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【幻想】白と黒「怠惰王撃破」リプレイ
▼【幻想】グランドシナリオ「白と黒」(4/10?4/26)▼
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作戦1:「怠惰王撃破」リプレイ
- オーロラ
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- 百鬼 一夏(ka7308)
- レイア・アローネ(ka4082)
- キヅカ・リク(ka0038)
- ジュード・エアハート(ka0410)
- Uisca Amhran(ka0754)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- 高瀬 未悠(ka3199)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- 岩井崎 メル(ka0520)
- 夢路 まよい(ka1328)
- フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)
- エアルドフリス(ka1856)
- コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)
- エーミ・エーテルクラフト(ka2225)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- 白藤(ka3768)
- ディーナ・フェルミ(ka5843)
- シレークス(ka0752)
- 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)
- ユウ(ka6891)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- カイ(ka3770)
- アシェ?ル(ka2983)
- カーミン・S・フィールズ(ka1559)
- 星野 ハナ(ka5852)
- セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)
●黄昏
おそらく、昨日まではなにかがあった。
今日、生じるものもあったのだろう。
しかし、すべてはその手指からこぼれ落ちて……帰らない。返らない。還らない。
足元に置かれた白百合を呆と見下ろし、オーロラはそれが白百合であることを知れぬまま、立ち尽くす。
踏み込んだハンターたちを迎えたものは、ただ平らなばかりの地平の果てまで拡がる黄昏のセピアだった。
「この色、見覚えあんぜ」
苦い顔でボルディア・コンフラムス(ka0796)がうそぶき。
「はい」
百鬼 一夏(ka7308)がうなずく。
このセピアはまちがいない。彼女たちが幻(み)たオーロラの過去、その情景の第一幕を満たしていた、あの色だ。
「あそこだ」
ふたりと共にあの情景を幻てきたレイア・アローネ(ka4082)が迷いなく視線を伸べ、指差せば、そこには半眼をうつむけて立ち尽くす怠惰王オーロラが在った。
と。黄昏の内より安き金色――黄鉄の肢体持つ怠惰が顕われ、オーロラの様を一同の目より塞ぐ。
「先に会うた者もあり、このときに会うた者もあるが」
怠惰ゴヴニアは薄笑みを傾げて言葉を切り。
「ここに問おう。汝(なれ)ら、怠惰王と戦うや? オーロラと戦うや?」
「俺たちが戦うのは怠惰王だ」
キヅカ・リク(ka0038)の言葉を、ジュード・エアハート(ka0410)の大火弓「オゴダイ」より射放された赤光灯せし矢が追い越し、まっすぐに飛んでオーロラの足元に置かれた白百合を弾き飛ばした。
「なれば、汝らの選びし先を描くがよい」
ゴヴニアが中空に掲げた左手を握ると同時、白百合を包んでいた金剛石が圧壊し、内の花を微塵に裂いて吹き散らした。
「あの白百合は、オーロラさんの大切なものではなかったのですか!?」
錬金杖「ヴァイザースタッフ」を抜き放ったUisca Amhran(ka0754)の鋭い声音に、ゴヴニアは寂寥を含めた視線を投げ返し。
「怠惰王によすがはいらぬ。どうせなにひとつ、携えてはゆけぬのだから」
と、ここでゴヴニアは思い出したように。
「同胞を支援せし者、我や雑魔どもと当たる者――怠惰王と直に渡り合わぬ者は、超覚醒とやらを控えるを勧めよう。汝らが其を受けるならば、代わり、我自体が怠惰王へ添うことはせぬ」
守護者であるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は眉根をしかめ。
「それは脅迫か?」
「黄金ならぬ我や雑魔どもを相手取るに大精霊の力は元より要らぬが。この申し出は此方の都合なれど、汝らにも益あるものと知れよう」
同じ守護者、高瀬 未悠(ka3199)もまた、ゴヴニアの真意を掴めず問いを返す。
「怠惰王を守らないことを引き換えにするほどの都合ってなに? 私たちの益って?」
ゴヴニアは遠くを見透かすように目を細め。
「我が添わぬことなど高の知れた代償なれど……大精霊の色濃き臭いは“あれ”を急かす障りとなる。其をもって此の戦を全うできぬは不本意ゆえな」
アウレールは未悠と寸毫、視線を交わし。
「それが貴公の策だとわかれば、すぐにこちらも対応させてもらう」
かくて黄昏の内、ゴヴニアと同じ黄鉄の雑魔が産み落とされる。そのすべてが、近代兵器で武装した兵士の姿を映していた。
「雑魔は私たちが!」
他の対雑魔、対ゴヴニアを任と定めたハンターたちと共に散開したルカ(ka0962)が、怠惰王へ向かう者たちへ告げる。
それを追うように、そして支えるように、シガレット=ウナギパイ(ka2884)の法術縛鎖「アルタ・レグル」から溢れだした闇刃が空間を埋め尽くしながらぞわりと伸び、雑魔どもを中空へ縫い止めて微塵に削り落とした。
「最初は空けりゃァいいんだろォ?」
それに続いたのは少女ふたり。
「新クラスwith美少女コンビ、これなら負ける“気”だけはしないねぇっ!」
MCでマテリアルを収束、出力を上昇させる岩井崎 メル(ka0520)。
その彼女をバディたる夢路 まよい(ka1328)がカバー、シガレットの刃陣を避けて迫る雑魔へフォースリングを掲げ。
「呼吸――はもう合ってるわね。行くわ」
メルの返答は、まよいを縁取るように雑魔へと撃ち込まれる蒼機銃「マトリカリア」だ。
まよいはリングの力でその数を増したマジックアローをメルの銃撃に重ね、雑魔を砕く。
そして仲間を巻き込まぬよう、慎重に位置取りをしたフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は据えた覚悟をマテリアルと共にスタッフ「セルマンシ」へ託し、高く掲げた。
道を塞ぐものが雑魔なら……数瞬だけでも……拓ける。
杖先に灯った火は自らの熱をもって轟炎と化し、降り落ちたと同時、数十体の雑魔を蒸発させた。
まだ。もう少し。
希なる叡智によって紡がれる魔法が精霊の力によって加速、数多の魔法陣を展開する。フィーナが指した先へと流星のごとき光線が降り注ぎ、さらに広く、深く、先へ続く道をこじ開けた。
数瞬を重ねて、一秒に届かせる。……それが私の、するべきこと。
――この地の災厄は此処で終わりにしよう。いや、終わらせてみせるさ。辺境の民として、かならず。胸中で誓ったエアルドフリス(ka1856)が強く言の葉を紡ぐ。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――来たれ、天の蛇!」
果たして頭上に顕われた大蛇が解け、蒼き火球と化して雑魔を焼き払った。
しかし雑魔は揺らがず、止まらない。仲間たちの大火力攻撃に払われた隙間を埋めに入るが。
しっかりと体軸を据えた膝撃ち姿勢をとったコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は、アサルトライフル「ヘルハウンドE84」の引き金を静かに引き絞り。わずか1発のマテリアルまといし小口径高速弾で雑魔どもの前進を突き抜いた。
「……やらせんよ」
そしてアースウォールをもって続く雑魔の突撃と攻撃を押し止めたエーミ・エーテルクラフト(ka2225)が声を張り上げた。
「すぐに埋められてしまう! その前に食い込んで!」
ふと胸をよぎる嫌な予感はなんだろう? 正体を探るにはあまりに戦いが激しくて、彼女は目の前の雑魔に集中せざるをえなかった。
「さあ、一気に行くぜ!!」
他の守護者と共に超覚醒、祖霊の幻翼を背に顕現させた岩井崎 旭(ka0234)は先陣を切り、雑魔の頭上を飛び抜けた。突き上げる黄鉄の弾に削られてバランスを崩しながらも翼を畳んで加速、じりじりと顔を上げゆく怠惰王へ突っ込んでいく。
止まれない、止まらない。それが俺たちの選択ってやつなんだから!
「近接攻撃担当は雑魔に構うな!! 傷を最少に抑え、怠惰王へ向かえ!!」
対雑魔班が作った隙間へシールド「レヴェヨンサプレス」を押し込み、押し広げつつ、次の一歩を踏み出す先を拓くロニ・カルディス(ka0551)。
「一歩めの次は二歩めやんな!」
ジュードとバディを組む白藤(ka3768)の新式魔導銃「応報せよアルコル」が轟音を弾けさせ、先を行く仲間に銃剣を振りかざした雑魔を微塵に砕く。
今はみんなでいっしょに耐えるときなの。
ディーナ・フェルミ(ka5843)が思いきり振り抜いた星神器「ウコンバサラ」は雑魔の頭部を砕き飛ばし、斃れ伏させた。
持参した魔導ママチャリ「銀嶺」に乗る機会を窺ってはいたが、この敵の密集度ではどうにもならない。
「ロニ、ディーナ、わたくしの後ろにつきやがってください!」
回復担当を守って雑魔の攻めを受け止めたシレークス(ka0752)は、その強靱な筋力と磨き上げたシレークス式聖闘術をもってそれを押し退け、間合を作った。
「邪魔でやがりますよ!!」
腰だめに構えた機甲拳鎚「無窮なるミザル」をスマッシュの軌道で突き込み、さらに奥へと踏み込んで行く。
オーロラに恨みはない……なれどニガヨモギ、貴様は赦さぬ。オイマト……妾の友は、此処で果てる未来の為に命を繋いだわけでは無い。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、思いを込めた封印されし魔腕で雑魔を討つ。
そして彼女と同じく思いを噛み締め、先を目ざすユウ(ka6891)。
歪虚と手を繋ぐ未来を信じて、オーロラさんではなく怠惰王を討つ。それが矛盾であることは承知していますが、でも。私は迷いません。
混戦のただ中、ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)は雑魔の攻撃を青龍戟で受け払いつつ周囲へ目線を巡らせていた。
特におかしなもんはねーみたいだけど。注意だけはしときましょうって感じ?
