イメージノベル第三話(3)

約300年前に興った最新の魔法技術である機導術は普及にも熱心であり、一般の技術進歩にも貢献している。


「カナギんは“機導師”ですか? 帝国には錬金術師組合という機導研究機関もあるですよ」
「あ、いや。俺、なんとなくクロウに教わってるだけで、別に機導師ってわけでもないんだ」

そもそも教わっているというか、クロウの興味の対象にされているだけというか……。いや、興味の対象という言い方はなんだか少し嫌だ。少年は思わず頭を振る。
「頭の中にクロウが良く浮かんでくる日だな……」
「クロウはあれで錬金術師組合の偉い人なので、ある意味組合で学んでいると言えなくもないと思うですが……“クラス”は三百年前から連なるハンターの技術の結晶です。きちんとクラスを得て学べば、あっという間に強くなれるのですね」
「よく聞くんだけど、そのクラスって?」
「……クロウは一か月間何を教えていたのですか?」
「どっちかっていうと俺が教えていたような……俺の世界の事を……」
「……クラスというのは、マテリアルを扱う方法を体系化した物です。“闘狩人(エンフォーサー)”、“疾影士(ストライダー)”、“猟撃士(イェーガー)”、“聖導士(クルセイダー)”、“機導師(アルケミスト)”、“魔術師(マギステル)”、“霊闘士(ベルセルク)”の七系統。これは即ち、今現在七通りのマテリアルの扱い方があるという事です」

嘗てまだこの世界にクラスという概念がなかった頃、ハンター達はそれぞれが独自の方法で厳しい修行を重ね、少しずつマテリアルの扱い方を覚えていった。それは一人の武人が生涯を賭けてようやく会得に至るような所謂“達人技”で、全てのハンターが使いこなせるようなものではなかった。

しかし一人前になるまでに一生という時間を費やすようではあまりにも時間がかかりすぎる。歪虚と戦っていく為には一人前の使い手を出来るだけ短期間で効率的に育成する事が必要だった。そこでハンターズ・ソサエティはハンター達が個人で持っていた技術を纏め、現時点で七つの系統として編纂。効率よく技術を学ぶ手段として、クラスという概念を生み出したのだ。
「クラスとは言わばその系統の技術を学ぶ効率化されたマニュアルのようなものなのです。だからクラスに沿ってマテリアルを学んでいけば、誰でも短期間で“達人”になれるわけですね。逆に言うと今でもクラスとかほったらかしで修業を積んで達人になっちゃうバカもいます」
「バカって……」
「精霊との契約もマテリアルを学ぶ方法も効率化され、女子供でも簡単に一流の戦士を目指せる時代になったのです。その積み重ねられてきた技術や歴史をシカトして一人で山奥に籠って修行してたら、そりゃバカってもんなのですね」
「……つまり、俺もクラスに沿って学んでいけば一流のハンターになれるって事か」
「そういう事なのですね。歪虚と戦う為にハンターは必要不可欠。だからハンターを強くして戦ってもらう為に、ハンターズ・ソサエティは常に全力のサポートを充実させているわけです。その為のユニオン、その為のクラスですよ」

説明に納得して神薙が頷いていると、そこへクロウが近づいてきた。何故かその手には料理をたんまりと乗せた大皿が鎮座している。
「よう。依頼、大成功だったらしいな。こいつは祝いだ、皆で食ってくれ」
「皆耳が早いなぁ……ってクロウ自分で食ってるし!」
「無論、俺の昼飯も兼ねてんだよ。しかし神薙、お前さんまた珍妙な連れを捕まえたな?」

フォークを片手にグラムーンを指差すクロウ。確かにこれは珍妙としか言い様がない物体だ。
「クロウとは知り合いなんじゃ? グラムーンの方は知ってる風だったけど」
「あ? グラムーン……? 知らねぇな……いや、待てよ? なんかこいつ、どっかで見覚えがあるような気がするぜ……どこだったか……あっ」

