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【王臨】王の帰還 「謎の部隊対応」リプレイ

作戦1:謎の部隊対応 リプレイ

誠堂 匠
誠堂 匠(ka2876
ジャック・J・グリーヴ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305
ミケ(ユグディラ)
ミケ(ユグディラ)(ka1305unit003
システィーナ・グラハム
システィーナ・グラハム(kz0020
天竜寺 詩
天竜寺 詩(ka0396
ティス・フュラー
ティス・フュラー(ka3006
クリスティア・オルトワール
クリスティア・オルトワール(ka0131
鵤
鵤(ka3319
対崎 紋次郎
対崎 紋次郎(ka1892
保・はじめ
保・はじめ(ka5800
三里塚 一
三里塚 一(ka5736
ジェーン・ノーワース
ジェーン・ノーワース(ka2004
Serge・Dior
Serge・Dior(ka3569
コントラルト
コントラルト(ka4753
クローディオ・シャール
クローディオ・シャール(ka0030
ヴァルナ=エリゴス
ヴァルナ=エリゴス(ka2651
ブラウ
ブラウ(ka4809
グリューン(ユキウサギ)
グリューン(ユキウサギ)(ka4809unit001
ステラ・レッドキャップ
ステラ・レッドキャップ(ka5434
マリエル
マリエル(ka0116
冬樹 文太
冬樹 文太(ka0124
岩井崎 旭
岩井崎 旭(ka0234
カーミン・S・フィールズ
カーミン・S・フィールズ(ka1559
アイシュリング
アイシュリング(ka2787
鈴胆 奈月
鈴胆 奈月(ka2802
ヴィント・アッシェヴェルデン
ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346
エリオット・ヴァレンタイン
エリオット・ヴァレンタイン(kz0020
●REC

 一陣の風が吹いた。多数の王国騎士の死骸を撫で、崩れ落ちたハンターの上を平然と吹き抜けてゆくそれは、人を嘲笑うような風だった。巻き上げた砂ぼこりの向こうにハンターたちが見たのは、酷薄な現実。幻であれば、どれほど良かっただろう。

「貴方は……8年前のホロウレイドで王国を守り、命を落としたグラズヘイムの先王。
 アレクシウス・グラハム“元”陛下で間違いありませんね」

 対峙する青年──誠堂 匠(ka2876)の握る対傲慢試作刀「月華」が、敵の喉元で一際白く輝いた。それは、傲慢の七眷属を仮想敵として試作された白銀の日本刀。歴代の傲慢眷属との交戦経験を基に特化設計されたその刃が、匠の強く複雑な感情に応じている。
 使い手のマテリアルを吸い上げ、硬度を高める対傲慢刀。その刃が、目の前の人型を、その首を、捉えて離さない。甘んじてそれを受けながら、歪虚騎士軍総指揮官は、ややあって、青年の至近距離で自らその兜を脱ぎ去った。

『如何にも』


●悪辣なリフレイン

 遡ること少し。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、唐突にオープンチャンネルに流れてきて、これまた唐突に王国騎士たちを鼓舞した先の通信の内容に、多少の驚きとそして喜びにも似た感情を覚えていた。
(塔の最上階で、番人の野郎(だよな?)が“王にしか使えない国防装置”の存在を示唆してやがったが……そこから間髪開けずに、さっきの大馬鹿野郎の通信だ)
 一年振りに聞いた元騎士団長の言葉を反芻し、推測し、青年は口の端を上げる。
「はっ、“殿下が国防装置の起動を決定した”だと? タイミングがいいにもほどがある」
 ──クソガキめ、漸く腹ぁ括ったかよ。
 やはり、笑みを浮かべずにはいられない。ジャックが思うのは、小さな少女。父王に逝去され、伝統と歴史ある千年王国を華奢な肩に背負った少女、グラズヘイム王国第一王女システィーナ・グラハム(kz0020)の姿だ。ジャックのそれは現時点では憶測にすぎない。けれど、あの日の少女の激情を知っていたからこそ、そうであればと願わずには居られない。
 その後方で、自らを包んだ温かな光を想い、天竜寺 詩(ka0396)が自らの体を抱きしめるように触れる。
「さっきの光……何だったんだろう。すごく温かかった。同時に強い決意も感じたけど」
 周囲を見渡すが、温もりの正体は解らない。けれど、少女は自らの心と体に灯った力を感じ、頷く。
「光の正体は解らないけど、その思いに応えなくちゃいけない……そんな気がするんだ。だから私も私の出来る全力を尽くすよ!」
 そして、少女は敵軍を見据えた。
 ハンターたちの眼前には、徐々に接近し、そして数を増している歪虚軍。その姿は、旧王国軍の装甲に覆われている。
 ティス・フュラー(ka3006)は、その心当たりを静かに吐露していた。
「以前の騎士団の装備をした、イスルダ島から来る歪虚……恐らく、王国騎士のなれの果てかと思うけれど」
 少女は言葉を切る。状況を考えるとその詮索には現状意味がないことに気付く。何が相手でも、やるべきことは同じなのだ。
「なんにせよ正体を探るのは後回し、まずは敵を退けることを考えないと」
「そうですね。それに、あまり言いたくありませんが……まるで“こちらの力量を知った上で、ぎりぎり死なない程度の苦痛を与える”かのような采配です」
 現実を理解するほど、敵が自分達より上手であることが解る。これではまるで「人類は生かされている」と言っても過言ではない状況──クリスティア・オルトワール(ka0131)が苦々しい思いで杖を握りしめる。
「ま、おっさんはなんでもいいんだけどさぁ」
 飄々とした声音が少女の後ろで響く。振り返れば、鵤(ka3319)が居た。この戦場で慌てる様子は微塵もなく、いつも通りに一服中の男は、まるで呼吸をするように、自然に煙を吐き出した。それは長い溜息をついているのか、純粋に紫煙を吐き出しているだけなのか、どちらともつかない様子だったが、ややあって男は苦笑を混じらせる。
「……これって実際、猫が鼠をいたぶることと、何が違うんだろうねぇ?」
 新たに現れたイスルダよりの使者。その数、地上と空に約百ずつ。それらは、王国を滅ぼしに来たとは思えない様子見程度の戦力だと明らかに解る。それでも、ベリアル討伐に多勢を割くべき今の王国に、この横槍はひどく鋭利な一撃だ。
「ま、“前回”の借り位は返すってことで……今度こそきっちり抑えてやらねえとなぁ?」
 鵤がやれやれと首や肩を回し、その傍で対崎 紋次郎(ka1892)がしっかりと首肯した。
 先ほど鵤の言った“前回”とは、まさしく鵤や紋次郎が参戦していた“ちょうど一年前”の争乱を指し示している。
 王都に向けて押し寄せる歪虚の群。その群が王国騎士の姿をしていること。
 そして、その中央に、まるで御褒美のように指揮官が置かれていること。
 それらはまるきり“あの戦い”を模したような、悪辣なリフレイン。
「忘れるもんか。……あの日のことを」
「……一年前のあの日、『テスカ教団事件』の決戦ですね」
 強い感情を滲ませる紋次郎を横目に、保・はじめ(ka5800)が静かにあの日を振り返った。
 王国暦1015年頃から起こり、事件が表沙汰になったのが1016年初頭。新興宗教テスカ教団が歪虚に侵され、王国各地で敬虔なエクラ教徒が数多く殺害されたことに端を発し、最終的に王国転覆の危険をはらんだ重大事件だった。事件の首謀者である歪虚はメフィスト(kz0178)。その最終戦となったのが、丁度一年前、王国暦1016年春に起こった王都襲撃事件だった。あの戦いでは、人類がメフィストの王都到達を防ぐことに成功してはいたのだが、王国内部、そして参戦していたハンターたちにとっては事実上敗北に等しい状況で幕を閉じた。苦々しい思いを抱えているのは紋次郎やはじめだけではない。
「きな臭い戦場ですが、とはいえ今回ベリト……いえ、メフィストはいないようです」
 はじめの表情に、余り感情は浮かんでいない。淡々と冷静に、現在事件を対処すべきだと理解している。だが、それでも忘れえない敗戦は越えなければならない。それ故に、此度こそはと戦場で怨敵の姿を探したのだろう。
「数の面でもポジション的にも敵軍有利は変わりませんね。ですが、やられっぱなしと言うのも面白い話ではありません」
「……相手が誰であろうと、譲る事は出来ん。ここで滅んでもらう」
 紋次郎は通信のためトランシーバーをオープンチャンネルに設定。片手でマイクを口元に装着し、もう片方の手で双眼鏡を握りしめると戦場把握を開始。すると、すぐに無線から音声が聞こえてきた。それは、後衛隊として近くに位置していた三里塚 一(ka5736)の声だ。
『ここまで状況に変化はなし。敵は約8人でひと固まりの隊を幾つも構成している』
「そのようだな」
 紋次郎と一ならば近距離で会話が成立するのだが、戦域の仲間に状況を共有する意図でも彼らは都度音声をトランシーバーに流している。
『敵の構成が解っている分、こちらがどう布陣すべきか対策がたてやすい状況だったことは幸運だったと言えよう。しかしね……負けなければ良いとの話だが、こうも色気を出すものかね?』
 無線とほぼ同時、傍から聞こえてくる軽口に小さく笑い、紋次郎は肩をすくめた。