雑魔群へ食い込む対怠惰王班の左方を固めた未悠。レセプションアークの光柱で雑魔を焼き、自らの体を楔と打ち込んでは仲間の一歩を繋ぐ。
オーロラと縁を繋いだ人たちが後悔しなくていいよう、私は全力で繋ぐ。そして――
「絶対に誰も死なせない!」
対雑魔班の支援を受け、雑魔群の半ばまで食いちぎった対怠惰王班。
その先に立つアーサー・ホーガン(ka0471)は口の端を不敵に引き上げ、星神器「アンティオキア」を攻めの構えで固定、息を絞った。
今度こそ倒しきってやるぜ、怠惰王! と、言ってやりたいところだったがな。強い力を持ってただここに在るってだけで、意地も矜持もありはしねぇ。
虚ろな顔をこちらへ向ける怠惰王へ、アンフォルタスの槍を突き込んだ。
果たして神殺しの光が雑魔どもを貫き、怠惰王までもを穿つ。
「すぐにまがい物の冠を突き落としてやる」
次いで、アーサーの穿った道へ、ランアウトにアサルトディスタンスを重ねがけたカイ(ka3770)が駆け込んだ。
背後でダガー「ヴィーラント」に斬り払われ、がらりと崩れ落ちる雑魔を置き去りにして、ただ一直線に怠惰王を目ざす。
「待ってろよ、怠惰王!」
一方、約定どおり怠惰王と連動する様子なく、ゴヴニアは自らへ向かってきたハンターたちとゆるやかに攻防を交わしている。
「ようようと穴が空くようだ」
視線を巡らせたゴヴニアの肩口で、アシェ?ル(ka2983)のガンシールド「アーウェルサ」より撃ち出されたペイント弾が弾けた。
「よそ見してるから目印なんてつけられるんですよ! これでわたくしたちのほうは、よそ見してもすぐあなたを見つけられますけどね!」
びしりと指を突きつけられたゴヴニアはかぶりを振り。
「此は只の依代ゆえ、すげ替えれば終わる」
その胸元をカーミン・S・フィールズ(ka1559)の蒼機剣「N=Fフリージア」が穿ち、カオスセラミックの刃に金属を削ぐ甲高い手応えを伝えてきた。
「あなたは嘘をつかないようだけど、だからって本当のことを言っているわけでもないんでしょう?」
「然り」
応えたゴヴニアに、星野 ハナ(ka5852)の黒曜封印符が絡みつく。
「そんなに隙だらけなのもウソですかぁ?」
「否。此は依代ゆえ、気が入らぬばかりのことよ」
ゴヴニアを軸として新たに沸き出した雑魔群が、動けないハナを押し包むが。
「貴殿の思うままにはさせません」
ハナの護衛についたセツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)が太刀「宗三左文字」を閃かせ、その無尽の軌跡をもって沙散花を咲き誇らせた。
「案ずるな。思うがまませしは汝らばかりだ」
「っ!」
ゴヴニアがぼろりと崩れ落ちたことで拘束を解かれたハナ。
それを支え止めたアウレールは鋭い目線をゴヴニアへ向け。
「雑魔に雑ざってくるかと思っていたが、思い違いをしていたようだ」
応えるように雑魔の一部が沸き立ち、ゴヴニアを成した。
「石在らば其に依りて“我”を成す。ゆえにこそ我は怠惰王の片脇に在る」
ニガヨモギの影響下でも、ゴヴニアならば依代を変えながら活動を続けることができる。そういうことだ。
「でも、無限じゃない。雑魔もあなたもニガヨモギの中では端から崩れるんだから。それに」
ゴヴニアへ刃を振り込むカーミンに続き、アウレールが斬霊剣「剣豪殺し」を宿した右の聖祈剣「ノートゥング」 、左の聖盾剣「アレクサンダー」で斬り込む。
「私たちが砕いた欠片で、どれほどの依代を為せる?」
「何度でも封じますよぉ、あなたのスキルも企みも」
ハナの符がゴヴニアの歩を塞ぎ。
「行かせませんから、怠惰王のところには!」
「貴殿の素となる雑魔も同じく、行かせませんよ」
その間にアシェールが呼び出したアースウォールがゴヴニアから怠惰王を遮り、その壁を蹴って跳んだセツナの斬撃がゴヴニアの首を落とした。
雑魔を潰して新たな依代を形造ったゴヴニアは薄笑み、地より雑魔を沸き出させる。
「卑金たる我にさしたる力は在らぬが、汝らの気概と比べ合う程度の量は在ろうぞ」
●黎明
寸毫の闇が戦場を包んだかと思えば、赤らんだ黄昏は青ざめた黎明へと色を変えていた。ただそれだけの変化であることに、ハンターたちは安堵と共にとまどいを覚える。いったい怠惰王は、なにがしたい?
空けたら止める。って、言うのは簡単なんだけどなァ。
胸中でうそぶいたシガレットは、絶対の意志を映した“境界”を張って雑魔を押し止める。
前線の対怠惰王班へ向かおうとする雑魔、その物量への対策であり、充分に機能してはいたが……道を拓くことを強く意識したハンターの内、このような防御思想を持ち合わせていた者はほぼおらず、ゆえにこの強固な絶対領域もまた、抵抗に成功した雑魔によって侵され始めていた。
「これじゃあ前線が飲まれるな」
シガレットと共に行動するエアルドフリスが他の対雑魔班の面々へ視線を向け。
「対怠惰王班の一斉攻撃まで時間を稼ぐ。回復班は支援よろしくな」
通信機器に範囲魔法を撃ち込むことを告げ、彼はシガレットの保つ空間の内、呪句を唱えた。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――灰燼に帰せ!」
前線のすぐ後ろへ落ちた蒼炎獄の“毬”、その中心目がけて炎矢が降り落ちる。
削られ、溶け崩れる同胞を踏み越え、新たな雑魔が迫らんとするが。
「まだ、撃てるから」
対怠惰王班の前進のため、支援を尽くしてきたフィーナのファイアーボールが増援を爆ぜさせ。
「もう少しでみなさんが怠惰王へ届きます! とにかく今は押し切りましょう!」
仲間の背を守る中、状況の把握に努めてきたルカが高く告げた。
雑魔がどれほど損なわれようともゴヴニアは未だ動かず、釘づけられるままその場へ留まっている。これまでに判明した特性を考えれば、自在にどこへでも顕われられるだろうに。
いや、今は自らが語ったとおり、押し切るときだ。かぶりを振って思考を追い出し、ルカはヒーリングスフィアの癒しを仲間へと送る。
細かにポジショニングを変えて怠惰王への射線を維持するコーネリア。
その合間にアサルトライフルを頬づけに構えて弾倉1本分を撃ち込み、雑魔のただ中を駆けて再びポジショニングを変え、堅実且つ迅速にリロードを終えてまたライフルを構える。
すでに対ゴヴニア班からの通信で、すべての雑魔がゴヴニアとなり得ることは聞いていたが、だからといって彼女が為すべきことは変わらない。
オーロラ、私はおまえがどこから来た何者かを知らん。だが、怠惰王である以上は撃ち、討つだけだ。
そして最後の一手を打ったのは、【双賢者】コンビである。
「まよい君!」
雑魔の攻撃を肩で止めたメルの声に「了解!」と応え、まよいは法術:ネプチューンの螺旋水流を放つ。
狙いは怠惰王の周囲を固める雑魔を弾き飛ばし、仲間が踏み込む場を確保することだ。だからまよいは対怠惰王班の前面を塞ぐ雑魔を前へのめらせ、メルは同じくネプチューンを重ねて、まよいの引き寄せた雑魔を打ち据え、残骸を横へ弾き飛ばす。
ふたりの魔法は攻めであり、それ以上に掘削。たとえ数秒で埋められるのだとしても、その間に仲間の数歩を稼ぐことができる。
「ゴヴニアがいつ動くかわからないわ。集中していきましょ」
シールド「クウランムール」で受け止めた雑魔をその攻めごと弾き飛ばしておいて、まよいはメルと背を合わせた。
「わかってるよ! 仕事はこれで終わりじゃないんだからね」
ストーンサークル発動中は行動に大きな制限がかかる。しかし、まよいとふたりならどうということはない。前面から押し寄せる雑魔へ口の端を上げてみせ、メルはパリィグローブ「ディスターブ」で鎧った腕をかざす。
対雑魔班の尽力は、ついに対怠惰王班を唯一にして無二なる標的へまで導いた。
「あ、した……って、なに? ここ……どこ?」
こめかみを抑え、よろめくように歩き出す怠惰王。
その先を塞ぐのは、心技体、鋼の如しを発動させた旭の幻翼だ。
「もうどこにも行くとこなんかねぇだろ!?」
持ち上げられた怠惰王の眉間へ魔槍「スローター」を突き込むが、骨を打つ固い手応えならぬぐにゃりと頼りない感触が返るばかり。
加えて形を変えながら迫り来る雑魔群が、彼を引きずり下ろそうと追いすがる。しかしこれは、怠惰王と雑魔の目を引きつけんとする旭の策である。
「雑魔の形が変わってる! 注意だぜ!」
仲間の突撃を呼び込みつつ警戒を促し、彼は上空へ舞い上がった。
「打ち合わせどおり、守護者を軸に包囲! 怠惰王を抑え込む!」
指示を出しながら駆けるリクに続き、Uisca、ボルディア、ユウが怠惰王の定まらぬ歩を四方より塞ぎ、上からは旭が降り落ちて蓋を為した。
「……誰?」
ぼんやりと自らを見る怠惰王へすがめた視線を返し、その右方から背後をくぐって左へ抜けたユウが、逆手に握ったナイフ「ペルデール」を閃かせ。
「逆に問いましょう。あなたはいったい誰です?」
「私?」
怠惰王はこくりと首を傾げ。
「……ビッ マーと、約束……私は、わた は」
その間に怠惰王の右方へ回ったUiscaが【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻を発動させる。彼女の内よりあふれ出した闇龍の爪牙は怠惰王を、そしてまわりの雑魔を穿って縫い止め、さらなる味方を呼び込む一瞬をもたらした。
「ニガヨモギの影響で、記憶が欠け始めているのですね」
怠惰王の背後を取ったリクは、Uiscaの声音に含められた寂寥をまたたきの端に散らし、強く前を見据えて。
「僕たちは怠惰王を倒すって決めてここまで来た!」
言いたいことも言うべきこともある。しかしそのすべてを飲み下し、彼は未来を照らす誓いを込めた聖機剣「マグダレーネ・メテオール」を振り上げた。
「腑抜けやがって……あんとき全部剥き出したテメェはどこいった!?」
正面を担って怠惰王へ踏み出したボルディアは、マテリアルの灼熱を、八相に掲げた魔斧「モレク」の重刃へ滾らせる。
この先に言いてぇこたぁ全部、こいつへぶっ込む!!
「――負けないでオーロラ!! 白百合を!! エンタロウの思いを忘れないで!!」
そのボルディアの片脇を守って踏み込んだ一夏は、武神到来拳「富貴花」のマテリアル光をもって怠惰王の頬を打つ。
かすかに傾いだ顔を振り向け、怠惰王は「しら、ゆり? エンタロウ……?」
次の瞬間。
形を定めず蠢いていた雑魔どもの面がひとつの像を結んだ。
「これは……!」
守りの構えにケイオスチューンを重ねたレイアは、雑魔の突撃を抑えながら眉根をしかめる。
雑魔は一様に、レイア、そして一夏とボルディアが見た怠惰王の過去の情景に在った青木 燕太郎の顔を映していたから。
「見た目だけ似せたって中身はちがう! 惑わされないで!」
通話状態を保ってある魔導スマートフォンに声音を投げ、ジュードが大火弓を構えた。
そこへ殺到する雑魔群だが、白藤の連射がもたらした氷雨に縛められ、四肢を欠けさせて倒れていく。
「ジュードは集中して。うちがきっちり抑えとくからな」
彼の背を雑魔から遮り、彼女は魔法さながらの手捌きで魔導銃のリロードを終えた。
「地よ、式よ、其の役目を思い出し界を結べ。急ぎ律令のごとくせよ!」
そしてカバーに入ったエーミが符籠手「べネディクション」を装着した手で運命符「銀天球」を繰る。かくて地より立ちのぼる光が修祓陣を成し、その守護を彼女とジュード、白藤へ与えた。
怠惰王への直接打撃を支えるのは間接射撃。ゆえに彼女はふたりの護衛とスポッターを兼ねてここにいるのだ。
「敵は多いけど角度はよし! あとは撃つだけよ!」
「みんな、立ち位置はそのまま!」
ジュードの射放した一条のサジタリウスが仲間の包囲陣の隙を飛び抜け、雑魔ごとオーロラを貫いた。
「交代します!」
すぐにポジショニングを移したジュードは、彼と交代でサジタリウスの発射姿勢に入る白藤を守るべく雑魔へ向かう。
なにひとつ在りはせぬ場に、ただ黎明の光ばかりが差すか。
蜜鈴は周囲の情景に半眼を巡らせ、寸毫、閉ざした。
なにかを憶えておく意味のある場ではない。ここは色づいただけの虚無に過ぎないのだから。
晦の“種”はすでに芽吹き、頂光の先にまで伸び出していた。
すでにタイミングは仲間へ知らせてある。ゆえに彼女は、その頭上にて渦巻く火塊へ行くべき先を示すだけ。
怠惰王へ問いに行こうか。その時を得させてくれるのならば、の。
燕太郎の顔をした雑魔の槍と銃弾を空渡で駆け抜けて、カイは怠惰王を包囲する仲間へ迫る雑魔を斬り払い、蹴り飛ばし、押し退ける。
「足の下から沸いてくるわけじゃないけど」
「その分まわりから押し込んでくるわけだ」
応えたアーサーは星神器たる槍の穂先を雑魔へ突き込み、石突きを巡らせて別の個体を叩き伏せた。
まるで波打ち際のようだ。こちらがいくら攻め寄せて雑魔を削ったとて、次の1秒で空いた隙間は新たな雑魔に埋められ、押し返される。
「とはいえ、ここで止まるわけにはいかんがな」
堕杖「エグリゴリ」を剣のごとくに構えたロニがプルガトリオの闇刃を放つ。
ずたずたに斬りちぎられた雑魔の欠片をその肩で押し割るロニ。仲間たちの決死行を支え、その生を繋ぎ止めるがため、自らも決死行へ踏み出すことをためらわない。
そしてそれは、ニガヨモギの効果が届かぬ際で雑魔を討ち続けるディーナも同じ。
細かな傷はすでに数えることもできぬほどの数となっていたが、それでも自らを回復することなく、前線の仲間を癒すときに備えていた。
いつなにが起きてもいいように備えるの。そのために、あきらめない!
