※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
茜奇譚 ~金鹿~

 差し伸べた手へ、役目を果たした金蝶達が次々に止まり、肌へ溶け入るように消えていく。
 今しがた符術で焼き払った跡を見やれば、彼らの欠片ひとつ残っておらず、金鹿はやるせなさに柳眉を寄せた。



 夕映えの中、茜に染まった穂草の原。風が吹けばいちどきに揺れ、赤い海原がさざなみ立つよう。その所々から頭を覗かせているものがある。朽ち果て傾いだ古い家屋だ。茅葺きはほつれ見る影もない。かつて歪虚の襲撃を受け全滅した村の跡地だという。
 地図から消えて久しく、遠からず人々の記憶からも失せていっただろう廃村。
 そんな村の名がにわかに人々の口に乗ったのは、雑魔の巣窟となっているのが発見されたからだ。依頼を受け討伐にやって来た金鹿だったが、その雑魔とは長年放置された村人達の骸、その無念や哀しみが、マテリアル汚染により雑魔化したものだった。
 突然命を奪われ、輪廻へ還る事も叶わず、仇の同類に堕ちた彼らの苦痛は如何ばかりか。

「せめて、どなたかが供養していれば……雑魔になれば何も残らず、改めてお弔いする事もできませんもの」

 噛んだ唇に朱が滲んだ。


 残党がいないか、村の奥へ分け入っていく。
 倒壊した納屋、枯れた井戸。東方出身の金鹿にはどこか懐かしく感じられるとともに、村人の暮らしぶりが伝わってきて胸が疼いた。
 黄昏が一層哀れを誘い、遠い日に故郷で歌った唄を口遊む。


「――小道、畦道、獣道 往くのは誰ぞ 通うは誰ぞ
   家路、戻り路、帰り路 茜差したら 帰りゃんせ」


 すると一軒、いくらか原型を留めている家屋があった。
 気を惹かれ勝手口を潜る。土間は草に侵食されていた。奥の間に目を凝らせば、畳の上に黒ずんだ人形がひとつ転がっている。

「……この家には子供がいたんですのね」

 屈んで拾い上げようとすると、人形はほろほろ崩れ土塊になった。込み上げる感情をこらえ顔を上げた瞬間、金鹿は声をあげかけた。
 いつの間にか、古びた着物姿の童女が向かいに立ち、土塊を見下ろしていたのだ。

「……あなたは、」
『お人形、こわれちゃった』

 此岸の者でありはしない。
 なれば彼岸の者――西方で幽霊と言えば暴食の眷属を指すが、負のマテリアルなどは感じられない。陰陽の理に親しんできた金鹿は、ややもすると瞳に浮きそうになる憐憫の色を隠して微笑む。

「お役目を終えられ、元の姿に還られたのですわ」
『おやくめ?』
「ええ。随分長い間一緒に遊んでくれたのでしょう?」

 童女はこくり頷くと、耳を澄ますような仕草をした。

『母さんはどこ? さっきお唄がきこえたの。いつも歌ってくれたお唄よ』
「……道に、迷っておいででしたの。私が先程ご案内して差し上げましたわ」
『ならもうすぐ帰ってくるね!』

 無邪気な笑顔に胸を詰まらせ、金鹿は小さな肩に手を置いた。温度のないかそけき手触りに臆さず、そのまま胸へ抱き寄せる。

「いいえ……ここは静かで、寂しいでしょう? ですからもっと明るく清らな場所へ。そちらであなたを待ってらっしゃいますわ」

 童女はじっと何かを考えていたが、ややあって金鹿の袖をきゅっと握った。

『そこ行きたいけど、こわい』
「御覧なさい」

 取り出した符の六芒星を指でなぞると、符は眩い金の蝶に変じ、童女の周囲を飛び回る。見惚れる童女へ金鹿は悪戯っぽく笑ってみせた。

「この蝶はお利口さんですの。あなたが余所見して見失わなければ、きちんと連れて行ってくれますわ」
『よそ見なんてしないもん!』

 童女はムキになって言ったが、それでもまだ縋れる何かを探すように視線を彷徨わす。察した金鹿は畳に散らばる土塊に息吹き込める。すると土塊から靄が立ち上り、靄は可愛らしい人形の姿になった。童女が生前慈しんだ姿そのままに。童女は嬉しそうに抱きしめる。

『この子が一緒ならこわくないわ、ありがとう!』
「どうぞ、お気をつけて」

 蝶の誘いで、少女は破れた屋根を抜け、まっすぐ天へ駆け上っていく。
 突然の恐怖によって地に縛られ、さりとて稚いあまり無念もなく、皆と共に堕ちる事もできずにいた童女の魂が今、ようやくあるべき場所へ――輪廻の輪へ還っていったのだ。
 金鹿は籠目の印を切り、祈る。

「……今度はきっと、健やかな生を全うされますように」

 それから慈しむように土塊へ触れた。

「あなたもお疲れ様でしたわね」

 人形は確かに役目を果たしていたのだ。黒ずみながらも風化に耐え、孤独な童女の魂に添い続けていたのだから。



 夕闇が迫っている。
 金鹿は廃村をあとにした。振り向くと、件の家屋が大きく傾いで、穂草の海に沈んでいった。
 人の営みの痕跡は時の流れのなか緩やかに失われようとしている。人々の記憶からも今度こそ消え果てるのだ。それでも金鹿は、ここで見た物事をしっかり刻みつけるよう、胸へ手を当てがった。

 やがて彼女も、自分が戻るべき場所へ帰るべく、古唄を伴に歩き出す。


「――野道、杣道、廻り道 往くのは誰ぞ 送るは誰ぞ
   家路、戻り路、帰り道 烏が鳴いたら 還りゃんせ――」





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5959/金鹿/女性/18歳/舞い護る、金炎の蝶】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。報告書には載らない類の、小さなお話お届けします。
お届けまでにお時間頂戴してしまい、大変申し訳ございませんでした。
金鹿さんにノベルでもお目にかかれて、とても嬉しかったです。
輪廻転生、金焔蝶、籠目の紋と、色々出したく練りましたらふわっと幽霊譚に相成りました。
FNBでは幽霊=歪虚のイメージですが、ノベルならではの話としてご笑納くださいましたら幸いです。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました。


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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
鬼塚 小毬(ka5959)
副発注者(最大10名)
クリエイター:鮎川 渓
商品:おまかせノベル

納品日:2019/01/18 17:46