 こうして、ハンターたちは敵の布陣に応じ、小隊ごと別れて迎撃する方針を決定。
 前衛一隊は、高防御力を誇る治療手のルカ(ka0962)、トライクに騎乗したアタッカーのヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)、高機動高火力のアタッカーであるジェーン・ノーワース(ka2004)、ジェーンと並んで前衛一隊の要である誠堂 匠、元王国騎士のSerge・Dior(ka3569)、初手の火力集中要員としてコントラルト(ka4753)の六名。
 前衛二隊は、こちらも一隊と同様に高い防御力を持った生命線クローディオ・シャール(ka0030)と、いつものジャック・J・グリーヴ、堅実な前衛能力を持つヴァルナ=エリゴス(ka2651)、瞬間火力に優れたブラウ(ka4809)、隊の支援要員となるステラ・レッドキャップ(ka5434)の五名。
 遊撃騎兵隊は、ユグディラと共に遊撃的な治療手としてマリエル(ka0116)、劣勢支援の銃撃手に冬樹 文太(ka0124)、遊撃のメインアタッカー岩井崎 旭(ka0234)、多彩な武器でオールレンジに活躍できるカーミン・S・フィールズ(ka1559)の四名。
 後衛隊、対空のメインアタッカーとなるクリスティア・オルトワール、アイシュリング(ka2787)、ティス・フュラー、保・はじめら四名の魔術攻撃手に加え、後衛隊の治療手に天竜寺 詩、長射程攻撃が可能な鈴胆 奈月(ka2802)、迎撃行動に特化した鵤、範囲銃撃可能なヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)、最後に戦域全体にも情報を飛ばす管制として対崎 紋次郎と三里塚 一の十名。
 この四隊を構築し、戦場に配置。彼らの後ろには最終防衛ラインとなるエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)率いる王国騎士団白の隊が並ぶ構成となった。
「エリオットさん、お話があります」
 遊撃隊のマリエルが、先んじて王国側の指揮官と思しき男に声をかけた。
「ハンター部隊が前線を構築し、戦況を常に把握します。情報は無線を通じてご連絡しますので、どうか耳を傾けて頂けませんか」
「解った。こちらも防衛線が崩れないよう、お前たちの戦況に合わせていく」
 マリエルは微笑んでその場を辞したのち、ユグディラキャリアーで彼女を待つ遊撃隊の面々の元へと戻っていった。
 その光景を離れた場所から見守りながら、アイシュリングは王国騎士団員と指揮官エリオットの心情を慮る。少女は、この戦場で数少ないエリオットの理解者だった。
 敵が旧王国軍の装備を身に付けていること。
 それを双眼鏡で捕捉した騎士に端を発し、先程まで多くの騎士が動揺していたこと。
 そして、それを受けて無線より響いたエリオットの言葉。
 状況は、火を見るより明らかだ。
 ──彼は……いいえ、“王の剣”は、既にみな歪虚の正体を察している。そして、そのうえで敵と言い切り、剣を抜いたのね。
 だからこその、先の動揺。だからこその、先の鼓舞。
 もはや敵指揮官の兜が取れ、その中から“想像通りの顔”が現れようと王の剣にとって大きな問題にはならないだろう。彼らは、それを覚悟してなお、今ここで剣を抜く選択をしたのだ。
 アイシュリングは、その余りの苦さと、そしてそれを上回る決意の強さの前に、ただただ目を伏せる。
「……貴方達の答えは、間違っていないわ。だって、未来の王はただ一人だもの」
 接敵まであと数十秒。誰もが自らの得物を握りしめ、息を整え、態勢を万全に、相対すべきものを鋭く見定めている。
 これは、因縁深き黒大公との最終決戦──そのための過酷な防衛戦。
 ただそれだけであれば、どれほど良かっただろうか。

●崩壊の序曲

 最初に攻撃に移ったのは、後衛隊の面々だった。
「しかし、これはまた絶望的なまでの戦力差だな」
 いつ射程に敵を捉えても問題ないように、銃を構えながら後衛隊の面々と共に前進してゆくヴィント。その溜息交じりの台詞に、奈月は眉を寄せる。
「まぁね。それでも、やらなきゃやられる。ひどく単純な話だよ」
「……やれやれ。結局、こいつらを食い止めなければベリアル対応軍に影響が出る。それは敵さんの王都蹂躙を招くことに等しいわけだ」
 青年は振り返ることなく、東の方角の首都イルダーナを思う。無論、王都だけではない。敵の進軍ルート上には幾つもの村や町、人々の営みがある。
「ここを抜かれたら王都だけでも数千、数万の人死にが出る。この場の全員が生きて帰ることが出来ればそれでいいんじゃない。“全員が生き残る”ために……僕らは、戦わねばならないんだよ」
 奈月の強く、そしてどこか眩しい思いにヴィントも小さく笑む。そして……
「まぁ、絶望的なのは慣れてるし、俺は俺の仕事をこなす……それだけだ」
 懐からキャンディを一つ取り出し、務めていつも通り、口の中へと放り込んだ。

