イメージノベル第二話(1)

辺境と同盟の関係

辺境と同盟の関係

商魂逞しい自由都市同盟の商人達は、辺境向けにも商船をしばしば運航させているようだ。

ポルトワールは、自由都市同盟の中でも特に大きな港町の一つだ。数多の人々日々が多種多様な目的の為に往来を繰り返している。その中の一つに乗り込み、神薙達も同盟領へと足を踏み入れようとしていた。
「ここが自由都市同盟領……港湾都市ポルトワールか。辺境とは全然雰囲気が違うんだね」
「自由都市は商人の街だからね。面白いものが沢山あるから、きっと篠原君も気に入ると思うよ……って、だ、大丈夫? まだ船酔いきつい?」

振り返ると神薙はぐったりした様子。遠い目で港町を眺めている。
「こんなに激しく揺れる乗り物に乗ったのは久しぶりだ。宇宙船の大気圏突破よりは遥かにマシだけど……」

久しぶりの海と大量の水に感動したのも束の間、神薙の旅路はそれなりに辛い物となった。コロニー暮らしの肌に合わない船旅。加えてこのべたつく潮風と生物が腐って液状化したこのにおい。だいぶ慣れはしたものの、ここに来てどっと疲れが表面化しつつあった。
「小さい時は平気だったのに……うっ、ちょっと気持ち悪くなってきた……」
「わっ!? ダメだよ篠原君、もう少しの辛抱だからね! しっかりしてー!」
「ファリフ……ゆ……ゆらさないで……っ」

二人を遠巻きに眺めるヴィオラは、潮風に髪を揺らしながら苦笑を浮かべるのであった。

何とか事なきを得た三人は船から降ろされる積み荷の流れに紛れるように港へ降り立った。同行を許可してくれたこの船はマギア砦とこのポルトワールの間を行き来している連絡船で、辺境への物資の搬入、或いはその逆の役割を担っていた。
「久しぶりのポルトワールだ! うーん、相変わらず賑やかで楽しそう!」
「ファリフ、はしゃいでいる場合ではありませんよ。ここからハンターズ・ソサエティのある“リゼリオ”まではまだ距離があります。あまり目立たないように身を隠……」
「あーっ! ま、まずいよヴィオラさん!」
「ですから、静かにするようにと……」
「積み荷の抜き打ちチェックしてる! どうしょう、篠原君がいるのがバレちゃうよ!」

慌てたファリフが指差す先、既に他の乗組員が積み荷と共にポルトワールの警備兵から取り調べを受けていた。これはそれほど珍しい光景ではない。想定外のトラブルを持ち込まれぬように実施される、ポルトワール側の当然の権利である。だが、今はちょっとまずい。
「聖堂戦士団と僕の事は話つけてあるけど、篠原君の事は言ってないから……」
「という事は……違法輸入品目、という事になりますね」
「輸入って……そんなモノか何かみたいな……」
「自由都市同盟は“商人”の世界だから、商人同士の“取り決め”はすごく重たいんだ! ただでさえ難民問題とかで他国領からの不法入国にはうるさいのに、それが転移者となったら間違いなく大騒ぎになるよ!」

頭を抱えてあたふたするファリフ。ヴィオラも険しい表情で、口元に手をやりながら思案している。ここまで来て神薙は自分の置かれている状況を少しずつ理解し始めた。
「捕まったらどうなるの? もしかして、まずい?」
「どうもこうも……」
「牢屋に入れられてみっちり取り調べを受けた上に強制送還だよ! しかも辺境領も無関係じゃないから、僕達スコール族との信用問題に発展しちゃうかも……っ」
「もしかしなくてもすごくまずいんじゃないか!?」
「積み荷の中に紛れさせ……いえ、そのような姑息な手段が通じる相手ではなさそうですね」
「そ、それでも何もしないよりはましだ。俺が石になればいいんですね!」
「篠原君、真顔で何言ってるの!? 普通に重量測定に引っかかるよ!? わーっ、やばいやばい順番が……順番が迫ってくるーっ!?」

青ざめた表情で小刻みに震えるファリフ。その肩がポンと軽く叩かれた。途端にひっくり返った声を上げるが、振り返った先にいた人物を見るや否や、今度は歓喜の声を上げた。
「わっ! ヴァ……ヴァネッサさん!」
「やあ、久しぶりだねファリフ……っと……なんだ? 飛びつく程、私に会いたかったのか?」
「ヴァネッサさん……助けて!」

要領を得ない様子で小首を傾げたのはヴァネッサと呼ばれたショートヘアーの女性だ。ヴィオラともファリフとも異なる、セクシーで余裕ある物腰の美女である。神薙は内心“またか”と思いながらその女性をしげしげと眺めていた。

「ヴァネッサ……と言いましたか。あなた……一体何者ですか?」

慌てふためくファリフとその傍らに居た何やら事情ありげな少年と聖堂戦士という組み合わせ。ヴァネッサは冷静に“ワケアリ”を見抜き、神薙だけを一時的に連れ出して検査をやり過ごした。後は正規の手続きを終えた二人と合流しただけなのだが、言う程簡単な事ではない。
「なに、ただこの辺りでは少し顔が利くというだけだ。流石に鉱石の山は無理でも、人一人チェックを抜けさせるくらいはわけないさ」
「ヴァネッサさんは悪い人じゃないよ。いつも物資を手配してくれるし、こっちでお世話になった事もあるんだ」
「ファリフは同盟領を歩くには無邪気すぎる。そういえば最初に会った時も……」
「そ、その話はもういいでしょ! もう都会にも慣れたよ!」
「フフ……そうかい? それにしてはキミ、さっきは随分目立っていたがね。いや……厳密には……キミ“達”、かな?」

