イメージノベル第四話(1)

ハンターズ・ソサエティ

ハンターズ・ソサエティ

ハンターズソサエティの紋章は、立ち上る黒炎を貫く剣。300年前の大侵攻の後、対歪虚の為に作られた組織である事を示している。

 リゼリオ上空を通過した謎の巨大艦が不時着したという事実は瞬く間にクリムゾンウェスト全土へと広り、この歴史上前例のない異常事態にハンターズ・ソサエティは各国代表を招集。巨大艦への対応を協議する為の会談が開かれる事となった。
「あの高速艇、無人島に向かっているのかしら」
「そのようですね」
「まだ会談も始まっていない段階で乗り込んでいくなんてね」
 会談はハンターズ・ソサエティが所有しているリゼリオの大会議場を利用する。各国代表はリゼリオの街まで各国ユニオンに設置された転移装置を利用し移動した後、徒歩で会場を目指していた。
 リゼリオの街は全体がざわついた雰囲気に包まれている。トラブルには慣れっこのハンター達も動揺するこの状況下、この二人組はまるで平常心を乱されてはいなかった。
 自由都市同盟代表、自由都市評議会議長。“コンシェルジュ”、ラウロ・デ・セータ。豊かに蓄えた顎鬚をいじりながら、杖を片手に老人は海を眺める。その表情は穏やかそのものであり、彼の横顔からは静寂以外のどんな感情も読み取る事は出来ない。
「良かったのかしら? 抜け駆けじゃない、アレ」
「リゼリオは同盟領にある都市の一つですが、ハンターズ・ソサエティはあらゆる国家、組織から独立した存在です。ハンターの勇敢な行動に“評議会(コンシェル)”が口出しするような事はありませんよ。それに彼らもこの状況を憂いての行動でしょうからね」
「ふぅん……。どうせただの暇潰しなんだから、あっちの方でも良かったかしらね」
 鮮やかな緑色の髪をかきあげながら微笑む女にラウロはただ穏やかに笑みを浮かべる。極彩色のドレスローブを纏ったその姿から彼女が魔術師であるという推測を立てるのは容易い。しかし女はただの魔術師ではない。
 魔術師協会会長、ジルダ・アマート。魔女と呼ぶに相応しい妖艶さに天才的な魔術の才能を秘めたこの変わり者をラウロが同行者として選んだ事に、特に深い理由はなかった。というより、このお祭り騒ぎに興味を示し、勝手についてくると言い出したのはジルダの方だったのだが。
「あれが例の巨大艦ね。ここからでも見えるなんて……そう、街一つ分に匹敵する大きさだというのは、誇張された噂話というわけでもないのね」
 薄っすらと笑みを浮かべながら腕を組み船を眺めるジルダ。その横顔を一瞥しラウロは歩き出す。
「さあ、会議場へ向かいましょう。皆さんをお待たせしてはいけませんからね」
 視線はまだ船に向けたままでラウロに続くジルダ。その挙動からはあの船に対する単純な興味、好奇心しか感じ取る事は出来ない。極端な話、ジルダはあの船がどうなろうと別に構わないのだ。その扱いがどのように転がった所で、“面白い事”になるのは確約されている。
「やはり、あなたを連れてきたのは正解でしたね」
 評議会の議員を連れてきたのではこうはいかない。ジルダは聡く、組織にも権力にも固執しない。あくまでも個人的な興味本位でやってきたのだから、その言動から欲が滲む事もないだろう。
「頼られるのは悪い気分じゃないけれど……どうせまたいやらしい事でも考えているんでしょう?」
 肩を竦めながら笑うジルダ。老人は決して内心を表に出す事なく、ただゆっくりと歩みを進める。

グラズヘイム王国

グラズヘイム王国の紋章は、聖なる盾を配した煌びやかな物だ。千年王国とも呼ばれる歴史に裏付けされた輝かしさと、幾度かの危難に際して抗し続けた人類最後の守りとしての自負が込められている。

