※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
あなたの隣で、なんどでも

「良いお式だったわね」
「至らないところもあったとは思いますが」
「そんなものあるわけがないわ」
 やや被せ気味な言葉に僅かに目を見張ったけれど、鬼塚 小毬(ka5959)に驚きは少ない。
(親子ですものね)
 距離があっても、その血の繋がりが途絶えるわけではない。こんな当たり前のやり取りの中に見つける、鬼塚 陸(ka0038)のルーツ。気付く度、小毬の胸を密かに温めていることを、目の前の義母はきっと気付いていないのだろう。
「本当、ここに来れて良かった……」
「御足労いただいて、本当に感謝しておりますわ」
 共に足を運んでくれた義父のことは酒宴の席に置いてきたらしい。兄の盃を受けて逃れられない陸もきっとその場所に居るのだろう。互いにパートナーの居ない義母娘はどちらも、突如訪れた交流の機会に戸惑いと不安を隠すので精一杯だ。
(準備に必要だからと、やり取りはしておりましたけれど)
 それだって最低限だ。リアルブルーとクリムゾンウエスト、双方向の転移が広く開放されるまでの期間、自由に動けるのはやはり覚醒者達であり、オフィスに登録し世界の行く末を決める戦いに身を投じていたハンター達だった。それも自由自在というわけにはいかず、とにかく必要最低限の連絡を取ることでどうにかこの日にこぎつけたのだ。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ」
「いえ、そんなつもりでは……」
 先に己のペースを取り戻したのは年齢と経験を重ねた義母の方だった。小さく安堵の息を零しながら返す小毬に、義母の目尻が下がる。
「これからは、貴女は私の娘でもあるのだから」
「ありがとうございます、お義母様」
「……ありがとう、本当に」
 ただ感謝だけでなく、それ以上の想いがそこに籠もっていることは小毬にもわかった。仲間達に祝ってもらった結婚式から随分と時間は経っていて、それは陸と夫婦として過ごした時間は決して短くはないということを物語っている。
 出会うより前の生活。転移してくる前の、戦いなんて知らなかった頃の陸の話は少しずつだけれど確かに話には聞いていた。共に背を預け合って大戦に臨んだあの日々から考えると全く想像のつかない様な話ばかりだけれど。リアルブルーに足を運ぶことで少しずつ落とし込み理解していった。
 それもまた陸なのだと、小毬の中に在る大切な部分を、より鮮明に形作るために積もらせた。
 今この時点でさえも全てを聞いているわけではないけれど。義両親とのやり取りをするにあたって必要なことは教えられてきたし、小毬なりに、陸と義両親の仲をどうにか出来ないか気を配ってきたつもりだ。
 陸が、義両親が。どちらも、相手に対してどう接していいか迷っているように見えたから。
 六條の家とは違う。家族の形なんて星の数ほどあるのだと分かっている。けれど三人が、劇的にとはいかずとも……変化を、良い方向に向かって欲しいと望んでいるように感じたから。嫁として、焼けるおせっかいは焼くべきだと思うのだ。
(何より、リクさんのご両親なのですから)
 隣り合う形になった世界に、彼を生んでくれた人達に。小毬が感謝しない筈がなかった。
(自己満足だと分かっていますわ。けれど、もしも立場が逆だったなら)
 怖がりでお人好しの最愛の夫も、きっと同じことをするだろうと思うから。
「あの、お義母様。少しお伺いしたいことがあるのですが……」