値踏みするように神薙を上から下へ眺めながら笑みを浮かべる。その視線を遮るように警戒心を露わにしたヴィオラが立ち塞がった。
「助けていただいた事には感謝します。しかし我々は先を急ぐ身。これ以上の手出しは無用です」
「そう目くじらを立てる事もないだろう? 聖堂戦士団の団長様を相手に悪さなんてしないよ」

眉間に皺を寄せるヴィオラ、そして薄らと目を細めて笑うヴァネッサ。やや険悪なその空気を散らすように両手を振りながらファリフが仲裁に入る。
「二人とも仲良くしようよ! 篠原君が見た事ないようなすっごい顔してるよ!」
「俺の事は、お構いなく……」
「つれない事を言うなよ少年。助けてやったんだ、事情を知る権利くらいはあるだろ?」

肩を竦めてウィンクするヴァネッサ。ファリフは背後のヴィオラをチラチラと気にしながらこれまでの経緯を手短に説明していった。
「なるほど……奇妙な連中を見たというから来てみれば、確かにこれは珍客だね。この港町には大概の珍品が集まるが、転移者というのは希少だ。尤も、キミが本物なら……だがね」
「ヴァネッサ。この件はくれぐれも内密に……」
「さて、どうしようか? “沈黙は金、支払は銀”と言う言葉もある。助けてもらって更に口止めまでしようというのなら、誠意を見せたらどうだ?」

ヴィオラの横顔が黒い笑顔に染まっていく事に最も恐怖したのは真横に居た神薙であった。ヴィオラはおもむろに財布を取り出し、金貨を差し出す。
「実に“商人の街”をよく理解している。流石はその名を轟かせる聖堂戦士団長だけはあるな」
「天命に従う私達が金銭で協力を仰ぐのは如何な物かと思いますが、致し方ありません。もしも金銭がお気に召さないのであれば――私、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライトに一つ貸しを作った。そう思ってもらってもいい」

鋭い眼光に射抜かれ、しかしヴァネッサは飄々としていた。ずいっと身を乗り出してヴィオラの顔をまじまじと眺めると、にっこり微笑んで金貨を押し返した。
「そう真に受けるな、ただの冗談だよ。それにしても……面白い。ファリフに免じて金をとるつもりはなかったが……“貸し”か。それは色々とオイシそうだ。金は要らないが、“そっち”は受け取っておこう」

すっと身を引いたヴァネッサだが、まだ二人の間に火花は散っている。ファリフが何かわめきながら間に入りまた両手をぶんぶん振り回す様を、神薙は遠い目で見守っていた。
「リゼリオに向かうなら、ダウンタウンを通り抜ける方がずっといい。表通りは海軍の連中が睨みを利かせているからね。面倒事は避けたいんだろ?」

そう語るヴァネッサの指示に従い、三人は目立たないように軽く変装してダウンタウンを行く事にした。ヴァネッサは「からかった事への詫びだ」と言ってリゼリオまでの道案内を買って出た。渡りに船、大歓迎なファリフ。不満よりも実利を取り承認したヴィオラ。そして神薙はもう頷く事しか出来なくなっていたので、晴れて旅路に新たな仲間が加わる事となった。その代わり大所帯を避け、これまで連れていた部下の兵達とは一時別行動である。
「大通りから少し入っただけなのに、急に薄暗くなりましたね」
「一見華やかに見えるこの街にも色々と事情はある。表通りを歩く太った商人や肩を怒らせた軍人には見えない物もあるし、そういう影を歩いてこそ見えてくる物もあるだろう。少年の目にはこの街がどのように見えるのか……実に楽しみだよ」

自由都市同盟

自由都市同盟

都市連合である同盟の紋章は、賢さをイメージする狐と商業を意味する金貨を主モチーフとし、農業、工業、海運といった主要都市の特色を盛り込んだ物となっている。

――自由都市同盟。それは商人が支配する世界。

活気ある街並みは古来より流れ続けた商人達の血と汗と涙の結晶だ。神薙には想像もつかないような逞しく生きる人々の歴史がここには息づいている。だが華やかな暮らしの中に身を置く者がいれば、こうして光の届かない路地裏の暗がりで一生を終えてしまう者もいる。
「全ては表裏一体、光あるところには闇もあり。大金を手にする夢も、それに破れた失望も同盟にはありふれたドラマさ。金は色々な事を教えてくれる……そうは思わないか、少年?」

ヴァネッサの指先が弾いたコインが空を舞う。表、裏、また表……。くるくると回るそれは、僅かに差し込む光を弾いたかと思うと瞬く間に姿を消してしまった。
「き、消えた……?」
「それと……ここを抜ける時は財布に注意してほしい。こんな風にスられるぞ?」

見ればヴァネッサの手の中には神薙唯一の持ち物である携帯電話があった。財布だと思っていたヴァネッサは首を傾げているが、神薙はあわててそれを引っ手繰った。
「ちょ、ちょっと……いつ盗ったんですか!」
「キミがコインを見ている間に……それにしても珍妙な道具だね。異世界の物か?」
「俺の記憶を取り戻す……唯一の手がかりなんです」

携帯電話を見つめる神薙。ヴァネッサはその肩を強めに叩き、歩みを急かすのであった。