●橋上の会敵
手を振り見送る整備員が消え。
懐かしさすら感じるアスファルトが現れた。
「いきなりとは聞いてたけど、ほんとに急すぎないかな……!?」_
ステラ=ライムライト(
ka5122)の口元が少しだけ引きつる。
VOIDが多い。
遠くまで続く橋にも、左右の海にも、生気が欠けつつある青い空にも、目玉と触手を捏ねて歪めた狂気のVOIDが大量に浮かんでいる。
意識するより速く手が動く。
たった2本の操縦桿により命令が伝えられ、重装備魔導型ドミニオン【カーミラ】が四連装カノン砲を斜め上に向けた。
大気が揺れ砲口が霞む。
4つの大型弾が緩やかな弧を描いて飛翔。
すっかり強くなったステラから見ると止まっているも同然の目玉もどきに直撃、爆散させた。
「ただいま……っちゅう雰囲気やないなあ。出迎えが多すぎるで」
冬樹 文太(
ka0124)が大型ライフルを後ろに向かってぶっ放し。
銃を構えたままバイクのアクセルを踏んでVOIDとの距離をとる。
どれほどの運動神経と体力があれば可能になるのか全く分からない行動を続けながら、文太はうんざりとした様子で肩をすくめた。
「元から向かって来るのが40匹? あっちのCAMで約30惹きつけて」
軽く速度を落として引き金を引く。
100メートルを超える距離にいる浮遊型狂気が、一度びくりと震えて海面に落下した。
「俺が30ちょい。併せて100匹か、全く足んねぇ」
ハンターを脅威兼獲物と判断した浮遊VOID達が、リアルブルー基準でも大きな橋に沿って向かって来る。
文太が左右をちらりと見る。
接近中の100体の数倍の大目玉が、何をするでもなく斜め上方で漂っていた。
1体のイェジドが文太の脇を抜けVOIDの大集団に向かう。
「おびき寄せてー、アレを引っ張りだしてー、その上でなんとか前線を維持し続けないといけないんだよねー?」
イェジドにまたがるレム・フィバート(
ka6552)はご機嫌だ。
散発的に飛んで来る、濁った緑色のレーザー……厳密に表現するなら負のマテリアルによる攻撃を軽く躱し、手甲で包まれた小さな手をにぎにぎする。
「ノトっちーサポート任せるよん♪」
緑光の密度が急上昇。
前方だけで無く左右と斜め上方からイェジドとレムを襲う。
幻獣が機敏に跳ねて回避、レムの鉄扇が直撃コースの光をはたいて防御、極まれに防御し損ねてもプロテクトスーツでほぼ止まる。
『ごめんなさい。後3……2分粘って! 人型狂気の射程に入る前に後退っ』
トランシーバーから聞こえる指示は悲鳴に近かった。
レムがくすりとする。
間近に迫った死を理解した上で、いつも通りに朗らかに笑う。
「レムさんはこっちにくるVOID達を引き止める感じと致しましょーう!」
イェジドが主の意に従う。
アスファルトの上を飛ぶように跳ねて回避と撹乱行動を実行。
浮遊する大目玉が当たりもしない攻撃を繰り返し、それに釣られてクラスタ方向から新手のVOIDが集まり始める。
「たぁっ!」
纏っていた淡い燐光を拳に集中。
退路を断とうとした大目玉に投げつけ海面に落とす。
トランシーバーから聞こえる指示からは、とっくに余裕が無くなっている。
(ちょっと危ないかなー)
覚醒中に死への恐怖が薄れる自覚がある彼女は、理性で判断して徐々に後退を始める。
しかし敵は予想以上に多く、攻撃も激しすぎた。
「おびき寄せが済んでない段階でこれかよ」
レムの退路上の大目玉を文太が砕く。
ふと、CAMの奇妙な動きに気づいて目を見開いた。
「あぁもうごちゃごちゃと!」
ステラがするりとコクピットから飛び降り。
「鬱陶しいよ!」
常人の限界を超えた速度でオートMURAMASAを振るう。
一度や二度ではない。最低でも10回だ。
特に速度があった大目玉の輪切りが9つほど生じ、べちょ、と気味の悪い音を残し薄れて消えていく。
「すげぇな」
レムが治療と休憩のため下がったのを確認し、今度はステラを追う一群へ銃撃を開始。
ステラは素早くコクピットへ跳躍。即座に緊急始動を行い後退と攻撃の操作を完了する。
「おぉぉ、CAMに乗っててもできた! あんまりやったことないけど、こんなこともできるんだよね……!」
【カーミラ】がステラの斬撃を再現している。
まとめて2桁葬る速度はないものの、飛び抜けて表皮が厚い目玉を一撃で葬り去る威力と精度がある。
「嬢ちゃん達アクセル踏みすぎや。死なへん間合いを見切っとるのが偉いっちゅうかタチ悪いっちゅうか」
全身の筋肉を制御し発砲時の衝撃を受け流す。
目玉を砕き、徐々に混じり出した人型狂気に痛打を浴びせ、退き撃ちする【カーミラ】の撤退を支援する。
文句は絶えず、しかし彼女達を止めようとはしない。
レム達が危険をおかさなければ十分な数のVOIDを陽動できず、クラスタ内部突入班が全滅しかねないからだ。
「俺達が最後まで立ってへんと、後ろは誰も居らへんからな……」
自分自身も前に出て直接援護したいという気持ちをぐっと抑え、傷ついた機体が安全圏に逃れるまで援護を続けた。
●全世界実況中継
『ご覧下さい! 猛獣に乗った少女が跳……飛んでいます!』
ナレーターが死の恐怖を忘れている。
ここが戦場であることは分かっている。
だが、それでも、これほどの被写体を前に興奮しないというのは不可能だ。