一瞬でかまわない。いや、機先を取るだけの刹那で。
右に魔導剣「カオスウィース」、左に星神器「天羽羽斬」を握ったレイアは、踏み込みながら体を巡らせて二刃を薙ぎ、返す刃に乗せたアスラトゥーリの斬気で前線を押し潰さんとする雑魔を斬り退けた。
怠惰王への一斉攻撃まで、邪魔をさせるわけにはいかない。
仲間と雑魔の混戦、その狭間を地を駆けるもので渡りながら、ヴォーイは怠惰王へ近づきつつあった。
ちなみに、ここまでの間にファントムハンドで怠惰王を対怠惰王班の前まで引き寄せようともしてみたのだが、成功しなかった。さすがに王、生半な手は通じない。
もしかしてこれ、骨折り損ってやつじゃん?
思いながらもファントムハンドで前線の仲間の“あわや”を防ぎ、彼は息をついた。
「行きますよ!」
ルーンソード「アマネセル」にダブルキャストを起動させ、アシェールがゴヴニア目がけてふたつの炎弾を撃ち込んだ。
轟音が耳を、爆炎が目を一瞬塞ぎ、ゴヴニアを数十の雑魔ごと黄鉄の雫へと変える。
「そこに沸きます!」
鋭く告げる彼女に従い、カーミンが「退けぇっ!」。
6枚の手裏剣「八握剣」がマテリアルに繰られて飛び、新たなゴヴニアと周囲の雑魔を裂く。
「ふっ」
呼気を追い抜いてはしるアウレールの二刀流による二連撃は、とどめの三撃めでゴヴニアを突き通し、崩れ落ちさせた。
「……尽きないだけが貴公の策か?」
「我が在ると知らば、汝らは裏を疑うであろう」
無策であることを飄々と告げ、地より生え出たゴヴニアが爪先でアウレールの左眼を突く。
聖盾剣でこれを抑えたアウレールに代わり、踏み込んだセツナが納刀していた太刀を抜刀、ゴヴニアのかざした左腕をすり抜けて首を斬り飛ばした。
「貴殿に策がないなら、こちらも斬り続けるだけでいいわけですね」
ハナは、ゴヴニアが自らの依代とする以外に鉱石を繰ることへの警戒を解かぬまま、符を放って新たなゴヴニアを攻めた。
「策はないって言いますけどぉ、だったらどのくらい倒したら倒せるのかくらい教えてくれてもいいんじゃありませんかぁ? それが公正な勝負だと思うんですけどぉ」
ゴヴニアが拘る公平性を盾に、揺さぶる。
正直なところ、このゴヴニアは弱い。しかし雑魔の発生と依代のすげ替えを止める手がこちらにない以上、けしてその弱さは弱点とは成り得ないのだ。
「怠惰王が斃れるまで、我は尽きぬよ。其がビックマーとの約定ゆえに」
あの怠惰が王の守りを任されてた理由、もっと真剣に考えるべきだったのかもね。
カーミンは新たな手裏剣を抜き出し、構える。
「わたくしたちだって、尽きませんから!」
それに応じ、アシェールもまたルーンソードを霞に構え、斬撃と魔法のいずれも繰り出せるよう腰を据えた。
「推して参ります!」
彼女らのきっかけを作るべく踏み出すセツナ。
今は約定とやらを守り、怠惰王の守りに向かわぬゴヴニアだが、いつそれは破れぬとも限らない。それをさせぬためにも力を示し続けなければ。
対怠惰王班の殿につき、後方からの雑魔を押し止めていた未悠がトランシーバーへ告げる。
「準備は整ったわね。終わらせるために、始めるわよ」
守護者としての覚醒を止められた彼女だが、仲間のためにきざはしをかけるその使命を果たす。
レセプションアークの光が闇黒の魔人を映した雑魔を、その内にて立ち尽くす怠惰王を焼いた。
その意志、きっちり引き継ぐよ。
その光へリクが我が正義の侭にを添わせて新星がごとくに輝かせ、戦場の端々にまで一斉攻撃の開始を告げた。
そして。
真島の剣腕を軸に万全を整えたシレークスが、怠惰王の元へ届く。
「全部背負って来てやがるんですよ、わたくしたちは!! 悪夢を醒ましてぶっ消す、それだけの道理を通しやがりに!!」
機構拳鎚に刻まれたエクラの聖句が、武神気に炙られて煌々と輝き。その光と決意を祈りの内に握り込んだ彼女は、光の導きを灯した拳を怠惰王へと叩きつけた。
練り上げたマテリアルと深き祈りを“重さ”へ変じた拳が怠惰王の胸へ突き立ち。
さらに強く握り締めた拳でエクラアンクを刻み込んで。
「始祖たる七が一、怠惰王――汝、何処へ行き給う?」
みじり。轟然たるマテリアルを爆ぜさせた。
「続いて行く!」
怠惰王が揺らいだことを確かめるより早くリクが号令が響かせ、ハンターたちはそれぞれの思いを込めた得物を手に打ちかかる。
●白昼
「近づかせない!」
怠惰王を包囲する仲間をかばって雑魔のただ中へ降り立った旭が、魔槍「スローター」をバックハンドで薙ぎ、回転。マテリアルをくべられた回転は重なるごとにその迅さと力を増し、轟然たる大竜巻を成して八方の敵をもれなく噛み裂いた。
捜し物が見つからない以上、せめて手伝わないとな。
その隙間からキント雲に乗ったヴォーイが支援攻撃を挟み、さらに雑魔陣を攪乱していく。
「……わ は、どうして……」
降り落ちるハンターたちの連撃を困ったように見やり、打たれるまま体を泳がせる怠惰王。
超覚醒した守護者陣による『我が正義の侭に』の連携がどれほど効いているものかは知れなかったが、淡いニガヨモギの毒を撒くばかりの彼女はほどなく斃れるのだろう。
そんな王の様をすがめた目で見やり、銀杖の加護をもって3人の仲間へ剣身の祈りを送ったロニは、胸中にて深い息をついた。
いや、なにを言うことも考えることもすまい。俺は仲間を癒し、守るだけだ。
「ニガヨモギは任せてなの! みんなのこと、絶対私が守るから!」
ファーストエイドに乗せたフルリカバリーを、傷を厭わぬボルディアへかけたディーナ。ここからはもう、スキルを惜しんだりしない。全力をもって仲間を支える。
「――」
ロニ、ディーナと共にダメージコントロールを担うUiscaは唇を噛み締める。
あなたにその心を失わせることを選んだのは私たちです。でも、それを悔いることはしません。辺境の未来を勝ち取るために、全力で討つだけです。
「思うことも感じるところもあると思うけど……今は攻め切るよ!」
リクが眼鏡「キュクロープス」に封ぜし機導砲を解放、黎明の情景を貫いた光線が怠惰王の背と、前方より来たる雑魔どもをまっすぐに貫いた。
「怠惰王、あなたが本当にしたかったことはなんですか!? あなたが本当に大切にしていたものは!?」
覇者の剛勇を発動させ、ユウは怠惰王へ問い続ける。
守護者の力をもってしてすら、ニガヨモギの侵蝕を押し止めることはできないが、しかし。
私は問い続けます。あなたが斃れるとき、ほんの少しでもオーロラでいられるように。
ほんの少しでいいから、戻ってきて!
仰向いた怠惰王の視界を、ルカの撃ち上げた花火が塞いだ。王の集中を乱すがため、しかしなにより大切な思い出を、欠片でもいいから思い出してほしいとの祈りを込めて、光点の連なりにてビックマーを描くが、しかし。
怠惰王の瞳をよぎる淡い疑問は、意味を成すよりも早く解けて消えた。
「忘れた!? ふざけんな! 見ないふりと効かないふりで自分を騙してただけだろ! いいかげん自覚しやがれ! それから足掻け! あんたの願いはまちがっちゃなかった! だから――全部忘れてをウソにすんな!!」
空を渡って怠惰王へ激しく斬り込み、カイは吼える。自分のこの憤りで、彼女が感じてきた無力を覆す!
その間に上体を思いきり倒し込んで踏み込んだ一夏が、地をこするほど低く、右の到来拳を振り出した。
「怠惰王なんて呼んであげない! だってあなたは! オーロラなんだから!!」
遠心力を膂力で無理矢理に引き上げ、怠惰王の顎をアッパーカットで突き上げる。
打たれながら呆と上を向く怠惰王の様に、蜜鈴はかすかにかぶりを振る。
ビックマーに青木……愛しい者を忘れ果てねば咲かぬ力で、おんしは誰の心を護ろうと思うたのじゃ? 問いが届かぬ上は、戯言にすらならぬがの。
だからそ彼女は問いならぬ呪句を紡ぐ。
「轟く雷、穿つは我が怨敵……一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ」
雷霆の紫電が蜜鈴の迷いを裂き、怠惰王へと伸びていく。
「 ラ……だ、れ?」
そうか。もう、大切な誰かばかりか自分すらも残ってはいないか。レイアの剣閃が怠惰王を裂き。
だったら未練もねぇだろ。つまらねぇ戦いも、これで終わりだ。
あらんかぎりのスキルを重ねたアーサーの二刀流が怠惰王へリバースエッジを突き込んだ。
「あああええええああええ」
色のない声でノイズを紡ぎ、怠惰王が両膝をついた。
その胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、突き放したボルディアが、激情を押し詰めた声音を怠惰王の胸元へと突きつける。
「なんでここにいんのかもわかんねぇか。ここがほんとにおまえの来たかった明日かも。だったら――いや、それでも見とけ。テメェの仇になる俺をよ」
星の救恤者を重ねた魔斧が雄叫び、怠惰王を打つ。仲間が怠惰王へ重ねた攻撃がボルディアの命を贄として魔斧に力を与え、一撃を二撃、二撃を三撃と、その攻撃回数を押し上げていき。
決めの一打が怠惰王の眉間へ突き立った。
セツナを起点に攻めかかるカーミンとアシェールに斬り裂かれたゴヴニアが、黄鉄の眉をひそめてうそぶいた。
「本意ならぬことよな」
対ゴヴニア班の5人が油断なく身構える。
理由こそ知れずともあの怠惰が、自らを損なうことへ痛みを抱くはずはない。
「念のために訊きたいんですけどぉ、本意ならぬことってなんですかぁ?」
さらりとゴヴニアへ訊くハナ。
訊かれれば、真かはともあれ偽ならぬ応答をよこすのがゴヴニアである。ならば障るを怖れるより活用すべきだ。
「汝らへ益もたらされること、此処に定まった」
依代の傷をそのままにゴヴニアの視線が指した先は――ニガヨモギへ唯一対抗しうる存在、オートマトン“想”が在る戦場だった。
「!」
推理術を発動していたエーミの脳裏を撃ち抜く予感。これは彼女が注意していた地形変化ではなかったが、悪いものであることだけは容易く知れた。
「なにかが起きるわ! みんな注意して!」
すぐにインカムへ告げたが、しかし。その声音は後半部を伝えるより先に変換を途切れさせ、肉声ばかりを彼女へ返すに留まった。
「! 音が消えやがりました!」
怠惰王へ苛烈な攻撃を加えながらも他の戦場……青木 燕太郎へ向かったハンターたちからの通信へ耳を傾けていたシレークスが一同へ告げた。
「通信全部、だめになってます――!?」
トランシーバーと魔導スマートフォン、どちらからも音が返らないことを確かめ、ジュードが白藤へ視線を送る。
「そうみたいやね」
魔導パイロットインカムを外した白藤は、それによって拡がった視界を埋める雑魔へ制圧射撃を撃ち込んだ。
「道作るんがうちらの仕事や。押し拡げるで」
ジュードは「はい」とうなずき、弓を構えた。なにが起きたのかは知れないが、うろたえて流されるままでいるつもりはないから。
俺は生きる。静かで平穏で誰も苦しまない怠惰な明日じゃない、騒がしくて危なっかしくて辛くて苦しい俺の明日を。
黎明を白く染める日ざしの中、怠惰王が立ち上がった。
「!?」
入れ替わりに膝をつくボルディア。
「だめ!」
ディーナがボルディアへ駆ける。なにが起きたのかを考える間などなかった。ただ、今をこの瞬間を逃せば間に合わなくなる。その確信に突き動かされるまま、フルリカバリーを送る。
そしてロニは、雑魔を蹴散らしつつ錫杖「レラ・レタル」を抜き出した。
「怠惰王から一度距離を――」
言い切れぬうち、彼の魂がごそりと削り取られて虚空へと落ちていった。
これはいったい、なんだ!?