 やがて、敵と味方の状況を備に観察していた紋次郎から初手の一斉攻撃令が下る。
『後衛隊全員の射程距離に、敵空中部隊を捕捉するまであと約10秒!
 5、4、3……後衛隊、総員攻撃開始ッ!!』
 瞬後、怒涛の掃射が天を衝いた。
 紋次郎の銃撃。クリスティア、アイシュリング、ティスのファイアーボール。奈月のデルタレイ。鵤の光針。一、はじめの五色光符陣。ヴィントの制圧射撃。そして、遊撃隊からは文太とカーミンの射撃も加わった。
 一斉砲火は迷うことなく空中部隊へ畳みかけられ、敵の前線を捉えて爆ぜた。
「敵部隊前線より、一部隊が消失。余った攻撃手で左の部隊も巻き込みましたので、次に狙うなら左を狙うといいです」
 はじめが通信機を通して状況を通達。それを受けて、ティスも周囲の仲間たちに声をかける。
「今ので敵の大よその体力は測れたわね。私達のなかでも攻撃対象を調整しあえば、次からもっと効率よく散らせるはずです』
 後衛隊は、今の集中砲火によりたった十秒で敵の一部隊を壊滅させたのだ。
 この光景に、王国騎士団も更に士気を高めたようだ。次の攻撃手を見極めながら、さらにティスが告げる。
「皆さん、もう一撃行きましょう。詠唱を、開始します……!」
 意思統一の図られた一斉砲撃は、歪虚にとって相な厄介だった。ただの牽制射撃ならばまだしも、広範囲高火力のファイアーボールを三連発も叩きこまれれば嫌でも前線は崩壊する。
 だからこそ歪虚騎士たちが次にどう言う行動に出るかは想像に容易かった。
『射出地点は』
『特定済みです。ほぼ同一地点からの射出のため非常に読みやすいですが……』
『なんだ、あれは?』
 歪虚騎士が呻いた。それもそのはずだ。
 自分達に向けて放たれる遠距離攻撃の射出地点周辺が"赤い光"で覆われており、攻撃手の姿がまるで見えないのだ。
『まぁよい。仕掛けよ。光ごと押し潰せ』
 ハンター後衛隊の一斉砲火に対し、空中部隊も彼らが潜んでいる赤い光に向けてカウンターを放つ。十手以上もの遠距離攻撃が降り注ぎ、赤い光の周囲は焼け野原と化す。平地にクレーターまで生じる始末だが、しかし……
『……なるほど、“結界”か』
 赤い光は揺らぐことがない。空中部隊の攻撃は、まるで手ごたえがなかったのだ。
「はは、今のヤバかったねぇ。けどま、どうやらコイツの紅水晶が効いたようだ。こんなおっさんより、お前のが役立ったりしてなぁ?」
 結界の中央、兎の頭を軽く撫でながら鵤がへらりと笑う。
 ユキウサギの紅水晶は、視線はもちろん射線をも通さない。一定時間が経過するか、或いは隣接した敵にこの結界が破られるまで内部を守り通す、強力な結界だ。鵤とアイシュリングの連れてきたユキウサギのお陰で、当面この結界を維持することは可能だろう。
 ここまでは、ハンターたちの狙い通りだ。
 しかし、空中部隊を攻撃する後方の砲台。そしてそれを守る赤い光の結界に、歪虚はどう対処するのだろうか?
『空中部隊は、総員後退。あれの射程圏に入るな』
 実に明解だ。攻撃できないならば、“赤い光で覆われた砲撃地点”に手を割く意味はない。
 知性ある歪虚が、攻撃しても意味のない対象を攻撃し続けるはずがないのだ。
 つまり、砲台を潰せないなら、砲台の射程から逃れればいい。
「敵空軍、後退を開始……このままじゃあ後衛の攻撃手が半減するぞ」
 奈月の懸念通りだ。なぜなら現在後衛隊がいる紅水晶の地点から、全力移動で後退した敵空軍に攻撃が届くのは、詩のリュミエールボウ、奈月の虹の弓、はじめの連れてきた三毛丸の弓に、ヴィントの銃撃のみ。(もし30秒にかけて練り上げたエクステンドキャストを行使しても、ティスの魔術はぎりぎり届かない)そして、さらに。
「すみません、レクイエムは自分を中心に半径9mですから後衛地点からは全然敵を射程に捉えられません。代わりに矢を放ってはいるものの……」
「実は、僕も余り手ごたえがない。鎧に盾、と来れば流石に固いはずだよな」
 攻撃できる者のうち、詩と奈月、そして三毛丸の弓は、敵前衛の盾で弾かれダメージが通らない。せめて受けられさえしなければ奈月の攻撃は通ったのだが、同じ地点から繰り返される射撃に加え、空への攻撃手が減ったため射線が非常に読みやすいのだ。
 それでも、奈月はこの状況を悲観することはなかった。
「けど、僕らの攻撃が通ろうが通るまいが、空中部隊は後退した。連中が後衛隊の多くの射程から外れたってことは、つまり相手も僕らを射程に捉えにくい状況ってことだ」
「はい。私達が後方に守る黒大公討伐軍へも手出しできない位置まで敵部隊を押し下げた、ということになります。ですから、状況は好転しているはずです……!」
 少年の指摘に詩が微笑み、次の攻撃のための矢を番える。
 しかし、ここから少し雲行きは怪しくなる。
 空中部隊が後退したことで、彼らはハンター後衛隊を狙えなくなった。それは、後衛隊よりも手近な場所にわざわざ出てきてくれている“前衛隊・遊撃隊しか狙えなくなった”状況を指し示していたのだ。



 後衛隊が先制の一斉砲撃を放った後、前衛を務める二つの隊が敵軍前線とついに衝突を開始。
 前衛二隊のヴァルナは、大きく息を吸い、腹部に力を込めて刺突一閃を繰り出す。その一撃は盾を持つ前衛騎士を貫いて、後方の魔術騎士までもを同時に穿った。その手ごたえの確かさに安堵しながらも、すぐ次の攻撃に向けて態勢を整える。そんなふうに戦闘に専心してはいたが、ヴァルナの意識は先の通信音声、その声の主から剥がれる事がなかった。
(いつかまた……あの『約束』を果たす時は今をおいて他に無いでしょう)
 漸く訪れたこの時を、少女は一年近くものあいだ待ち続けていた。いま力を振るわずして、いつ自分は戦うと言うのか?
 自然と拳に力が込められる。少女は、自身を奮い立たせるかのように唇を開く。
「“王の剣”が一振りとして、必ずや勝利を!」
 ヴァルナが穿った敵は未だ倒れず、後衛への射線を塞ぐように立ちはだかっている。
 そこへ、彼女の攻撃を起点とし、追い撃つようにジャックとステラの拳銃がけたたましく吠えたてた。
「ベリアルを倒すまで時間を稼げれば、オレ達の勝ちだ。けど……」
 それまで持ち堪えられるかね──軽口は、言わぬが花。今の一撃で崩れ落ちた前衛騎士の奥、ステラは潜んでいる弓使いへと次の手に向けて照準を合わせた。そこへ滑り込んでくる小さな影。四つの手の様な幻影を纏いながら、それは駆ける。
「持ち堪えるわ。悪いけど、ここでやられるつもりはないの。だって、それではまるで意味がないもの」
 ──そうでしょう、エリオットさん。
 告げるべき相手は、後方で騎士団を率いている。けれど、そこにあの人が在るという確かな事実が少女──ブラウの背中を押していた。
「落ちなさい……ッ!」
 振りかぶる刃は、瞬く間に二振りの剣閃となって敵の体を切り刻む。息つく間もなく、弓使いが崩れ落ちた。
 戦は始まったばかり。前衛二班の攻撃は勢いに乗っていた……はずだった。

