※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
ふしめ

「噂はこちらにも届いております」
 良くてそこそこ上級の使用人による対応だろうと思っていたのだけれど、まさかの当主本人との会談が可能になっていた。
「学生だった頃から高瀬さんの高名は聞き及んでいました。その当人である貴方にそうおっしゃってもらえるとは……光栄です」
 求められた握手に常識の範囲内の力加減で返しながら、鬼塚 陸(ka0038)も愛想笑いに見えない微笑みを浮かべ答える。
 小隊を企業として立ち上げ、今なお様々な業態に手を伸ばしできることを増やし続けているが、まだまだ足りないと本能が訴える。ただそれに従って走り続けているだけだと謙遜するだけなら簡単だけれど、目の前のこの男性にはそれは通用しないだろうこともわかっていた。
(相談に乗ってもらっておいてよかったよね)
 今日訪れるこの場所だけに限らず、社長として顔合わせに走り回るにあたって、必要な心構えや言い回しなど、基本的な事から応用編まで様々な協力者を得て教えられ実戦を繰り返してきた。
 ただ力を奮うだけでは成せないことばかりで今なお慣れていないとは思うけれど。自分にはただ実直に繰り返し挑み続けるしかできないと信じてやってきて今がある。
 特に気をつけろと教え込まれたのは目の前の男のように権力も実力も遜色なく備えた相手との会話だろう。その点において最も優秀な教師となったのは義兄だった。
 似た存在を前にする練習なら練習相手には事欠かなかったが、既に良好な関係を築いた相手とのやり取りでは緊張感に欠けた。せめて言動に理由を求めても、感覚的な説明ばかりで逆に難解だったりといまひとつ。だが義兄は次期当主としての立場があり組織のトップに立つ者として先輩で、陸の愛妻が才女であることからもわかるように実力も備えていて、愛妻を溺愛する兄という結婚前の障害の象徴でもあったために緊張感を取り払いにくい相手だ。なおかつ交流を重ねた結果わかったことだが、努力型だったおかげで説明も得意としていたので陸にとって最も良き教師役だったのだ。
 そんな義兄は今、クリムゾンウエストで、愛妻と一緒に星空と星彩の面倒を見てくれていることだろう。
(早く帰りたい……始まったばかりだけどね?)
 今は家族が何をしているだろうと思考を飛ばしてしまいたい所だけれど。
(この人も、父親……ではあるんだよね)
 男の視線を受けとめながら、この後の段取りを思い返すことにする。

 インターホンのチャイム音がこちら側にも聞こえてくる。懐かしくなるだろうかと仄かな期待はあっさりと霧散する。
 どれほど記憶を探っても、この音に聞き覚えはなかったのだ。思えば自分への来客なんて親しい関係は存在などしていなかった。
 あらかじめ決められた、むしろそうするように依頼されたのだろう学友はスケジュールを把握しあった上での交流で、自室で待つようなことはなかった。
 定期的に訪れるのは家庭教師くらいで、それだって私的な部屋に入れるなんてことはせず、学習用の部屋を利用するのが当たり前だった。
 あとは身の回りの世話をする使用人が数名。これも身元がしっかりとした、信頼のおけるものに限られていたしきっと護衛も兼ねていたのだろうと今ならわかる。
 気にしないようにしていたけれどずっと傍に居るのだから身のこなしは自然と思い浮かべることができた。武力を振るえるようになった今、彼等が一般人ではなかったと納得できるようになっているのだ。
 私的な部屋を予定外に訪れるのは、気紛れに呼び出す両親が遣わした連絡係だけ。用件も事務的か自己満足の塊でしかなくて、ただそれに頷けば、感謝しているように見せればそれで全ては当たり前に過ぎ去っていた。
『……どちら様でしょうか』
 随分と待たされたものだと思うけれど、それを理不尽だとは思わない。
 来客対応専門の使用人が居ることだって知っている。きっと得体のしれない格好の人物に戸惑っていたのだろう。
 カメラの向こうでこちらを見ているのは間違いないと、不審な動きをしないように努めた。むしろ何もしないで立ったままを維持しておいた。
 視線を巡らせてはいないので確実な子とは言えないが、この場所を確認できるよう、監視カメラもある筈だ。むしろない方が驚くだろうと思う。
 異なる世界が隣合い情勢は容赦なく変わっていく。警戒していない筈がない。
 不審者と断じきれない存在にどう対応すればいいのか、急ぎの確認を行っていたのだろう。
 無礼にならないよう最低限の敬語が使用されていることに笑みをこぼしそうになって、表情を崩さないように努める。
『差し支えなければ、お顔も隠しておられるお召し物も外していただけないでしょうか』
 目深に被ったフードでは、口元は隠せなかったのだ。
(不審者と断じ切れなかった、ということかしらね)
 それとも、何か察するところがあったからこそ、下の者にまで通達してあるのかもしれない。
 名のある家であることに変わりはないらしい。伝があって、きっと自分の名も見つけたのだろう。
(よく出来ているわ)
 きっと中に居たらこんなところにまで気付けなかった。気付いて、何か変わったわけでもないだろうけれども。
「そうね、失礼だったわね」
 軽い声音は意識しなくても出せた。今の当たり前の話し方だから、なんの緊張も混ざらない。未悠(ka3199)の顔を捉えた家の者達がどんなやり取りをしたのかは聞こえなかった。
『お入りください』
 その一言の後、閉ざされていた門は開かれた。

