』は、ふと空を見上げると流星群が眼に映る。
 流れ星は見た時に願い事を三回唱えると叶う――と言われていた。
 一つの流れ星では難しいだろうが、流星群が相手となれば話は別。空を覆いつくすほどの数多くの流星群ならば、何か一つの願い事が叶うかもしれない――。
 そう思ったハンターの『あなた』は、流星群を見上げながら必死に願い事を三回唱えた。
 そしてその夜、布団の中に入りながらぼんやりと流れ星に願ったことを思い出す――。

 もし自分がハンターでなければ、
 もしこの世界にヴォイドがいなければ、
 もし亡くなったあの人が今も生きているのならば、
 ――と、ハンターである自分がいつもなら口に出せない夢の可能性が、思い浮かぶ。

 切なさに胸が締め付けられながらも、『あなた』はゆっくりと眼を閉じる。
 すると星が強く輝き、『あなた』を望む世界へと導いた。
 夏の一夜に『あなた』が見る夢とは……。

リプレイ本文

☆クローディオ・シャール(ka0030)が望んだ世界
「う……ん、朝か……」
 その日の目覚めは、いつもと何かが違っていた。
 けれどどう違うのかは分からず、とりあえずクローディオは上半身を起こす。
 するとタイミング良く部屋の扉がノックされて、男性使用人達が朝の準備をする為に入って来た。
「おはよう。今日もよろしく頼む」
 クローディオが声をかけると、使用人達は嬉しそうに微笑んだ。

 そして朝の準備を終えると、両親が待つダイニングルームへ向かう。
「おはようございます。お父様、お母様」
 いつもの席に父と母は座りながら、息子を笑顔で迎えてくれる。
 幸せそうな両親の姿を見ながら朝食を済ませたが、食後の紅茶を飲んでいる時にふと穏やかな空気が変わった。
「えっ? 私にお見合いの話が?」
 父は笑顔でいながらもどこか有無を言わせぬ迫力を込めて、見合いの話がきていることを息子に告げる。
「えぇっと……ああ、いけない! 今日はこれから友人と会う約束をしているんだった。申し訳ありませんが、その話はまた後で!」
 言い終えるとすぐにクローディオは席を立ち、ダイニングルームから逃げ去った。
「ふう……。流石に一人息子がこの歳まで独り身でいることは、父にとっては少々外聞が悪いらしいな」
 慌てて自室に駆け込んだクローディオは、深く重いため息を吐く。
「シャール家の跡継ぎは俺しかいないし、嫁をもらわないことには一人前として認められないのが世間体というものは分かっているんだが……」
 暗雲を背負い、ブツブツと言いながらも、外出する準備をはじめる。
 貴族のシャール家に生まれたクローディオは、他に兄弟がいない。その為、幼い頃より跡継ぎ教育を受けて育ち、結婚の重要性も充分に理解しているつもりではあったのだが……。
「今のところは俺の味方である母も、もうそろそろ『孫の顔が見てみたい』と言い出しかねないな。俺の友人達が次々と結婚をして、子を儲けているし……。彼に相談してみるか」
 『これから友人と会う』と言ったのは本当のことで、クローディオはヘルメットをかぶると屋敷を出て、駐輪場へ向かった。
 そして愛用しているママチャリに乗り、使用人達に見送られながら外へ走り出す。
「夏の暑さは大分和らいできたな。ママチャリのヴィクトリアで走るには、気持ち良いぐらいだ」
 周囲からは『ママチャリの貴公子』と呼ばれていることも気にせず、気持ち良さそうに風を浴びながらクローディオはママチャリで走り続ける。
 だが熱気のせいか、一瞬視界が歪んだ。
「……っ! ちょっと休憩した方が良さそうだな。約束の時間までまだあるし、あそこの川原で休もう」
 近くに川原があったので、クローディオはママチャリをとめて、ヘルメットを取ると草原に横になる。しかしその表情は、曇ったまま――。
「何だろうな……。何かが足りない……と言うか、違っていると言うか……」
 眼に映る光景が、まるで蜃気楼を見ている気分になるのだ。
 今朝、ダイニングルームへ入った時も、そう感じた。
 父はいつもと同じだと思えたのだが、母は何故かその席に座っている事に違和感を覚える。その席には母ではなく、違う女性が座っていたような……。
「まさか……、な。父と母は幼馴染みで恋愛結婚をして、一人息子である俺をずっと大事に育ててくれたんだ。父は母の事を凄く愛しているし、他所に愛人なんか作っているはずがない」
 自分自身に必死に言い聞かせるように呟きながらも、閉じたまぶたの裏には再びダイニングルームの光景が浮かぶ。