ポンと手を叩き、口を開くクロウ。
「あんた、タング――」

その瞬間、身を乗り出したグラムーンがフォークをクロウの口の中に突っ込んでいた。別にまだどこにも刺さってはいないが、喋ったら刺す……そんな意志が感じられた。口を開けたまま固まるクロウを少し斜めにずれたパルムの被り物が無邪気な瞳で見つめている。
「……だ、黙ってりゃいいんだろ……わかった、わかったよ」

わけもわからず唖然とする神薙の目の前で二人のやり取りは終了した。グラムーンは黙っていたが威圧感を発し続けていたし、クロウは居たたまれない様子でこれ以上はどうにも突っ込めそうになかった。

なんとなく気まずい食卓の中、そういえばさっきからずっとラキが黙っているなと思い至り、声をかけてみようかと神薙が視線を向けたその時である。元々騒がしかった店内の中でも明らかなほど扉が勢いよく開かれ、柄の悪い三人組の男が来店してきた。
「ちっと邪魔するぜぇ」
「……珍しいな。ありゃ帝国軍の制服だが」

クロウの声に従って男たちを見てみると、確かに着ている服が一緒だ。あれが噂の帝国の……そう物珍し気に眺めていた神薙だが、男の中の一人とばっちり目が合ってしまった。
「……おい、そこのお前!」

料理を食べながら周囲を見渡す神薙。そこへ三人組が肩を怒らせ近づいてくる。
「お前だお前! そこで呑気に飯食ってるお前だよ、ガキ!」
「……あっ。え、俺?」
「お前だなぁ? 転移者の神薙ってやつはよぉ。最近この辺じゃちっと有名みてぇじゃねぇか!」

ようやく食べる手を止めた神薙を三人がじろじろと品定めするように眺める。それから顔を見合わせ、何やら相談を始めた。
「おい、こいつが本当に転移者なのかよ? なぁんか聞いてたのと違うなぁ」
「スッゲー力持ってるらしいぜ? でもこんなガキじゃなぁ……」
「ガキだろうがなんだろうが伝説の転移者なら皇帝陛下もお喜びになられるだろ」

居心地悪そうに俯く神薙。クロウはわしわしと頭を掻きながら見かねたように立ち上がる。
「……おいあんたら。幾らなんでも飯時に不躾だろ。何か用ならはっきり言ったらどうだ?」
「んだてめえ? 誰もてめえとは話してねぇだろが! おい、転移者の神薙だな? 俺達と一緒に来てもらおうか!」
「いい加減にしろ。神薙は俺のダチだ。文句があるなら俺を通せ」
「るっせーんだよメガネ! てめえは引っ込んでろ!」

怒声と共にクロウが突き飛ばされると店の空気が一変した。完全中立であるはずのこのリゼリオの中で、不可侵であるはずのハンターに対し帝国兵が横暴な態度を取った。その事実はこの店に集まっているハンター達にとって看過出来ない事だ。
「んだてめえら……何見てんだオラ! 俺達は天下の帝国軍だぞ!? 何か文句あんのか!?」
「……何をしてるのかわかってるの? カナギは“ハンター”なんだよ?」

席を立ち、神薙を庇うように前に出たラキ。帝国兵はそんなラキに顔を近づけ睨み付ける。
「テメエこそわかってんのかぁ? 俺達とやり合うって事は、帝国軍とやり合うって事だ。ヴィルヘルミナ皇帝陛下に弓引くのと同じ事なんだぜぇ?」