「ごめんなさい。ポーションでは間に合わなくて」
「構わない」
 ユキウサギのグリューンによる紅水晶の行使も視野にいれていたブラウだが、紅水晶は敵に接近され、破られれば効力が瞬間的に消滅してしまうため前衛として多くの敵と接触するブラウのポジションとは相性が良くなかった。更にブラウ自身も攻撃射程は短く、結界の中から迎撃しようとしても敵がそれを迂回してしまっては元も子もない。そのため、紅水晶の使用を断念していたのだ。
 そういった背景もあり、敵小隊と正面衝突し、攻防による損傷を癒しきれずにいたブラウ。彼女に治療を施しながら、クローディオが首を横に振る。
 青年はあまり多くを語ることはなかったが、その心中は、言葉ほど冷静ではない。
 守ること。それがクローディオが自分に課した使命であり、“存在意義”だった。
 この戦場で、戦闘不能者を出したくない。もし万一出してしまったとしても、一人でも多く最悪の事態を防ぐこと。それが果たせなければ……
 ──私に、価値はない。
 誰に言うつもりもないが、青年は自分への枷のように唱え続けている。まるで自分を縛る呪いのようだが、当人はそれをそうとは感じていないのだろう。誰かを守ることで示される価値に、青年はただただ手を伸ばそうと足掻く。
「あと数秒で次の小隊と衝突するぞ。……前衛二隊、構えろッ!」
 そんなステラの合図と同時、緊迫した音声が通信機を鳴らした。
『押し下がった空中部隊が、前衛二隊に狙いを定めた! 防御姿勢をとれッ!!』
 紋次郎の警鐘を聞き、二隊のうちトランシーバーを所持していたブラウとヴァルナが瞬時に頭上を仰ぎ見た。
 ──空が、赤い。
 直径約10m近い巨大な火の玉が迫っている。
「頭上より攻撃が来ます! 皆さん、よけてください! ダメなら盾を構えてッ!!」
 ヴァルナの叫びに他の面々も呼応するのだが、しかし。
『直上の炎に隠れて見えないだろうが、炎の次はフォールシュートが来るぞ!』
 通信機から紋次郎の情報は届き続けている。だが、攻撃の内容が解っていたとしても、それを耐えきれるかは話が別だ。灼熱の炎に巻かれながら、耐え抜いた先にまた別の攻撃が降り注ぐ。そして、その次も、そのまた次も……。
 もともと百近く待機している空の歪虚のうち、前衛隊を攻撃できる者は十名前後だが、しかしそれが集中するということはどういうことか。
「ごめん……なさい……」
 龍槍が使い手から離れ、カランと転がり落ちる。同時にヴァルナが意識を手放した。その傍ではブラウも朦朧としている。
「……わたしは、まだ……倒れ、たくは……ッ」
 全身を焼かれ、矢が突き立ち、ボロボロの体を引きずってなお、ブラウは刀の切っ先を地に突き立て、頑なに戦う姿勢を崩さなかった。ユキウサギによって防御力を上げてはいたのだけれど、前衛として立っていた少女の損傷は余りに大きい。
 周りの音が遠のく。戦場が静かだ。──瞬後、少女は音を立てて大地に崩れ落ちた。
 最初から防御に不安があると訴えていたステラは、立ち位置が他の前衛より少し後ろにはなれていたことに加え、クローディオが放ったホーリーヴェールが効力を発揮した。彼を生かすことは出来たが、しかし目の前で二人の少女が倒れてしまったことも事実。
 クローディオは右手を強く握りしめた。今の砲火を受けてなお、自身はさしたる傷を負っていないのに。まだまだ治療の手段だってあるのに。
 「たった十秒の間に力尽きて意識を失った仲間は、どうにもできなかった」のだ。
「すぐに治療する。ステラ、そこを動くな」
「ッ……わかった、ありがとな。けど、時間はないぞ。連中はすぐそこだ」
 それでも悔やむ間はない。直後、次の敵小隊が前衛二隊に衝突。
 元々敵は約八人単位の小隊で構成されていると解っていたが、前衛二隊の人数は最初から五人に設定されており、隊と隊のぶつかりあいでも数で劣勢をとっていた。それでもここまでは『囲まれる前に攻撃で敵数を減らして戦線を維持してきた』のだ。先の一斉掃射で一気に二人の前衛を欠いた以上、前衛二隊が挑む『3対8の戦い』がまともに機能するはずがなかった。
「ああもう……ジリ貧どころの話じゃねえ!」
 流れるような動きで弾を装填し、接近する敵歪虚に制圧射撃をぶちかましながら、ステラが忌々しげに呟く。
 既に前衛二隊は歪虚の一部隊に包囲されてしまった。ジャックやクローディオが別方向の歪虚の攻撃を受けてくれようとも、ステラはステラで回り込んできた歪虚騎士が迫っている状況だ。制圧射撃だって、何時までも続かない。スキルが尽きた瞬間、自分が歪虚に嬲られる未来は想像に難くない。
 ──だが、その時だった。
 突如強烈な嵐が敵歪虚を食い破り、ジャック、クローディオ、ステラを取り囲んでいた歪虚小隊に“風穴”があいた。
「悪い、遅くなった!」
 遊撃騎兵隊、旭の猛攻だった。
 前衛二隊に遊撃隊が合流。遊撃隊は、カーミンと文太が初手で後衛隊とともに敵空中部隊への一斉射撃に参加していた都合、前衛隊への合流がほんの僅かに遅れたのだが、騎兵の移動力の高さが功を奏し、あっという間に接近。壊滅前に間に合った。
「大丈夫ですか、すぐに治療しますね」
 マリエルが奮闘していたステラの損傷を確認し、即座に詠唱を開始。フルリカバリーで治療を完了させると、念のためジャックとクローディオにも視線を向ける。だが、二人とも大きなけがもなく、少女はほっと息をついたのだった。
 そうして続々と遊撃隊の面々が合流するなか、文太は警戒ついでに視線をあげる。
「敵さんら、まだこっち見とるわ」
 通信の内容は聞き及んでいた。前衛隊に攻撃対象を定めざるを得ない空中部隊は、間違いなく、次も“ここ”を狙ってくる。
「空の連中に牽制仕掛けんと、前衛も遊撃もこのまま潰されんで!」
「でも、空はまだ多くが後衛隊の射程圏外なんでしょ!?」
「??ッ! んなら早く圏内まで上がってくれッ! 次は保たんッ!!」
 ステラが対地牽制に手がふさがっている都合、文太とカーミンが懸命に空の部隊へ射撃による牽制をしかけているのだが、敵の手はまだ多い。後衛隊の助力がなければカバーしきれないことは明白だった。だからこそ、文太は通信の向こうに居る仲間に向けて、強く要請するのだが……
「想定通り、遠距離攻撃手や、回復職は上手く前衛に守られていますね」
 はじめが鋭い視線で上空を睨みつける。後衛職を狙うつもりで五色光符陣を放ちたいのだが、射程が届かない。それは風雷陣も然りだ。
 敵軍は、後衛職の前に前衛職をきっちり配置することで「射線・視線を遮る」陣形をとっていた。遠距離から敵を狙撃したくても「視線や射線が遮られれば、狙うことが出来なくなる」。だからこそ「弓や杖を狙いたい」と言う考えがあっても「すぐさま狙える」訳ではないのが現状だった。
 もちろん、前衛を倒さなければ守られているターゲットに絶対に攻撃が当たらないと言うわけではない。例えば幾つかあるが、一番手っ取り早いのは前衛ごと目標を巻き込んで攻撃する『範囲攻撃』や『貫通能力のある技』を使用する方法だろう。
 この戦いの中では、前衛二隊のヴァルナが刺突一閃で後衛職を串刺しにしていたように、後衛隊のアイシュリングやクリスティア、はじめたちが範囲魔術で前衛もろとも狙う予定の後衛職を焼き払ったように、前衛の後ろに隠れた敵を狙うには“方法”が必要だ。
 ただ、風雷陣やデルタレイ、そして対地で杖や弓使いを引きずり出す目的で使用を想定されていた旭のファントムハンドなどは、前衛の奥に隠れて視線・射線が通らない敵を狙うことは出来ない。
 先述通り、敵空軍は後退して態勢を立て直しているため、杖や弓使いを巻き込める中距離射程の魔術は範囲外となっていた。
 現在空の遠距離攻撃手を巻き込んで攻撃できるのは文太のフォールシュートやヴィントの制圧射撃ぐらいのもので、二名の攻撃に多くを頼ることとなったため、牽制の手が不足したのだ。だからこそ空からの攻撃を減らしきらず、酷く重い攻撃に変貌させてしまっていた。
 無論、それでも弓を持つ後衛隊の奈月とそのユグディラや詩やティス、そして遊撃のカーミンも牽制のために対空射撃を行っていた。その攻撃は目的の遠距離攻撃手ではなく前衛に阻まれてしまうが、それでも当たれば牽制の手に成りうることもあるかもしれない。
 だが、これらの射撃手の半数は『ダメージが敵に通らなかった』ため、敵に攻撃として認識されず、牽制に至れなかったのが惜しまれる点だ。
『心苦しいが、後衛隊が射程圏まで戦線をあがるには、あとほんの少し時間が必要だ。最初に敵の注意を盛大に引いた状況から、無策で結界の外に出たなら、後衛は瞬く間に殲滅される。本当に、あともう少しの時間で到達するのだが……』
 先程の文太の要請に対する一の応答は、正しい。
 後衛隊が「全力移動で後退した敵空軍」を射程に捉えるためには、こちらも全力移動で一気に前線に到達してしまうか、あるいはじりじりと都度結界を張りながら前に進んで行くか、主な方法はどちらかだろう。だが、ここでもし全力移動で一気に前線へと押しあがった場合、後衛隊の移動直後に待ち構えているのは、空中部隊からの掃射であることは想像に難くない。なぜなら、彼らはハンター後衛隊の殲滅力の高さを身を以て知っているからだ。
 後衛隊の者はいずれも後衛らしい後衛で、敵の攻撃──特にフォールシュートやファイアボールなど範囲攻撃を重ねられたなら、多くがその場で倒れ伏す結末を迎えるだろう。後衛隊が前線に上がるための作戦も特にあげられていない背景もあり、彼らは「毎ラウンド紅水晶を使用し、射線を防ぎながら少しずつ前に進む形を選択」することになった。
 そこへ聞こえてきたのは、エリオット・ヴァレンタインの音声。
『直ちに騎士団の一部戦力を前線に向かわせる。二十秒でいい、持ちこたえられるな?』
 ハンターたちの後方から、騎士たちの唸るような声が聞こえてくる。
「こちらは……なんとか、持ち堪えたいと思います」
 通信に応じるマリエルには、先の掃射の威力が痛いほど解っていた。治療手だからこそ、二人の少女が倒れていた状況を見て、ダメージから威力の逆算が行えたのだ。恐らくこの後、自分がここに立っていられるかは解らない。
 けれど、ハンター部隊への救援が、もう間もなく到着するはずだ。ならば、マリエルはそれまでこの場を維持することに力を尽くすと決めたのだ。
「そうよ、ここさえ耐えれば……ッ! もう一撃、来るよ! みんな、構えてッ」
 カーミンが懸命に声を張る。その時、少女は覚悟していたのかもしれない。
 前衛隊と彼らを支援し来た遊撃隊の頭上が、赤く染まっている。
「流石に、範囲攻撃が幾つも重なったら避けるの厳しいかもね……。けど、やるしかない!」
 カーミンの呟きには、最後まで諦めたりしない芯の強さが感じられた。この少女は、自分達が相対している歪虚の正体に、最初から気付いていたのだ。相対する歪虚たちは、恐らく“人間であった頃”も精鋭だったはず。ならば苦戦は必至だと解っていた。解っていても、なお立ち向かう決断をしたのだ。
 瞬後、ドン……と低い音が響き、燃え盛る火の球が大地に衝突し、炎を高々と巻き上げる。
 ──熱い。痛い。息が苦しい。
 それでも、カーミンは耐えた。けれど、炎が大気に溶け行くより早く、次に矢の雨が降り注いだ。突き立つ刃が身を裂いても、少女はまだ耐え続けた。やるべきことがあったのだ。言いたいことがあったのだ。けれど……
 矢の雨の向こう、文太の視線の先で少女が馬ごと崩れ落ちた。
「くそッ……後で……必ず、後ろに下げてやる……から」
 攻撃の嵐の中で、青年は肩で息をしながら眉を寄せる。あと何発、この嵐を耐え抜けばいい?
 上空を睨み据えるように防御姿勢をとり続けながら、文太は……不敵に笑う。
「はは、……きっつ」
 その最後の苦笑は、炎の中に呑まれて消えた。