 シャール家の跡継ぎとしてクローディオが座るはずの席には別の若い青年が座っている姿があり、父の正妻である母が座るべき席に座る女性はダイニングルームに入って来たクローディオに見向きもしないのに、その青年は何故か自分を見て心底嬉しそうに微笑みながら声をかけてくる。
『……さん』

「違うっ……! 俺には『 』なんて存在しない! ……へっ? 俺は今、何を……?」
 叫びながら眼を開けて上半身を起こしたクローディオは、何を思い浮かべていたのか忘れてしまった。
「確か俺の今までの人生を振り返っていたような……って、マズい症状だ。早く彼の所へ行った方が良いな」
 大きく息を吐きながらヘルメットをかぶったクローディオは、それでも何かが欠けた感じをぬぐい切れない。
「貴族であるシャール家の跡継ぎとして、満ち足りた人生を送っているはずなのに……。大切なものを見失っているこの感覚は、何なんだろうな?」
 その問いに、答えられるものは【この世界】にはいない――。
 クローディオはふと空を見上げると、名前や顔も思い出せない誰かの瞳の色に似た美しい空の色に胸が締め付けられる。切なげな表情を浮かべながら、無意識のうちに手を伸ばした。


☆ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が望んだ世界
「あ~、こうも蒸し暑いと、急患が続出して参るな」
 季節は夏だが、昨夜は大雨が降った。朝には上がっていたものの、湿気と熱気のせいで倒れる人々が続出しているのだ。
「医者は季節関係なく、いつでも忙しいぜ。でもクローディオとの待ち合わせには、間に合いそうだな」
 白衣のポケットから懐中時計を取り出して見ると、約束の時間までまだある。
 ジャックは街中に拠点としている小さな診療所に戻ると、帰る途中で屋台で買った瓶入りのレモンミントティーを呷る。
「……くぅっ! 冷たい酒よりも、体が冷える効果があるハーブティーを飲んだ方が効くな!」
 瓶は氷水の中で冷やされていたので、疲れた体に染み渡るのだ。
 閉めていた窓を開ければ涼しい風が入ってきて、診療室の空気が変わる。
「ふぅ、落ち着いてきた。とりあえず、貧民街の連中の症状は軽いもんで良かったぜ。何日もかかりっきりてぇのは、流石に勘弁だしな」
 普段はこの診療所で一人、ジャックは訪れる患者達を診ていた。
 しかし今日は診療所を開けるなり、貧民街の子供達が入って来て「多くの人達が倒れてしまった!」と言う。
 ジャックは急いで往診カバンを持って、朝から貧民街で患者達を診て回ったのだ。
「ほとんど薬いらずで済んだのは良いが、今度、暑さでバテた時の対処法を教える教室でも開くか」
 貧民街の人々のほとんどは文字を知らず、知識もろくに分からずに生きている。何かを教える時は口頭で、実技を行いながら教えるのが一番なのだ。
「アイツが今、教会で教室をやっているが、まだいろいろと足りねぇみたいだな」
 ジャックはイスに深く腰掛けると、貧民街のボロい教会で教師をしている親友のことを思い出す。
