※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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飛び立つために備えしは
深夜。
季節を問わず、この時間は真っ暗だ。
床に敷いたマットの上で足を組み、楽な姿勢をとるのはただ集中するためだ。
自室の照明はあえてつけていない。けれどカーテンは開けている。
窓から差し込むのは、雲間から垣間見える程度の月明り。視界を助けるかと言われると、それに頼りきってはいられないはずだ。
星明りは細やかすぎて、無いも同じに違いない。
ならば満月を選べばいいのかもしれないが、そんな悠長なことを言ってはいられないのだ。
両腕にも、両脚にも紋様が浮かんでいるけれど、それは着込んだ服に隠されて見えることはない。
己の身体を最高な状態に仕上げなければならない。
それは今日の勝負服と呼べるだろう、けれど実際には何の効果もない服を着た上で満たされなければならなかった。
今は己のマテリアルを編み上げ、練り上げ、意識を高めるために利用しているけれど、それも本番では何の意味も成さないと分かっていた。
ただ、今日がリーベ・ヴァチン(ka7144)として万全の態勢で臨めると、そう判断できたから。だから今、こうしてその瞬間を待っている。
行くべきタイミングが、必ず見出せるはずなのだ。そうしなければならなかった。
験を担ぐなんてことは考えなかった。
リーベが、リーベの持ちうる全てで臨まなければ意味がなかった。
運もまた実力のうちと言うけれど、それは万全の備えをした上でこそ降り注ぐものであって。
幸運を呼び込む為に行動することはまた別の問題だと、そう思っていた。
実際にマテリアルは、スキルは、覚醒者としての全ては使えない。
けれど己の全てを冴え渡らせるための精神統一。
思い浮かべるのは常に、己の胸のうちに燃える、愛の形。
たった一人、手に入れると望んだ男の顔を、これまでだって何度も心に脳裏に体に刻み付けた男の姿を思い描く。
約束は告げた。
それは全てにおいての大前提で、色よい返事は貰えていた。
あの時の照れた様子に、姫であり嫁だと、間違いなく私のものにしてみせると確信を得た。
待つ。その言葉がすべての原動力になった。
第一段階は簡単すぎるものだった。
そもそも下宿先として借りている間柄だったのだ、頻度はそう高くなくても、何度も顔を合わせていた。だから自己紹介も何もない。
気心が知れた間柄になっておくくらいの下準備は済ませてあった。最大の難関だろう嫁の同意を得た時点で失敗するはずがなかった。
家庭環境が近い事も後押しになっていたはずだと、今なら思える。
続く第二段階は少しばかり緊張もある。
けれど、勝算はある。なにより嫁の、彼の家族の反応がそれを物語っていた。
全く同じようにとはいかないだろうけれど、既に向かう日取りは決めている。
後は向かうだけなのだけれど……その前に、最終段階に、手をかけるくらいはしておきたかった。
自身の親に、ほんの少しでも不安な様子は見せたくなかった。
報告前に、少しでも幸先の良い結果を、望む結果に辿り着くための成果は出しておかねばならない。
確かに彼は私の嫁だ。
けれどその周囲が、彼の血縁ではない者達が、素直に認めるわけがないのだ。
(戦いになる)
これまでだってそうだった。
家主でもある彼の家族は皆、彼に惚れている。
家族愛、好意、隣人愛……それらしい言葉はいくつもあるけれど、皆そんな生易しいものは抱いていないのだ。
同じく彼に想いを募らせる身だからこそ、同類だからこそ自分達は、互いの抱える想いに察しが良かった。
自分こそこうして離れで暮らしているが、母屋は。家主である彼を中心に種族の壁を越えた愛が幾重にも渦巻いている。
幸いと呼んでいいのかはわからないが、この愛情のるつぼである状況を、彼は気付いていない。むしろ気付かないままだからこそ愛しさが募る。
気付かれないままに、決着をつけなければならない。
(最後の戦いにすら、死を覚悟しなかったんだがな)
邪神との闘いは壮絶なものだった、それは間違いがないというのに。
今のリーベはこれから始まる、自ら始めようとしている戦いに死の覚悟を持って挑むのだ。
けれどその事実に驚きはなかった。迷いもなかった。
武力での戦いは、ただの力のぶつかり合いだ。そこに備え鍛え、揮いきった者が勝つ。それだけシンプルだからこそ、死は当たり前のものとして受け入れられるものだった。
けれどこの戦いは違う。
想いの強さを。願いの深さを。愛の形を競うものだ。
目に見える戦いではない。確かに現実に存在するライバル達を相手取るわけだけれど、その勝敗は互いの認識が一致しなければ決することはない。
もし、万が一。彼の伴侶として認められない結果になってしまったら?
彼はリーベの望みだ。リーベが定めた半身だ。切り離す気のない嫁だ。
心のうちでそう決めても、彼が受け入れても。彼が家族として愛する彼女達が認めないなら、それは正しくリーベの望みを満たさない。
強引にでも家族になることは出来るだろう。実際に彼の両親には認められた、自身の両親もまたこの縁組を止めることはないだろう。
それでも子は為せるだろうし、家族という幸せは手に入るだろう。けれどそれは必要最低限な物であって、リーベを十分に満たさない。
彼女達を抑え込めないのなら、リーベの心は常に背負い続けるのだ。
この関係は、この結婚は。
正しく彼を、嫁を、勝ち取ったわけではない……と。
負けられない戦いだと、常に念頭に置いていた。
彼への想いを、決意を胸にしてからずっと、彼女達との戦いは、前哨戦は繰り返されていた。
しかし、彼の同意を得た今。彼女達が完全に、こちらへの包囲を、その連携を完成させないうちに。
先手を取らなければならない。
リーベは早く、彼女達の頭を抑えなければならない。
彼に最も近い距離で日々を過ごすことができる彼女こそが一番の強敵だ。彼女達は頭に一目置いていると言ってもいい。
彼女達の序列を彼は知らず。あくまでも彼女達の間にしか存在しないものではあるけれど。
どれだけ彼に手をかけてもらえるか。言葉をかけてもらえるか、同じ時間を過ごせるか……それが、彼女達の指標だ。
それだけ長く彼に愛でられている。戦闘系の同志からも一目置かれている。
どうしても越えられない絆があると分かってしまうのだ。
頭が窮地に陥れば、彼女達の中で最強が動くだろう。そうなったら自分も勝ち目がないと分かっていた。
更には最強の彼女だけではないのだ。知能担当も、回復担当も居る。
そうだ、まさか自分と共に在るべき彼女までライバルになるとは思わなかった。その彼女がこちらの動きに気付いたら早々に対策をとられてしまうのだ。
けれど、それも今日で終わりにしてみせる。
頭をさえどうにか頷かせることができれば。
戦うこともない筈なのだ。
因縁は残るかもしれない、そのことで今後も小さな諍いも生まれるだろう。
けれど、大きな前進になるのは間違いない……!
自然と、その時が来たと感じて立ち上がる。
「往くか」
呟きとともに、テーブルに準備しておいた最終兵器を手に取った。
これまでに幾度も観察し続けて見出した、頭である虎猫が最も好むはずの煮干し。
目利きだって鍛えたのだ。きっと彼が手ずから与えるものが一番と、そう思っている筈だけれど。
二番目に美味いと、鳴かせて見せる……!
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【リーベ・ヴァチン/女/22歳/闘征狩人/その跳躍の軌跡は空を駆けるかの如く】