イメージノベル第三話(1)


「カナギ、こっちだよ!」

夜の廃村の中、月明かりとラキの声を頼りに神薙は暗がりを進んでいた。姿勢を低くして物陰から物陰へと慎重に移動しているのは、そこが“敵”のうろつく戦場だったからだ。

王国領と帝国領の間にあったこの小さな村が歪虚の侵攻に巻き込まれ廃村となって数年。嘗ての住人達は既に別の土地で新しい生活を始めているというのに、この地にはまだ歪虚の影響を受け雑魔となった異形の者達が夜な夜な徘徊を続けていた。
「あれってゾンビ……だよね?」
「アンデッドだね。多分墓地から雑魔化して起き上がってきちゃったんじゃないかな?」
「俺の勝手な想像なんだけどさ。もしかしてあいつら昼間来たらいなかったんじゃないか?」
「それはどうだろうねっ! 歪虚だからね! 昼夜とかあんまり関係ない可能性もあるよ!」

何故かはしゃいでいるラキの横、膝をついたままで神薙が冷や汗を流す。

確かに神薙の持つ知識の中のアンデッドとこれらは似て非なる物だ。日中から闊歩していてもおかしな事は何もないのだが、なんというか、先入観として夜は活発そうな印象があった。
「それに今回の依頼って探し物だよね? こんなに暗いんじゃ探し辛くないか?」
「……カ?ナ?ギ?くぅ?ん?」

キリキリと動いたラキの顔が振り返る。そうして少女は少年の肩を掴む。
「さっきから文句ばっかりじゃないかね? いいですか? 一流のハンターというのは、いちいち状況に不満を述べたりしないんですよ? いつも思い通りに行かない、それも依頼というものなのです。それを君はチクチクと文句ばかり言って……なんですか? ヘタレさんですか?」
「一流のハンターはちゃんと状況を確認して、優位性を以て依頼に挑むんじゃ……」
「お黙りなさい! 今地図を見て目的地を確認してるんだから……えーっと……暗くてよく見えないねっ」
「だから昼間にくればよかったじゃんか……ってぇ、ラキ、ラキーッ!?」
「もう、カナギったら……暗くて寂しいからってそんなに先輩の名前を連呼しなくても……ひょえぇっ!?」

神薙に揺さぶられ顔を上げたラキの眼前、“こんばんは”とでも言わんばかり、間近にゾンビの顔が浮かんでいた。慌てて草陰を飛び出す二人へ続々とアンデッドが集まってくる。
「いるならいるって早く言ってよ!」
「言ったろ! どうするんだよこれから!?」
「とりあえず逃げるっ! 地図は多分こちらを示していますっ!」

幸いゾンビやらスケルトンやらの動きは鈍い。覚醒者である二人の全力疾走にはついてこられないようだ。
「探し物はどこにあるんだっけ!?」
「入って右手にある部屋のタンスの一番上だねっ」
「じゃあさっさと回収して帰るぞ……って、ラキ! 前前!」

急ブレーキを掛けながらラキの首根っこを掴む神薙。二人の進行方向には無数のゾンビが行く手を阻むように展開している。追いかけてきていたゾンビも合流し、気づけば二人は完全に退路を断たれてしまっていた。
「くそっ、囲まれたか……ラキ、こんな時はどうする?」
「えっ!? こんな時……こんな時は……」

腕を組んで考え込むラキ。こちらは二人、相手はいっぱい。無勢に多勢で囲まれて、こういう時はどのようにして状況を打開するのだったか。知識としては入っていた筈だが、いざ状況に直面してみると頭が働かない。ラキも“冒険者”としての歴は長いが、“ハンター”として経験豊富というわけではなかったのだ。
「考えてる場合じゃないか……! ラキ、背中は任せるぞ!」
「えっ? あ、う、うん!」

背負っていた大剣を抜き両手で構える神薙。その背中に自らの背中を合わせつつラキもナイフを抜いた。何かこう、思っていたのと違う。いつの間にか神薙が仕切っている状況に先輩としてラキは微妙に腑に落ちない。