 年齢は倍ほど上の親友は、リアルブルーからの男性転移者だ。しかしこちらの世界に来る前から難病にかかっており、クリムゾンウェストでは治療の方法すら見つからなかった――のだが。
「運良くどっからか医者が訪れて、無料で治してくれたんだよな。しかもいつの間にか、いなくなっていたし」
 その頃ジャックはまだ貴族の息子で、誰かを治療する術など持っていなかった。
 それでも不思議な縁で知り合えた親友の命を救ってくれた医者に礼をしようとしたのだが、それすら出来ないまま今に至る。
 けれどその一件で、ジャックは変わった。貴族としての生き方を捨てて、医者になる人生を選んだのだ。
「ウチんとこは兄弟が多いから、一人ぐらい貴族じゃなくなっても痛くも痒くもないから楽だぜ」
 貴族として生きる中で、下層階級の者達への奉仕がある程度義務付けられている。
 グリーヴ家はジャックを医者にして、街中に診療所を建てて一般市民を無料で診療させることで、貴族としての奉仕の意味を成そうとしていた。
 ジャックはその思惑を利用して、貧民街の人々にもその恩恵を受けさせることにしたのだ。
「医療器具代も薬代も、思惑に乗った他の貴族達からたんまり出ているしな。……後は俺様の体力次第ってとこだ」
 患者を診る以外にも、ジャックは様々な難病の治療法を研究している。その為に、時折ジャックの方が患者になることもあるのだ。
 そのことを心配してか、貴族友達のクローディオが定期的にこの診療所へ訪れる。
「まっ、アイツはアイツで、たった一人の跡継ぎっつう立場がいろいろキツクなっているんだろうな。……しかしクローディオにはそろそろ嫁さんをもらってもらわねぇと、こっちに飛び火がくるんじゃあたまんねーぜ」
 ジャックは言った途端に、真っ青な顔色になる。
 と言うのもほんの数日前、久々に実家に帰ったジャックは家族全員で夕食をとった。
 その後、祖父と二人っきりで酒を飲んでいた時に、妹とクローディオの婚約話がうっすらと出ていることを聞いて、一気に酔いが醒めたのだ。
 妹はまだまだ幼いので冗談の部分が大きいだろうが、それでもクローディオが今後数年も独り身でいて、妹が結婚適齢期に入ってしまうと本気度が高まる。
 王家に連なる貴族であるシャール家と、祖父の代から成り上がった貴族であるグリーヴ家は、実は両家とも繋がりを持ちたがっている事をジャックは薄々気付いていた。
「もし俺様が女だったら、間違いなくシャール家に嫁がされただろうな」
 ジャックは鳥肌が立った両腕を手でこすりながら、ブルブルと震える。
 つい先日この事を親友に話したところ、何か変な想像をしたらしく、元重病人とは思えぬほど腹を抱えながら涙を流して大爆笑をされた。
 ジャックが怒って見せると、親友に今度は真剣な表情で「他人事ではないだろう?」と言われてしまう。
「……俺様もそう遠からず、結婚適齢期に入っちまうんだもんな。仕事を理由にいつまで逃げられるか分からねぇが、とりあえずクローディオには結婚に前向きになってもらわねーとな」
 窓の外から、ママチャリのベルの音が聞こえてきた――。