「まさかこんな形で日本に来る事になるなんてね」
アイビス・グラス(
ka2477)が纏うマテリアルが急激に密度を増す。
オーラがイェジドに似た狼耳と尻尾を形作り、元々兼ね備えている力と美がより強くなる。
橋上の人型VOIDと、橋の空上だけでなくほぼ全周を覆う浮遊型VOIDが恐怖に負けたかのように数メートル後退。
アイビスが不敵に笑い挑発。
たちまち負のマテリアル濃度が上がって膨大な量のレーザーが降り注ぐ
「ラージェス、あなたの力を見せてあげて!」
イェジドが加速する。
薄汚れた緑光の、最も密度の低い場所へ残像が残るほどの速度で飛び込んだ。
残像は消えない。
アイビスを守るマテリアルがあり方を変え、目の錯覚ではない本物の残像を作り出す。
本来なら回避の余裕を奪うはずだったレーザーの狙いは甘くなり、アイビスはほぼノーダメージで敵の大攻勢をいなして見せた。
「歪虚がいる以上好き勝手にやらせる訳にはいかない、けど」
布を巻いただけの拳で、拳を一切痛めず重装甲人型狂気を殴り潰しながら、アイビスはため息に似た息を軽く吐いた。
反転して敵中に飛び込んだら確実に勝てる。
戦死前提ではない。打撲と裂傷を覚悟するだけで十分可能だ。
「数がね」
アイビス達に引き寄せられたVOIDは3?400、まだアイビス達に食いついてないのはそれ以上の数がいる。
3?400潰した時点で残りがクラスタに逃げ出せば、この場では勝てても戦場全体では完敗になってしまう。
だから彼女は、ダメージが積み重なるのを覚悟した上で陽動を続けた。
「後退しろ。退路が無くなるぞ」
魔導型デュミナス【ドゥン・スタリオン】が、素晴らしい速度で複数のVOIDを打ち落とす。
『今どこからか通信……異世……で……』
クリムゾンウェストで何度も経験した通信途絶がアーサー・ホーガン(
ka0471)を襲う。
通信拡張装置でもVOIDによるジャミングに対抗出来ないというより、通信拡張装置を仕込んでようやく繋がるの可能性が出てくる状況だ。
「世話をかけさせるっ」
後退を止め踏み込む。
擬人型未満の人型以上の個体をCAMブレードでぶった切る。
残骸を障害物として残して上半身をひねり、生身で戦うハンターでは無く再度ヘリコプターの近くを狙う。
発砲。
目玉が汚液と化し飛散。
キャノピーを汚してTVスタッフに悲鳴をあげさせる。
「とっとと」
レーザーが飛来。
すり足で位置をずらして被害を極限。
脳味噌の奥から手旗信号のやり方を引きずり出し、CAMの手で以てこの場の危険と後退の必要性を通告する。
「下がりやがれ。そこじゃすぐに死んじまうぞ」
ヘリコプターがようやく橋から距離をとる。
ひょっとしたら、手旗信号よりアーサー本人の迫力あるいは殺気に怖じ気づいたのかもしれない。
退路を塞ぐ動きを見せた擬人型に【ドゥン・スタリオン】がブラードを叩き込む。
その擬人型は何の戦果もなく壊れたものの、無数の大目玉が繰り出すレーザーがアーサー機の装甲を削った。
「ベアトリクスが本格的に動き出すまで保つか? まあ保たせるがな」
僅かにひび割れたコクピット正面装甲と、レーザーで軽く焼かれた自身の鎧を見比べ、アーサーは男らしい不敵な笑みを浮かべた。
●伏撃
ハンターに誘引され続け、空を覆うほどの大戦力に膨れあがったVOIDを目にして、ノノトト(
ka0553)は心底安堵して大きな息を吐いた。
「偽装退却中止! みんな、全力でたたかって!」
ノノトトは、普段ののんびりした様子からは想像し辛い大声で指示を出す。
VOIDをクラスタから十分引き離した今が絶好の攻勢の好機なのだが、戦闘の音が大きすぎて近くのハンターにしか気づいてもらえない。
「あう……」
じわりと気弱な心が鎌首をもたげる。
「ノノトト、お前は指示出しに集中しろ」
セルゲン(
ka6612)がポーションの瓶を投げ渡す。
あわあわとノノトトが何度かお手玉をして、結局相棒のユキウサギ【みぞれ】が受け取りノノトトに一緒に飲ませた。
飲み終えたときにはセルゲンの顔は見えず、頼りがいのあるセルゲンの背中が見えた。
「【餅助】、頼んだぞ」
セルゲンのユキウサギが結界を展開してノノトトの守りを固め、セルゲンは使い慣れた拳ではなく魔導銃で以てVOIDを迎撃する。
擬人型の装甲に火花が散り、装甲の割れ目から伸びた触手が根元から千切れて踊る。
擬人型が両の拳を振り下ろす。
左右の人型が回避の空間をなくす形で銃を打つ。
「この程度か」
古びた銃弾を筋肉で食い止め、擬人型の巨腕を鉄手甲で受け、セルゲンは反撃の一撃を巨体の腹にめり込ませる。
追撃はかけず身振りで挑発。
激怒した擬人型が突進し人型の邪魔になる。
何度も打たれはしたが、セルゲンは回避、防御、そして回復術を駆使してノノトトのために時間を稼ぐ。
「は、反撃かいしー!」
トランペットの音が高らかに鳴る。
【みぞれ】がハリセンをふるってノノトト……ではなくノノトトのトランシーバーを防御。
少しでも大勢に指示を伝えるため死力を尽くす。
「あっ」
無傷の8メートル級擬人型が4体、ノノトトをセルゲンごと包囲する形で接近してきた。
擬人型だけでもあわせて5体。
セルゲンがせめて後2体、ユキウサギ達が1体つず引きつけようとするが間に合わず、ワイヤーを束ねたような触手がノノトトを狙う。