胸を押さえ、抜け落ちていく魂を押しとどめる一夏は奥歯を噛み締めた。
私、これがなにか知ってる……!
「ほんとのニガヨモギが発動してます!!」
ハナに重ね、アウレールがゴヴニアへ問う。
「どういうことだ!?」
「汝らが連れ来た人形の術が砕かれた。其によりて怠惰王は其方が云うニガヨモギをほころばせ、闇黒の魔人もまた壊れゆく」
戦いの中、ゴヴニアの声音で語る雑魔より同じ話を聞かされた未悠もまた、疑問を返した。
「それが超覚醒とどう関係があるの?」
「壊れた魔人は人を失くして禍しき魔獣と化し、突き上げられるがままニガヨモギの香を穢せし大精霊の臭いへと向かい来る。遅らせるには臭いを薄めるよりない」
想の結界が壊れたことで、怠惰王はニガヨモギを深化させ、青木 燕太郎は“獣”と化す。そして超覚醒した人数が多いほどに、燕太郎はこの戦場へ急ぎ駆け来たる。
魔獣がどれほどの力を持つかは知れないが、深化したニガヨモギと挟撃されたハンターに生き延びる術はあるまい。
「今このときならば逃ぐるを止めぬが、如何にする?」
ニガヨモギにあてられ、ごぞりと崩れ落ちた雑魔が再び形を成してゴヴニアの問いを伝えた。
「逃げるのを止めない……なぜ貴殿が敵である私たちにそんなことを言うのですか?」
太刀を脇に構え、腰を据えたセツナが問うた。
たとえどれほどの計算外が起きたのだとしても、だからといって怠惰がそれを問う理由がわからない。そして。
「此は汝らが責ならず、汝らへ力を尽くして戦うを止めた我が弱みもあるゆえに」
「申し訳ありませんが、選ぶ必要などありません。私たちの答は、はじめからひとつですから」
セツナの刃がその歩を飾るように空をはしり、その閃きをもって沙散花を咲き散らす。
斬り払われた雑魔の間をアシェールが駆け、そのただ中へ桃色に彩づく球を撃ちつけた。
「ええ、わたくしたちは怠惰王を倒して、生きて帰ります!!」
ふたりが拓いた先へ体を割り込ませ、地を踏み止めた反動に乗せて蒼機弓「サクラ」を引き絞ったカーミンは声の限りに叫ぶ。
「呆けてんじゃないわよ! あんたほんとにそれでいいの!? 自分を思い出して、オーロラっ!!」
マテリアルによって超加速した矢が戦場を貫き、怠惰王の虚ろな眉間を穿つ。
しかし。その矢も声音も届くことなく、ニガヨモギのうねりの内に飲まれてかき消えた。
「そういうことですからぁ、出口の看板、建てておいてくれますぅ?」
ゴヴニアへ言葉を投げたハナと並び、仲間の援護へ回ったアウレールはふと思う。
人ならざる怠惰王が失う人間性。それはいったい、どんなものなんだろう?
答は、胸の内からも誰かの口からももたらされることはなかった。
ゴヴニアは息をつき、依代を彼らへと向けて。
「なれば我も、行き着くまでは付き合おうぞ」
「あ、え、え、え、あ、あ、あ」
歌うように、呻くように、笑うように、嘆くように。怠惰王は彩を失くし、虚ろへ堕ちゆくその身よりニガヨモギの毒をあふれさせる。
怠惰王はもうオーロラには戻れない。その事実と憐憫と寂寥をまとめて奥歯で噛み殺し、未悠は対怠惰王班を守って雑魔を討ち続ける。
高まりゆくニガヨモギの毒は、あらゆる装備も能力も越え、数十秒であらゆるハンターの命を喰らい尽くす。たとえどれだけ支援を重ねても、穴の空いた柄杓で海水を汲み出すようなものだが……それでも。
私は手を止めたりしない。あなたに思いを届けたい人たちが、足を踏み出し続ける限り。
「ここが踏ん張りどきってやつだな」
エアルドフリスはゴヴニアの電撃に埋められた戦場のただ中、口の端をかるく上げた。
かろやかな見目に反し、鋼の義務感で自らを縛る彼である。たとえ“深化”したニガヨモギに巻かれたからとて、逃げ出すなどという選択肢は持ち合わせていない。
フォースリングにより、その数をいや増した霊蛍を飛ばす彼を守るシガレットが、ゴヴニアと繋がっているらしい雑魔の1体へ語りかけた。
「なァ、貴様の公平さは認めるさ。そいつを守る律儀さもなァ。でだ、こいつは貴様にだって不本意な状況なんだろ? だったらこっちに手を貸すってのもアリなんじゃないか?」
「王斃るるまでは怠惰の理を貫く。情を語るはその後となろうよ」
「思ってたよりもっと律儀だな」
苦笑して、シガレットは仲間たちをヒーリングスフィアで癒す。
「回復担当! 怠惰王に向かってる奴らをいつでも引っぱりだせるように生きてくれ! 俺たちが死んだら、誰もそれができなくなるからなァ!」
言い終えたシガレットはエアルドフリスへ目を向け。
「エアルドフリスさんは怠惰王と距離詰めすぎないでくれよ」
ゆるい口調と裏腹、凄絶なるマテリアルを燃立たせたシガレットは、雑魔ひしめく先へ鋭い視線を移した。
道は俺が空け続けるぜェ。それにはもうちょっとがんばらないとだけどなァ。
「雑魔に前衛の背中を削らせちゃだめ!」
命がごぞりと削り落とされる悪寒を全力で抑えつけ、メルが残しておいたネプチューンを噴出させた。
今や地平までもを埋め尽くす雑魔は、ニガヨモギに崩されては再生を繰り返し、対怠惰王班を攻めたてている。その攻撃力は低くとも、幾度となく食らえばそれは痛打となり、より早くニガヨモギの毒で殺されてしまう。
「後のことを考えてる暇、ないものね……!」
まよいもまたネプチューンを放ってゴヴニア群を押し退け、前衛を守りに入った。
ニガヨモギが深まるにつれ、その有効範囲も拡がりつつある。術の射程を考えればどうせ逃げる先もない。ならば仲間の命を一秒でも先へ繋いで共に前進、毒の根元たる怠惰王を討つよりない。
斃れるどころか、息をつく暇ももらえないのね。まよいは息を詰めたまま、次の宝術を撃つべく精霊へ呼びかけた。
前へ進むよりないことを思い知った瞬間、コーネリアは腰を据えていた。
ニガヨモギ、そして流れ弾ならぬ流れ雷に削られながら彼女は息を絞り――狙い澄ましたコンバージェンスの一射を怠惰王へと撃ち込んだ。
どれほどの支援になるかはわからんが、それを着実に行い続けることが私の任だ。
まだ自分の体が動くことを確かめ、彼女は冷めた弾をライフルの薬室へと送り込む。
前線近くに貼りつき、雑魔群に当たっているヴォーイはひとつの決意を定めている。
ここが俺の試練かはわからないが、俺たちの試練だってことは確かだ。なら、やるしかないよな。
対怠惰王班の進路を拓いた後、戦場の片端へと離脱したフィーナは、ファイアーボールで場の外周を埋める雑魔群を薙ぎ払っていた。
当然のことながらここにもニガヨモギの淡香は及んでいて、彼女は少しずつ命を削られていたが、香色濃い前線とは異なり、しばらくの間は耐え凌げる。
と。
彼女は爆音の途切れ目、その足裏に地響きを感じ取る。
もしかして、近づいてきている?
●明日
あらゆる防御、装備、守護者の超覚醒をも突き通すニガヨモギ。それは白緑を帯びてさらに深き毒と化し、差別も区別もなくハンターたちを殺す。
「ニガヨモギ、どんどん濃くなってます!」
白藤と共に支援攻撃を続けるジュード。崩れ落ちる雑魔を見極めて射線をずらし、ハウンドバレットで前線近くへ沸き出してきた雑魔を突き抜いた。
「近いほど濃いみたいやね……みんなに雑魔、近寄らせんようにせんと」
白藤は制圧射撃で雑魔を足止め、崩壊するまでの時間を稼ぎに徹している。
「怖い音も近づいてきてるし、うちらは撤退路のことも考えとかなな」
鋭い視線を巡らせて狙いを定め、彼女はすり減った命にマテリアルを灯し、強く燃え上がらせた。今日を終わらせる道だけやない、みんなで明日に還る道もうちらが拓くんや。
「まだ終わってないの! みんなで生きて帰るの!」
自らも深く傷つきながら、それでも仲間を救うべくディーナは駆ける。もう守護者の“勇気”では戦線を支えられない。今、このときが彼女の戦いだった。
浄化の祈りを捧げて仲間と自らを癒したロニは、次の瞬間に削り落とされる命との差を計り、奥歯を噛んだ。
あと何人復活させられる? ひとりか、ふたりか? その後の回復は間に合うのか? ……いや、俺が弱気に沈み、膝をつくわけにはいかない。仲間を生かし続けるため、俺は立ち続ける!
そしてルカも、ニガヨモギをかき分けるように前線へ駆けつけ、他の回復役を守りつつ自らも回復に努めていた。
「いつでも呼んでください! すぐ行きます!」
それは確認であり、祈りだった。声音を発せられる者はすなわち、生者なのだから。
Uiscaが白龍へ捧げた祈りの歌が、仲間の足に力を与え、踏み出すための一秒をもたらした。
すでに攻めへ加わる余力はない。そしてどれだけ祈りを尽くしたとしても、長くは保たせられない……だが、しかし。
喉が枯れようと命が尽きようと、私は歌い続けるだけです。心を合わせ、怠惰王へ向かう皆を支え導くこの歌を。
そんな支援役の必死を嘲笑うこともなく、ハンターの攻めで自らが壊されゆくことにもかまわず、怠惰王はただニガヨモギを深化させていく。
ヴォーイはかすれる意識をかき立て、ディヴァインウィルで前線を支えている。
これはほんとに骨折り損かな。いや、10秒先にみんなを送り出せたら、俺の骨は折れても損にはならねーか。じゃ、後よろしく――
身を翻し、背に受けた雑魔の攻撃を振り払うと同時に、マテリアルまといし星神器と魔剣を怠惰王へ振り込むアーサー。その二連の斬撃は王の胸元をひび割れさせる代わり、濃密なニガヨモギを吐き出させた。
前のめりに倒れ込みながら、アーサーは胸中でうそぶく。きっかけは作った。悪いが、一足先に休ませてもらう。
そこへ空渡で突っ込んだのはカイだ。
「おまえに刻んでやる、俺たちの意志を!」
言葉が届かないなら、魂に叩きつける。一気に危険域にまで削られた命をそのままに、カイはあらん限りの力を押し詰めた二連突きでアーサーのつけた傷を抉った。
割り砕かれた怠惰王の欠片と共に落ちながら、彼は音にならぬ声で仲間へ告げる。続きは任せた……!
空いた包囲を埋めたレイアが二刀の三撃で、怠惰王の傷を貫いた。カイの攻撃でダメージが蓄積していた傷口が、レイアの攻めでさらにその裂け目を拡げる。
それでもなお虚ろを崩さぬ怠惰王の様に、彼女は念じた。
もう伝える術はないが思い出せ、おまえのそばにいた大切な者のことを!