☆黒の夢(ka0187)が望んだ世界
「んんっ……ハッ!? いけないっ、居眠りしちゃっていたのな!」
 目覚めた黒の夢は、舌足らずに叫びながら首を横に振る。
 すると腕の中の赤ん坊が驚いてぐずりだしたので、慌てて微笑みを浮かべて見せた。
「ああっ、ゴメン! 自分が産んだ赤ちゃんを驚かせるなんて、いけないママなのな!」
 赤ん坊は白い布に包まれており、黒の夢と同じ肌の色をしている。母親に必死に慰められたおかげか、やがて赤ん坊は泣き止んだ。
 ホッとした黒の夢は気が緩んだのか、大きな欠伸をしてしまう。
「ふわあぁ……。でもこんなに天気の良い日に、森の中を散歩していて眠くなるのはしょうがないのな」
 近所にある森林公園に娘を連れて散歩していた黒の夢は、自然の中にいる心地良さから思わず大きな木の下に座り、ウトウトしてしまったのだ。
「にしても、パパは遅いのな。仕事が忙しいのは分かっているけれど、たまには家族の時間を優先してほしいのな~」
 一般の人々を護る仕事をしている黒の夢の夫は妻と娘を深く愛してはいるものの、生活費を稼ぐ為になかなか仕事時間を減らせないことが最近の悩みとなっている。
 今日は仕事を午前中に終わらせると言うので、久し振りに森林公園で親子水入らずで過ごそうと約束をしたのだ。
 しかし午後を過ぎてもなかなかやって来ない夫の事を黒の夢が疑わしく思い始めた時、夫は汗を大量にかきながら全速力でこちらに走って来た。
 黒の夢は夫があまりにも激しく謝るので、責める言葉を失う。
「もういいのな。それよりホラ見て、『……』くん。このコ、最近満面の笑みを浮かべるようになったのな!」
 黒の夢が赤ん坊を夫へ向けると、娘は嬉しそうにキャッキャッと笑った。
 夫は喜んで黒の夢から赤ん坊を受け取ると、隣に座る。
「ねぇ、『……』くん。我輩、ちょっと考えていたんだけど、このコがもう少し大きくなったら働こうかと思っているのな」
 すると夫は眼を見開き、驚いた顔を黒の夢へ向けた。
「そっそんなに驚くこと? だって『……』くんはいっつも忙しそうだし、このコの妹や弟を産むとなるとやっぱりお金がかかるのな」
 妻が現実的なことを言うものの、それでも夫は嫌がる。
 すると黒の夢は、呆れた表情を浮かべてしまう。
「『……』くんは昔からそうなのな。我輩と出会った時から、変わらないのな」
 黒の夢は過去に人身売買をしていた者達にさらわれて、見世物小屋に売られた事があった。そこで展示品にされていたところを、犯罪組織を解体する為に動いていた夫に助けられたのだ。
 夫は黒の夢に一目惚れをして、すぐに求婚してきた。
 夫の強い恋愛感情を受け入れた黒の夢は、妻になることを決めたのだ。
 しかし夫は黒の夢を溺愛している為に、外に出ることをあまりよく思わない。ゆえに生活費で苦労させないようにと仕事を頑張っているのだが、それが黒の夢にとっては寂しさにつながってしまっている。
「我輩だって、愛する夫や可愛い我が子の為になることをしたいのな」
 黒の夢は隣に座る夫に寄りかかりながら、赤ん坊の顔を覗き込む。すると黒の夢の両目から、光が失われた。
「我輩の継ぎ接ぎだらけの可愛い娘……。みんなの分まで生きるのよ」
 その声は慈愛に満ちていながらも、どこか闇が滲んでいる。
 
 黒の夢は気付いていた。今この時は、夢幻の世界で過ごしている事を――

 ぼんやりしながら黒の夢は、夫の顔を見上げた。しかしこんなに間近にいる夫の顔は、何故かよく見えない。
(本物の『彼』は、とっくに亡くなっていたのに……。顔を忘れてしまっているほど、年月は経ったのな)
 現実世界で黒の夢は、彼と結婚することはできなかったのだ。
 リアルブルー出身の彼は、世界と種族を越えて黒の夢を愛してくれたのは事実。ところが二人で暮らしている中、彼は仕事で遠征中に亡骸も残せず亡くなってしまった。
 その時の黒の夢は妊娠しておらず、彼との間にできた子供も現実世界では存在しない。彼が黒の夢に残したのは、今の名前のみ。
(今の我輩が生きる世界には、彼はいなくて、赤ちゃんもいない……。けれど多くの仲間達がいて、仕事にも恵まれていて、決して不幸ではないのに……)
 それでも流星群を見たあの瞬間、眠っていた願いが起きてしまった。
 そして今、黒の夢は望んだ世界にいる。
 ふと夫が心配そうな顔をしていることに気付き、安心させるように明るい声を出す。
「ふふっ、『……』くんはそんな顔をしないで。我輩はただ……、もう少しここにいたいだけなのな」
 せめて笑顔を見せたいのに、黒の夢の両目からは涙が溢れ出る。
 その感触は現実感があり、黒の夢は現実世界でも自分が泣いていることに気付く。
 それでもこの夢がまだ終わらないようにと、夫ごと赤ん坊を抱き締めた。