肉がジュースに変わるのに似た、異様な音が響いた。
『反撃開始、了解した。これより反撃と同時に音声での伝達を行う』
R7エクスシアが、片手と肩で以てシールドを支えていた。
擬人型複数からのびる触手が力の入れすぎで震え、しかしそれを防ぐシールドは巧みに力を受けながしている。
『これより反撃を開始する。重傷者は後退を継続。それ以外は作戦通りに動け』
淡々としたGacrux(
ka2726)の声が戦場の半ばを覆う。
クリムゾンウェストの戦場で鍛えられた喉と、リアルブルー系技術による外部スピーカーによる相乗効果だ。
「ありがとう。セルゲンさん!」
ノノトトが自転車を立ちこぎして急加速。
その状態で小型拳銃を両手で構え、思い切り引き金を引く。
セルゲンの死角にいた大目玉に穴が開き、汚れた液が内側から噴き出した。
「助かった」
セルゲンはノトトに視線を向けない。
ノノトトとユキウサギに背中を任せて前に出て、Gacrux機の足に取り付いていたVOIDを何度も殴って引き剥がす。
倒れた人型から古ぼけたライフルが転がり、しゅう、と空気が抜けるのに似た音を残して人型の中身が消える。
「クルセイダーを見つけて合流しろ。CAMも直るんだろう?」
「……ああ」
レーザーにより開いた穴からGacruxの顔が見える。
機体だけでなく本人も傷を負っているらしく、かなり顔色が悪かった。
「ここはボク達が。お気をつけて!」
気力を振り絞りそう言うノノトトは、緊張と精神的疲労で足を小さく震わせている。
わずかに遅れて目礼するGacruxは、少しだけ戸惑っているようにも見えた。
「傷を負った人は無理せず下がってくだ」
きゅう、とノノトトの腹が可愛らしく鳴った
「お腹ぺこぺこ……ミソカツ食べてみたかった……」
「戦闘が終わる頃には滞在時間切れだろうからな。勝って次の機会にでも食いに行くとするか」
緑の豪雨が正面から降り注ぐ。
【みぞれ】と【餅助】が競うように前へ飛び出す。
爪で受け、あるいは鎌で切り裂き威力を弱めてとにかく耐える。
生命力だけなら主達を上回っており、それぞれ何発か当たったはずなのにけろりとしていた。
セルゲンの魔導銃が唸りノノトトの拳銃が乾いた音を出す。
浮遊型VOIDが少しずつ減ってはいくが、まだまだ数え切れないほど橋の上に浮かんでいた。
「攻撃開始」
フラン・レンナルツ(
ka0170)の号令が戦況を一変させた。
後衛の105ミリスナイパーライフル、最前線近くの30ミリアサルトライフル、4連装カノンが鉄の弾を撃ち出し大目玉の群れに浴びせた。
点の攻撃ではない。
線の攻撃でも無く。
コの時に近い半円状の砲弾の檻だ。
浮遊するVOIDがぶつかり合い粘ついた音をたてる。
地上をいく擬人型も、複数方向からの攻撃を防盾では防ぎきれず命中弾を浴び。
砕けた肉と装甲がアスファルトの上にぶちまけられた。
『……メートル下がっ……』
また通信がおかしくなった。
フランは念のため、道路上に配置したシールドを回収。
長大な射程を誇るスナイパーライフルから、複数の状況で使える30ミリアサルトライフルに持ち替えた。
目玉の残骸が擬人型の足に踏みつぶされる。
ハンターと比べると拙いにも程がある連携で、雑に足並みを揃えた目玉と人型と擬人が押し込んでくる。
フランは慌てない。
これまでの射撃戦でぼろぼろの擬人型を容赦なく狙う。
胸部装甲が砕け、脚部の先端部が歪んで速度が落ち、それでもフラン機を射程に収めようと前に出る。
「うん」
シールドで流れ玉を防ぎつつ数歩後退。
VOIDの巨人の攻撃を無意味にした上で、止めの30ミリをコクピット部分に何度も打ち込んだ。
「部位狙いならスキルトレースとターゲッティング必須?」
生身でも無改造CAMでも狙える自身がある。
ただ、スキルを使えばもっと良く狙えるのが現実だった。
「地球も、中々大変な状況に成っていますね……」
射撃戦仕様魔導型デュミナスの中で、天央 観智(
ka0896)がクールにつぶやいてる。
移動速度と射撃戦闘に重点をおいた機体であり、一部の機体のような超回避力はない。
ただ、同種の改装をした機体より頭一つ以上動きがよく、被弾回数は明らかに少なかった。
「アレがクラスタですか」
弾倉内の最後の10発を目玉に当て破壊。
射程内からVOIDが消えたので、スナイパーライフルに持ち替え敵の中衛を削る。
強力なレーザーを吐く寸前だった特大目玉が凹んで破裂し汚液と化した。
「たった2ヶ月で、あれ程ですと……」
とてつもなく巨大なVOIDを一瞥する。
開戦直後のように際限なくVOIDを吐き出している訳ではないが、まだ途切れ途切れに増援を吐き出しては橋沿いにこちらに向かわせてくる。
「多少の無茶も、やむをえませんか」
操作のためでなく、コンソールに手を触れる。
魔術師スキル「ウィンドガスト」発動。
全高8メートルの魔導型デュミナスが緑の風に後押しされ、回避の切れを保ち戦場を自由に動く。
常人パイロットなら途中で機体共々スクラップと化すレーザーの雨を抜け、ハンターの防衛線を突破しかかった大目玉を連続で射殺。
今度は擬人型に立ちふさがり中破機体の撤退を支援する。
「これは……」