 地上部隊も空中部隊も、連携を重視したバランスの良いクラス&兵装配分で、剣、斧、槍、弓、杖、鞭など全員が射程の長い武器や能力を持っている訳ではないことも目視情報から知り得ていた。
 空に約百名の歪虚騎士がいても、彼らの『掃射=百名全員からの集中砲火』と言う事では当然ない。
 空中部隊のなかで射程のある攻撃手段を持つ歪虚は、全体の約三割程度。そしてさらに、攻撃を仕掛けてくる歪虚は、人間を射程に捉えられる者に限られるためもっと絞られる。
 今回は、空中部隊を後退させたことにより、「敵が射程圏に捉えられる人間が減っていた」。こうして必然的に的が絞られた結果、「自然と二つの前衛隊攻撃が集中してしまった」ことが前線崩壊の要因だった。
 でも、なぜ前衛二隊だけが壊滅状態に陥ったのか? 一隊はどうなっているのか?
 前衛一隊は、アイシュリングと彼女のユキウサギによって守られていたのだ。
「間に合った、みたいね」
 青白い魔術的な煙の中、息を切らせた少女はユキウサギに視線を流し、淡く微笑む。
 アイシュリングは、ユキウサギのマーニと共に、戦況次第で態勢立て直しや安全域の確保を行う具体的な策をもっていた。
 それに加え、前衛一隊は匠が掲げた隊方針として敵の移動力を観察。その情報をもとに『敵に対し先制出来るように待機位置を調整』したことで隊の移動を一時的に抑えていた。
 この結果、前衛二隊よりも多少後ろに位置していたため、被弾自体も二隊より少なく、さらにアイシュリングの予測と準備により、マーニがギリギリで煙水晶を発動でき、両者の行動が上手く合致したのだ。
 今回の敵空中部隊の遠距離攻撃は、それ一つ一つが太刀打ちできないほど高火力攻撃ではない。実際この一斉掃射を受けたクローディオやジャック、そして一隊が受けたとしたならば、ルカであれば大した傷にならず済んでいただろう。しかし当然、攻撃が集中すれば負傷してしまう者のほうが圧倒的多数だ。
 大事なことだが、「この作戦の初動がまずかった」のではない。
 ここまでにハンターたちがとった戦術には非常に大きなメリットがある。
 「敵が後退したことで敵の攻撃の的(まと)が絞られるうえ、今回守るべきベリアル討伐軍への直接の被弾を事実上ゼロにした」と言う点だ。作戦として十分執りうる価値がある流れだった。
 それに加えて、「敵が前衛や遊撃隊を狙うしかない都合、狙われる対象の範囲が狭まるのだから、狙いが読みやすいため支援がしやすく、また対象が集中する都合治療のカバーもしやすい」のだ。
 こういったメリットがあれば、当然デメリットやリスクもある。敵の攻撃が集中した結果、「その攻撃をカバーしきれず、前衛&遊撃隊が耐えきれない」のであれば、この作戦はここで破綻してしまうことになる。この作戦は、「ここの対処が不足していた」。
 被弾を軽減する為の方法は幾つもあるが、常套手段としては上空への牽制攻撃を十全に行うことが挙げられる。これは後衛隊がもともとやる方針だったが、敵に後退されたため牽制攻撃が不足する状況が発生。前衛隊は空への対処を後衛隊に頼り切る形になっていたこともあり、そこがおろそかになったことが今回の前線壊滅の要因だろう。他にも、敵の攻撃から身を守る目的のバフはもちろん、先ほどアイシュリングが行った煙水晶のように被弾を軽減するための対策・行動をとることでも、生存率に大きな影響を与える事ができただろう。
 ほかにも、もっと大きな人数で一つの隊を組んでいれば、隊の中で攻撃対象が分散したかもしれないし、対地と同時に対空牽制を一つの隊の中で賄うことが出来たら、継戦能力があがったかもしれない。
 他にも考えうる対処はいくらもあるが、要はどういった戦術をとるのか。そのメリットとデメリット、リスクを理解し、いかにマイナスをカバーできるかにかかっていたと言うことだ。

