※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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或る水無月のファッションショー
「真白、折り入って頼みがあるのでござる」
「頼み……ですか?」
自宅。改まって正座した黒戌(ka4131)の真剣な眼差しに、銀 真白(ka4128)は内心「何事だろう」と一抹の不安を抱きつつも、彼の前に同じく正座し背を伸ばした。
「それで――」
「うむ」
緊張を孕んだ真白の促す声に、黒戌が神妙に頷く。
「恐れながら、我が妹殿に謹んで申し上げ奉り候」
黒戌はわずかに息を吸い込む。そして告げた――
「ふぁっしょんしょーごっこをしとうござる!!!」
ババーン。土下座。
「ふぁ、……」
表情が固まる真白。
「一生の願い事にござる! どうかこの通り! どうか!! なにとぞ!!」
土下座のまま懇願する黒戌。
「あー……ええと……一先ず……顔を上げて下さい兄上……」
なんとも言えない表情をしつつ、真白は溜息を吐いていた。「またか」――そう思ったのは、これが一度目ではないからである。いわゆる、兄の発作のようなモノだ。
兄曰く、
「拙者の愛妹に悪い虫がつくのは殺意が沸くほど嫌でござるが、拙者とて一人の兄でござる! 妹可愛い自慢はしとうござる! 三千世界に真白の愛らしさを知らしめとうござる! されど! 可愛い姿を誰ぞに見せることも嫌でござる! 独り占めしとうござる! 可愛すぎて変な虫が寄ってきたら危険でござる! ゆえにふぁっしょんしょーごっこでござる!!!」
……とのことらしい(長い)。
そんなこんな、たまにのことであるし、なにより兄が喜ぶので。真白は再度溜息を吐くと、顔を上げた兄にこう言ったのだった。
「分かりました。ちょっとだけですよ」
「恐悦至極にござるッ……!」
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で。
肝心のふぁっしょんしょーごっこ……というものだが、それは真白に可愛い服を着せまくるだけという黒戌の遊び(?)だ。
「……やはり普段から女らしい装いをするべきなのですか?」
東方風家屋である自宅の一室。ふすまの向こうで真白が問う。衣擦れの音が聞こえるのは、着替えの真っ只中だからだ。
「いや、いや。不埒な輩が近寄ってくる危険性があるでござる。それはこの兄、心配でござる。ゆえに普段は、いつもの装いで大丈夫でござるよ」
ふすまの前では文字通りの正座待機をしている黒戌が、ふすまで見えぬ妹へソワソワしつつそう答えた。返ってきたのは幾度目かの溜息だ。
「さりとて私の、おなごらしい出で立ちは見たい、と」
「しかり。兄心とは複雑であるがゆえに……」
「さようでございますか」
呆れつつも、帯をシュッと締める音。なんだかんだで付き合ってあげる真白も優しいものだ。
さて、それからややあって。
「兄上、できましたよ」
「おお! まことでござるか!」
身を正す黒戌。そして間もなく、ふすまがスーッと開く。
現れた真白は――青と紫のアジサイが凛と爽やかな、白地の浴衣姿だった。今の季節にピッタリなアジサイがしとやかに咲く中、赤の帯が鮮やかに目を惹く。少女の銀の髪にはアジサイの髪飾りが、華やかに咲き誇っていた。
「……いかがでございますか?」
「我が生涯に一片の悔いなしでござる」
合掌したままハラハラと落涙する黒戌。尊すぎて世界に感謝である。
「そ、それは言い過ぎでは……」
「尊うござる、いつまでも見ていたいのに直視したら尊くて無理みがあるのでござる」
「兄上……」
「しんどうござる」
「あの……」
「つらい」
「語彙が」
というわけで黒戌による語彙が残念な感想会が開かれたり、「ちょっとその格好のまま庭を歩いてみて……ア~~~ッ尊うござるアアーーーッ」とかしたりなんやかんや、ふぁっしょんしょーごっこは続くのだ。
「はぁ……無理……拙者死ぬのでは? これ控えめに……死ぬのでは? 無理……つら……しんどい……」
「兄上、死なれるのは困ります」
まだ一着目が終わったところだと言うのに。まあ、喜んでくれてるからいいのだけれど……なんて思いつつ、真白はまたふすまの向こうで着替えをしている。今度は西洋風の服装だ。和装なら着るのも楽なのだけれど……慣れない手つきで、真白は悪戦苦闘している。
「しかし、なんというか、異国の宮廷の姫君のような服装ですね」
フリル、レース、リボン……真白はそれぐらいしか服飾単語は知らないけれど、今着んとしているのは、そういうものがたくさんついている豪奢なものだ。
「真白も姫君がごとく愛らしうござるよ!!! 宇宙一でござるよ!!!」
間髪いれずにふすま越しの声。そのあまりの力強さに若干押されつつ、真白は「さようでございますか」と答えたのだった。
「さて、兄上。着終えましたよ」
「承知でござる!!」
再びふすまが開く。靴でも問題ないようにと畳に敷いた敷物の上、そろりと少女が一歩踏み出す――。
