イメージノベル第四話(2)

 両開きの扉を勢いよく開け放ち、ヴィルヘルミナは会議場へと乗り込んだ。既に出席者は大方揃っており、帝国関係者の二人が最後であった。集中する視線を心地良さそうに浴びながら腕を組み、ヴィルヘルミナはぐるりと周囲を見渡す。
「うむ。遅刻のようだな、ヴェルナー?」
「ですから急ぐようにと自分は申し上げたのですが……」
 額に手を当て溜息を零すヴェルナーを無視してヴィルヘルミナが見つめたのはシスティーナであった。笑顔で手を振るヴィルヘルミナにシスティーナは少しだけ手を振り返そうとするも、セドリックの視線を気にしてままならない。仕方なく俯いたままスカートをぎゅっと握りしめた。
「あの、ヴィルヘルミナ様。各国代表者の皆様はあちらに専用の席を用意してありますので、どうぞあちらの方に……」
「いや、私はここで構わんよ」
 おずおずと声をかけたハンターズ・ソサエティの受付嬢ミリア・クロスフィールドであったが、ヴィルヘルミナはそれをスルーしてハンター達が立ち並んでいる議席に割り込んだ。こちらの卓の周辺は複数のハンターがごった煮になっており椅子もないので各国代表の為にわざわざリッチな専用席を用意したのだが、ヴィルヘルミナはハンターの末席に立ったまま動く気配がない。
「あ、あの?……?」
「私の立ち位置は私が決める。私が座ればそこが王座であり、私が立てばそこが演説台となる」
「は、はいっ?」
「ここで良い。そちらの席には……そうだな。ヴェルナー、貴様が座ると良い」
「……はっ? いやまさか、陛下の席に自分のような者が……」
「良いから四の五の言わず座っていろ。誰か居なければ座りが悪いのだろう?」
 冷や汗をだらだら流し、観念したようにヴィルヘルミナの席に腰掛けるヴェルナー。俯いた男の前、机には“ゾンネンシュトラール帝国代表”のネームプレートが輝いていた。
「あの……私っ、ちゃんと準備しましたよね? 私、粗相はなかったですよね……!?」
 振り返りハンター達に問いかけるミリア。ハンター達は一様に困惑した様子で目を逸らすのであった。
「遅れてやってきたというのにその傍若無人な振る舞い。流石はゾンネンシュトラール帝国皇帝と言ったところですか。しかしここは各国が平等に対話を交わすべき場。礼節は弁えて頂きたい」
 咳払いと共に睨みを利かせるセドリック。システィーナは横でびくりとした後、おろおろと視線を行き来させている。その様子にヴィルヘルミナは腕を組み、目を瞑って微笑んだ。
「褒め言葉として受け取っておこう。王道とはその本質に置いて自惚れてあるべき……我を通してこその王である。システィーナ殿下もそう思わないか?」
「え? はっ、いえ、あの……」
 俯いてもじもじしているシスティーナの様子にセドリックは険しい表情を浮かべる。何とか気の利いた答えを返そうと胸に手を当て深呼吸を繰り返すが、言葉を紡ぐより早くセドリックが咳払いを落とした。
「……王女殿下。見た事のないリアルブルーの技術に興奮するのはわかりますが、今は控えてください」
「あ……ごめんなさい大司教様。あの船があまりにも大きいものだから、つい」
 会議場に設置された大型モニターには件の大型艦の画像が映し出されていた。自然と全員の視線がそちらに動き、システィーナはほっと胸を撫で下ろす。
「まあまあ、皇帝陛下。ここは冒険都市リゼリオ、武や覇を競う場ではございません。ここに住まう者が苦難に立ち向かう時は、貴賤を問わず誰もが知恵を出し合うのです」
 穏やかな口調で、しかし割り込む余地を与えずゆっくりと捲し立てるラウロ。この老人の喋りには茶々を入れるのが難しく、ヴィルヘルミナは頬を掻きながら露骨に面倒そうな顔をした。
「我々もそれに倣って巨大艦の処遇について考えようではありませんか。どうでしょう、皆さん?」
「ラウロ様の仰る通り、我々は未曽有の困難に対し結束し対応する為にここに集った筈です。今我々が成すべき事、それは国同士でいがみ合う事ではなく、より良い未来について言葉を尽くす事です」
 システィーナの言葉に何度も頷くラウロ。ヴィルヘルミナは僅かに肩を竦める。
「そ、それでは……まずは各国代表者の皆様と、ハンターズ・ソサエティ側の意向について挨拶とご説明を……」
「――不要です。ソサエティ側の意向については既に明確に示されています。先に出発した高速艇……あれはソサエティが我々に許可なく巨大艦の調査に差し向けたものでしょう? これから対応を協議しようと言う中、これは明確な抜け駆け行為であると言えます」
 ミリアの言葉を遮り落ち着いた口調で批難するヴェルナー。ミリアは慌てて弁解するが。
「あ、あれは巨大艦の調査目的ではなく、あくまでもソサエティ側による新型高速艇の試運転という……」
「そのような見え透いた言い訳が我々相手に通せるとお考えですか? でしたらその甘さは思い直す事を勧めさせて頂きますよ」
 完全に真っ白に燃え尽きたミリアがフラフラした足取りで隅っこにへたりこむと、数名のハンターが駆け寄りその肩を叩いた。お前はよくやった……が、相手が悪すぎたのだ。
「お忙しい中時間を作って頂いたのはこの場に出席する誰もがご存じの事でしょう。無駄な挨拶は不要、早速会談を始めましょう」
「その前に……あなたが辺境の代表者なのかしら? 帝国軍人のようだけれど……」
 話の腰を折るようなタイミングで手を上げるジルダ。ヴェルナーは冷静に説明する。
辺境地域