「俺の可愛い小毬が! あんなに綺麗になって! 綺麗になったのにもう……!」
 方々に転がる酒瓶は既に空になっている。その原因は間違いなく目の前でくだを巻いている義兄であり次々と酒を注いだ陸である。
(結構持ってきたんだけどなあ)
 新郎側からの持ち出しとして数も種類も多く放出した。陸としては面倒な荷物を減らせるし、招待客は酒を多く楽しめると両者得する方法だった。
 名前の上では小毬が陸に嫁入りする形だが、符術師として名のある六條家の住まうこの地での祝言をするにあたり、陸はこの地の流儀を重視して立ち回っていた。
 祝言の様式もこの地で当たり前に繰り返されて来た様式に則った。陸と小毬は新しい家庭を作ると夫婦になったわけだけれど、陸は小毬という存在だけではなくて、小毬を愛情深く生み育ててくれた故郷を大切にしたかった。
 招待客に酒を注いで、挨拶回りをして。将来どんな形で縁が繋がるか分からない、見知り合った顔を大切にしようと杯を交わす。そんな陸をどう思ったのかはわからないが、気付けば陸は初対面で襲い掛かってきた小舅、つまり義兄に絡まれサシ飲みにもつれ込まされていた。
 小毬からも聞いていたし、既に知っていることではあるがこの義兄は随分と重度のシスコンだ。それは地元の者達も皆周知の事実で、陸はあっさりと義兄の前に差し出され今なお酒を酌み交わしている。
 周囲の者達はその様子を肴にのんびりと酒を楽しんでいる様子まで察せられるのだが、逃げるわけにもいかないので愛想よくするしかない。自分が、思っていたよりも酒に強い体質だったことを幸運に思っておくことにする。若さって強い。
(まさか“可愛いマリと私の思い出自慢”が延々と続くとは)
 しかもそれはまだ終わっていない。その思い出のひとつひとつが詳細で数が多いのもあるが、頻繁に“可愛い小毬”だとか“愛らしくて他のものが目に入らない”だとか小毬を賛美する言葉が自然な体で何度も繰り返し挟みこまれるため、エピソードひとつ話すのに五分や十分越えが当たり前なのである。
(繰り返すようになったら酔いつぶれてもらおうかと思ったんだけど)
 今はまだ“お転婆小毬十歳~符術修行編~”が佳境に入ったところなので止められそうにない。
 理由は単純だ。陸は自分が知るはずのない小毬のことを知れるこの機会を幸運にさえ思っていた。自他ともに認めるシスコンなだけあって情報源として最善の相手なのだ。この機会をみすみす逃す気はない。
 だから義兄の酔い具合を見ながら、時折注ぐ酒を弱いものに変えたりしている。既に何種類もの酒を飲んでいるので、更に種類が増えても結果は同じだろうし飲み合わせについては気にすることを止めていた。
「ああ、でもお義兄さん」
 話の区切りが良いタイミングで、声をかけるのも忘れない。
「マリ……小毬さんは今、僕の妻ですからね?」
 何度も繰り返される“俺の”発言は結局訂正されることはないのだが、夫婦となった者としての権利として主張するのだ。
「家族なのはかわらないのだからいいだろう」
 その度に義兄は少し酔いから覚めて、可愛い妹を娶った義弟ににらみを利かせてくる。以前は黙示騎士以上に思えた凄みは消えていて、ただ悔しそうな、けれど幸せそうに笑う小毬にほだされた兄の顔が見えるだけだ。
「だったら“俺の可愛い妹”とかに変えて欲しいですね」
 一応敬語らしい形を取っているが、酒の席なので少し砕けた口調になっている。お互い気にしていないし気付いていない。
「でも……流石僕のマリ。何を聞いても可愛いしかない」
「俺の可愛い小毬だからな!」
 酒の杯を酌み交わしながら、陸と義兄の小毬賛美会は続いていく。

 夫婦一部屋にはとうに慣れている。祝言のための帰省、その期間中の寝所として案内された客間で、陸と小毬は久しぶりに落ち着かない夜を迎えようとしていた。
 二度目とはいえ節目を迎えた日の夜だ。盛り上がりやすい空気というものはあるもので、常とは違う緊張感に満たされた寝室に二人、どうしても互いに視線を合わせられない。
 互いに相手の呼吸を、視線の向かう先を探り合う。歴戦の兵同士の空気の読みあいである。
「「ひとつ提案が」」
 結果として、息を吸ったのも、言葉を発したのも同時。
「「なっなに!?」」
 呼吸を重ねた回数がものを言ったのか、台詞まで揃うという奇跡が起きた。
「「……」」
 再びの沈黙である。
「……マリからどうぞ」
 強引に地の利を理由にすることで、譲ったのは陸の方だった。
「では、甘えさせていただきますわ」
 小毬も素直に勝ちを受け取る。強引なくらいがちょうどよいと思っていたのだ。