「おおっ!!」
振り上げられたシレークスの拳鎚が怠惰王の傷を叩き。
「たあああ!」
降り落ちてきた旭の魔槍がその傷を突き下ろす。
怠惰王の傷は裂け目となり、確実に拡がっていた。……同時にニガヨモギの発生量をいや増しながら。
龍血滾るその身を加速させ、ユウは怠惰王へ斬り込んだ。あまりに濃い毒は、半ば物理的に視界を塞ぐ。いや、意識が遠のいているだけかもしれない。
それでも。
「本当にあなたは、ただの怠惰王なのですか? オーロラ!」
応える声はなく、斃れゆく彼女は虚空に祈りを放した。
ほんの少しでいい。最期のとき、あなたが怠惰王ではない“オーロラ”でありますように――
決死を重ねて仲間たちが先を繋ぎ、そして倒れゆく中、リクは肚を据えた。
「ボルちゃん、一夏ちゃん、とどめ頼む!」
すでにこの場にある全員の耳に聞こえていた。鎖を引きずり、壁を打ち壊して迫り来る音――ゴヴニアの語った“獣”の音を。
「いろいろ考えたんだけど、結局はさ。怠惰王じゃなくてオーロラを送ってあげられるのはふたりだけだから」
ラストアタックのために残していた“正義”の光で怠惰王と雑魔を押し包み、その後ろから雪崩れ込んできた雑魔へ向きなおる。
「背中は護る! だから振り返るな!」
同時に、ロングアクションを重ねたディヴァインウィルを放ったシガレットが、続く雑魔を寸手のところで食い止めて。
「加勢するから手早く頼むぜェ。あァ、キヅカじゃないけど振り返るのはナシで」
ふたりの覚悟に押され、ボルディアと一夏は怠惰王へ踏み出した。リクとシガレットがニガヨモギに飲まれ、崩れ落ちる音を聞きながらも、けして振り返ることなく。
「ボルディアさん、続いてください!」
一夏は自身があと一歩の先に斃れることを知っている。しかし、回復で永らえるようなことはしない。その両手には託された思いが握り込まれていて、他のものを掴めはしなかったから。
「オーロラ! あなたを独りぼっちでなんて逝かせません! 私たちはそのために来たんですから!」
声音を追い越した到来拳が怠惰王の傷へ突き立ち、思いを込めたマテリアルをねじり込んだ。
「――っ」
大きく割れ砕けて仰向く怠惰王の眼前に、斃れ伏す一夏を追い越したボルディアが再び立つ。
「なぁオーロラ。俺たちがみんなで送り出してやるからよ、安心して眠れ」
守護者の技ならぬ純然たるボルディアの膂力をもって、怠惰王の胸元へ魔斧を振り下ろした。
●残照
ボルディアの一閃で爆ぜるニガヨモギ。
「わ は、わた は、わたし、は、私は」
割り砕けた体を花弁のごとくに散り落とすオーロラは、先に伏したボルディアの片脇へゆっくりと膝をつき、虚空に音なき声の軌跡を描いた。
「――」
果たして。
それに呼び込まれるがごとく、戦場へ黒き鎖を引きずり躍り込んできた“獣”が咆哮を上げた。
獣は見た。怠惰王の骸を。それを囲むハンターを。理性なき心が獣に告げる。このにおいは……おれの、なによりたいせつだった……をころしたもののにおい!!
「ゆ、るさん――しね――しねしねしねしねえええええええ!!」 と。雑魔のすべてがゴヴニアの姿へ変じ、獣へと向かう。
そして此の場に立つハンターたちへ彼方を指してみせ。
「危ういところで臭いを抑え、獣来たる前に終えられた。勝者たる人間よ、倒れた同胞を連れ行くがいい」
残骸が塞ぐ戦場の中、シガレットが雑魔を押し退け続けて作りだした道が、前線で斃れた者たちまで続いている。
未悠は視線をゴヴニアからもぎ離し、前線だった先へ駆けた。
最後の最後、思いは届けられた。次にすべきことは全員で生きて帰る、それだけだ。
「いしくれ……きさま、きさまああアアアアアア!!」
「此処は怠惰王の墓地となった。其れすら知れぬ畜生に堕ちたは……哀れよな」
ちぎられながらなお獣を押し包むゴヴニアどもの背後、魔導銃を手に救出へ向かった仲間を守る白藤は、思わぬ者の登場に目を見張る。
あれ、もしかしてバタルトゥなんやない!?
遅れて駆け込んできたのは、辺境に知らぬ者のないバタルトゥ・オイマトその人であった。
「……さて、今度は俺がお前を足止めする番か。……一筋縄ではいかんだろうが。仲間達を逃がす間、付き合って貰うぞ……」
バタルトゥはゴヴニアとなにを言い交わすこともなく、獣へと打ちかかる。
「お前達は、ここが崩れる前に早く脱出を……!」
残して行くのは後ろ髪を引かれるが、こちらはすでに戦える体ではない。白藤は小さく頭を振って思いを払い、運ばれてきた仲間を肩で受け取り、外へと走り出した。
ディーナを始め、魔導ママチャリや魔導バイクを持ち込んでいたハンターはそれを駆使し、速やかに救出を終えた。
そしてゆるゆると崩壊していく戦場を返り見て、思う。
このままでは終わらない。
獣と化した青木 燕太郎が、それをけして赦しはすまい。
おそらく、昨日まではなにかがあった。
今日、生じるものもあったのだろう。
しかし、すべてはその手指からこぼれ落ちて……帰らない。返らない。還らない。
足元に置かれた白百合を呆と見下ろし、オーロラはそれが白百合であることを知れぬまま、立ち尽くす。
踏み込んだハンターたちを迎えたものは、ただ平らなばかりの地平の果てまで拡がる黄昏のセピアだった。
「この色、見覚えあんぜ」
苦い顔でボルディア・コンフラムス(ka0796)がうそぶき。
「はい」
百鬼 一夏(ka7308)がうなずく。
このセピアはまちがいない。彼女たちが幻(み)たオーロラの過去、その情景の第一幕を満たしていた、あの色だ。
「あそこだ」
ふたりと共にあの情景を幻てきたレイア・アローネ(ka4082)が迷いなく視線を伸べ、指差せば、そこには半眼をうつむけて立ち尽くす怠惰王オーロラが在った。
と。黄昏の内より安き金色――黄鉄の肢体持つ怠惰が顕われ、オーロラの様を一同の目より塞ぐ。
「先に会うた者もあり、このときに会うた者もあるが」
怠惰ゴヴニアは薄笑みを傾げて言葉を切り。
「ここに問おう。汝(なれ)ら、怠惰王と戦うや? オーロラと戦うや?」
「俺たちが戦うのは怠惰王だ」
キヅカ・リク(ka0038)の言葉を、ジュード・エアハート(ka0410)の大火弓「オゴダイ」より射放された赤光灯せし矢が追い越し、まっすぐに飛んでオーロラの足元に置かれた白百合を弾き飛ばした。
「なれば、汝らの選びし先を描くがよい」
ゴヴニアが中空に掲げた左手を握ると同時、白百合を包んでいた金剛石が圧壊し、内の花を微塵に裂いて吹き散らした。
「あの白百合は、オーロラさんの大切なものではなかったのですか!?」
錬金杖「ヴァイザースタッフ」を抜き放ったUisca Amhran(ka0754)の鋭い声音に、ゴヴニアは寂寥を含めた視線を投げ返し。
「怠惰王によすがはいらぬ。どうせなにひとつ、携えてはゆけぬのだから」
と、ここでゴヴニアは思い出したように。
「同胞を支援せし者、我や雑魔どもと当たる者――怠惰王と直に渡り合わぬ者は、超覚醒とやらを控えるを勧めよう。汝らが其を受けるならば、代わり、我自体が怠惰王へ添うことはせぬ」
守護者であるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は眉根をしかめ。
「それは脅迫か?」
「黄金ならぬ我や雑魔どもを相手取るに大精霊の力は元より要らぬが。この申し出は此方の都合なれど、汝らにも益あるものと知れよう」
同じ守護者、高瀬 未悠(ka3199)もまた、ゴヴニアの真意を掴めず問いを返す。
「怠惰王を守らないことを引き換えにするほどの都合ってなに? 私たちの益って?」
ゴヴニアは遠くを見透かすように目を細め。
「我が添わぬことなど高の知れた代償なれど……大精霊の色濃き臭いは“あれ”を急かす障りとなる。其をもって此の戦を全うできぬは不本意ゆえな」
アウレールは未悠と寸毫、視線を交わし。
「それが貴公の策だとわかれば、すぐにこちらも対応させてもらう」
かくて黄昏の内、ゴヴニアと同じ黄鉄の雑魔が産み落とされる。そのすべてが、近代兵器で武装した兵士の姿を映していた。
「雑魔は私たちが!」
他の対雑魔、対ゴヴニアを任と定めたハンターたちと共に散開したルカ(ka0962)が、怠惰王へ向かう者たちへ告げる。
それを追うように、そして支えるように、シガレット=ウナギパイ(ka2884)の法術縛鎖「アルタ・レグル」から溢れだした闇刃が空間を埋め尽くしながらぞわりと伸び、雑魔どもを中空へ縫い止めて微塵に削り落とした。
「最初は空けりゃァいいんだろォ?」
それに続いたのは少女ふたり。
「新クラスwith美少女コンビ、これなら負ける“気”だけはしないねぇっ!」
MCでマテリアルを収束、出力を上昇させる岩井崎 メル(ka0520)。
その彼女をバディたる夢路 まよい(ka1328)がカバー、シガレットの刃陣を避けて迫る雑魔へフォースリングを掲げ。
「呼吸――はもう合ってるわね。行くわ」
メルの返答は、まよいを縁取るように雑魔へと撃ち込まれる蒼機銃「マトリカリア」だ。
まよいはリングの力でその数を増したマジックアローをメルの銃撃に重ね、雑魔を砕く。
そして仲間を巻き込まぬよう、慎重に位置取りをしたフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は据えた覚悟をマテリアルと共にスタッフ「セルマンシ」へ託し、高く掲げた。
道を塞ぐものが雑魔なら……数瞬だけでも……拓ける。
杖先に灯った火は自らの熱をもって轟炎と化し、降り落ちたと同時、数十体の雑魔を蒸発させた。
まだ。もう少し。
希なる叡智によって紡がれる魔法が精霊の力によって加速、数多の魔法陣を展開する。フィーナが指した先へと流星のごとき光線が降り注ぎ、さらに広く、深く、先へ続く道をこじ開けた。
数瞬を重ねて、一秒に届かせる。……それが私の、するべきこと。
――この地の災厄は此処で終わりにしよう。いや、終わらせてみせるさ。辺境の民として、かならず。胸中で誓ったエアルドフリス(ka1856)が強く言の葉を紡ぐ。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――来たれ、天の蛇!」
果たして頭上に顕われた大蛇が解け、蒼き火球と化して雑魔を焼き払った。
しかし雑魔は揺らがず、止まらない。仲間たちの大火力攻撃に払われた隙間を埋めに入るが。
しっかりと体軸を据えた膝撃ち姿勢をとったコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は、アサルトライフル「ヘルハウンドE84」の引き金を静かに引き絞り。わずか1発のマテリアルまといし小口径高速弾で雑魔どもの前進を突き抜いた。
「……やらせんよ」
そしてアースウォールをもって続く雑魔の突撃と攻撃を押し止めたエーミ・エーテルクラフト(ka2225)が声を張り上げた。
「すぐに埋められてしまう! その前に食い込んで!」
ふと胸をよぎる嫌な予感はなんだろう? 正体を探るにはあまりに戦いが激しくて、彼女は目の前の雑魔に集中せざるをえなかった。
「さあ、一気に行くぜ!!」
他の守護者と共に超覚醒、祖霊の幻翼を背に顕現させた岩井崎 旭(ka0234)は先陣を切り、雑魔の頭上を飛び抜けた。突き上げる黄鉄の弾に削られてバランスを崩しながらも翼を畳んで加速、じりじりと顔を上げゆく怠惰王へ突っ込んでいく。
止まれない、止まらない。それが俺たちの選択ってやつなんだから!