違和感がある。
多数の敵を食い止めることに処理能力をとられ、その違和感が何を示しているか探る余裕がない。
最初に気づけたのは、正面以外からの奇襲を警戒していたフランだ。
「VOIDが海上から接近中!」
橋の上、ハンターによる鉄壁の防御を打ち破れなかったVOIDの一部が、横に溢れて海面に落ちた。
海面に泡が生じる。
泡の量が急激に増え。
目玉がぷかりと浮き上がる。
装備の一部を流された人型が、水面から上半身を出す。
そして、CAM並の巨体を誇る擬人型が、海水を押しのけ顔と大型砲を表した。
カレン ワーデス(
ka6632)に導かれ、R7エクスシア【アザルトガーリア】が橋から身を乗り出す。
背部エンハンサーが魔導エンジンの出力を引き上げる。
ライフル全体が燐光を帯び、銃口に光が集まり銃弾として打ち出される。
大型砲の弾倉部分に見事命中。擬人型の右腕分を巻き込みVOIDの得物が吹き飛んだ。
「この程度、窮地でもなんでもありません」
橋の上では目玉と人型の攻撃が続いている。
レーザーと対人の銃弾が【アザルトガーリア】を襲い、しかしカレンの操作するシールドにより8割方食い止められた。
「外に空気があるだけでヌルゲーですわ」
ふふんと得意げに胸を張るカレン。
綺麗に整えられた縦ロールがふわりと……揺れる途中でコクピットごと激しく揺れた。
カレンが五感を研ぎ澄ませる。
操縦桿を高速かつ正確に操作する。【アザルトガーリア】を橋上のVOIDに正対させ同時にシールドによる防御を実行。
多勢の大目玉の群れが、実に半分ほど彼女を凝視しレーザーを照射する。
「この程度でわたくしが墜ちると……えっ」
防御だけで無く後退まで始めたカレンが気の抜けた声を出した。
支えるものが何もないはずの水面で、小さなエルフっ子が元気よく手を振っている。
「ウォーターウォークつかえますっ」
よく見ると、チョココ(
ka2449)は蒼銀にも見えるイェジドに腰掛けていた。
分身じみた高速横跳びでレーザーを躱し、しかも主であるチョココが落ちないよう揺れずに水面に着地する。
「減らしておきますなの」
派手な爆発が目玉群の鼻先に発生。
部隊が半球状に抉れて、一時的に水面上の侵攻速度が低下した。
カレンは覚悟を決めて、点検用らしい梯子だかなんだかよく分からないものを使って水面まで伝い降りる。
チョココがほんのすこーしだけタイミングをミスって着地時に水がかかったが、返り血が洗い流されてむしろ感謝したいくらいだった。
「なんとしても生き延びますよ!」
「はいっ」
カレンが火力を活かして擬人型を防ぎ。
チョココが雷と火球と使い分け大目玉と人型をまとめて削る。
だがあまりにも、数が違いすぎた。
『あの耳は異種族でしょうか。ああっ、今追い詰められっ』
レポーターの実況に熱が入る。
真実を伝えるというより、悪趣味な血まみれ展開を求めているようにしか聞こえない。
(何を言ってるのかな)
チョココが聞き取れなかったの精神上衛生上幸運だったかもしれない。
気持ちを切り替えて、避けて、避けて、術を打つ。
そろそろカレンの機体の装甲が危険なので、頑張って攻撃して水面上VOIDの注意を自分に引きつける。
「アーデルベルト、あとちょっとだけ」
イェジドが歯を食いしばり悲鳴を堪える。
累計数百打ち込まれたレーザーがついに、幻獣の守りの薄い箇所を射貫いたのだ。
「だめっ」
とっさに庇おうとするチョココと同じく主を庇おうとする幻獣がもみ合いそうになる直前、鮮やかな桜色の炎がレーザーの発射元を焼却し尽くした。
『アニメの……ロボット?』
ナレーターが呆然とする。
カメラマンがエルフっ子から被写体を変更する。
R7エクスシアだ。
ベースカラーは桃色。
描かれた花の模様は実に華やかで、華やかさ以上に迫力を感じさせる。
操縦席でアシェ?ル(
ka2983)が奥歯を噛みしめる。
レーザーに籠もっているのは破壊の力だけではない。
巨大な物量を誇る地球軍を散々苦しめられた、知的生物を狂気に誘う力が籠もっている。
ハンターにだって効くのだ。全高2メートル未満の浮遊型でも、この場にいる百と数十が集まれば高位覚醒者であるシェールでも危ない。
「いきます!」
重防御・魔術師用CAM【R7エクスシア-DM】が黄金の杖を掲げる。
桜色の光玉が先端部分に現れ存在感を増し、一瞬で加速した後、各種VOIDのまっただ中に出現した。
『あれは、一体。い、異世界では魔法兵器が実用化されているのでしょうか』
頭上を飛ぶヘリコプターが五月蠅い。
ローターの音的にも発言的にも、VOIDに必要以上に近づく意味でも。
「まだ耐えられる」
コクピット内では多数の立体魔法陣が浮かんでアシェ?ルの姿を浮かび上がらせる。
HMDに覆われた彼女の額に、冷たい汗が浮かぶ。
水面が揺れ、擬人型VOIDが無数の触手で水を掻き分けこちらへ迫る。
両者激突のタイミングで多数のレーザーが飛来。
回避しようのない呪われた豪雨が、美しく凜々しい機体を毒牙にかけたかように見えた。
『ああっ』
わざとらしい悲鳴を、アシェ?ルは冷静に聞いていた。
眼球を素早く動かしチェックリストを確認。
積みに積んだ追加装甲板にエラーが出ているだけで本体にエラーはない。
「諦めたりしません。絶対に」