のろのろと近づいてくるゾンビを大剣で切り伏せる神薙。ラキもナイフで反撃し、蹴りで吹き飛ばして他のゾンビを巻き込み転倒させる。神薙の事が気になってチラチラと振り返るラキだが、神薙の背中は思いの他逞しく、剣を構えた横顔は凛々しくすらあった。
「あ、あれぇ? カナギ、いつの間にそんなに……」
「余所見するなって!」
「う、うん……って、しまった!?」

首を刎ね飛ばし倒したと安心していた一体のゾンビがラキの足をしっかりと捕えて離さない。疾影士の攻防の基本である機動力を削がれ慌てるラキ。神薙はそれを目にすると両手で構えていた大剣を片手に持ち替え、空いた左手で携帯電話を取り出した。
「ラキ、ちょっと頭下げてろ!」

携帯電話

発動体

一部のスキルでは、スキルの発動に特定カテゴリのアイテムが必要だ。

電源を入れた携帯電話に紋章が浮かび上がり、閃光と共に巨大化したそれが携帯電話の周囲に展開する。それは剣の形をしたマテリアルの顕現。神薙がこの世界で手に入れた精霊の力。もう一つの彼の武器であった。

左右に二種類の剣を手にした神薙はまずラキを捕えていたゾンビに止めを刺し、それから接近していたゾンビ達を回転するように薙ぎ払った。光の軌跡を描きながら次々に雑魔を両断する神薙。ラキは頭を抱えてその様子をポカンと眺めていた。
「す、すご……」

力の発動が限界を迎えたのか、携帯電話から光が落ちる。同時に神薙は地に剣を突いて深く息を吐いた。今の連続攻撃ですっかり消耗してしまったが、粗方敵は片づけたようだ。
「や、やったか……。ラキ、怪我はない?」
「お蔭様でね……って、カナギ後ろ!」

満身創痍の神薙の背後、新たな敵が接近しつつあった。ナイフを構えラキが前に出るよりも早く、そのゾンビの頭を棒状の何かが貫き大地へと縫い付ける。それはどこからか投擲された槍であった。
「――筋は良いようですが、まだまだ詰めが甘いのですね! とうっ!」

声に視線を向ける。民家の屋根の上、月を背に小さな影がそこにあった。舞い降りてきた影は着地と同時に槍を引き抜き、くるりと回すと勢いをつけてゾンビの首を吹っ飛ばした。それでも獲物を求めてもがく胴体に矛先を一撃、止めを刺すと華麗に二人の前に振り返る。
「危ないところだったのですね!」

月光に照らされたその顔は……何故かパルムであった。いや、パルムではない。被り物である。あの知性のない無邪気な眼差しが夜の闇の中逆に不気味に輝いている。

腰に手を当て凛々しく立つ被り物少女だが、神薙とラキの目に光はなかった。表情が死んでいた。一向に告げられる気配のない二の句に被り物女は業を煮やしたのか、努めて咳払いを一つ。
「私は謎の正義の味方! 人呼んで……美少女パルム戦士、グラムーンッ!!」

ちゃんとそれらしい手順を踏んだポーズと共に名乗りを上げたが、二人の反応はいまいちどころではなかった。まだ目が死んでいた。
「……ラキの知り合い?」
「あんな変な知り合いはいないよ! カナギのじゃないの?」
「俺もあんなかわいそうな感じの知り合いはいない筈だけど……」
「……あー、チミたちチミたち。聞こえちゃってるのですね。もうちょっとオブラートに包んだ物言いをしてもいいんじゃないですかね。命の恩人じゃないんですかね」

顔を見合わせ、ゆっくり立ち上がる二人。それから丁寧に頭を下げ。
「助けてくれてありがとうございました。それじゃ、俺達先を急ぐので……」
「ああ、どういたしま……ちょっと待つのですねッ!? ここから先は危険だ、二人で行くなんてとんでもない! 三人パーティーを組むべきなんじゃないのそうなんじゃないの!?」

それとなく立ち去る事に失敗した二人は強引に謎のパルム女を仲間に加える事になってしまった。不服にも三人パーティーとなった神薙達は目的地を目指し、ぞろぞろと夜の闇を進んでいくのであった……。