※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
未来への途中

 夜気にしっとりとした藤の香が宿る季節。
 自宅の居間で志鷹 都(ka1140)は揺りかごを揺らしながら双子の赤子をあやしていた。
 少し前に引き取った双子の姉妹。
「どんな夢をみているのかな」
 もごもごと幸せそうに口を動かす赤子に都は柔らかく語り掛ける。
 そこに聞こえてくる夕食の後片付けのお手伝いを終えた二女の元気な足音。
 都が唇の前に人差し指をたてれば、はっとして抜き足差し足に切り替える。
「二人とも起きちゃった?」
「大丈夫。でも寝たばかりだから静かにね」
 コクコクと頷いた二女がそっと揺りかごを覗き込む。
「ほっぺピカピカしてる」
「今もピカピカだよ」
 都に軽く頬を突かれた娘が笑う。
「そうだ、お母さん伝話を使ってもいい?」
「伝話? いいけど、二人がちゃんと寝てからでもいい?」
 伝話とは魔導短伝話の改良版だ。魔導短伝話と違い広い範囲をカバー可能。
 例えば都市全域など。代わりに大型化してしまい据え置き型になってしまったのだが。
 更に言えば価格もそれなり。しかし医療従事者として事故などが発生したとき最新の情報を得られるように都の家は早々に導入していた。
 一番の欠点は魔導短伝話と同じく覚醒者でないと使えないという点。
 故に子供たちが使用する場合は母親の都か父親の志鷹 恭一(ka2487)に頼むのが常だ。
「ううん、いいの。お父さんにやってもらうから」
 再び走りかけた足を途中で止めると、そっと降ろし静かな足取りで去っていく。
 それから幾許。ふと廊下をみれば、いつの間にか恭一、上の双子、次男、二女が伝話の周りに集合していた。
 どうしたの?――目線で恭一に問いかけても悪戯っぽく笑うだけ。
 ああいう笑い方をするときは何か企んでいるとき。子供の時からそうなのである。
 大人になって色々変わってしまったけど、不意に子供の頃と何ら変わらない部分が覗く。
「そういうところ、ズルイな」
 揺りかごの中の赤子が「あぅ」と寝言で返事をしてくれる。
 もっとも少し唇を尖らせた都の横顔を恭一が見たら同じように「子供の頃と変わらないな」と笑ったことだろう。
 恭一から受話器を渡された二女が真剣な面持ちで耳を傾けている。
 反対側には次男が耳をくっつけ、双子もしゃがんで受話器に耳を近づけていた。
「やったぁ、明日一日晴れだって!!」
 そのうち嬉しそうな声があがった。
 どうやら気象台から発表される天気予報を聞いていたらしい。
 そうか明日は晴れなのか。丁度病院もお休み。ならばシーツなど大物の洗濯もいいな、と考えている都の元に二女がやって来た。
「お母さん、明日皆でお弁当もって遊びに行こう」
「明日?」
 洗濯もしたいが確かに最近忙しくて家族とゆっくりすごす時間がなかった。
「洗濯なら俺がやろう」
 心の中を読んだのか恭一が言う。なに少し早く起きればいいだけだ、と気楽な調子で。
「じゃあ洗濯は恭にお願いして、私はお弁当を……」
「お弁当は私たちが作るから」
「明日、お母さんはお休みの日!」
 次男がぐいっと都に差し出したのは去年母の日に貰ったお手伝いカード。
 結局使わないまま一年経ってしまったもの。母の日だ、と都も納得する。
 とはいえ流石に子供たちだけで火を使ったり、包丁を使うのは心配だ。
 だがそこはすっかり大きくなった上の双子が「安心して、ちゃんと私たちがついているから」と請け負ってくれた。
「なら、皆に甘えようかな」
 頷いた都に子供たちが「やったぁ」と手を叩いてから慌てて揺りかごのほうをみやった。
 揺りかごの双子は賑やかな家族にもすっかり慣れたようでぐっすりと眠っている。
「将来大物になるな」
 恭一が赤子の頬をそっと指の背で撫でた。