☆エルバッハ・リオン(ka2434)が望んだ世界
「ふう……。理由や原因は分かりませんけど、このこみ上げる怒りは何なんでしょうね?」
 エルバッハは馬型をしたヴォイドに乗りながら、眼下で繰り広げられているハンターVSヴォイドの戦いを見ている。
 ハンター達は下位のツォーン達を率いる、高位のツォーンであるエルバッハに憎しみと怒りの視線を向けていた。
「あの視線、生意気でかなり苛立ちます。怒っているのは、私の方なのにっ……!」
 怒りの表情でギリッと親指の爪を噛むエルバッハは、これまでのハンター達との戦いを思い返す。

 エルバッハはヴォイドであり、植物のバラとの合成生物――つまりキメラだ。
 普段はクールな美しいキメラに見えるものの、その根底はやはり憤怒の歪虚らしく、ちょっとしたことで怒りを爆発させる危険な存在だった。
 その為にヴォイドを天敵とするハンター達との戦いは数多く、長年繰り返している。

「――でも何で私は、こんなにハンターにこだわるんでしょうか? やはり転化したモノ……だから、ですかね」
 ふと冷静に戻ったエルバッハは、自分の両の手のひらをジッと見た。
 エルバッハの体はバラの部分を取り除けば、クリムゾンウェストに存在するエルフという種族によく似ている。外見は十二歳ほどの少女の姿をしており、『前世』の姿は予想ができた。
「ですがエルフは長命らしいので、自分が正確には何歳で亡くなったのか分かりません」
 ため息を吐くエルバッハは、自分の『前世』のことを多少なりと気にしている。
 ヴォイドとして生まれ直してから、かなりの年月が過ぎていた。いくら長命のエルフとはいえ、エルバッハを知る家族や同族達が未だに生きているかは分からない。
「エルフは負のマテリアルの悪影響を受けやすいようですし、私の外見は少女でも案外弱るような年齢まで生きていたのかもしれませんね」
 『前世』のことを思い出そうとすると頭の中に黒いモヤがかかり、自分が何者であったのか思い出せないのだ。
 それでも唯一忘れずにいられたのは、自分の名前のみ。
「そしてヴォイドとしての戦い方は、すぐに分かりましたっけ。……ついでに『前世』の自分がツォーンによって倒されたことも」
 自分を倒したヴォイドによって、転化する種属が決まる。
 つまり憤怒の歪虚であるエルバッハの『前世』は、ツォーンによって倒されたことになるのだ。
「もしかしたらハンターとしてツォーンと戦い、負けてしまったのかもしれませんね。まっ、今となってはどうでもいいことです」
 『前世』のことを完全に思い出したとしても、エルバッハが元の存在へ戻ることは絶対にありえない――。
 エルバッハは手のひらから戦場へ視線を戻すと、すでに下位のツォーン達の大半は敗れていた。
「ハンター達の数も大分減りましたね。もうそろそろ私も出陣するとしますか」
 エルバッハは手綱を握り締めると、下へ降りて行く。
 高位のツォーンであるエルバッハは、多種多様な戦い方をする。
 エルバッハの後頭部には大輪の赤いバラが咲いており、そこから睡眠効果がある花粉を出す。怒りの具合によって、花粉は濃さや噴出範囲を変える。
 そして左腕は複数のバラの棘が絡んで出来ており、高熱を発しながら伸縮することができた。時には鞭のように振るい、また投網のように広げて敵を捕まえて握り潰すことも可能だ。近・中・遠距離、単体から複数の敵を攻撃できる能力に長けている。
 ――だがそれも、長くは続かなかった。