「今日は、私の実家の我が儘を聞いて頂きありがとうございます」
 それなりに名のある家となると細かいしきたりが多くある。しかし陸は婿として入るわけではないのだから全てを飲み込み受け入れる必要はなかった。互いに相談し納得した上での祝言なので、本当なら此処まで堅苦しい挨拶は必要ない。
 何せ二人はすでに鬼塚夫妻となって時間が経っている。この祝言は六條の家の娘が嫁に出たことを知らしめるための、小毬を娶った男のお披露目を目的としているだけなのだから、それこそ顔合わせの宴だけでも事足りる筈だったし、そう主張すれば実現だって出来た筈だった。
「綺麗でかわいいマリの晴れ姿が見られるのに、僕が嫌々やってるわけがないよね」
「なっ」
「むしろご褒美過剰でおつりが溢れそうなのだけど?」
 茶化してくる陸の瞳は小毬の照れる様子をしっかりと脳裏に刻み付けようとしている。つまり平常運転、いつも通りの流れだ。
「……そ、それでも。きちんと言葉にしておきたかったのですわ」
「真面目な所も素敵だよね、流石僕のマリ」
「リクさんが、そういう方なのは、わかっておりますけれど……!」
「うん、理解があって何よりだよね」
「話を逸らさないでくださいまし!」
「ああ、ごめんごめん」
「……私の方こそ、配慮を頂き過ぎですわ。そのお返しを、と考えておりますのに」
「それで提案ってことになるんだ」
「勿論リクさんのお話も後でお伺いしますけど。私の縁に溢れたお式だけでは、不公平だと思いましたの」
 生まれ育った場所、幼い頃から見知った者達、慣れ親しんだ様式。
 ならば、その逆は不要なのか? そんなことはない筈だ。
「私は。リクさんのご両親だけでなく、リクさんのご友人にも、このご縁を祝って頂きたいのですわ」
「それは、日本で。リアルブルーでも結婚式をするっていうこと?」
 両家が揃った式ではあった。けれど、陸の学生時代の友人達までは招くことが難しかったのが実情だ。
「そうなりますわね。三度目は、お嫌ですかしら?」

「……ふ」
「リクさん?」
「っはははっ! ……いや、まさか、そこまで」
「どうなさいましたの?」
 身を震わせる陸に心配した小毬が近寄れば、すぐに腕を回され抱きしめられる。
「僕もさ」
 呼吸を整えて、笑いによって滲んだ涙をひっこめる。
「もう一度結婚式をしてくれないかって、言おうと思ってたんだ」
 リアルブルーに二人で行くたびに感じる視線は、陸の優越感と独占欲を掻きたてた。偶然に出会った旧友さえもそれに近い視線を向けて来た時に、親しいとはいえどうしてやろうかと思った。それを酒の席で溢したのはついさっきだ。
 相談とも愚痴とも取れるそれに与えられた言葉は『徹底的にやれ』の一言。
 つまり誰にはばかることなく二人が夫婦であるということを知らしめればいい、との言葉と共に協力の申し出も受けてきていた。
「マリをどうやって説得しようかと思っていたんだ」
 義兄の好感度もあるが、自分の我儘な理由に付き合わせることになるかと思っていたので、出方を伺っていたのだけれど。
「なら、3回目も決定、ということになりますわね?」
 瞳をきらめかせ喜ぶ小毬もまた、口にしている以外の理由があるだろうことは感じる。
「また新しく準備を始めないといけないけどね」
 忙しくなるよ、と返す陸に不安はない。互いに気持ちがあってのことだから、その理由が悪いものであるはずがない。
 クリムゾンウエストからの転移を利用した招待客は、義両親と義兄の三人になるだろうか。今日の祝言とは逆の形、と考えればおのずと必要な情報は絞られる。
「もう3度目になりますのよ?」
「体験も併せたら4回だしね」
「結婚式主役のプロと言ってもおかしくありませんわ」
「ははっ、そりゃあいいね!」
「ふふっ」

「……ねえマリ?」
「なんですかしら、リクさん」
 至近距離で見つめ合い視線を重ね合わせても、照れはあるが恥ずかしく思うことはない。
 互いに、それが自然で当たり前のことになろうとしている。
「僕の愛しの奥さんは、さ? 僕の隣で、僕と一緒に、何度でも愛を誓ってくれる?」
「私の愛しい旦那様になら、何度だって。隣で愛を誓うに決まっておりますわ」
 駆け抜けた日々のはやさを感じさせずに。
 二人の距離は零になった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【鬼塚 小毬/女/20歳/玉符術師/自由度が高すぎて候補が絞り切れませんのに、お色直しまであるんですの!?】
【鬼塚 陸/男/22歳/守護機師/記念動画の保存メディアを観賞用と保存用で2、布教用で数h、いやm(ry】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
鬼塚 小毬(ka5959)
副発注者(最大10名)
鬼塚 陸(ka0038)
クリエイター:石田まきば
商品:おまかせノベル

納品日:2020/07/03 13:29