※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
差し伸べるための手がある

 齢十にも満たない幼い頃に流行り病に罹ったことがある。一時は高熱が出て家族をハラハラさせたというが、まるで覚えていない。少し意識が朦朧としていた所為だろう。記憶にあるのは峠を越えて目覚めたとき、部屋に誰もいなかったことだ。布団の中に横たわっているにも拘らず、船で揺られているかのように目に映るものがグラグラと歪んで、怖さに身を竦めながら周囲を見回した。枕元に水の入った桶や着替えは置いてあったが部屋どころか屋敷中がしんと静まり返っていて、今にして思えば有り得ないと一笑に付せるものの、自分を置いて家族全員何処かに行ってしまったのではないかとそんな疑念が胸の内に巣食って、涙が溢れるのに然程時間は掛からなかった。わんわんと大声で泣き喚くことが出来たなら直ぐに過保護な兄が気付き、きっと大慌てで駆けつけてきたことだろう。しかしながら当時の自分は符術師として日進月歩しており、家の符術に宿る力を己の実力と思い違いをしていた。その誤った誇りが泣くのは恥と自制心を抱かせて、一人静かに涙を堪え続け。一度既に罹患し、抗体を持っていた兄が様子を見に来た時には目の周りが真っ赤に腫れてしまい大騒ぎになった。大切な人たちが側に来て心配してくれたことを不謹慎ながらも嬉しく思った。そう憶えている。甘えていてはいつまでも強くなれない。しかし手を取って側に寄り添うことは生きていく為に必要だと、そんな風にも感じる。――現在苦境に立たされているからこそより強く。