ワインレッドが上品な、ビクトリア朝ロリータ趣味のワンピース。胸元のリボンが可愛らしい。フリルたっぷりのボリューミィなスカートが、少女の動作の度にふわりと優雅に揺らめいた。アイボリーのタイツで飾った足には、少しヒールの付いた赤い靴。バラのコサージュが艶やかで。白い髪にはフリルたっぷりのヘッドドレスが色を添えていた。
少女らしく愛らしく可愛らしく、されどシックで品のある、優美で可憐な出で立ちだ。
「つっっっっら」
正座のまま倒れこむ黒戌。
「兄上、お気を確かに」
若干の呆れも混じりつつ真白が言う。そのまま、慣れぬ己の装いを見渡して。
「この……やたらフンワリしたモモヒキ? といい、なんというか、着るものが多うございますね」
ちなみに真白が言ったのはパニエのことである。スカートの下に着る、スカートを美しく見せるインナーである。
「靴も、ふんばりが効かないというか……少し爪先立ちになっているので、歩き難うございます……。まあ、一番落ち着かぬのは、股がスカスカしている点ですが」
女子らしからぬことをズバッと言ってしまうのもまた真白らしい。どこまでも実用性重視な、根っからの武人である。そんな妹の発言に「少し鍛えすぎただろうか」なんて黒戌は思うも、まあ、それも可愛いから黒戌的にはオールオッケーなのだ。
「しかしながら兄上、毎度思うのですが」
真白を見ては「がわ゛い゛い゛」と畳に突っ伏すだけの存在となった兄を見、少女は不思議そうな眼差しだ。
「このような衣服はもっと……こう、見た目からして女子らしい方が着るべきものなのでは?」
スカートをちょいと摘む。ふわふわ、折り重なった白いレースは綿菓子のよう。少女趣味の結晶だ。
「私など、腹筋も割れていますし、肩幅もそれなりにありますし。腕も堅いですよ」
堂々と「割れている」といったが、薄っすらである。薄っすらだけど割れているから「割れている」と言ったのだ。嘘ではない。
とまあ、何が言いたいのかというと、真白は己に女性らしさなど皆無だと思っている、ということだ。なんだか女装をしているような心地すらある。いや、女性だから女性の服装は別に問題はないのだけれど。
「何を申すでござるか、真白」
すると黒戌が極めて真面目な顔で姿勢を正す。真っ直ぐ、妹の目を見据え。
「真白は可愛らしうござる。美しうござる。綺麗でござる。兄の言葉はまことでござる」
一瞬の静寂。
「……さ、……ようで ございますか……」
そこまでド直球に言われるとなんというか。むずがゆいような。ついつい視線をそらす真白。
(まぁ……兄上が楽しいのならば)
心の中で呟いた。なぜこんなにも楽しそうにしているのかは、ついぞよく分かりはしないけれど。
「えぇと。それで。他にもあるのですか?」
気を取り直し、真白は黒戌に問いかける。
「うむ。此度は豪華絢爛な衣服だったゆえ、次は簡素なものを用意したのでござるよ」
「しかし兄上、このような服を一体どこから仕入れてくるのでございますか?」
「もちろん、巷の服屋からに決まっているでござる」
「……。兄上まさか、一人でこのような……女性ものの服屋に……」
「さようでござるが……?」
不思議そうにする黒戌。一人で女性ものの服屋に赴き、フリフリヒラヒラのものをアクセサリーつきフルセットで買っていく、いい年の成人男性。しかも凄く嬉しそうに。それを想像して――なんという鋼の精神だ、と真白は思ったのであった。
まあ、それだけ真白に着て欲しくて頑張ったのだろう。そうとも解釈できる。だからこそ、真白は兄の思いを無碍にしない。
「では次の服を――」
「おっと、待つでござるよ」
ふすまを閉めようとした真白を、黒戌が止める。
「慣れぬ服の着替えで、疲れるでござろう。しばし休憩にしよう。良い菓子と茶を買ってきているのでござるよ。今の出で立ちにピッタリな、西洋風のものでござる」
曰く、紅茶とスコーンとジャムらしい。
「あふたぬぅんてぃ……というやつでござるよ……!」
「なるほど……あふたぬぅんてぃ、面白そうですね」
真白が頷く。ちょうど小腹も空いていた。たまには異文化的なおやつ時も悪くない。
休日の自宅、兄と妹の声。二つ分の足音。
六月の空。まだ暑さは本気を出しておらず、家の中を吹く風は涼しい。
やがて紅茶の芳しい香り。
尤も二人が過ごしたアフタヌーンティタイムは、オシャレな東屋でティースタンドにスコーンやマカロン……ではなく、縁側に座って庭を見ながら、湯飲みに紅茶を淹れて……といういつものスタイルだったのだが。
まあ、楽しいので、問題なし。
――黒戌は横目に妹を見やる。
目に入れても痛くない、大切な妹。
けれど。本当に真白に愛する相手ができた時には、笑って祝福する気概はあるつもりだ。多分。多分あるんじゃないかな。
(まぁ多分と言えば嘘ではないゆえ)
『了』
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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銀 真白(ka4128)/女/16歳/闘狩人
黒戌(ka4131)/男/28歳/疾影士
副発注者(最大10名)
- 黒戌(ka4131)