辺境地域

辺境地域で広く使われている紋章は、深夜に赤い月へ狼が座って遠吠えをする意匠である。特定の部族の紋章ではなく、辺境地域の諸部族が連帯を必要とする時に使われてきた。

「皆さんが辺境と一言に纏める場所は、複数の部族からなる複合社会です。本来ならば辺境地域を代表すべきは彼ら部族の人間であるべきですが、現状、部族には統一された代表者と呼べる存在が確定していません。帝国はそんな状況を見かね、部族の保護と支援の為にノアーラ・クンタウを建造し、軍を駐留させているのです」
「あなたがそのノアーラ・クンタウの代表者って事ね。説明ありがとう……それと、勉強不足でごめんなさいね。次からは挨拶が不要になるよう、気を付けておくわ」
 小さく笑うジルダだがとてもごめんなさいという雰囲気には見えない。露骨な挑発であったがヴェルナーはそれに乗るような男ではなかった。ただ会釈を返すだけでやり取りは終了する。
 実質、辺境地域は帝国の支配下にある。辺境部族は既に一つの集団として取り扱えない程に離散した状況にあり、一名の代表者を選出する事は不可能だ。故にヴェルナーという辺境管理官がやってきたわけだが、それは帝国側の考えに基づくものに過ぎない。しかしだからと言って王国にも同盟にも辺境の現状を変える余力はなく、不本意ながらもそれを認めるしかなかった。
「ヴェルナーの出席について異論はないようだな。では早速会談を始めようと思うのだが……何やら騒がしいな?」
 小首を傾げるヴィルヘルミナ。その視線の先、会議場へと続く扉を開け放ち一人の少年が駆け込んできた。肩で息をしながら会議場の中をぐるりと眺め、少年はゆっくりと前に出る。
「会談の最中に騒がしいですね……何事ですか?」
「あらぁ? あれってもしかして、噂の……?」
 正反対の反応を見せるセドリックとジルダ。少年に遅れて数名のハンターが駆けつけると、背後から少年の身体を取り押さえた。
「こ、こら! 大人しくしろ!」
「申し訳ありません、我々は止めたのですが……!」
「は、放せ……放してくれ!」
 少年は覚醒者としての力で強引に抵抗する。ヴィルヘルミナは歩み寄り、ずいっと顔を近づけ少年の瞳を覗き込んだ。突然の過剰接近に呆ける少年だが、すぐさま決意と共に声を上げる。
「――俺の名前は篠原神薙、リアルブルーからの転移者です! 俺はあの船について情報を持っています! お願いします……俺を会談に参加させてください!」
「ほう? 貴様があの篠原神薙か。タングラムに聞いていたより無茶をする。……おい、誰かこいつの参加を前以て報告されているか?」
「し、し、篠原さん……駄目ですよーっ! この人達本当に偉いんですからっ!」
 慌てて駆け寄るミリア。もう泣き出しそうな顔をしていたが、神薙は一歩も譲らない。
「ラキやクロウがサルヴァトーレ・ロッソに行ってくれたんだ。ここで俺がこの人達を説得出来なかったら全部が台無しになる!」
「サルヴァトーレ・ロッソ……それがあの巨大艦の名前なのですね?」
 席を立ち、ゆっくりと神薙に歩み寄るのはシスティーナだ。片手で護衛のハンターを制し神薙を解放させると、神薙の手を取りにこやかに微笑みかける。
「わたくしの名はシスティーナ・グラハム……グラズヘイム王国の王女です。篠原神薙、あなた様はあの船について……あの船に乗ってきた人々についてご存じなのですね?」
 慌てて頷く神薙。システィーナは振り返り、会場全体に語り掛ける。
「いかがでしょう? 我々はあの巨大艦について多くを知りません。彼の申し立ては僥倖……篠原神薙様を会談に参加させてみては?」
「ほう……? 私に異論はないが、ラウロ殿はどうか?」
 ヴィルヘルミナの問いかけに頷き返すラウロ。ヴェルナーは背後から素早く神薙をボディチェックし、持っていた携帯電話を奪い取るとハンター達が並ぶ卓の隅を指差した。
「寛容な判断に感謝する事ですね。さあ、そちらの席へどうぞ」
「お、俺の携帯……」
 ヴェルナーはミリアに携帯を渡すと席に戻った。神薙は意を決し指定された場所に向かうのだが……そこはヴィルヘルミナの真正面、向かいの席である。
「どうした。貴様は晴れて正式な参加者の一人となったのだ。堂々と立ち並ぶが良い」
 これまで神薙の周囲にちらついていた帝国の陰。目の前にいるのがその皇帝であると思えば尻込みするのは当然の事である。だがここで怖気づいていては話にならない。虚勢だろうがなんだろうが絞り出し、立ち向かうしかないのだ――。