提示された複数のシールド運用法から1つを選択。
擬人型の腕、触手、体当たりを全てシールドで受け被害を0に近づけ、アシェ?ルの直接操作に従い桜光の爆発をこの世へ導く。
大型VOID群の背中側から桜色が浸食する。
宇宙と地上で猛威を振るった巨体も、今は爆発を効率よく浴びてしまう的でしかない。
再度の爆発。
アシェ?ルに縋るかのように暴れるVOIDもこれには耐えきれず、外側の装甲だけを残してこの世から消滅した。
「間に合った!」
【射撃支援型ドミニオンMk.IV】が、橋の端ぎりぎりで4連カノン砲を構え。
クラスタ方向から迫る攻撃を無視して砲撃を開始する。
猛烈な砲撃が水面に命中する。
ダメージが積み重なり一部には火花が散るアシェ?ル機の足下で、半透明の大目玉が砲撃で砕けて崩れて流れ去る。
そして【射撃支援型ドミニオンMk.IV】にレーザーが当たる。
防御を重視した機体だが追加装甲で固めに固めた【R7エクスシア-DM】に比べるとさすがに打たれ弱い。
橋上の、水上よりさらに多いVOIDからのレーザーを受け、だが何故か装甲の焼け具合は控えめだ。
「結果的に戦力を連れて来られたけど」
レホス・エテルノ・リベルター(
ka0498)は90度方向転換。
近距離の人型にはスラスターライフルの弾幕を。
距離のある擬人型には4連カノン砲撃で確実にダメージを与える。
自身のマテリアルをシールドに流すのももちろん忘れない。
「もしロッソが転移していなければ、この戦いは起きなかったかもしれない。ボクたちが戦っていれば、この街は無事だったかもしれない」
IFがあってもそのIFでどうなるかなんて、精霊にだって分からない。
でも、自分の意思では無くても地球から離れたことが、棘になってレホスの心を苛むのだ。
「ボクはもう軍人じゃないけど……それでも。戦いから逃げるわけには、いかない」
VOIDの軍勢を銃撃で削る。
反撃のレーザーに大型弾が混じり、レホスの防性強化でも機体へのダメージを防ぎきれなくなる。
頑丈で火力がある分【射撃支援型ドミニオンMk.IV】の移動力は低く、一度敵の攻撃が集中すると立て直しが非常に困難だ。
レホスは的確な回避と防御を続けはしたが、機体の損傷は危険なほど深刻になっていた。
「訳の分からんベアトリクスは見せ金で雑魚共が主力のつもりか? ハッ、性格の悪い」
シガレット=ウナギパイ(
ka2884)の唾棄じみた声と、壮絶な密度の正マテリアルが同時に同時にレホス機を打った。
メーカー修理必須級の損傷が、時間が逆向きに流れるように元へ戻って機能が復活する。
「悪ぃが全快は無理だ。緑の化けVOIDの相手があるんでな」
宝剣「荼枳尼天」を横に振る。
清らかというには苛烈すぎる光がシガレットから放たれ、付近のCAMを過酷浮遊型VOIDを焼き尽くした。
後続のVOIDが空間を埋めるより速く、Gacruxの機体が援護可能な位置に入り込み30ミリ弾をばらまく。
コクピットが見えていたのが嘘のように、装甲の穴はふさがり戦闘力も健在だ。
血混じりの咳をしながらGacruxが操縦していることを、Gacrux本人と癒やしたシガレットだけが知っていた。
「来る……か」
人型VOIDを蹴散らし、擬人型VOIDを牽制し、戦場を広く見ていたGacruxが小さくつぶやいた。
地球人が一度見つけたらしいベアトリクスの姿はどこにもない。
だがGacruxは確信している。
殺意にしても強烈に過ぎ、けれど殺意にしては少々どころでなく練りが甘い視線がGacruxとその近くのハンターをなめ回している。
これで、最大の脅威が名古屋クラスタから離れた。
Gacruxはそう確認して無意識に柔らかな笑みを浮かべていた。
●混沌の巨人
その瞬間、日本各地の計器が異常な値を記録した。
巨大橋梁が不気味な音を立てる。
不自然に歪んだ空間が巨大過ぎる負荷をかけているのだ。
「大都市、か」
首元に固定したマント状帆布を除けば無改造に見えるCAMの中で、フォークス(
ka0570)が独りごちる。
橋の揺れが目に見えておさまっていく。
幼少時の記録にあるおんぼろ橋とは見た目も強靱さも違いすぎた。
目を細める。
水面の彼方、猟撃士の視力でなんとか判別できる距離に、「異世界人様歓迎」と墨書された幟が20以上はためいている。
人づてに聞いた話では、フォークスに縁のある国もハンターの受入を表明しているらしい。
「あたいらしくもない」
命以外を捨てざるを得なかった過去を思いだしてしまった。
意識して息を吐く。
操縦桿を通して己の支配下にある、2つの世界の技術の結晶を意識する。
フォークスの頬に、いつも通りの飄々とした笑みが張り付いた。
揺れる心を装甲に隠し、1機の魔導型デュミナスが敵味方のまばらな区画へ突進する。
無理矢理不安定化された空間が安定。
CAMサイズに異様な負のマテリアルを詰め込んだVOIDと、似ているのは外見だけのCAM型VOIDがいきなり出現した。
「これは仕事であんたは獲物。遊んでやるよ」
何の変哲もない30ミリ弾がCAM型VOID、つまりベアトリクス直援戦力を狙い、狙い通りに外れることで回避のための空間を塞いだ。
「ここまでお膳立てされたのは何年ぶりか。……200ミリの砲弾の威力、その身に味わえ!」