「……やはり最期はこうなりますか」
 エルバッハの周辺には、ハンター達の死体が複数ある。
 しかし彼らに死を与えたエルバッハもまた、地面に仰向けに倒れていた。胸の中心に、深々と剣が突き刺さった姿で。
「まあ何となく、こうなることは予想していましたけどね。長きに渡りハンター達と戦い続けてきたせいで、すっかり私は有名ヴォイドになってしまいました。そのせいで、率いてきた下位のツォーン達の多くを失ってしまいましたし。今回の戦いが最後になることは、薄々気付いていましたしね」
 自分の体を形成する負のマテリアルが徐々に消滅していくのを感じながらも、エルバッハはどこか冷静だ。
 その表情にはすでに怒りは無く、だが腑に落ちないという顔付きをしている。
「いくら『前世』の私が憤怒の歪虚にやられたとはいえ、何でこんなに怒りを感じていたんでしょうか? ――自分をこんなふうにしたこの世界への怒り? それとも……私がヴォイドになってからも、変わらず平和に暮らす人々への怒りだったんでしょうかね?」
 エルバッハの問いかけに答えられるモノは、この場にはいない。
 ぼやける光景を見ないように眼を閉じたエルバッハは、最後にクスッと笑った――。


☆松瀬 柚子(ka4625)が望んだ世界
「うぅ~ん、まだでしょうか?」
 柚子はクリムゾンウェストの転移門の前で、ウロウロしている。
 クリムゾンウェストとリアルブルーの技術が発達したおかげで、転移門から互いの世界の一般人も出入りが可能となった。
 柚子はリアルブルー出身であったが、留学と修行の為にクリムゾンウェストへやって来た者だ。しばらくすると柚子に覚醒者の素質があることが分かり、ハンターとして働くようになる。
「良い時代になりましたねぇ。昔は一般人が転移門を通ったら生体マテリアルを大量に消費してしまう為に一ヶ月も寝込んだようですし、クリムゾンウェストとリアルブルーを行き来することなんて絶対にできなかったんですから。これでようやく……あっ! お父さん、お母さん!」
 時間になり、リアルブルーからの人々が転移門を通って続々とやって来た。その中で柚子は両親の姿を見つけて、声をかける。
「久し振りだね! ……うんっ、私も元気だったよ。話したいことはいっぱいあるけれど、この世界を案内したいから歩きながら話すよ」
 柚子は両親の間に入ると、二人と手を繋ぎながら歩き出す。連れて行ったのは、転移門の近くにある観光名所だ。クリムゾンウェストにしか存在しない安全なモノ達を見て回れるここは、リアルブルーからの観光客に人気がある。
 柚子の両親も、楽しそうに眼を輝かせていた。
「この世界も楽しいでしょう? 私もはじめてこっちに来た時はいろいろとビックリしたけど、今じゃあすっかり楽しんでいるんだよ」
 柚子自身も楽しそうに笑う。
 三人は観光名所を巡りながら、レストランで食事をすることにした。
 そこで柚子は、両親から今の生活のことについて聞かれる。
「スッゴク充実しているよ! おじいちゃんに教えてもらった剣道のおかげで、ハンターとして活躍しているんだよ。精霊と契約して、スキルも使えるようになったからね!」
 柚子は自慢げに胸を張って見せながら、語り続けた。
「それにハンターとして働き始めてから学校の寮を出て一人暮らしをはじめたんだけど、おばあちゃんに家事を教えてもらっていたから一人でも大丈夫……」
 ――そこまで言った時、柚子は目に映る光景がぐにゃりっ……と歪んで見える。
 すると今まで笑顔だった両親の表情が、無表情に映った。
 しかしそれは一瞬のことで、両親は急に話を止めた娘を心配して声をかける。
 だが柚子はギリッと歯噛みをすると、突然イスから立ち上がった。
「なっ……んでアンタ達の夢なんか見なくちゃいけないのよ! 私を育ててくれたのはおじいちゃんとおばあちゃんであって、アンタ達じゃないの! 反吐が出る! 消えてっ!」
 テーブルクロスを両手で掴み、柚子は引っ張る。すると両親の姿は消えて、続けて周囲も闇の世界へと変わった。
「私はっ……家族の幸せな思い出を夢見たいと願ったのに……! 確かにもうおじいちゃんもおばあちゃんも亡くなっちゃったけれど……、両親の夢なんて見たくはなかった!」
 ゼェゼェと肩で息をしながら、柚子は自分の『現実』を思い出す。