「近接攻撃担当は雑魔に構うな!! 傷を最少に抑え、怠惰王へ向かえ!!」
対雑魔班が作った隙間へシールド「レヴェヨンサプレス」を押し込み、押し広げつつ、次の一歩を踏み出す先を拓くロニ・カルディス(ka0551)。
「一歩めの次は二歩めやんな!」
ジュードとバディを組む白藤(ka3768)の新式魔導銃「応報せよアルコル」が轟音を弾けさせ、先を行く仲間に銃剣を振りかざした雑魔を微塵に砕く。
今はみんなでいっしょに耐えるときなの。
ディーナ・フェルミ(ka5843)が思いきり振り抜いた星神器「ウコンバサラ」は雑魔の頭部を砕き飛ばし、斃れ伏させた。
持参した魔導ママチャリ「銀嶺」に乗る機会を窺ってはいたが、この敵の密集度ではどうにもならない。
「ロニ、ディーナ、わたくしの後ろにつきやがってください!」
回復担当を守って雑魔の攻めを受け止めたシレークス(ka0752)は、その強靱な筋力と磨き上げたシレークス式聖闘術をもってそれを押し退け、間合を作った。
「邪魔でやがりますよ!!」
腰だめに構えた機甲拳鎚「無窮なるミザル」をスマッシュの軌道で突き込み、さらに奥へと踏み込んで行く。
オーロラに恨みはない……なれどニガヨモギ、貴様は赦さぬ。オイマト……妾の友は、此処で果てる未来の為に命を繋いだわけでは無い。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、思いを込めた封印されし魔腕で雑魔を討つ。
そして彼女と同じく思いを噛み締め、先を目ざすユウ(ka6891)。
歪虚と手を繋ぐ未来を信じて、オーロラさんではなく怠惰王を討つ。それが矛盾であることは承知していますが、でも。私は迷いません。
混戦のただ中、ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)は雑魔の攻撃を青龍戟で受け払いつつ周囲へ目線を巡らせていた。
特におかしなもんはねーみたいだけど。注意だけはしときましょうって感じ?
雑魔群へ食い込む対怠惰王班の左方を固めた未悠。レセプションアークの光柱で雑魔を焼き、自らの体を楔と打ち込んでは仲間の一歩を繋ぐ。
オーロラと縁を繋いだ人たちが後悔しなくていいよう、私は全力で繋ぐ。そして――
「絶対に誰も死なせない!」
対雑魔班の支援を受け、雑魔群の半ばまで食いちぎった対怠惰王班。
その先に立つアーサー・ホーガン(ka0471)は口の端を不敵に引き上げ、星神器「アンティオキア」を攻めの構えで固定、息を絞った。
今度こそ倒しきってやるぜ、怠惰王! と、言ってやりたいところだったがな。強い力を持ってただここに在るってだけで、意地も矜持もありはしねぇ。
虚ろな顔をこちらへ向ける怠惰王へ、アンフォルタスの槍を突き込んだ。
果たして神殺しの光が雑魔どもを貫き、怠惰王までもを穿つ。
「すぐにまがい物の冠を突き落としてやる」
次いで、アーサーの穿った道へ、ランアウトにアサルトディスタンスを重ねがけたカイ(ka3770)が駆け込んだ。
背後でダガー「ヴィーラント」に斬り払われ、がらりと崩れ落ちる雑魔を置き去りにして、ただ一直線に怠惰王を目ざす。
「待ってろよ、怠惰王!」
一方、約定どおり怠惰王と連動する様子なく、ゴヴニアは自らへ向かってきたハンターたちとゆるやかに攻防を交わしている。
「ようようと穴が空くようだ」
視線を巡らせたゴヴニアの肩口で、アシェ?ル(ka2983)のガンシールド「アーウェルサ」より撃ち出されたペイント弾が弾けた。
「よそ見してるから目印なんてつけられるんですよ! これでわたくしたちのほうは、よそ見してもすぐあなたを見つけられますけどね!」
びしりと指を突きつけられたゴヴニアはかぶりを振り。
「此は只の依代ゆえ、すげ替えれば終わる」
その胸元をカーミン・S・フィールズ(ka1559)の蒼機剣「N=Fフリージア」が穿ち、カオスセラミックの刃に金属を削ぐ甲高い手応えを伝えてきた。
「あなたは嘘をつかないようだけど、だからって本当のことを言っているわけでもないんでしょう?」
「然り」
応えたゴヴニアに、星野 ハナ(ka5852)の黒曜封印符が絡みつく。
「そんなに隙だらけなのもウソですかぁ?」
「否。此は依代ゆえ、気が入らぬばかりのことよ」
ゴヴニアを軸として新たに沸き出した雑魔群が、動けないハナを押し包むが。
「貴殿の思うままにはさせません」
ハナの護衛についたセツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)が太刀「宗三左文字」を閃かせ、その無尽の軌跡をもって沙散花を咲き誇らせた。
「案ずるな。思うがまませしは汝らばかりだ」
「っ!」
ゴヴニアがぼろりと崩れ落ちたことで拘束を解かれたハナ。
それを支え止めたアウレールは鋭い目線をゴヴニアへ向け。
「雑魔に雑ざってくるかと思っていたが、思い違いをしていたようだ」
応えるように雑魔の一部が沸き立ち、ゴヴニアを成した。
「石在らば其に依りて“我”を成す。ゆえにこそ我は怠惰王の片脇に在る」
ニガヨモギの影響下でも、ゴヴニアならば依代を変えながら活動を続けることができる。そういうことだ。
「でも、無限じゃない。雑魔もあなたもニガヨモギの中では端から崩れるんだから。それに」
ゴヴニアへ刃を振り込むカーミンに続き、アウレールが斬霊剣「剣豪殺し」を宿した右の聖祈剣「ノートゥング」 、左の聖盾剣「アレクサンダー」で斬り込む。
「私たちが砕いた欠片で、どれほどの依代を為せる?」
「何度でも封じますよぉ、あなたのスキルも企みも」
ハナの符がゴヴニアの歩を塞ぎ。
「行かせませんから、怠惰王のところには!」
「貴殿の素となる雑魔も同じく、行かせませんよ」
その間にアシェールが呼び出したアースウォールがゴヴニアから怠惰王を遮り、その壁を蹴って跳んだセツナの斬撃がゴヴニアの首を落とした。
雑魔を潰して新たな依代を形造ったゴヴニアは薄笑み、地より雑魔を沸き出させる。
「卑金たる我にさしたる力は在らぬが、汝らの気概と比べ合う程度の量は在ろうぞ」
●黎明
寸毫の闇が戦場を包んだかと思えば、赤らんだ黄昏は青ざめた黎明へと色を変えていた。ただそれだけの変化であることに、ハンターたちは安堵と共にとまどいを覚える。いったい怠惰王は、なにがしたい?
空けたら止める。って、言うのは簡単なんだけどなァ。
胸中でうそぶいたシガレットは、絶対の意志を映した“境界”を張って雑魔を押し止める。
前線の対怠惰王班へ向かおうとする雑魔、その物量への対策であり、充分に機能してはいたが……道を拓くことを強く意識したハンターの内、このような防御思想を持ち合わせていた者はほぼおらず、ゆえにこの強固な絶対領域もまた、抵抗に成功した雑魔によって侵され始めていた。
「これじゃあ前線が飲まれるな」
シガレットと共に行動するエアルドフリスが他の対雑魔班の面々へ視線を向け。
「対怠惰王班の一斉攻撃まで時間を稼ぐ。回復班は支援よろしくな」
通信機器に範囲魔法を撃ち込むことを告げ、彼はシガレットの保つ空間の内、呪句を唱えた。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――灰燼に帰せ!」
前線のすぐ後ろへ落ちた蒼炎獄の“毬”、その中心目がけて炎矢が降り落ちる。
削られ、溶け崩れる同胞を踏み越え、新たな雑魔が迫らんとするが。
「まだ、撃てるから」
対怠惰王班の前進のため、支援を尽くしてきたフィーナのファイアーボールが増援を爆ぜさせ。
「もう少しでみなさんが怠惰王へ届きます! とにかく今は押し切りましょう!」
仲間の背を守る中、状況の把握に努めてきたルカが高く告げた。
雑魔がどれほど損なわれようともゴヴニアは未だ動かず、釘づけられるままその場へ留まっている。これまでに判明した特性を考えれば、自在にどこへでも顕われられるだろうに。
いや、今は自らが語ったとおり、押し切るときだ。かぶりを振って思考を追い出し、ルカはヒーリングスフィアの癒しを仲間へと送る。
細かにポジショニングを変えて怠惰王への射線を維持するコーネリア。
その合間にアサルトライフルを頬づけに構えて弾倉1本分を撃ち込み、雑魔のただ中を駆けて再びポジショニングを変え、堅実且つ迅速にリロードを終えてまたライフルを構える。
すでに対ゴヴニア班からの通信で、すべての雑魔がゴヴニアとなり得ることは聞いていたが、だからといって彼女が為すべきことは変わらない。
オーロラ、私はおまえがどこから来た何者かを知らん。だが、怠惰王である以上は撃ち、討つだけだ。
そして最後の一手を打ったのは、【双賢者】コンビである。
「まよい君!」
雑魔の攻撃を肩で止めたメルの声に「了解!」と応え、まよいは法術:ネプチューンの螺旋水流を放つ。
狙いは怠惰王の周囲を固める雑魔を弾き飛ばし、仲間が踏み込む場を確保することだ。だからまよいは対怠惰王班の前面を塞ぐ雑魔を前へのめらせ、メルは同じくネプチューンを重ねて、まよいの引き寄せた雑魔を打ち据え、残骸を横へ弾き飛ばす。
ふたりの魔法は攻めであり、それ以上に掘削。たとえ数秒で埋められるのだとしても、その間に仲間の数歩を稼ぐことができる。
「ゴヴニアがいつ動くかわからないわ。集中していきましょ」
シールド「クウランムール」で受け止めた雑魔をその攻めごと弾き飛ばしておいて、まよいはメルと背を合わせた。
「わかってるよ! 仕事はこれで終わりじゃないんだからね」
ストーンサークル発動中は行動に大きな制限がかかる。しかし、まよいとふたりならどうということはない。前面から押し寄せる雑魔へ口の端を上げてみせ、メルはパリィグローブ「ディスターブ」で鎧った腕をかざす。
対雑魔班の尽力は、ついに対怠惰王班を唯一にして無二なる標的へまで導いた。
「あ、した……って、なに? ここ……どこ?」
こめかみを抑え、よろめくように歩き出す怠惰王。
その先を塞ぐのは、心技体、鋼の如しを発動させた旭の幻翼だ。
「もうどこにも行くとこなんかねぇだろ!?」
持ち上げられた怠惰王の眉間へ魔槍「スローター」を突き込むが、骨を打つ固い手応えならぬぐにゃりと頼りない感触が返るばかり。
加えて形を変えながら迫り来る雑魔群が、彼を引きずり下ろそうと追いすがる。しかしこれは、怠惰王と雑魔の目を引きつけんとする旭の策である。
「雑魔の形が変わってる! 注意だぜ!」
仲間の突撃を呼び込みつつ警戒を促し、彼は上空へ舞い上がった。
「打ち合わせどおり、守護者を軸に包囲! 怠惰王を抑え込む!」
指示を出しながら駆けるリクに続き、Uisca、ボルディア、ユウが怠惰王の定まらぬ歩を四方より塞ぎ、上からは旭が降り落ちて蓋を為した。
「……誰?」
ぼんやりと自らを見る怠惰王へすがめた視線を返し、その右方から背後をくぐって左へ抜けたユウが、逆手に握ったナイフ「ペルデール」を閃かせ。
「逆に問いましょう。あなたはいったい誰です?」
「私?」
怠惰王はこくりと首を傾げ。
「……ビッ マーと、約束……私は、わた は」
その間に怠惰王の右方へ回ったUiscaが【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻を発動させる。彼女の内よりあふれ出した闇龍の爪牙は怠惰王を、そしてまわりの雑魔を穿って縫い止め、さらなる味方を呼び込む一瞬をもたらした。
「ニガヨモギの影響で、記憶が欠け始めているのですね」
怠惰王の背後を取ったリクは、Uiscaの声音に含められた寂寥をまたたきの端に散らし、強く前を見据えて。
「僕たちは怠惰王を倒すって決めてここまで来た!」
言いたいことも言うべきこともある。しかしそのすべてを飲み下し、彼は未来を照らす誓いを込めた聖機剣「マグダレーネ・メテオール」を振り上げた。
「腑抜けやがって……あんとき全部剥き出したテメェはどこいった!?」
正面を担って怠惰王へ踏み出したボルディアは、マテリアルの灼熱を、八相に掲げた魔斧「モレク」の重刃へ滾らせる。
この先に言いてぇこたぁ全部、こいつへぶっ込む!!