 翌朝、気象台の予報通り雲一つない晴天が広がっている。
 お母さんは寝ていてねと言われはしたが、ガッシャーン……厨房から聞こえる音。
「あぁ……どうしよう。見に行きたくなるよ」
 そわそわと落ち着かない。
 いやでも……でも。
「あの子たちが頑張ってくれているのだから……」
 自分に言い聞かせながら都はベッドの上で本を広げた。
 最近手に入れた最新の医学書だ。
「今日はお休みじゃなかったのかな?」
 子供たちにお母さんがちゃんと寝ているかみてきてくれと頼まれた恭一だ。腕に洗ったシーツを山と積んだ籠を抱えている。
「んー……これはお仕事というより趣味みたいなものかな」
 読書の時間だよ、と都は返す。
「去年のお手伝い券を使わなかったから、今年は子供たちが強硬手段に出たな」
「だってあれは……」
 もったいなくて使えなかったんだよ、と言い訳。
 芋版で可愛くデコレーションされたチケットは力作で手元に置いておきたかったのだ。
「結構前から計画してたんだ。今日一日、子供たちに甘えてやってくれ」
「うん、わかってる。……ん? 結構前から? 恭、いつから知っていたの?」
 じっと見つめればわざとらしく目を逸らされた。
「さてと俺はシーツを干してくるよ。朝ごはん出来たら呼びにくるそうだから、それまで大人しく本でも読んでいてくれ」
 部屋を去ろうとする恭一を都は呼び止める。
「ありがとう……」
「それは子供たちに、だな。俺がしたのは伝話をかけてシーツを洗ったことぐらいだ」
「もちろん。皆にも言うよ。でもこうして皆で楽しくすごせるのも恭がこうしていてくれたからだよ」
 本を閉じて笑う都に恭一が笑みを返してくれた。
 暫く本を読んでいると元気な足音が聞こえてくる。子供が起こしに来たのだろう。
 都は慌てて毛布をかぶって寝たふりをした。

