※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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蕾が開くころ
その日、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)が請け負っていた仕事は、とある学校からの依頼だった。
「ここから、たった一冊を探し出すというのかい?」
イルムは首を優雅に傾けて微笑み、周囲を見回した。一面、本棚ばかり。もちろん、そのどれもにぎっしりと本が詰まっている。ここは、学校の図書館だ。広大なこの図書館で、指定された一冊だけを探し出す。それが今回の仕事だった。もちろん、イルムだけに任されているわけではない。他に五名のハンターが一緒だ。
「どうぞよろしくお願い致します」
この学校の図書館司書だという小柄な女性が、深々と頭を下げた。彼女がどんなに探しても、その本は見つけられなかったのだという。弱り切った顔をしている彼女に、イルムはにこやかに声をかけた。
「心配ご無用さっ。きっと見つけ出してみせるよ」
軽やかにウインクをして見せると、司書の女性はホッとしたように微笑んで頷いた。
他のハンターたちは、該当の本を「非常に古くて貴重な物なのではないか」と予想し、それらしい本が収められていそうな、暗い書庫の方へと向かった。イルムも同じように考えなくはなかったが、大人数で同じ場所を探していては効率が悪い。あえて、人の目によく触れそうな棚から探すことにした。探す本のタイトルは『蕾が開くころ』。なんとも夢のありそうな本だ、とイルムは微笑んだ。
「ふーむ、蕾が開くころ……、蕾が開くころ……」
タイトルを口の中で呟きながら、イルムは一冊ずつ、本の背表紙を丁寧に確認していった。中には昔読んだことのあるものもいくつかあって、思わず手に取りたくなってしまう。
「ノンノン、まずは探し物を見つけるのが先さっ」
そう言って自分を戒める。軽薄に見られることも多いイルムだが、実のところは仕事も人間関係も誠実そのものだ。
「うん……? これは、なんと書いてあるのかな……?」
いくつめかの本棚の、一番下の段、それも埃の溜まりやすい隅の隅に、背表紙の印刷がかすれて読み取れない本が一冊、さしてあった。イルムがそっと抜き取り、ふっと息を吹きかけて本にまとわりついた埃を払う。深緑の布張りになった、美しい本だった。表紙にも裏表紙にも、何の表記もない。
「ふむ。中を見ればタイトルはわかるはずだねっ」
イルムが表紙を開こうとしたとき。急に、さあっとあたたかな風が吹いて、イルムの頬と髪を撫でた。なぜ、図書館の中で風なんか、と顔を上げると、イルムの目の前には、いつのまにか、制服姿の少女がひとり、立っていた。
「君は? ここの生徒さんかな?」
イルムが微笑みながら尋ねると、少女はそれには答えず、手招きをしながら小走りに図書館の出口へと向かいだした。
「うん?」
イルムは誘われるまま、少女について行った。なんとなく、その方がいいような気がしたのだ。
少女は図書館を出て、学校の中庭に駆けだした。ときどきイルムを振り返って手招きし、きちんとついて来ているか確認する。そうしてイルムがつれて来られたのは。
「温室……?」
様々な植物が育てられているらしい、クラシカルな温室だった。この学校はよほど歴史があるらしい。少女は制服のスカートをひらひらさせながら温室の中を進み、ひとつの鉢植えの前で立ち止まった。そこには、青々と茂った葉と……、固く閉ざされた蕾が、ひとつ、あった。
少女は微笑んで、イルムを指差した。
「え?」
イルムは首を傾げた。よくよく少女を見ると、彼女はイルムではなく、イルムが持っている本……、図書館から持ち出してしまった深緑の表紙の本を、指差しているのだった。
「もしかしてこれを? ここで開くのかい?」
イルムが尋ねると、少女はこっくりと頷いた。
「なるほど。君のような可愛らしいお嬢さんのお願いは、きかなければねっ」
イルムはウインクをひとつして、そっと、その本を開いた。そこには、金色のインクで『蕾が開くころ』と書かれていた。
「これだったんだね……、蕾が開くころ……」
イルムがタイトルを読み上げたとき。目の前の鉢で、固く閉ざされていた蕾が、ふわりとほころんだ。
「なんと!」
イルムが目を見張る、その間に、蕾はするすると開いて、薄紅色の美しい大輪を咲かせたのだった。
あとから聞いた話によると、その鉢植えは学校創設時にすでにあったが、一度も花を咲かせたことがなかったという。『蕾が開くころ』という本を探していたのは、そこにこの花を咲かせるヒントが書かれているはずだ、という伝説によるものだったのだ。
「ヒント、というよりは、本を開くことと蕾が開くことが連動していたんだねえ」
イルムは、美しい花に、語りかけた。ここまで案内してくれた少女は、いつの間にかいなくなっていたのだが、イルムは不思議に思わなかった。
「まったく、いいものを見せてもらったよっ」
イルムは、美しい花に、語りかけた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5113/イルム=ローレ・エーレ/女性/24/舞刀士(ソードダンサー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
イルムさんには「是非、優美なお話を書かせていただきたい!」と強く思っておりました。
ファンタジックなストーリーになったのは完全に紺堂の趣味です……、お気に召していただけることを祈ります……。
どんなことにも上手く立ち回り、誰にでも優しいイルムさんの良いところが、少しでも表現できていたなら……、と思っております。
楽しんでいただけたら幸いです。
この度は誠に、ありがとうございました。