「……王女殿下……システィーナ殿下!」
「はひっ!?」
 びくりと背筋を震わせて前を向く。グラズヘイム王国、“王女”システィーナ・グラハムは大司教セドリック・マクファーソンの声で我に返った。どうやら例の巨大艦を眺めている間に足が止まってしまっていたようだ。
 システィーナはグラズヘイム王国の王女であり、しかし少女であった。十六歳の双肩は歴史ある偉大な王国の名を背負うにはまだ華奢が過ぎる。だからこそ彼女は女王ではなく王女であり、セドリックという後見人に支えられなんとか王の不在を守ってきたのだ。
 謎の巨大艦が来訪したという知らせを受け会談に出席する為にこうしてやってきたものの、王女の小さな身体は緊張でがちがちであった。そこへ視界に飛び込んできたあの巨大な船。呆気にとられてしまうのも無理はないのだが、セドリックは王女らしい振る舞いを求め溜息を零す。
「あれも魔導機械の一種なのでしょうか? リアルブルーの機導術は進んでいるのですね……」
「殿下、今からそのようなご様子では同盟や帝国の代表に足元を掬われてしまいますぞ。今回の会談は各国の主義を交わす討論の場となるでしょう。ただ圧倒されているばかりでは王国の意志を示す事もままならな…………殿下? 殿下、聞いておられますか?」
「あ……はひっ! ご、ごめんなさい大司教様……やっぱりあの紅い船が気がかりで……」
 ぺこぺこ頭を下げながら慌てふためくシスティーナ。ヴィオラはそんな二人のやり取りを一歩下がったところから見つめていた。
「そういえば……ヴィオラ様はリアルブルーからの転移者と行動を共にしていたのですよね?」
「はい。篠原神薙という名の少年でした」
「その……どうだったのですか? その方は……?」
「今もリゼリオに滞在しているとは思いますが……この騒動ですから、正確な居場所までは把握しておりません。先の高速艇で無人島に向かった可能性もあるかと。彼個人だけを判断するのであれば、そうですね……少なくともエクラの神に背くような人物ではなかったと思います」
「では、善い人なのですね!」
「……転移者の一人が善人であったからと言って、全てがそうであるとは限りません。転移者も人間であるというのなら当然の事です。それは殿下もご理解の事でしょう」
 まるで野に咲く華を手折るようなセドリックの一言でまたシスティーナはしゅんと肩を落としてしまう。だが彼の言う通り。この世界が一人の善意の下に一枚岩となる事が出来るというのなら、システィーナもとっくに女王として即位していたかもしれない。
「だとしても……わたくしは……」
 胸に手を当て、ゆっくりと顔を上げる。少女の揺れる瞳には、それでも覚悟の光が宿っていた。
「行きましょう、大司教様。誰かの善意が、悪意に染まってしまう事のないように」
「ええ、それでは……殿下、もう少し足元をお確かめになってください。この辺りは舗装が……」
「えっ? ……はうっ!?」
 勇み足で歩き出したシスティーナが石畳に躓き、しかしそれを予想していたセドリックが華麗に受け止める様を眺め、ヴィオラは頬に手を当て不安げに溜息を零すのであった。

ゾンネンシュトラール帝国

ゾンネンシュトラール帝国

富の象徴たる羊の上に、燃え盛る炎の剣を配した帝国の紋章は、血を流し闘い続ける決意の象徴だ。帝国軍装の基本デザイン同様、紋章も左右非対称となっている。

「……陛下はあの船をどのようにお考えですか?」
「ふむ……? 凄く大きくて、凄く強そうな船だな」
 会議場の廊下を悠々と進むヴィルヘルミナ・ウランゲルはゾンネンシュトラール帝国の“皇帝”。若くして巨大軍事国家の頂点に立つ異端児は長い髪を揺らしながら微笑みを絶やさず歩みを進める。若い軍人の男がその後ろに続いて問いかけるが、女は碌な答えを返すつもりがない。
「ヴェルナー・ブロスフェルト……オズワルドの言う通り真面目そうな男だな」
「は……」
 としか答えようがない。ヴェルナーは辺境に聳え立つ要塞、ノアーラ・クンタウに帝国軍より派遣された“管理者”である。今回は辺境の代表者として会談に参加する事になったが、彼の所属は所詮帝国。ならば当然その立場は帝国の意志に沿った物でなければならない。
 しかしこの皇帝はヴェルナーに自らの考えを明かそうとはしなかった。上が何を考えているのかわからなければ話を合わせようもないのだが、困り果てたヴェルナーを見て女皇帝は楽しげに笑っているだけである。
「ヴェルナー……貴様は別に私の発言を補佐せずとも良いのだ。貴様には貴様の、辺境を取りまとめる管理者としての立場があろう?」
「しかし自分は帝国の士官です。辺境の管理はあくまで軍の任務として……」
「ならば猶の事、その任を果たす事に集中すると良い。私の国の事は私が決める。貴様に求めるのは私の国をどうしようかという事ではなく、辺境管理官の立場としてこの事態にどのように対処すべきかと、そのような所にあるのだからな」
「は、はあ」
「そう悩むな。せっかくの色男が皺で台無しになる」
 自らの額を指さしながら皇帝は無邪気に笑う。何とも言えない表情で足を止めるヴェルナー、その視線の先で女は会議場へ続く扉へ手をかけた。