「――負けないでオーロラ!! 白百合を!! エンタロウの思いを忘れないで!!」
そのボルディアの片脇を守って踏み込んだ一夏は、武神到来拳「富貴花」のマテリアル光をもって怠惰王の頬を打つ。
かすかに傾いだ顔を振り向け、怠惰王は「しら、ゆり? エンタロウ……?」
次の瞬間。
形を定めず蠢いていた雑魔どもの面がひとつの像を結んだ。
「これは……!」
守りの構えにケイオスチューンを重ねたレイアは、雑魔の突撃を抑えながら眉根をしかめる。
雑魔は一様に、レイア、そして一夏とボルディアが見た怠惰王の過去の情景に在った青木 燕太郎の顔を映していたから。
「見た目だけ似せたって中身はちがう! 惑わされないで!」
通話状態を保ってある魔導スマートフォンに声音を投げ、ジュードが大火弓を構えた。
そこへ殺到する雑魔群だが、白藤の連射がもたらした氷雨に縛められ、四肢を欠けさせて倒れていく。
「ジュードは集中して。うちがきっちり抑えとくからな」
彼の背を雑魔から遮り、彼女は魔法さながらの手捌きで魔導銃のリロードを終えた。
「地よ、式よ、其の役目を思い出し界を結べ。急ぎ律令のごとくせよ!」
そしてカバーに入ったエーミが符籠手「べネディクション」を装着した手で運命符「銀天球」を繰る。かくて地より立ちのぼる光が修祓陣を成し、その守護を彼女とジュード、白藤へ与えた。
怠惰王への直接打撃を支えるのは間接射撃。ゆえに彼女はふたりの護衛とスポッターを兼ねてここにいるのだ。
「敵は多いけど角度はよし! あとは撃つだけよ!」
「みんな、立ち位置はそのまま!」
ジュードの射放した一条のサジタリウスが仲間の包囲陣の隙を飛び抜け、雑魔ごとオーロラを貫いた。
「交代します!」
すぐにポジショニングを移したジュードは、彼と交代でサジタリウスの発射姿勢に入る白藤を守るべく雑魔へ向かう。
なにひとつ在りはせぬ場に、ただ黎明の光ばかりが差すか。
蜜鈴は周囲の情景に半眼を巡らせ、寸毫、閉ざした。
なにかを憶えておく意味のある場ではない。ここは色づいただけの虚無に過ぎないのだから。
晦の“種”はすでに芽吹き、頂光の先にまで伸び出していた。
すでにタイミングは仲間へ知らせてある。ゆえに彼女は、その頭上にて渦巻く火塊へ行くべき先を示すだけ。
怠惰王へ問いに行こうか。その時を得させてくれるのならば、の。
燕太郎の顔をした雑魔の槍と銃弾を空渡で駆け抜けて、カイは怠惰王を包囲する仲間へ迫る雑魔を斬り払い、蹴り飛ばし、押し退ける。
「足の下から沸いてくるわけじゃないけど」
「その分まわりから押し込んでくるわけだ」
応えたアーサーは星神器たる槍の穂先を雑魔へ突き込み、石突きを巡らせて別の個体を叩き伏せた。
まるで波打ち際のようだ。こちらがいくら攻め寄せて雑魔を削ったとて、次の1秒で空いた隙間は新たな雑魔に埋められ、押し返される。
「とはいえ、ここで止まるわけにはいかんがな」
堕杖「エグリゴリ」を剣のごとくに構えたロニがプルガトリオの闇刃を放つ。
ずたずたに斬りちぎられた雑魔の欠片をその肩で押し割るロニ。仲間たちの決死行を支え、その生を繋ぎ止めるがため、自らも決死行へ踏み出すことをためらわない。
そしてそれは、ニガヨモギの効果が届かぬ際で雑魔を討ち続けるディーナも同じ。
細かな傷はすでに数えることもできぬほどの数となっていたが、それでも自らを回復することなく、前線の仲間を癒すときに備えていた。
いつなにが起きてもいいように備えるの。そのために、あきらめない!
一瞬でかまわない。いや、機先を取るだけの刹那で。
右に魔導剣「カオスウィース」、左に星神器「天羽羽斬」を握ったレイアは、踏み込みながら体を巡らせて二刃を薙ぎ、返す刃に乗せたアスラトゥーリの斬気で前線を押し潰さんとする雑魔を斬り退けた。
怠惰王への一斉攻撃まで、邪魔をさせるわけにはいかない。
仲間と雑魔の混戦、その狭間を地を駆けるもので渡りながら、ヴォーイは怠惰王へ近づきつつあった。
ちなみに、ここまでの間にファントムハンドで怠惰王を対怠惰王班の前まで引き寄せようともしてみたのだが、成功しなかった。さすがに王、生半な手は通じない。
もしかしてこれ、骨折り損ってやつじゃん?
思いながらもファントムハンドで前線の仲間の“あわや”を防ぎ、彼は息をついた。
「行きますよ!」
ルーンソード「アマネセル」にダブルキャストを起動させ、アシェールがゴヴニア目がけてふたつの炎弾を撃ち込んだ。
轟音が耳を、爆炎が目を一瞬塞ぎ、ゴヴニアを数十の雑魔ごと黄鉄の雫へと変える。
「そこに沸きます!」
鋭く告げる彼女に従い、カーミンが「退けぇっ!」。
6枚の手裏剣「八握剣」がマテリアルに繰られて飛び、新たなゴヴニアと周囲の雑魔を裂く。
「ふっ」
呼気を追い抜いてはしるアウレールの二刀流による二連撃は、とどめの三撃めでゴヴニアを突き通し、崩れ落ちさせた。
「……尽きないだけが貴公の策か?」
「我が在ると知らば、汝らは裏を疑うであろう」
無策であることを飄々と告げ、地より生え出たゴヴニアが爪先でアウレールの左眼を突く。
聖盾剣でこれを抑えたアウレールに代わり、踏み込んだセツナが納刀していた太刀を抜刀、ゴヴニアのかざした左腕をすり抜けて首を斬り飛ばした。
「貴殿に策がないなら、こちらも斬り続けるだけでいいわけですね」
ハナは、ゴヴニアが自らの依代とする以外に鉱石を繰ることへの警戒を解かぬまま、符を放って新たなゴヴニアを攻めた。
「策はないって言いますけどぉ、だったらどのくらい倒したら倒せるのかくらい教えてくれてもいいんじゃありませんかぁ? それが公正な勝負だと思うんですけどぉ」
ゴヴニアが拘る公平性を盾に、揺さぶる。
正直なところ、このゴヴニアは弱い。しかし雑魔の発生と依代のすげ替えを止める手がこちらにない以上、けしてその弱さは弱点とは成り得ないのだ。
「怠惰王が斃れるまで、我は尽きぬよ。其がビックマーとの約定ゆえに」
あの怠惰が王の守りを任されてた理由、もっと真剣に考えるべきだったのかもね。
カーミンは新たな手裏剣を抜き出し、構える。
「わたくしたちだって、尽きませんから!」
それに応じ、アシェールもまたルーンソードを霞に構え、斬撃と魔法のいずれも繰り出せるよう腰を据えた。
「推して参ります!」
彼女らのきっかけを作るべく踏み出すセツナ。
今は約定とやらを守り、怠惰王の守りに向かわぬゴヴニアだが、いつそれは破れぬとも限らない。それをさせぬためにも力を示し続けなければ。
対怠惰王班の殿につき、後方からの雑魔を押し止めていた未悠がトランシーバーへ告げる。
「準備は整ったわね。終わらせるために、始めるわよ」
守護者としての覚醒を止められた彼女だが、仲間のためにきざはしをかけるその使命を果たす。
レセプションアークの光が闇黒の魔人を映した雑魔を、その内にて立ち尽くす怠惰王を焼いた。
その意志、きっちり引き継ぐよ。
その光へリクが我が正義の侭にを添わせて新星がごとくに輝かせ、戦場の端々にまで一斉攻撃の開始を告げた。
そして。
真島の剣腕を軸に万全を整えたシレークスが、怠惰王の元へ届く。
「全部背負って来てやがるんですよ、わたくしたちは!! 悪夢を醒ましてぶっ消す、それだけの道理を通しやがりに!!」
機構拳鎚に刻まれたエクラの聖句が、武神気に炙られて煌々と輝き。その光と決意を祈りの内に握り込んだ彼女は、光の導きを灯した拳を怠惰王へと叩きつけた。
練り上げたマテリアルと深き祈りを“重さ”へ変じた拳が怠惰王の胸へ突き立ち。
さらに強く握り締めた拳でエクラアンクを刻み込んで。
「始祖たる七が一、怠惰王――汝、何処へ行き給う?」
みじり。轟然たるマテリアルを爆ぜさせた。
「続いて行く!」
怠惰王が揺らいだことを確かめるより早くリクが号令が響かせ、ハンターたちはそれぞれの思いを込めた得物を手に打ちかかる。
●白昼
「近づかせない!」
怠惰王を包囲する仲間をかばって雑魔のただ中へ降り立った旭が、魔槍「スローター」をバックハンドで薙ぎ、回転。マテリアルをくべられた回転は重なるごとにその迅さと力を増し、轟然たる大竜巻を成して八方の敵をもれなく噛み裂いた。
捜し物が見つからない以上、せめて手伝わないとな。
その隙間からキント雲に乗ったヴォーイが支援攻撃を挟み、さらに雑魔陣を攪乱していく。
「……わ は、どうして……」
降り落ちるハンターたちの連撃を困ったように見やり、打たれるまま体を泳がせる怠惰王。
超覚醒した守護者陣による『我が正義の侭に』の連携がどれほど効いているものかは知れなかったが、淡いニガヨモギの毒を撒くばかりの彼女はほどなく斃れるのだろう。
そんな王の様をすがめた目で見やり、銀杖の加護をもって3人の仲間へ剣身の祈りを送ったロニは、胸中にて深い息をついた。
いや、なにを言うことも考えることもすまい。俺は仲間を癒し、守るだけだ。
「ニガヨモギは任せてなの! みんなのこと、絶対私が守るから!」
ファーストエイドに乗せたフルリカバリーを、傷を厭わぬボルディアへかけたディーナ。ここからはもう、スキルを惜しんだりしない。全力をもって仲間を支える。
「――」
ロニ、ディーナと共にダメージコントロールを担うUiscaは唇を噛み締める。
あなたにその心を失わせることを選んだのは私たちです。でも、それを悔いることはしません。辺境の未来を勝ち取るために、全力で討つだけです。
「思うことも感じるところもあると思うけど……今は攻め切るよ!」
リクが眼鏡「キュクロープス」に封ぜし機導砲を解放、黎明の情景を貫いた光線が怠惰王の背と、前方より来たる雑魔どもをまっすぐに貫いた。
「怠惰王、あなたが本当にしたかったことはなんですか!? あなたが本当に大切にしていたものは!?」
覇者の剛勇を発動させ、ユウは怠惰王へ問い続ける。
守護者の力をもってしてすら、ニガヨモギの侵蝕を押し止めることはできないが、しかし。
私は問い続けます。あなたが斃れるとき、ほんの少しでもオーロラでいられるように。
ほんの少しでいいから、戻ってきて!
仰向いた怠惰王の視界を、ルカの撃ち上げた花火が塞いだ。王の集中を乱すがため、しかしなにより大切な思い出を、欠片でもいいから思い出してほしいとの祈りを込めて、光点の連なりにてビックマーを描くが、しかし。
怠惰王の瞳をよぎる淡い疑問は、意味を成すよりも早く解けて消えた。
「忘れた!? ふざけんな! 見ないふりと効かないふりで自分を騙してただけだろ! いいかげん自覚しやがれ! それから足掻け! あんたの願いはまちがっちゃなかった! だから――全部忘れてをウソにすんな!!」
空を渡って怠惰王へ激しく斬り込み、カイは吼える。自分のこの憤りで、彼女が感じてきた無力を覆す!