 バスケットにお弁当や飲み物を詰めて向かうは近くの自然公園。
 自然のままの姿を生かす形で設計された遊歩道などは歩いているだけで気持ちが良い。
 子供たちから少し遅れ並んで歩く恭一と都。
「ついこの前までは手を繋いでお散歩していたのにね」
 赤子の姉妹を抱いている上の双子の姿に都は目を細めた。
 上の双子はもう目線だけなら都に迫ってきている。
「いずれ俺も抜かされるかな」
 それまで自分が生きることができたら……恭一はその言葉を隠す。
 あっさりと死ぬつもりはない。それでも自分の仕事を考えれば……。
 それに家族を得てなお、いや得たからこそ全て闇の内に終わらせる必要があるのではないかと思わなくもない。
 己が背負った業を含めて……。
 そんな言外の思いを感じ取ったのか都がそっと恭一の手を握る。
 温かく、細い。それでいて仕事をしている強い手だ。
 自身を何度もこちら側に引き戻してくれた手。
「いつの日かおじいちゃんとおばあちゃんになって日向ぼっこできたらいいね」
「……そう、  だな」
 その手を握り返す。かつては血で汚れた自身の手で汚してしまうのではないか、と手を触れる事すら躊躇ったのだが。
 今はまだ都の言う光景をはっきりと思い描くことはできない。
 それでもこの手で触れることができるようになったようにいずれ瞼の裏に浮かぶのだろうか。
 そんな時がくればいい――と恭一は思う。
 芝生広場のあたりで子供たちの足が止まっている。
 次男、二女が屋台で売られている風船に釘付けだった。
「今日頑張ってくれたから、お礼に風船のプレゼント。どうかな?」
 都の提案に二人はぶんぶんと首を横に振る。
 お母さんに休んでもらうための日なのにお礼を貰うわけにはいかないということらしい。
「なら俺からだ。それなら問題ないだろう?」
 そう言うとぱぁっと顔を輝かせて頷く。
 その子供らしい律儀さと不思議なルールに笑みが零れる。
 二人は仲良く風船を揺らしながら、お弁当をつめたバスケットを交互に持って遊歩道を歩いていく。
「足元に気を付けてね」
 都が言ったそばから躓いた次男の手から風船がふよふよと空へ上がっていき、途中木の枝にひっかかった。
 空への旅立ちは阻止できたが恭一が子供たちを肩車しても届かない高さ。
「これはもう木に登るしかないかな?」
 何故かやる気になっている都を慌てて止め、恭一が枝に手を掛けた。
 するすると登っていく。すごーい、と子供たちの感心した声。
 枝に足をひっかけ風船へと手を伸ばす。
 しかし枝の先端に引っかかった風船にはなかなか手がかからない。
「お父さん、がんばれーー!!」
 応援に熱の入りすぎた次男がぐぐっと逸らした背のせいでバランスを崩す。
 いち早く気付いた恭一は――……
「あぶな……っ!」
 咄嗟に次男を助けようと自分がどこにいるかも忘れて踏み出した。途端、ガクンっと視界が縦に流れる。
 振動で枝が揺れ、外れる風船。反射的に風船を掴むことはできたが、恭一にできたのはそこまで。
 あとは派手に枝を鳴らし一気に落下――視界の端に転びそうになった次男を長男が支えるのが映った。
 一瞬の出来事だったが体は染みついた動きをなぞり見事に受け身を取る。
「大丈夫……」
 駆け寄ってきた都が……恭一の顔を見た途端「ふふっ」っと口元を抑えて笑う。
「恭のそんな顔初め……っ」
 言われて気づく。自分はかなり呆気にとられた驚き顔をしていたのだろう、と。
 よもや木から落ちるなんて――。そんな間の抜けたこと。
「……風船を助けたことを褒めてほしいな」
 少し間を置いてから肩を竦める。それから耐え切れなくなり自分も笑いだした。
 転びそうになった子供に慌てて木から落ちるなんて――……。
 親心とはそういうものなのだろうか……。見上げた空に師匠の顔が浮かんだ。
 心配する子供には大丈夫だと頭を撫で風船を渡してやる。
 ランチは公園の奥、人気のない小さな丘。
 バスケットの中に詰め込まれたサンドイッチは次男と二女の作。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんに手伝ってもらって作ったの」
 揚げ物などは上の双子が担当したらしい。
「お父さんとお母さんは大人用!」
 マヨネーズに少しマスタードを混ぜました、と得意げだ。
「すごく美味しいよ。もう一つ貰ってもいいかな?」
「たくさん、たくさん食べてね」
 都に褒められた二人は目配せしながらくすぐったそうに笑う。
「腹八分目って普段患者さんに言っているのにな」
 都がお腹を押さえた。
 少し汗ばむくらいの気温だが木陰は風が吹いて過ごしやすい。
 都と恭一の間でお昼寝中の双子の赤子の寝息。
 遊ぶ子供たちのはしゃいだ声。
 木陰を揺らす風のようにとても穏やかな時間が流れていく。
 赤子の胸元に落ちた葉を摘まんだ恭一の指を赤子が強く握りしめた。
 じんわりと熱い掌。
 その温もりを感じられるようになったのは都がいてくれたからだ。
 何よりそこにある温もりを感じたいと思えるようにしてくれたのも……。
 これから先――遠い未来、何が起きるかわからない。
 それでもいつか心の底から幸せだ、と伝えることができるようになりたいと心底願う。
「おとうさーん! おかあさーん!  一緒に滑ろう」
 敷物を手にした次男と二女が大きく手を振って呼ぶ。
「妹たちのことは私たちがみているから行って来たら」
 上の双子がやってくる。
「……大きくなったな」
 まるで人並みの親のような平凡な言葉が恭一の口から零れた。
「お父さんは齢の割にはとても若く見えるしかっこいいけど、こうしてみると普通のおじさんだね」
 長女の笑み交じりの容赦のない一言。
「ほらほら早く行った、行った」
 長男に追い立てられ恭一と都は年子の二人が待つ斜面へと歩いていく。

「普通のおじさんか」
 呟きを拾った都がふふっと笑う。
「良いと思うよ。普通のおじさん」
「……そうだな」
 少し不服そうな声に都は笑みを深める。
 まだまだ凍りついた恭一の心を全て溶かせたとは思っていない。
 でもこうして日々過ごしていくうちに浮かぶ表情が豊かになった。
 ゆっくり、ゆっくり自分たちは進んでいけばいいと思う。
 彼が心の底から笑える日まで。
「恭が普通のおじさんなら、私も普通のおばさんかな?」
「いいや、都は一番素敵な女性だよ」
「ありがとう。恭も一番格好いいよ」
 自然と手を繋ぐ。
 痺れを切らして迎えに来た次男と二女が「あー、お父さんとお母さん仲良しだー。ずるい」とそれぞれ都と恭一の手をとった。
 子供たちに引っ張られるように走り出す。
 五月の青空に志鷹家の笑い声が響いた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃
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志鷹 都(ka1140)
志鷹 恭一(ka2487)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

沢山のお子さんとお孫さんに囲まれた未来へ繋がる、そんなお話をイメージいたしました。
将来、お二人にはのんびりと日向ぼっこをしてもらいたいなぁ、と思っております。
お子様は2017年に頂いたご依頼での年齢を基準にしております。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
(ka1140)
副発注者(最大10名)
恭一(ka2487)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:おまかせノベル

納品日:2020/05/22 09:55