 街路の石畳を下駄が踏み鳴らす小気味好い音が短い間隔で続いていく。それに合わせるように背負った鞄から小さく物がぶつかり合う音も耳元を掠めた。歩いている金鹿(ka5959)は憂慮に表情を曇らせながらも同時に使命感を抱き、目的の場所へ向かう。
 ハンターは慢性的な人手不足が囁かれており実際に痛感することもしばしばだ。しかしながら全員の動向などソサエティの職員すら掌握は難しいし、日夜舞い込む依頼も膨大な数にのぼる。親しくしている相手のことさえ、本人に直接訊かなければ判らない場合が殆どだ。だから金鹿がそれを知ったのは偶然に他ならなかった。
(盗み聞きなんてはしたない真似致しませんもの)
 ――ただし、可愛い妹分が男性と二人きりの場合は除く。
 依頼を無事に完遂してソサエティへと戻り、報告書を提出して仲間たちとも別れて。次に受ける依頼を見据えて掲示板を見に行こうかとも考えたが、ここ最近の情勢とそれらへの対応に疲労が蓄積してきたのを金鹿は自覚していた。しかしただじっと休息するのも落ち着かず、これまでの戦いに関する情報を見直すか悩んでいたところ俄に本部内に緊張が走るのが判った。ピリピリとした空気感は最近では慣れつつあるものだ。否応なく状況を把握し本職ではないものの回復術の心得がある者として気に掛かって医務室へと向かい、そうして対面したのはよく見知った相手だった。
 その時を思い出せば足取りは微かにぶれる。歩くのに合わせて揺れる手をぐっと握り締めた。
 一瞬で血の気が引くあの感覚にはおそらく永遠に慣れないだろう。とはいえ現場で同じハンターの手によって適切な処置を施されていた為、カルテには重体と記載されていても本部に戻ってきた時点で容態が安定している場合が殆どだ。その時も金鹿や彼の友人たちが暫く待っている内に目を覚まして、思いの外軽い調子で自身の状態を受け止めている姿を見るとほっと肩の力が抜けるのを感じた。激化する戦いへの対応策により効果の高い回復薬が出回るようにはなったが、一時でも生死の境を彷徨う段階までいくと大体は一週間程度の休養を余儀なくされる。非覚醒者と比べ自然治癒力が高いので直ぐ自宅療養になるが。
 私的に色々思うものはあった。しかし金鹿の唇から溢れたのはせいぜい十分の一にも満たない程度だ。見舞いの申し出に遠慮がちながらも許可を得られたのでそれをいいことに金鹿は張り切った。くすりと浮かべた微笑みに彼も笑顔を返してきたが、冷や汗が伝っていたのはきっと気のせいではない。やっぱり無しと撤回しなかったから大丈夫。
「甘い物、でしたわね」
 約束を取り付けておいたので流石に失踪しているということはない筈。東方を出て来てからは様々な種類の菓子を手に取る機会も増えたが、やはり和菓子が目に入ってしまう。一軒の店の前で足を止めると、吸い込まれるように店内へ入っていった。
「……何がお好みなのかしら?」
 一つ一つ品物に目を通しながら金鹿は小さく首を傾げる。彼は東方と同じ文化を持つ場所の出身だから和菓子という選択は間違っていないだろうが、具体的に何が好きかまでは把握していない。甘い物なので煎餅は却下として、餡子が入っている物はどうだろう。時期は早いが水羊羹も悪くないし、饅頭や大福などもいい。かりんとうや団子――考え始めると際限がない。伸ばしかけた手が中途半端に止まった。
 戦い通しでろくに帰っていないと言うから雑用に手を煩わせず快適な環境でじっくり寝てもらおうと色々鞄に詰めて持ってきた。しかし完治しても戦場へと出ればまた同じことの繰り返しだ。そう思うと息が詰まる。
(――いつも、無茶ばかり)
 無茶と無謀は別物だ。無茶はすれば状況を打開出来ると解っていて敢えてするもの。それは言い換えればそうせざるを得ない状況ということだ。無茶しているのは彼だけではない。ハンターもそれ以外の人々も今、必死に足掻いている。金鹿の故郷である東方に続き、辺境も大きな傷を負った。悪く考えたくはないが、王国も今後どうなるかは判らない。
 手を差し伸べたい人が数え切れないくらいいる。しかしそうするだけの力を金鹿は持たない。家を出て自らにこの名前を与えたあの頃に比べればずっと、強くなれた。未熟者なりに歩き出した足は崩折れることもなく、振り返れば過去の己が離れた場所に立っている。まだ理想には遠く及ばない歯痒さ。それと同時に、どれだけ強くなっても一人では限界があると解り始めていた。
 ハンターに知らされたファナティックブラッドの真実は衝撃的で、自分が今までやってきたことはと絶望に駆られる者もいた。金鹿も動揺をしなかったといえば嘘になる。それでも胸中に結論が生まれるのにそう時間はかからなかった。
(だって、約束をしましたもの)
 人と龍が共存する未来を守ると誓った。過去の出来事に触れただけで彼の歩む道を変えることは出来なかったけれど、あの時発した言葉は紛れもなく金鹿の本音。一人では叶えられない大層な約束でも、同じ志を持つ者が集まれば不可能ではないと、そう信じる。ファナティックブラッドによる全宇宙の救済もクリムゾンウェストの人々が邪神を倒す未来も危うげだ。なら自分の足で立って自分の頭で考え、為すべき事を為すだけ。隣に仲間がいてくれるのなら立ち向かえる。そして彼らが欠けることなく戦いの結末を迎えられるよう、心の底から強く願い全力を尽くす。
 一つ二つ三つと、箱に入った和菓子を思うままに抱えてレジへと向かった。
 無茶が避けられないことなら、少しでもその一端を受け取って分かち合いたい。降り積もる想いを溶かしてちゃんと言葉にしよう。それは呪になってきっと皆を守ってくれるから。
 絶えず周囲を照らす炎のように燃える瞳を輝かせて、金鹿は店を出ると迷いなく道を進んでいく。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ハンターになる前やなるのを決意するエピソードを
とも考えましたが、ノベルでの妹分に世話を焼いているイメージが
凄く強かったので、そういった面を描きたい思いが大きかったです。
名前の由来がとても印象的なのでそこに触れられなかったのは
少し心残りだったりします。
今回は本当にありがとうございました!
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
鬼塚 小毬(ka5959)
副発注者(最大10名)
クリエイター:りや
商品:おまかせノベル

納品日:2019/05/20 11:01