※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
六花絢爛、初雪ノ段

「三二、三三、三四……」

 幼い少女の数え声が聞こえる。まだそれは銀 真白(ka4128)が、ほんの小さな少女だった頃の風景。真白は小さな手で木刀を握り、一心不乱に素振りをしていた。兄に教わった通りの形で、兄に言われた通りの回数を。
 季節は冬だった。まだ早朝、キンと冷え込んだ空気と、霜の降りた草っ原と。空は見事なまでの冬晴れで。真白の吐息が白く白く、立ち上る。
「ふぅ……」
 運動をして幾らか体は温まったとはいえ、風が吹けば肌にしみる。少女の耳や鼻や指先は真っ赤になっていた。冬鳥が空を横切って行く……それを見やり、一間を終えれば、真白は再び素振りに戻る。

 剣術は、物心ついたころから教わっていた。
 とはいえ、真白が習った「剣の技」は実戦と殺傷のそれではない。あくまでも身を守るためのもの、体を健やかに育てるためのもの、護身術に留まっていた。だから真白は本物の剣――人を傷つける武器に触ったこともない。少女が手にしたことがあるものは竹刀と木刀だけ。でも、不満はなかった。本物の剣を使いたいなんて、思ってもいなかった。
 なぜならば、真白には頼もしい兄がいたからだ。兄が、己を必ず護ってくれる。ずっとずっと護ってくれる。だから大丈夫――そう、心から信じていたのだ。

 その兄本人に呼ばれて、真白は振り返る。朝餉を済ませて支度をしなさい、という旨の言葉。それに少女は無垢に返事をするのだった。
 真白と彼女の兄は、各地を転々とする生活を送っていた。その日はまた新たな場所への出発の日だった。大人たちの話を聞くに、どうやらまもなく大雪が降るらしい。一度降り積もってしまえば、春になるまで溶けないだろうと。だから、出発するなら今の内……ということらしい。
 けれど幼い少女にとっては、そんな大人の事情よりも「ここともお別れかぁ」という一抹の寂しさの方が勝っていた。縁側に腰かけ、足をぷらぷらさせながら、もうすぐお別れの風景を眺める。冬鳥が近くをちょんちょんと跳ねている。それをジーッと眺めていると、まもなく兄に呼ばれた。どうやら出発の時が来たようだ。







 ちら、ほら、予想に反して空から降り始めてきた雪は、まもなくその量を増やし始めていた。少し急ごう、と兄が言う。分かりました、と真白は返事をする。

 ――雪化粧。

 世界は瞬く間に六花に満ち溢れた。雪を踏みしめる音。兄が何度も真白へ振り返る。ちゃんとついてきているかどうか、バテていないかどうか。その度に真白は顔を上げて、「大丈夫です」と返すのだ。
「不思議……」
 夕暮れは過ぎたらしい。雪雲の向こうはおそらく星空。けれど、一面の白にわずかな光も反射しているからだろうか。きらきらと、一面は明るく感じた。不思議なものだ――それが幼心に幻想的で、思わず声に漏れたほど。芯まで冷える寒さすらも神秘的な世界を彩っているようで。兄を見失わない程度に、真白は景色を見渡した。

 そんな時だった。

(……? あれは、なんだろう……)
 雪の向こうにポツネンと。何かがある。何かがいる? ウサギかキツネか……真白は目を凝らす。雪がひっきりなしに降っていて朧だけれど。よくよく見れば、あれは――人? 手に何か持っている? あれは、あれは…… 弓矢だ。こちらに向けられている。どうして? あれは狩人ではない――野盗だ!
「っッ!!」
 咄嗟に兄を呼ぼうとした。瞬間。野盗の放った矢がヒョウと風を切り、兄の体に突き刺さる。兄の呻き声。射抜かれた腹を押さえて雪にうずくまる姿。

「…… っ!!」

 真白は声すら出なかった。どうしたらいい? 何ができる? このままだと兄が。まるで体中の血が凍ったかのような感覚。その間にもザクザクと雪を蹴散らし野盗どもが迫り来る。剣を抜き放って、こっちに来る。兄が逃げろと少女に言う。
 真白は生真面目な少女だった。兄に反抗した記憶など無いと言ってもいいのではなかろうか。だから――多分きっと、生まれて初めて、少女は兄に反抗した。

「見捨てることなんて、できない……そんなの嫌だッ」

 咄嗟だった。兄の腰の剣を掴んで、少女は抜刀する。白、雪が煌く夜に現れる銀色の刃――六花の輝きを跳ね返し、少女の眼差しを映し、煌と輝く。

 凛――不思議だった。真白の精神は凍りついた水面のように冴え渡っていて。まるでずっとずっと昔からこうなるよう決まっていたかのように、冷え切っていたはずの四肢が滑らかに動く。雪の上だというのに足取りは軽く。白い吐息が彗星の尾のようにたなびいて。

 躊躇はなかった。
 一閃。
 白き帳の世界に彩られる、赤。
 はらはら、雪はその量を増していた。舞うように。

 後悔はなかった。
 手に伝わる、肉と骨を切り裂く感覚も。
 頬に散る、熱いほどの血潮も。
 断末魔も、血を噴いて雪に崩れ埋もれる姿も。

 分かっていた。
 兄が己の行為を望んでいないことは。
 それでもだ。
 兄を失いたくはなかったのだ。

 だからこれは、兄のためなんて美談ではない。
 兄を失いたくない己の、自分勝手な欲望を叶えるための、ヒトゴロシ……。


 ――しんしん。


 音は無く、雪の夜。真白の刀にべったりとついた命の赤が、柔らかな湯気を立ち上らせていた。体温の証明。それも間もなく潰える。
「……」
 真白は黙ったまま、兄へと振り返った。視線が合った。二人の視線の間には雪が降る。しんしんと降り続ける。
(嗚呼――)
 雪よ、雪よ、もっと降れ。白く、白く、塗り潰しておくれ。咲き乱れる赤い血を。雪に埋もれた冷たい骸を。哀しむ兄を見て、なお後悔していないこの己を。全て全て、嗚呼、白く白く白く白く……。







 雪を見ると思い出す――。

 真白は白い空を見上げる。刀を手にするようになったのは、あの日からだった。
 戦を離れ生きて欲しかった。兄は真白にそう言った。けれど「決めてしまったなら最早、是非もない」とも言ってくれた。それは彼の諦めだった。あの日から、真白は剣術を始め「死なない術」を兄から学んだ。
 あれからずいぶんと経った。けれど真白の心の中で、兄の言葉は少しも色褪せてはいない。

 戦うことはとめない。けれど必ず生きて帰ってこい。

 ――そして少女は腰の剣に手をかける。しゅらりと抜き放つ、ひとふりの刃。
 死なないために。生きて帰るために。敵を、斬る。後悔はない。躊躇はない。純白の六花に一点の曇りもないように。どこまでも、無垢に白い。

 雪を見るたび、思い出すのだ。
 白い雪。始まりの雪。
 今、己の目にだけ映る、あの日の雪――白く舞う雪。

 雪よ、雪よ、もっと降れ。
 白く、白く、塗り潰しておくれ。
 咲き乱れる赤き血を。
 切り捨てられる冷たき骸を。
 生がために修羅となるこの魂を。
 全て全て。
 嗚呼。
 白く白く白く白く……。


「銀 真白――……参る」



『了』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
銀 真白 (ka4128)/女/16歳/闘狩人
  • 2
  • 0
  • 0
  • 0

発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
銀 真白(ka4128)
副発注者(最大10名)
クリエイター:ガンマ
商品:シングルノベル

納品日:2017/04/07 16:34