 リアルブルーからの転移者である柚子は、地元では名の知れた家の娘だった。
 しかし両親はお互いに家の為に結婚をして柚子を儲けたのだが、そこに家族としての愛情は全く芽生えなかったのだ。
 両親は夫婦としての愛情はなかったものの、家名の為に外では良い夫婦を演じている。
 娘の柚子は使用人達に世話を見させて、家の中では話しかけることも名前を呼ぶことすらなかった。それでも柚子を将来、良い家に嫁がせる為に、他人の前では仲の良い親子を演じさせられたのだ。
 柚子はそんな両親に嫌気がさすと、当時、剣道道場を営んでいた祖父母の所へ行く。
 いつもは柚子に必要以上の外出を許さなかった両親も、「護身術を学ぶ為」と言えば祖父母の家へ行くのを渋々ながらも許してくれる。
 柚子は剣道の腕をメキメキと上達させていき、家事の方も上手になっていった。
 ――だがそれも、祖父母が生きていたまでの幸せだったのだ。

「ははっ……! それでもあの両親から逃げられたんですから、案外神様っているのかもしれませんねぇ!」
 闇の世界で一人、柚子は自虐的に笑う。
 この世界に来なければ、きっと柚子は両親が望んだ通りに決められた男の家へ嫁がされただろう。
 相手の男が柚子を幸せにしてくれるかどうかなど、両親にとってはどうでもいいこと。ただ家を繁栄させてくれるのならば、どんな酷い男だって良いのだ。
「私を家の為の道具としてしか扱わなかった両親の元へいるより、私のことを誰も知らないこの世界に来て一人で生きる方がよっぽどマシな生き方です!」
 息を切らしながら叫ぶ柚子。しかしその眼からは、熱い涙が溢れ出ていた――。


☆咲月 春夜(ka6377)が望んだ世界
「何か……違うんだよな。違和感と言うか、何と言うか……」
 春夜は幼馴染みの女性であるディアと雨月が、「自分が作ったお弁当の方が美味しい!」と言い合っているのを冷静に見ながら呟く。
 リアルブルーで春夜は大学生として、日々平穏に過ごしている。成績は優秀で、有名大学に首席で合格した。
 幼馴染み達も受験勉強を頑張って、春夜と同じ大学に合格することができた。しかし昼休みになり、学食ではなく作ってきた弁当を食べるとなると、いつも目の前のような光景が繰り広げられる。
 そして結局二人は春夜に自分が作った弁当のおかずを食べてもらい、どちらが美味しいか決めてほしいと言い出すのだが……。
「――うん、自画自賛になるからあまり言いたくないけど、やっぱり自分で作った弁当が一番美味い」
 春夜もまた手作り弁当を持参しており、納得いかない二人は春夜の弁当に手を伸ばす。それぞれおかずをつまんで食べて、絶句してしまう。
「俺が作った卵焼きとからあげ、美味いだろう? まあからあげは昨夜の夕食の残りだけど、結構自信作なんだ」
 春夜が楽しそうに話すも、冷静になった二人は各々自分が作った弁当を食べる。「女より料理上手な男は敵よっ……!」と世にも恐ろしい声で呟きながら……。