●王国騎士の屍

「ヴォーイさん、大丈夫ですか? すぐ、治療しますから」
「ああ、助かる。流石に、敵の数が多いな。黒大公の方はまだ時間がかかるだろうし、どこまで奮闘できるものやら」
 前衛一隊では、ルカの治療を受けながら、ヴォーイが次の小隊との接敵直前に苦笑していた。
 そんななか、トランシーバーから届いた一の音声が、更なる暗雲を告げてくる。
『前衛二隊と、それを支援していた遊撃隊が被弾。……前衛二隊、遊撃隊、状況を教えてくれ』
 聞き咎めるようにコントラルトが視線を動かし、そして自らの目で見た状況を理解すると、眉を潜めた。
「嘘でしょ……。立っているのは、三人だけなの……?」
 先の空中部隊の攻撃で平原が焼き尽くされ、巻き上がる火の粉と砂ぼこりの中央に動く人影は、たった三つだった。
『こちら前衛一隊、コントラルトよ。前衛二隊、遊撃隊、返事をしてちょうだい。いま誰が動ける状態なの?』
『俺……岩井崎 旭と、ジャック・J・グリーヴ、クローディオ・シャールの三名だ』
 旭が通信機を持ち込んでいて良かった。この三人のうちの誰も所持していなければ、当の本人たちと相談も出来ず、この状況をどうやって収拾させるかすら混乱していただろう。
 ヴァルナ、ブラウ、ステラ、カーミン、文太、マリエル。既に6名が倒れた。前衛二隊が崩壊したならば、次に狙われるのは一隊だろう。だが、一隊には後衛から対空牽制を主としたアイシュリングと煙水晶で被弾を軽減できるユキウサギのマーニが加わっていたことが状況を好転させている。
「みんな、手を止めなくていいから耳だけ貸して」
 コントラルトから逆巻く炎が射出された瞬間、扇状に広がるマテリアルが歪虚騎士を飲み込む。それと同時並行するように、少女は通信機を持たないハンターへと状況を共有した。
「前衛二隊と遊撃隊が、ほぼ壊滅したわ。戦闘が可能な者は、三名のみよ」
「……そう、みたいですね」
 少女の淡々とした報告に、ルカが重く頷く。自分も生命線としてこの場に立っているが、他隊で同じ役を務めるクローディオの感情を想うと、胸が苦しい。治療を担う者ならば、誰もが一人でも戦闘不能者を減らしたいという同じ願いを持っている。けれど、まさか二つの班がほぼ壊滅という結果になるだなんて、誰が想像しただろう。
「あの三人、放っておくのはマズいんじゃないか」
 僅かに燃え残った敵前衛に向けて戦槍を突き立てた後、足で歪虚の腹を蹴り飛ばして槍を引きぬくとヴォーイが声を上げる。
「合流しようぜ。前衛・遊撃の連合隊として改めて前線を構築し直すべきだろ」
 周囲を見渡しながらヴォーイが提案すると、その傍で激しい金属音が飛散した。
 Sergeに向けて繰り出された歪虚の剣が、青年の盾に吸い込まれるようにぶつかった音だった。そのまま敵刃を盾の表で滑らせるように力の方向をずらしてやると、Sergeは空いた脇腹へカウンターの一撃を叩きこんで息をつく。
「同意します。彼らが空からの掃射に耐えられるとしても、その後地上の部隊が衝突してくる状況です。一刻の猶予もありません」
 ヴォーイの提案に、一隊のハンターたちは皆が首肯した。
『聞こえる? 一隊のコントラルトよ。一隊は、これから二隊並びに遊撃隊と至急合流するわ。貴方達も、此方の方角に、走れる?』
『遊撃、旭だ。解った。……十秒で、態勢を立て直して見せる』

 結果として、1つの強力な前衛隊を作り上げることとなった。
 やがて後方から王国騎士団の救援部隊が前線に到着。倒れたハンターたちを回収しつつ、残った騎士が前衛遊撃連合隊に合流。さらに、後衛隊も敵を射程に捉えるところまで前進完了し、漸く戦況が安定し始めていた。
 しかし、『黒大公討伐までの時間を持ち堪える』ということは並大抵のことではない。スキルが尽き始めた者も少なくはない。こうなると、状況は変化してしまう。
 特に前衛一隊は、「攻撃を受ける前に殺す=攻撃が最大の防御」を地で行く鬼編成だったのだが、コントラルトが抜けたことや、他のメンバーも使用予定数のスキルが尽きたことで殲滅力が減少。ちなみにコントラルトは後衛エリアまで撤退することになったのだが、最中、敵の範囲攻撃に巻き込まれて力尽きてしまう。
 話は戻るが、「攻撃手が減る」、「スキルが尽きる」と言うことは、十秒あたりの討伐数が減るということ。それは、ひいては被弾の増加を示す。「攻撃を受ける前に殺せなくなった」からだ。
「ッ……! 悪い、これ以上は……ッ」
 一隊の前衛として戦い続けてきたヴォーイは、最後までその力を十全に振るい続けた。だが、惜しくも敵の猛攻に押し負け、後半戦でついに崩れ落ちることとなった。
 前衛として崩れ、未だ敵の攻撃圏内にあるヴォーイを守るべく、傍で戦い続けたユグディラのアムが懸命に鳴き声をあげる。それに気付いた王国騎士たちが直ちに青年を回収してくれるのだが……。
 ここの戦いのなか、多くの王国騎士が命を落とした。ヴォーイと同様、純然に敵との攻防の結果だ。クローディオもルカも、必死に治療を続けた。ユグディラたちも、懸命にその能力を使い続けた。それでも、前衛遊撃連合隊はもともと被弾の対処が十全でなかったこともあり、“地と空の二正面からきちんと攻撃を受け続けていた”。いつか、間に合わない状況が来ることは解っていた。けれど、その攻撃の多く、可能な限りを、王国の騎士たちが受けとめていたのだ。
 この騎士の屍のなかに、エリオット・ヴァレンタインは含まれていない。
 なぜならエリオットは、あるハンターから前線への接近“禁止”を言い渡されていたためだ。
 それは、敵が傲慢であろうことを考慮し、『もし敵が強制の力を持っていた場合』の情報漏えいを恐れての“指示”だっただろう。強制の対策としてならば、以前の履歴にもあったように最低でも半径100mは接近してはならないことになる。
 とはいえ、ここまででハンター軍の負傷者は八名に留まった。戦いは熾烈を極めたが、王国騎士との絆を持つハンターたちが多く居たことも幸いし、騎士団との連携はさほど歪なものではなく、犠牲を払いながらも来るべき時までを、持ち堪える事が出来たのだった。