アバルト・ジンツァー(
ka0895)が引き金を引く。
魔導型デュミナス【Falke】が4発同時に大型弾を放ち、本来なら3?4割で回避を成功するはずの擬人型に直撃させる。
装甲が複数箇所凹んでシールド状腕が不規則に揺れる。
緑光まとうベアトリクスは、ただ好奇心に突き動かされ周囲を見回している。
対照的に典型的なVOIDである護衛達が、長大な触手を振り回しながら【Falke】目がけて駆け出した。
「自分が退役後に軍の質が落ちたのか? 軍が苦戦するほどには見えぬが……」
その護衛が精鋭といっていい練度を持っているのも見れば分かる。
だが致命的な脅威とは思えない。
フォルテの銃弾が最も傷ついたVOIDの足先を掠める。
ふらるいたところに【Falke】の30ミリ弾が連続でめり込み限界を突破。倒れることもできずに内側から消滅する。
「自分が伸びたのか?」
装甲を己の皮膚のように感じる。
操縦桿も高給取りな熟練工並の精度で動かせる。
だから、速いだけの突進を躱すことも、いなしたVOIDに振り返りざま非実体の弾を撃ち込むことも、驚くほど簡単に出来てしまった。
「マテリアルライフルの威力は仕様書通り。これならアサルトライフルで十分か」
持ち替える。
攻撃ではなく移動に専念。
フォルテの牽制弾と後方からの本命弾が入れ替わりに現れ護衛達を襲った。
「ベアトリクスに構うな」
不動シオン(
ka5395)が斬龍刀を抜いた。
恐るべき切れ味を誇る刃がシオンの纏うオーラを反射し妖しく光る。
イェジドが恐れる様子もなく駆けて、ベアトリクスに合流しようとする人型VOID……全長2メートル前後の大型武器持ちの至近に迫った。
特大の刃による高速の薙ぎ払い。
肉と装甲が千切れて宙に舞っった。
「む……これも戦のうちか」
シオンはヘリコプターを見つけて瞬いた。
ベアトリクスに気づいていないらしく、被写体を求めて所在なげに旋回している。
咳払い。
殺気を抑え。
頬についた体液を付近で拭う。
「地球人の目の前で」
艶のある黒髪をなびかせ、新たな人型集団に接近。
回避だけなら主を上回る幻獣が、錆びた刃や筋肉質の触手を器用に避ける。
「無残な散り様を晒すがいい!」
会心の当たり。
腰の上で両断された人型が3体、緩く回転しながら横へ跳んでいく。
「……任務達成の為にも自分が出来る最善を尽くさねばなるまい」
フォークス機が牽制した擬人型に【Falke】の大型弾4発が着弾。
側面からシオンを襲おうとしたのに足を止めさせられた。
「はぁ!」
振り抜く動作で方向転換。
上段に構えた刃にマテリアルを載せ一気に振り下ろす。
刃が爆炎を伴い、巨体の腹から太股までを切り裂いた。
『ご覧ください。日本人に見える女性が刀でVOIDを』
ヘリコプター内で何やら騒いでいるようだがシオンは気にしない。
既に十分義理を果たした。
「面倒が多い戦場だ」
イェジドが地を駆ける。
レーザーと肉触手飛び交う空間をすり抜け目玉と人型の大部隊へ。
カメラの写さない場所で、シオンは獰猛な笑みを浮かべてVOIDを叩いていた。
『あれはあの、緑のVOID!? き、消えっ』
ベアトリクスがいきなり加速した瞬間、その2メートル横のアスファルトに127ミリ弾が突き刺さった。
戸惑い、速度が落ち、きょろきょろと何かを探す。
前線から400メートル奥の魔導型デュミナスを見つけ、緑の光が濃くなった。
マッシブな外観のCAMが127mm対空砲の狙いをつけている。
そのコクピットで、クラーク・バレンスタイン(
ka0111)はベアトリクスに当てることを半ば諦めた。
「相性が最悪です」
ハンターの中にときどきいる、まぐれ当たり以外は銃撃を10割躱す連中並の回避力だ。
戦法、というより状況次第で勝つ自信はあるけれど、正直他のVOIDを狙った方が圧倒的な戦果を上げることができる。
「なかなか厄介な状況ですが、やるだけやりましょうか」
ベアトリクスへの警戒は怠らずに、その護衛を狙う。
ただ狙うだけではなく、他のハンターに気をとられ、あるいは牽制射により動きの鈍った個体を狙う。
127mm対空砲が圧倒的な射程を誇る。
【デュミナス:CdLカラー】は射程ぎりぎりの目標を狙い撃てる精度を持つ。
つまり最も脆いVOIDを常時狙う撃ちに出来るのだ。
「ここが日本か」
シン・コウガ(
ka0344)はクラークの護衛をしながら眉をしかめた。
「平和そうな雰囲気がクラスタで台無しだな。……どうしたものだか」
クラークの動きに違和感がある。
狂気の状態異常かベアトリクスの影響があるのは分かっているのだが、軽く殴った程度で元に戻せるとは思えない。
ピュリフィケーションの使い手に頼るという手もあるが、貴重で限られたスキルなのであまり頼れない。
「チッ、クラークさん近距離戦闘準備!」
R7エクスシア【エクスフェンリル】が、盾を構えて何もない空間に突進。
鉄と鉄のぶつかる火花と、不気味なほど透明な緑光が重なりあう。
「眼中に無いってか……」
ベアトリクスは、特別な射程と目立った活躍を見せるクラーク機へ一直線に向かってきた。
【エクスフェンリル】を含む、他の全てのCAMとハンターを無視している。
「ふざけやがって……!」