こんな下っ端兵士と揉める事がそこまでの大事だとは誰も思ってはいないのだが、帝国軍に目をつけられれば面倒なのも事実。だからこそ周囲のハンター達もまだ飛び出さずに様子を見ているのだ。相手がどんな人間であれ、ハンターは国軍と敵対してはならないのだから。
「転移者をこんな所に隠しやがって……だからテメエらハンターはうざってーんだよ! まともに歪虚と戦う気力もねぇくせに偉そうにしやがって。転移者はなぁ、帝国で運用されるのが一番なんだよ。それが世界の平和の為なんだっつーの!」
「それは違うよ……! ハンターだって平和の為に戦ってる! 皆自分の守りたいものの為に命を懸けてる! 軍に属しているかなんて関係ない! 何が正しいのかなんて、確かにあたしにもわかんないよ……。でも、どうしたいのかはカナギ自身が決める。他の人間がカナギの事を勝手に決めつける事だけは、絶対に間違ってる!」
「ラキ……」

いかつい男三人に囲まれて怖くない筈がないのだ。それでもラキは気丈に神薙を庇っている。またラキに助けられている……それが神薙には悔しく、そして申し訳ない気持ちで一杯だった。
「……ちょっと! 店に迷惑ですから、外に出て話しませんか?」
「カナギ……駄目だよ、ついていったら何されるかわかんないよ!?」
「それでもこのまま皆に迷惑をかけるよりましだ。大丈夫。俺はもう一人でも、大丈夫だよ」

優しくラキに微笑みかける神薙。それがラキにはどうしようもなく辛かった。やはり神薙を連れて行かせるわけにはいかない。立ち塞がり首を横に振るラキ、その手首を男が掴み上げた。
「痛……っ」
「テメエ、さっきから邪魔ばっかしやがって……退け!」

これには流石に見ていられなくなったのか、複数のハンターが立ち上がり……かかったその時。いつの間にか移動していたグラムーンがラキの手を掴んでいる男の横で溜息を零した。
「……ったく、ド三流のチンピラ風情が。陛下の名を汚してんじゃねーですよ」
「あぁ!? 今なんつった!?」
「――その薄汚い手を離せっつったんだよ、クソガキ」

額に青筋を浮かべ、ラキから手を離しグラムーンに掴みかかる男。その手をやり過ごし、手首を掴み足払い。男の身体は勢いよくグルンと回転し、グラムーンの足元に顔面から減り込んだ。
「……こいつ、今何しやがった?」
「ふざけた格好しやがって……ナメんじゃねえぞ!」

グラムーンに襲い掛かる帝国兵達。色々な意味で心配し助けに入ろうとするラキと神薙だが、クロウが背後からその肩を叩く。
「安心しろ。あいつに任せときゃ何も問題はねえからな。何せあいつは……」

巨大なグラムーンの頭を掴み上げる帝国兵。持ち上げられてジタバタしていたと思いきや、スポっと音を立てて中身が落下する。同時に腰の入った肘打ちで男をふっとばし、最後の一人にはどこからか取り出した鋼鉄の仮面を投擲。男の頬に綺麗に赤い筋が通ると、その背後の壁に仮面が突き刺さり小気味良い音を響かせた。

ブーメラン仮面

投擲可能な仮面

非売品です。

「な、な、なんだぁこいつ……!?」
「お、おい……ちょっと待て、あいつ見た事あるぞ。確かユニオンの……」

神薙達には背を向けていてわからなかったが、どうやらグラムーンの顔は帝国兵にとって見覚えのあるものだったらしい。周囲のハンター達にとってもそうなのか、すっかり安心して成り行きを見守っている様子だ。

少女一人に打ちのめされた男三人は何かを相談すると、慌てて店から逃げ出していった。その様子を見届け、グラムーンは金色の髪をかき上げ肩を竦める。
「やれやれ。帝国の名を出さないと強がりも出来ないとは。まさにグリフォンの背に乗るユグディラですね……っと」

壁に突き刺さっていた仮面を引き抜いて装着し、ゆっくりと振り返るグラムーン。その姿にはラキも見覚えがあった。そして全てを納得し、ほっと胸を撫で下ろす。
「そっか。そういう事だったんだ……」
「えっ? もしかして理解できてないの俺だけ?」

野次馬の歓声を浴びて両手を振る仮面の少女。床に落ちていたパルムの被り物を小脇に抱え、笑顔で神薙達にピースを向けるのであった。