●鼠の意地

 それは、待ちわびた報せだった。
 南西より届く割れんばかりの大歓声。勝鬨の声があがった。
『ベ……ベリアルを討伐ッ! 頭部消失と同時に体組織の崩壊を確認!』
『速報ッ! 黒大公軍残党、撤退を開始!』
『いいか、てめえら! 現時刻を以て、王国騎士団は掃討戦を開始! 全軍、俺に続け──ッ!』
 飛び交う情報は、未だ喜びに浸ることを許されない状況を示してはいるが、怨敵を討ち取った事実を噛み締める強い声で埋め尽くされている。それに、時を同じくして謎の歪虚騎士軍にも変化が生じていた。
「地上の歪虚騎士軍、後方より離陸開始!」
 紋次郎の通信が、戦場を駆け巡る。最終防衛線を維持している後方の王国騎士団員からも、大きな声が上がった。
「撤退するつもり、なのでしょうね」
 行使可能な魔術も残りを数えるばかりだが、なんとか持ちこたえたようだ。クリスティアは、未だ空で待機している歪虚に向けて牽制のようにウィンドスラッシュを放ちながら空を仰ぐ。
「確かに、黒大公を討伐出来たなら、私たちの勝利と言えるでしょう。けれど……」
 少女は唇を噛む。ここまでずっと、地上の小隊が殲滅されるたび、気付けば後方の小隊が前線まで押しあがって指揮官への射線を防いでいた。空いた地上後方のスペースには、空中の待機部隊がすぐさま埋めるように着陸して再配置。増援は未だ止まることなく、この時点までに指揮官の兜すらまともに視認出来ていない。けれど、その状況に変化が訪れていることは事実。
「このまま、終わるわけには……っ!」
 だって。恐らく彼らは、そしてこの中心に控えているであろう彼は。
 ──元王国騎士と、そして“あの御方”なのではないですか……?
 その時、クリスティアの願いが通じたかのように、後方のはじめから通信が入った。
『後衛隊、保はじめです。見えますか? 増援が到着前に引き返して行きます。それに、空中部隊も後方から徐々にイスルダ方面へ向けて撤退を開始しました』
 これが、反撃の狼煙となり、紋次郎が吠えた。
「前衛遊撃隊、総員前進! 目標、敵指揮官ッ! このまま帰してたまるかよ……ッ!」
 ハンターたちが、最後の気力を振り絞り、力強く大地を駆けた。
「いいか、一気に流れを押し返すぜ!」
 旭が、声を張りあげる。その熱量に、最終総攻撃部隊が勢いづいた。ハンターたちが目標とする指揮官までの道程には、邪魔者が未だ数多くいる状況だ。けれど、それに怯んで手を緩めるようであれば、本当に何も得られずに終わってしまう。
「突撃ッ!!!」
 諦めることのない強い思い。その勢いと共に、旭はゴースロンを駆る。
 そして──接敵。
 旭が狙うのは、敵の中でも防御に特化した盾を持つタイプの歪虚。旭は、ここまでにこのタイプの歪虚を何体も葬り続けてきた。馬上からハルバードを振りかぶる。鋭い瞳のまま咆哮を上げ、繰り出すのは乱気流の如く変則的で荒々しい二連の撃。
 一撃──それは敵の持つ盾に受けとめられたが、間髪いれず、二陣目の烈風を叩きこんだ。盾を構えられ、刃を防がれれば攻撃があてづらい。ならばどうするか?
 旭の解はひどくシンプルだ。
「そのまま、貫く──!」
 そう、“力で押し潰せばいい”。
 旭の繰る銀色の斧刃は古い盾を貫き通し、歪虚の喉を切り裂いた。
 旭の一撃で盾役が消失した好機に飛び込んでくるのは二つの影。杖と弓持ちを狙うには、手前の剣・斧・槍・鞭が邪魔だ。
「面倒ね。……杖と弓を狙う方法を考えるより、手前の四体を殺す方が早そうだわ」
 赤いフードの奥で独り言ちるのは、ジェーン。少女は、言うが早いか八握剣を投擲。瞬く間に斧騎士の脇腹に突き立ったかと思うと、さらにジェーンはそいつのすぐ真横に滑り込んだのだ。初手の一撃に気をとられていた騎士の首を目がけ、大鎌を振りかぶると、少女は躊躇いなくそれを撥ね落とす。恐ろしいのは“少女の行動がそれだけにとどまらない”ことだ。
「……もう一体、いけそうね?」
 吹き出す血しぶきを軽快にかわしながら、なおもジェーンの快進撃はとまらない。
 アクセルオーバーによってマテリアルのオーラで包まれた少女の体はもとより高い機動力を更に加速させている。たった十秒の間に、通常の攻撃のほか、チェイシングスローによる攻撃を追加で二度、計三回もの攻撃を繰り出すことが出来たのだ。特にチェイシングスローは接敵までも可能にしてしまう技のため、ここまでの動きは人間の業から解き放たれた怪物のようだ。(悪い意味ではない)
 だが、歪虚たちの不運は、人間の中にもう一人怪物が居たことだろう。
「あぁ、残った奴はこちらで片付るよ」
 その正体は、誠堂匠だった。(繰り返すが、悪い意味ではない)
 青年の応答を確認した途端ジェーンの手元からもう一つ、黒星が放たれた。その動作は余りに早く、余りに軽い。けれど、少女の軽やかな動作に相反するように騎士に突き立った刃は重く深い。呻き声を上げ、敵が身構えるより早く、気付けば匠が接近していた。
 全速力で駆ける青年は、すれ違いざまに剣使いを切り倒すと、そのままその隣に位置していた槍使いにも切りかかった。アサルトディスタンスの成せる技だ。
 高機動力×高火力=高殲滅力によって、最後の進軍速度を加速させたのはこの二人のハンターの貢献が大きい。
「そいつは、私が仕留めます……ッ!」
 今しがた匠が切りつけ、しかし倒し損ねた槍使いの懐にSergeが潜り込んだ。瞬後、青年が放つは剣による薙ぎ払い。
「この作戦、必ず成功させてみせる。たとえ敵の中に……父や“あの方”が居たとしても」
 放たれる一閃は、騎士の喉を裂き、悲鳴をあげることも出来ずに敵は無様に崩れ落ちる。
 耐久力の高い前衛を瞬く間に排除し、そして漸く射線が通った。弓と杖の騎士だ。
「纏めて、氷漬けにしてあげるわ」
 流れから前衛隊に含まれていたアイシュリングは、彼らと共に前進。既に呪文の詠唱を終えていた。間髪いれず、放たれる凶悪な冷気。
 体力が少なく、防御能力も乏しかった杖の騎士はその一撃で消失。残ったのは弓使い、ただ一人。
「痛ぇだろ? お前らだけじゃねえんだぜ。この場の人間が……王国の皆が負ってる痛みだ」
 炎を裂いて叩きこまれる銃弾。苦しみのたうつ歪虚は、炎の向こうに金色の鎧を纏う青年を見た。
「じゃあな。……後のことは、万事、俺様がなんとかしといてやるからよ」
 ジャックのワン・オブ・サウザンドから乾いた銃声が響く。それはまるで主人の思いを託されたような音色をしていた。

 これは、たった十秒の間に起きた出来事だ。
 彼らは、最後の反撃のためにとっておいた余力を全て叩きこんだ。
 後衛隊や合流していた騎士団も、前進するハンターたちを支援するために対地対空に全ての力を注ぎこんでいた。
 前衛が最後の瞬間火力によって推進力を倍増しする判断がなければ、後衛や騎士団がそれを維持することができなければ、ハンターたちは“真実”を暴くことが出来ずに終わっていただろう。