大型スラスターに火を入れる。
予備動作無しで加速できるベアトリクスと比べれば絶望的に遅い。
「これ以上ヴォイドにやらせるか!」
ベアトリクスが異様な速度で、そしてシンの予想通りの進路へ加速。
進路上に置いたブレードによって触手の1本を切断された。
報道ヘリが騒いでいるがシンに笑顔は欠片もない。
(コクピットに刺したつもりがコレか)
目視も可能な限り避け、覚醒者として鍛えた五感を駆使したのに結果は触手1本だ。
この時点でシンは、別のやり方でなければベアトリクスに届かないことを心で断定した。
「【CdL】隊、行きますよ?」
【デュミナス:CdLカラー】が近距離用マシンガンで弾幕を張る。
ベアトリクスには掠りもしないが接近を躊躇させる程度の効果はあり、わずかに稼いだ時間を使って【エクスフェンリル】が背後からマテリアルライフルで狙う。
何もない空間で、非実体の弾丸が砕け散った。
「クラスタに籠もられたら手も足も出ませんでしたね」
この戦場で倒せる気はしないが、このまま引きつければクラスタの方はなんとかなる。
そう信じて、【CdL】は絶望的な戦闘を継続した。
戦闘の最中、一瞬訪れた非戦闘時間で藤堂 小夏(
ka5489)が息継ぎする。
「久しぶりの日本……ゆっくりしている暇ないけどね」
数年前なら災害時の報道でしか見る機会のなかったヘリが十数メートル先で飛んでいる。
地球の常識では安全な位置なのかもしれないが、歪虚相手の激戦をくぐり抜けて来た小夏から見れば、自殺志願者にしか見えなかった。
「逃げなさい!」
ヘリコプターをHMDとCAM越しに睨む。
撮られるとまずいので威嚇射撃は無し。
殺気に近い気合で威嚇した。
『……っ……』
R7エクスシアに保護されたトランシーバーが、ベアトリクス突破の報を辛うじて拾う。
軽く息を吐く。
大きく吸って、覚悟を決めた。
普段は地味に循環させているマテリアルを、燃焼させるつもりで活性化させる。
鳥肌が立った。
どのVOIDも小夏機を向いていないのに、全身を至近距離で凝視されている感覚だ。
「私を攻撃しなよ。一番倒しやすそうでしょ」
搭載マシンガンを起動。
シールドで重要部位を庇い、回避行動と同時に勘で弾をばらまいた。
「そこ!?」
外れたと確信した弾が何かに……この場合どう考えてもベアトリクスに当たった。
脳が煮えかねない速度で認識し判断し動作を伝達。
死角から伸びてきた触手をシールドで受け止め、しかし貫通されてしまう。
装甲が割れコクピット内に破片が飛び散る。
操縦桿脇から緑の触手がぬるりと登場。
小夏に触れることはなかったが、強すぎる負の気配が小夏と正マテリアルを圧迫した。
「甘く……見ないでね」
技巧無し。単純な動作で、蹴る。
なんとか視認できたベアトリクスが後ろによろめき、コクピットから触手が引き抜かれた。
「困りますね……我等の国でこうも暴れられては!」
米本 剛(
ka0320)の声が響く。
非実体の弾丸がベアトリクスの脇に命中。
液体とも気体ともつかない何かが漏れて宙に消えていく。
「ここは私が」
魔導エンジンからマテリアルライフルにエネルギーをまわす。
元々強力な魔法力が追加タンク3つで限界まで強化され、凶悪な密度の弾丸を生じさせる。
「いざ……穿ちますよっ!」
小夏機の援護とベアトリクス誘引を、自身が突撃することで実現する。
非実体の弾丸はVOIDの胸部、腹部、右脚に当たった後、何故か全く当たらなくなった。
「私も狂気の影響下に入りましたか」
触手がR7エクスシアへ。
突く動作は遊びのようだが、機体にかかる負荷は異様に大きい。
「まだまだ」
凹んだ装甲と、潰れた回路が、剛にマテリアルの力を引き出されて再生する。
触手が驚き引っ込んだ。
ねちっこい触手より強い視線が、腕力と持久力を兼ね備えた剛の体を襲う。
「こちらの用事が終わるまで……付き合ってもらいますよ」
装甲に浸透してくる負の気配を払いつつ、剛は不敵に笑いVOIDに立ちふさがった。
激戦はベアトリクス周辺だけではない。
最初に比べれば激減したとはいえ、クラスタからVOIDが出撃し哨戒を行い、またベアトリクスとの合流を目指す小部隊もいる。
そのいずれにも、容赦のない砲撃が加えられ戦闘能力を喪失する。
「可能な限り、突入部隊は無傷で内部へ送り届けるんだ」
激戦で装甲の大部分を失った魔導型デュミナスの中、ザレム・アズール(
ka0878)が口から滴る血を拭う。
「そろそろか」
リアルブルーの気配にクリムゾンウェストの気配が微かに混じる。
ベアトリクス出現時に似た、ただし空間の揺れは限りなく0に近い転移だ。
「これなら機体を捨てずに済む」
歩きながら槍を一振り。
足止めしようとした人型をひと突きで仕留め、ザレムは報道ヘリを見つけ深くうなずいた。
「人類が勝つ姿を世界中に流してくれよ」
機導術を使った浄化とCAMによる対通信妨害が効いたようだ。
ヘリコプターが、ザレムとクラスタへ向かう部隊を撮影する。
(良くない傾向だ。ハンターと連合軍では力の種類が違いすぎる)
理想を言えば、両者が肩を並べてVOIDを撃破する様子を撮影、報道させることで世論を一変させたかった。
だが射程も対汚染耐性も政治的な立場も違いすぎるので、現状では共同作戦は難しい。