 そうして三人で昼食を終えた後は、午後から講義を受ける。
 窓際の席に座りながら、春夜はボンヤリしていた。
(何でこんなに落ち着かないんだろうな? 俺の日常に変化が無さすぎだからか?)
 成人式を終えた春夜は、今の生活に慣れきってしまっている。
 普通の日には大学へ行き、幼馴染み二人や友達と楽しく過ごす。
 その後は数年前から何となくはじめた様々な武道・武術・体術を習いに行く。どれも「筋が良い!」と師から絶賛されたものの、その道に進む気はなかった。
(護身術……ってワケじゃないけど、割とそっちに技を使っているかもな)
 春夜は友人達と飲み会に参加することが多く、帰りが遅くなるとタチの悪そうな男に絡まれている女性をよく見かける。そのたびに護っていたら女性に惚れられて、大変なことになったのは一度や二度ではない。
(でも俺の好みは、制服が似合うロングヘアの女の子なんだよ。……というのは、あまり言わない方が良いな。ロングヘアはともかく、制服の方は……ちょっと見る目を変えられそうだ)
 そもそも春夜は女性を護ろうと思って、強さを求めているわけではない。漠然としているが、『強くならなければいけない』という強迫観念に似た思いに駆られるのだ。
(鍛えた体は、アルバイトにも役に立っているな)
 春夜は街中で友達と遊んでいる途中で、モデル事務所や芸能事務所からしょっちゅう声をかけられる。忙しそうな芸能人になることには興味なかったが、社会勉強の一つとしてモデルのバイトとして働き始めた。
(モデルのバイトの良いところは、オシャレに金をかけなくなるところだな。カットモデルをすれば、カリスマ美容師にタダで髪を切ってもらえる。ファッションモデルをすれば、身に付けた服や靴、それにアクセサリーなどをタダで貰えるしな。しかも最新流行を先取りするんだから、気分は良い)
 整った容姿に鍛えた体を持つ春夜は様々なモデルをしては、使用した物を頂いている。大学へ貰い物を身に付けて行けば、女性達の反応は良く、男性達からは羨ましがられた。
 春夜は目立つことを特に気にしているわけではないものの、やはり注目されることは気分が良い。
 だが幼馴染み二人はそんな春夜を遠くに感じてしまうことがあるらしく、最近はやたらとスキンシップが多いのだ。
(子供の頃は俺にベッタリで、歳を重ねていくうちに離れていったんだが、またくっつくようになったな)
 人目も気にせず絡んでくるので、春夜は気が気でない。
 ディアと雨月もモデルのバイトをしているものの女性と男性では現場が違うことが多く、春夜が複数の習い事をしていることもあり、以前より会う機会が減っていることが不服らしいのだ。
(平穏が過ぎると、刺激を求めたくなるのが人ってもんか?)
 疑問を思い浮かべながら、春夜は顔の向きを幼馴染み二人へ向ける。

 すると春夜の眼には、ディアの姿が15cmほどの妖精の姿、雨月は銀色のフェレットの姿に見えた――。

「えっ……?」
 小声を出して驚いた表情を浮かべると、二人は一斉にこっちを見る。その姿はいつもの美しい女性だ。
 教師に聞こえないように二人も小声で、春夜にどうしたのかと心配そうに尋ねる。
「あっああ……、ゴメン。ちょっとぼ~っとしていた」
 安心させるように、春夜は微笑みを浮かべて見せた。
 そして講義が終わると、春夜は数多くの友人達に囲まれながら談笑する。
(まるで『夢』のような平穏で幸せな一時だ……。もう少し、この世界にいたいな)
 切実な願いを口に出さぬまま、春夜は『人気者の青年』を振る舞い続けた。


<終わり>

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • むなしい愛の夢を見る
    松瀬 柚子(ka4625
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  • 咲月 春夜(ka6377
    人間(蒼)|19才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/08/10 13:42:32
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/10 19:37:02