●王の帰還

『……何事よ』
『それが……ッ』
 敵軍指揮官の側近の一人が、話の途中で炎にまかれた。目と鼻の先で燃え盛る炎を映し、赤々と染まるフルフェイスヘルムは、微動だにしない。
 確かに、交戦音は間近に迫っていた。撤退開始を決めてから1分と経たないうちに、だ。
「待、ち、や、が、れ───ッ!!」
 真っ先に駆けてきたのは、ゴースロン。その馬上から旭が叫んだ。
 旭が武器を振るうのと同時、兜の指揮官が小さく動いた。すると、瞬く間に控えていた別の側近が矢を放つ。その矢が突き立ったのは、旭の馬。突き立った瞬間に爆ぜ、崩れ落ちるゴースロンと共に、勢いそのまま、指揮官目前で旭は身体を投げ出されてしまう。
 それを庇うように割り入ったのは残る前衛遊撃隊の面々だった。
 ハンターたちは、ついに目標地点まで到達。
 ようやく“目標”を捉えたアイシュリングが口を開いた。
「貴方が指揮官ね。わざわざ1人だけフルフェイスヘルムを被っているのは、なぜ?」
 兜の騎士は答えない。代わりに、なぜか理解し難い行動に出た。
「……どういうこと?」
 指揮官と思しき歪虚の周辺には、未だ複数の側近がいる。だが、なぜか『敵の指揮官は側近が攻撃に出るのを制止させた』のだ。
『其方は対話を望んだのではないか? ならば応じる。それが余の役目』
 理解しがたい余裕は、傲慢らしいといえば、らしいのかもしれない。だがそれよりも、響いてきた男声。その口調が“上位者”としての風格を備えていることに気付いてしまう。
 当初より気にかかっていたのだ。どうして一人だけ、そんなものを被っているのか。
 人間たちを真正面から見据えて、歪虚の指揮官は笑う。
『して、なぜかような物を被っておるか、だったか? “なぜ”も何も、“解り良かろう”?』
「そうかしら。意図的に見せかけているだけかもしれないわ」
『余興の解らぬ娘よ。……ふうむ、趣を解さぬ頑固者といえば、ヴァレンタインはどうした?』
「残念ながら、昨年亡くなりました」
 前衛遊撃隊をここまで死守してきたルカが、敵の攻勢が止むのを機に前に進み出ると、咄嗟に嘘をついた。エリオットに“接近禁止”を言い渡していたのは、ルカだった。この周辺にエリオットがいない状況は誰より把握している。そして、未だ歪虚はエリオットの生存を把握していないという状況も。
 しかし、途端に相手の声に落胆が滲んだ。
『余を謀るならば巧みな“嘘”を付け』
「“嘘”? ……どうして、それを」
 途端、指揮官歪虚は翼を広げると、怒気を孕んだ声で周囲を威圧した。
『歯ごたえのない雑兵ばかり前線に押しつけおった揚句に“それ”とは……つまらぬな。実につまらぬッ!』
 歪虚が、羽ばたいた。それは指揮官撤退の兆しだ。
 誰がそれを制止するか? 
 ジェーンが剣を投擲した。ジャックが弾丸を見舞った。アイシュリングがブリザードを放つが行動阻止は出来ず、Sergeからは射程外で、旭は指揮官との射線上に前衛たちが守るように立ってくれている状況だ。

 何も得られないのか? 鼠は鼠のまま、地を駆け空を見上げるだけなのか?

 刹那──何かが敵の翼を捉え、大地に引きずり戻したのだ。
 特殊強化鋼製ワイヤーウィップ。その先端が、翼を捉え、巻き付いている。
 一瞬態勢を崩すも難なく着地し、歪虚はそのまま尾を一閃。
 鞭が撓んだ隙に身体を反転させてそれを引き寄せると……目の前に、一人の青年が飛び込んできた。
 引き寄せられた勢いを利用し、刃を敵の喉元に突きつけながら。
「貴方は……8年前のホロウレイドで王国を守り、命を落とした先王。──アレクシウス・グラハム“元”陛下で間違いありませんね」
 片手は青年の鞭を掴み、もう片手で眼前の刃を握りとめ、兜の指揮官は至近距離に居る青年を睨み据えた。対峙する青年は、誠堂 匠。その手に握られた対傲慢試作刀「月華」が、歪虚を引き裂かんばかりに白い光を放っている。
 しばし睨み合っていたが、歪虚は突然匠の鞭を引きちぎると、その手で自ら兜を脱ぎ去った。
『如何にも』
 現れた歪虚──アレクシウス・グラハムの素顔には、匠も見覚えがあった。エリオット・ヴァレンタインがまだ騎士団長であった頃、彼の王城内の私室に連れられて行く際に広間で見た国王の肖像画の記憶だ。
 その画に描かれていたのは、30代半ばか40くらいの聡明そうな中年男性だった。けれど今、目の前にある顔はそれとは少し違う。
 頭から生えた二つの角が、そして顔の半分近い面積を覆う黒ずんだ金属の様な皮膚が、目の前の存在を"歪虚"と主張してくるのだ。
 こんな現実は望んでない。願わくば違う結末を求めていた。
 けれど避けえぬ事実であれば、これを明かさねばならない。匠の懐の石が、それを手助けしてくれるはずだ。
「何故……ホロウレイドの英雄が、王国を……」
『“英雄”? それは“英霊”という意味か?』
「……ッ、それは」
 瞬く間に、歪虚の長い尾が匠の首を絞め始めた。
『死した余を、余の騎士たちを“英雄扱い”すれば気が済むか? なんとも傲慢なことだ。だが余は、余と盟友たちは英霊になど成り得ぬ。……“死の先”があるのだよ。ここに、な』
 その言葉に、ある青年が青筋を立てた。
「死の先、だと?」
 約一年前の、あの日の激情を忘れたことなどない。
 ジャック・J・グリーヴは、今日この戦が始まってからずっと思案していたことがあった。正直、思考は未だ纏まってはいない。けれど、幾つもの気がかりが、彼の背を押した。だからこそ、ジャックはその名を叫んだのだ。──爆発的に輝くマテリアルと共に。
「アレクシウス・グラハムッ!!!」
 獅子の如き雄叫びと共に、青年から炎の様なオーラが立ち昇る。
 それに気付いて、アレクシウスが匠から視線を外し、声の方角を振り返った。
 その好機に、ジェーンの八握剣が放たれ、同時に少女が匠とアレクシウスとの間に割り入るように刃を差し込む。
「執念深いわね、匠を離しなさい……ッ!」
 放たれた八握剣は歪虚の手で払われたが、ジェーンは更にもう一振りを投擲。矢継ぎ早に繰り出される少女の攻撃を払うため、アレクシウスにはもう一つ“手段”が必要だった。手を離せば、目の前の青年は間違いなく“反撃”に出るだろう。それならば。
『漸く面白くなったのだが……物語は終盤だ』
 ──アレクシウスがついに尾を離し、匠を解放した。
 拘束が解けた瞬間、匠はせき込みながらも体をねじり、握りとめられた刀を引き抜いた。アレクシウスの手から一筋の体液が迸る。そこへぎりぎりの角度から放たれたアイシュリングのブリザードに加え、再接近した旭の嵐が叩きこまれた。
『……何と無粋』
「そりゃ、あんただろ? 悪いが、このまま帰しはしないぜ」
「同感です。私は貴方を、騎士団の仲間達を……このような姿のまま、放っておきはしないッ!」
 直後、今度は別の方角からSergeの剣が振りかぶられた。捉えた歪虚が、過去に忠誠を誓った王のなれの果てであったとしても、今振るうべき刃は「生きている守るべき人々のために」振るわれるべきだとSergeは確信していたのだ。
「なぁ、お前“傲慢”だろ?」
 気付けば、先程注意を引いた金色の騎士──ジャックが、アレクシウスの前で銃口を突き付けていた。
「歪虚になったにもかかわらず未だ王国の鎧を身に付けてるのも可笑しな話だが、よっぽど王国に執着があるのか」
『無い、と言えぬな。“王の剣”である以上、王命を果たすが余の使命よ』
「……“王”だと? まさか、そいつは」
 ジャックが息をのむ。思い当たることは一つ。
 匠の治療を終えたルカが、立ち上がり、その手で盾を強く握る。問うべきは明白だった。
「……傲慢の、王。それが、あなたたちの主ですか」

 歪虚アレクシウス・グラハムが、それ以上応えることはなかった。
 けれど、匠の懐に隠された畜音石が真実を“保存”していたことで、王国は次の舞台へと動き出すことになる。

担当:藤山なないろ
監修:神宮寺飛鳥
文責:フロンティアワークス

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