 交わす言葉の節々に、思惑を染み込ませているような。
(手強いってこういうことを言うんだろうな)
 知らず話し続けていたならば、きっと陸は男の思うままの言葉ばかり連ねていたに違いない。いや、学び始めたばかりの頃でも白旗を振っていただろう。今でこそ気付いていないふりを装ったり、雑談として挟む子供の話で逸らしてはいるが、それだって結構すれすれの綱渡りだ。
(でも、こっちは一人じゃないからね)
 二枚立ての作戦で来ているこちら側と、予測できない事態に慌てるあちら側。経験の差を覆すための手段はいくつか講じてきている。
(そろそろ時間だと思うんだけど。未悠の方はどうなったかな)
 きっとこの部屋の外は随分と様々な情報が行き交っているのだろう。けれど要である当主は今自分という来客に対応中。指揮系統、組織体制は日ごろから鍛えられているだろうけれど。
(行方を捉えきれなかったご令嬢が突然現れたら、動揺くらいはするかと思ったんだけど)
 今のところ、緊急の案件だとでも言って当主に話を持ってくる者は居ない。だから当主の慌てた様子なんて微塵も気配がない。
(僕の交友関係から未悠を見つけていた可能性は大前提だ)
 何より当主がこの場に居ることが証明している。
(でも、何も取り次がせないつもりみたいだし……それだけ切り離して考えているのか、ただの興味がないのか)
 予想はいくつもあげられる。一般的な推測と、未悠から聞いていた話と。実際の男を前にしてもなお、真意を見出すのは難しい。
 とうに未悠は同じ屋根の下に居るはずだ。予想していたからこその今は、何を意味するのだろうか。
(こっちから言いだすのを待っている、とか? そんなことするはずがないじゃないか)
 高瀬家との縁を作っておくことは企業としての利がある。しかしこの場に至るまで、陸は未悠の名を出していない。
 公私の切り離しはもちろんだけれど、扱い方を間違えれば、様々なものが壊れる可能性だってある。
(できるだけやってみるけどね、姉さん?)
 届くわけではないけれど、想いだけは飛ばす。あの世界で育んだ関係は今だって続いている。
(うまくやれるといいよね)
 今なお交わす会話の裏を読みあいながら、陸は時間を引き延ばすことに専念する。

「ご案内いたします」
 その一言だけで先導しようとするのを遮って追い抜いたからか、息を飲む音が続く。
「いいわ、応接室の場所くらい知っているから」
「今はお客様がいらしていて」
「あらそうなの?」
 そ知らぬ顔で振り返れば、焦っている様子が目に入る。ならばとサロンとして使われていた部屋へと足を向けた。
 まだまだ若手なのかしらとどうでもいい思考がよぎる未悠の後ろで安堵の吐息が零れる。見慣れない顔だ。この場所を離れてから何年も経っているのだから知らぬ顔が居るのだって当たり前だ。
「アポイントメントを取っていないのだもの、仕方ないわね」
「恐縮です」
 多分だけれど、見慣れないからこそ未悠を止める役割に使われてしまったのだろう。気配を探る限り、こちらを伺って居る人数は少なくない。戸惑いの空気が強いように思うのはきっと勘違いじゃないのだろう。
(リクの方は……順調なのかしらね)
 応接室に向かっていく使用人は居ないことにも気付く。
(どこまで知っているのかしら)
 底の知れない人だと思っていた。敷かれた道を外れたらどうなるのか、恐れていたし、その道を敷いた象徴だった。
(でも、今は)
 未悠は未悠の人生を生きていると胸を張って言えるから。
(そうね、多分きっともう、怖くはないのよ)
 くるりと踵を返し、進む先を変える。
「どうなさいましたか?」
 即座に問えるほどに教育された使用人の声も聞こえないとばかりに、迷わずに向かう。
「行き先を変えさせてもらうわ」
 我慢はとうの昔にやめたから。未悠は好きに動くことに決めた。