今のようにマスコミを優遇、正確には利用するのが精一杯だ。
「後はクラスタ崩壊まで死守するだけだ。……来るが良い」
残存大目玉部隊のレーザーをシールドで受け、ザレムによる防衛戦闘が始まった。
●緑の光に手を伸ばす
クラスタ突入からある程度の時間が経過している。
水城もなか(
ka3532はクラスタのある方向を眺めた後、魔導カメラを回収し柱から飛び降りた。
地球の兵士なら即死しかねない高さがあるのに、もなかは平然と受け身を成功させ何事もなかったかのように歩き出す。
「撮れましたよ」
タイマーで撮った写真をその場のハンターに見せる。
どの写真にもベアトリクスが映っている。
予想していた、招かれざる見物客は映っていない。
一緒に映ったCAMの動きが妙に拙いのは、間違いなくベアトリクスによる悪影響だ。
「あの時崑崙でモニターに映った個体かと思いましたが……何故かしっくりこないんですよね」
同型VOIDが多数存在するなら、既に人類は滅亡しているだろう。
だから1体しかいない可能性が高い。そう思われていた。
けれど直感が何かあると主張している。
「貴様等は下がれ。お前はまだいけるな。ほら行ってこい!」
シガレットの術が大破寸前のCAMを再生する。
剛の機体が走り出し、徐々に速度を上げているベアトリクスの足止めに向かった。
「……保たねぇぞ」
CAM乗りに聞こえないようシガレットが囁く。
大破寸前の機体を駆り、機体を最低限癒された後再出撃している者が多数いる。
機体を貫通した攻撃を受け、1時間以内に本格的な治療を受けなければ戦死しかねないハンターも数名いる。
剛が崩れたら、少なくともこの場の全員が皆殺しにされかねない。
「ひょっとして」
もなかが写真を入れ替え見比べている。
肉眼で見えないものが見える訳でもなく、画質も連合軍が使っている機材に比べれば非常に粗い。
それでもベアトリクスがどう動いたかは分かる。
「あのVOID、人類の言語を理解してるんじゃないですか?」
ハンターの戦意や敵意には普通に反応している。
人類とも精霊とも全く異なる精神構造を持っている、とは思えなかった。
「行動の中身は意味不明ですけどね。人類を殺す、騙す、侮辱する方法は、もっと効率のよいやり方がいくらでもあります。まるで1箇所だけ致命的なバグがあるAIみたいな……いえ、忘れてください。飛躍しすぎた憶測です」
もなかは軽く咳払いをして、新たに戻って来たCAMへ向かい重傷者の救助を始めた。
「うむむ。とらいあんどえらーじゃなッ」
最後の治癒術を使ったカナタ・ハテナ(
ka2130が立ち上がる。
覚醒に伴う虎猫耳と尻尾が元気よく揺れる。
「美味しいチョコなのじゃ。一つどうかの?」_
リーリーを駆けさせ、大きな動作で分かり易くチョコレートをぱくり。
猫耳猫尻尾の動きも友好ムード一色だ。
結局チョコレートには反応無し。
次のフルートでも演奏は、銃撃と砲撃の音の方が大きく残念ながら失敗。
「でかいの。言いたいことがあるならはっきり言え!」
シガレットがトランシーバー片手に呼びかける。
声、ディスプレイ表示、モールスなど様々な手段で周波数を伝えるが、返事はベアトリクスによる高速体当たりだった。
剛がなんとか防いで死者は出なかったが、剛の治癒術も使い尽くされた。
防衛線崩壊まで後1歩だ。
「ぐぬー。伝わっておらぬのか」
カナタとリーリーがシリアスなアイコンタクト。
双方それぞれ器用にトランシーバーを抱え、もしもしクエクエと通話の仕方を披露して見せた
「ベアトリクスどんは戦いを遊びというかじゃれあいみたいな感じで認識してるのかの? 本気を出さないのもその表れかの?」
とてつもなく自然な動きで、繋がったままのトランシーバーを投げて……。
触手が受け取り、トランシーバーと共に本体に潜り込んだ。
気づいたハンターが固唾を飲む。
笑顔のままのカナタの額に、うっすらと汗が浮かぶ。
いつの間にか、クラスタの方向にある負の気配が薄れていた。
トランシーバーが何かを受信した。
声でも雑音でもない、明らかに規則性のある意図の籠もった信号だ。
最初は1種、秒単位で2種、4種と増えて重なり合って増え続け。
カナタの手にあるトランシーバーが薄緑色の火を噴いた。
設計上あり得ない現象に皆困惑する。
秒にも満たない混乱から復帰したときには、ベアトリクスの姿は完全に消えていた。
思い出したようにハンター達が戦闘を再開。
巨大過ぎる戦力を欠いたVOIDは雑魚ですらなく、瞬く間に蹴散らされ橋状の安全が確保された。
続いてクラスタ陥落の方が届き、その場の視線がカナタの手にあるトランシーバーに向く。
カナタは痺れる手を気合で動かし、半壊トランシーバーを道路に置いた。
精密な検査を行いベアトリクスの性質を解き明かす……というやり方は確かにある。
だが危険が大きすぎる。
VOIDを甘く見て災厄を起こしてしまうなんて展開、クリムゾンウェストの歴史を紐解けばよくあることなのだ。
カナタがトランシーバーを砕く直前、連合軍から半ば脅迫の引き取り願いが届いてしまった。
この状況で連合軍相手に一戦交える選択肢は選べない。
微かな緑光をまとう通信機を残し、ハンターは戦場跡と化した橋から離れていった。