「……では、次が決まり次第、連絡を」
「そうさせて頂きます、今日は有意義な時間を過ごせました」
「こちらこそ」
「今後とも、よいお付き合いを」
 カツカツカツ……バタン!
 契約の締結を示す握手を交わそうとしたところで、今までピクリとも動かなかった扉が外側から開かれた。
 未悠は足音をあえて立てたのだろう。扉の数メートル前まではそれらしい物音はしなかった。
(収穫はあったんだろうなあ)
 表情に出さずに陸は顔をあげて、正面の男性の様子を伺う。やはり足音を聞いたおかげだろう、動揺らしいものは見当たらなかった。
「淑女教育を忘れてしまったのか」
「ご挨拶もまだなのに随分な物言いですこと」
「来客の前でノックもなしに入って来た者に払う礼儀などないな」
「ならばさっさと出ていくまでね。行くわよリク、用事は終わったんでしょう?」
「そこで巻き込んでほしくはなかった……」
「いいじゃない、この人の前で繕うことはないわ」
「ええー」
 折角作り上げた社長の顔を強引に剥がされる身にもなってほしい。
(言っても無駄だと思うけど)
 陸の内心をよそに、未悠は陸の後ろへと回りこむ。言葉通りに背を押して退室しようとしていた。
「早く帰って旦那様の顔を見たいんだもの」
「それには全面的に同意をするけどね」
「リクだって奥さんとお子さんに会いたいでしょう?」
「出張のお供が姉とかどんな過保護だと思ってたくらいだからね」
「姉の手を貸さなくても問題ない、出来のいい弟で安心しているわ?」
「……まあ、そんなわけで、僕らは失礼しても?」
 ドアを通り抜けながら振り返れば、どこか呆然としているような様子の男の顔が見えた。
「急ぎの御用がありましたら、そちらからもご連絡ください」
「あ、あぁ……」
「では、また」
 ……パタン。

「積もる話とかあったんじゃないの?」
「……リクだって、昔は気まずかったくせに。先輩面しないでちょうだい!」
「そこは素晴らしい奥さんの尽力の賜物だよね」
「私だって、行くべきだとは言われていたわよ。ただ、私があの人と離れたくなかっただけなんだから」
「うん、そうだね」
「今なら世界も、彼脳でも落ち着いてきているから丁度いいタイミングだったのよ。リクの予定に便乗できたし、力になれるとも思ったから」
「んー? 紹介状とかあったっけ?」
「意地悪ね。リクが自分の力だけで積み上げた結果なのは私だってわかっているわ。今日の私はおまけよね」
「言い過ぎなくたっていいよ?」
「……ありがとう」
「まあ、切欠がないとさ、踏みだせないものだよね」
「そうよ、それなの!」
「それで、どうだった?」
「……部屋が」
「うん」
「……記憶のまま、綺麗に残っていたわ」
「なら、よかったね?」
「良かったのかしら……」
「だってほら、あっちで結婚したことも報告できたし?」
「……あっ」
「無意識だったんだ」
「い、いいじゃない、結果的にはいいことなのだから!」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【高瀬 未悠/女/21歳/征霊闘士/生きる場所を自ら決めたことを、勢いに任せたとはいえ】
【鬼塚 陸/男/22歳/守護機師/お互い不器用なだけかとも思うけど、黙っておこうかな?】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
未悠(ka3199)
副発注者(最大10名)
鬼塚 陸(ka0038)
クリエイター:石田まきば
商品:おまかせノベル

納品日:2020/07/06 11:14