その間に上体を思いきり倒し込んで踏み込んだ一夏が、地をこするほど低く、右の到来拳を振り出した。
「怠惰王なんて呼んであげない! だってあなたは! オーロラなんだから!!」
遠心力を膂力で無理矢理に引き上げ、怠惰王の顎をアッパーカットで突き上げる。
打たれながら呆と上を向く怠惰王の様に、蜜鈴はかすかにかぶりを振る。
ビックマーに青木……愛しい者を忘れ果てねば咲かぬ力で、おんしは誰の心を護ろうと思うたのじゃ? 問いが届かぬ上は、戯言にすらならぬがの。
だからそ彼女は問いならぬ呪句を紡ぐ。
「轟く雷、穿つは我が怨敵……一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ」
雷霆の紫電が蜜鈴の迷いを裂き、怠惰王へと伸びていく。
「 ラ……だ、れ?」
そうか。もう、大切な誰かばかりか自分すらも残ってはいないか。レイアの剣閃が怠惰王を裂き。
だったら未練もねぇだろ。つまらねぇ戦いも、これで終わりだ。
あらんかぎりのスキルを重ねたアーサーの二刀流が怠惰王へリバースエッジを突き込んだ。
「あああええええああええ」
色のない声でノイズを紡ぎ、怠惰王が両膝をついた。
その胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、突き放したボルディアが、激情を押し詰めた声音を怠惰王の胸元へと突きつける。
「なんでここにいんのかもわかんねぇか。ここがほんとにおまえの来たかった明日かも。だったら――いや、それでも見とけ。テメェの仇になる俺をよ」
星の救恤者を重ねた魔斧が雄叫び、怠惰王を打つ。仲間が怠惰王へ重ねた攻撃がボルディアの命を贄として魔斧に力を与え、一撃を二撃、二撃を三撃と、その攻撃回数を押し上げていき。
決めの一打が怠惰王の眉間へ突き立った。
セツナを起点に攻めかかるカーミンとアシェールに斬り裂かれたゴヴニアが、黄鉄の眉をひそめてうそぶいた。
「本意ならぬことよな」
対ゴヴニア班の5人が油断なく身構える。
理由こそ知れずともあの怠惰が、自らを損なうことへ痛みを抱くはずはない。
「念のために訊きたいんですけどぉ、本意ならぬことってなんですかぁ?」
さらりとゴヴニアへ訊くハナ。
訊かれれば、真かはともあれ偽ならぬ応答をよこすのがゴヴニアである。ならば障るを怖れるより活用すべきだ。
「汝らへ益もたらされること、此処に定まった」
依代の傷をそのままにゴヴニアの視線が指した先は――ニガヨモギへ唯一対抗しうる存在、オートマトン“想”が在る戦場だった。
「!」
推理術を発動していたエーミの脳裏を撃ち抜く予感。これは彼女が注意していた地形変化ではなかったが、悪いものであることだけは容易く知れた。
「なにかが起きるわ! みんな注意して!」
すぐにインカムへ告げたが、しかし。その声音は後半部を伝えるより先に変換を途切れさせ、肉声ばかりを彼女へ返すに留まった。
「! 音が消えやがりました!」
怠惰王へ苛烈な攻撃を加えながらも他の戦場……青木 燕太郎へ向かったハンターたちからの通信へ耳を傾けていたシレークスが一同へ告げた。
「通信全部、だめになってます――!?」
トランシーバーと魔導スマートフォン、どちらからも音が返らないことを確かめ、ジュードが白藤へ視線を送る。
「そうみたいやね」
魔導パイロットインカムを外した白藤は、それによって拡がった視界を埋める雑魔へ制圧射撃を撃ち込んだ。
「道作るんがうちらの仕事や。押し拡げるで」
ジュードは「はい」とうなずき、弓を構えた。なにが起きたのかは知れないが、うろたえて流されるままでいるつもりはないから。
俺は生きる。静かで平穏で誰も苦しまない怠惰な明日じゃない、騒がしくて危なっかしくて辛くて苦しい俺の明日を。
黎明を白く染める日ざしの中、怠惰王が立ち上がった。
「!?」
入れ替わりに膝をつくボルディア。
「だめ!」
ディーナがボルディアへ駆ける。なにが起きたのかを考える間などなかった。ただ、今をこの瞬間を逃せば間に合わなくなる。その確信に突き動かされるまま、フルリカバリーを送る。
そしてロニは、雑魔を蹴散らしつつ錫杖「レラ・レタル」を抜き出した。
「怠惰王から一度距離を――」
言い切れぬうち、彼の魂がごそりと削り取られて虚空へと落ちていった。
これはいったい、なんだ!?
胸を押さえ、抜け落ちていく魂を押しとどめる一夏は奥歯を噛み締めた。
私、これがなにか知ってる……!
「ほんとのニガヨモギが発動してます!!」
ハナに重ね、アウレールがゴヴニアへ問う。
「どういうことだ!?」
「汝らが連れ来た人形の術が砕かれた。其によりて怠惰王は其方が云うニガヨモギをほころばせ、闇黒の魔人もまた壊れゆく」
戦いの中、ゴヴニアの声音で語る雑魔より同じ話を聞かされた未悠もまた、疑問を返した。
「それが超覚醒とどう関係があるの?」
「壊れた魔人は人を失くして禍しき魔獣と化し、突き上げられるがままニガヨモギの香を穢せし大精霊の臭いへと向かい来る。遅らせるには臭いを薄めるよりない」
想の結界が壊れたことで、怠惰王はニガヨモギを深化させ、青木 燕太郎は“獣”と化す。そして超覚醒した人数が多いほどに、燕太郎はこの戦場へ急ぎ駆け来たる。
魔獣がどれほどの力を持つかは知れないが、深化したニガヨモギと挟撃されたハンターに生き延びる術はあるまい。
「今このときならば逃ぐるを止めぬが、如何にする?」
ニガヨモギにあてられ、ごぞりと崩れ落ちた雑魔が再び形を成してゴヴニアの問いを伝えた。
「逃げるのを止めない……なぜ貴殿が敵である私たちにそんなことを言うのですか?」
太刀を脇に構え、腰を据えたセツナが問うた。
たとえどれほどの計算外が起きたのだとしても、だからといって怠惰がそれを問う理由がわからない。そして。
「此は汝らが責ならず、汝らへ力を尽くして戦うを止めた我が弱みもあるゆえに」
「申し訳ありませんが、選ぶ必要などありません。私たちの答は、はじめからひとつですから」
セツナの刃がその歩を飾るように空をはしり、その閃きをもって沙散花を咲き散らす。
斬り払われた雑魔の間をアシェールが駆け、そのただ中へ桃色に彩づく球を撃ちつけた。
「ええ、わたくしたちは怠惰王を倒して、生きて帰ります!!」
ふたりが拓いた先へ体を割り込ませ、地を踏み止めた反動に乗せて蒼機弓「サクラ」を引き絞ったカーミンは声の限りに叫ぶ。
「呆けてんじゃないわよ! あんたほんとにそれでいいの!? 自分を思い出して、オーロラっ!!」
マテリアルによって超加速した矢が戦場を貫き、怠惰王の虚ろな眉間を穿つ。
しかし。その矢も声音も届くことなく、ニガヨモギのうねりの内に飲まれてかき消えた。
「そういうことですからぁ、出口の看板、建てておいてくれますぅ?」
ゴヴニアへ言葉を投げたハナと並び、仲間の援護へ回ったアウレールはふと思う。
人ならざる怠惰王が失う人間性。それはいったい、どんなものなんだろう?
答は、胸の内からも誰かの口からももたらされることはなかった。
ゴヴニアは息をつき、依代を彼らへと向けて。
「なれば我も、行き着くまでは付き合おうぞ」
「あ、え、え、え、あ、あ、あ」
歌うように、呻くように、笑うように、嘆くように。怠惰王は彩を失くし、虚ろへ堕ちゆくその身よりニガヨモギの毒をあふれさせる。
怠惰王はもうオーロラには戻れない。その事実と憐憫と寂寥をまとめて奥歯で噛み殺し、未悠は対怠惰王班を守って雑魔を討ち続ける。
高まりゆくニガヨモギの毒は、あらゆる装備も能力も越え、数十秒であらゆるハンターの命を喰らい尽くす。たとえどれだけ支援を重ねても、穴の空いた柄杓で海水を汲み出すようなものだが……それでも。
私は手を止めたりしない。あなたに思いを届けたい人たちが、足を踏み出し続ける限り。
「ここが踏ん張りどきってやつだな」
エアルドフリスはゴヴニアの電撃に埋められた戦場のただ中、口の端をかるく上げた。
かろやかな見目に反し、鋼の義務感で自らを縛る彼である。たとえ“深化”したニガヨモギに巻かれたからとて、逃げ出すなどという選択肢は持ち合わせていない。
フォースリングにより、その数をいや増した霊蛍を飛ばす彼を守るシガレットが、ゴヴニアと繋がっているらしい雑魔の1体へ語りかけた。
「なァ、貴様の公平さは認めるさ。そいつを守る律儀さもなァ。でだ、こいつは貴様にだって不本意な状況なんだろ? だったらこっちに手を貸すってのもアリなんじゃないか?」
「王斃るるまでは怠惰の理を貫く。情を語るはその後となろうよ」
「思ってたよりもっと律儀だな」
苦笑して、シガレットは仲間たちをヒーリングスフィアで癒す。
「回復担当! 怠惰王に向かってる奴らをいつでも引っぱりだせるように生きてくれ! 俺たちが死んだら、誰もそれができなくなるからなァ!」
言い終えたシガレットはエアルドフリスへ目を向け。
「エアルドフリスさんは怠惰王と距離詰めすぎないでくれよ」
ゆるい口調と裏腹、凄絶なるマテリアルを燃立たせたシガレットは、雑魔ひしめく先へ鋭い視線を移した。
道は俺が空け続けるぜェ。それにはもうちょっとがんばらないとだけどなァ。
「雑魔に前衛の背中を削らせちゃだめ!」
命がごぞりと削り落とされる悪寒を全力で抑えつけ、メルが残しておいたネプチューンを噴出させた。
今や地平までもを埋め尽くす雑魔は、ニガヨモギに崩されては再生を繰り返し、対怠惰王班を攻めたてている。その攻撃力は低くとも、幾度となく食らえばそれは痛打となり、より早くニガヨモギの毒で殺されてしまう。
「後のことを考えてる暇、ないものね……!」
まよいもまたネプチューンを放ってゴヴニア群を押し退け、前衛を守りに入った。
ニガヨモギが深まるにつれ、その有効範囲も拡がりつつある。術の射程を考えればどうせ逃げる先もない。ならば仲間の命を一秒でも先へ繋いで共に前進、毒の根元たる怠惰王を討つよりない。
斃れるどころか、息をつく暇ももらえないのね。まよいは息を詰めたまま、次の宝術を撃つべく精霊へ呼びかけた。
前へ進むよりないことを思い知った瞬間、コーネリアは腰を据えていた。
ニガヨモギ、そして流れ弾ならぬ流れ雷に削られながら彼女は息を絞り――狙い澄ましたコンバージェンスの一射を怠惰王へと撃ち込んだ。
どれほどの支援になるかはわからんが、それを着実に行い続けることが私の任だ。
まだ自分の体が動くことを確かめ、彼女は冷めた弾をライフルの薬室へと送り込む。
前線近くに貼りつき、雑魔群に当たっているヴォーイはひとつの決意を定めている。
ここが俺の試練かはわからないが、俺たちの試練だってことは確かだ。なら、やるしかないよな。
対怠惰王班の進路を拓いた後、戦場の片端へと離脱したフィーナは、ファイアーボールで場の外周を埋める雑魔群を薙ぎ払っていた。
当然のことながらここにもニガヨモギの淡香は及んでいて、彼女は少しずつ命を削られていたが、香色濃い前線とは異なり、しばらくの間は耐え凌げる。
と。
彼女は爆音の途切れ目、その足裏に地響きを感じ取る。
もしかして、近づいてきている?
●明日
あらゆる防御、装備、守護者の超覚醒をも突き通すニガヨモギ。それは白緑を帯びてさらに深き毒と化し、差別も区別もなくハンターたちを殺す。
「ニガヨモギ、どんどん濃くなってます!」
白藤と共に支援攻撃を続けるジュード。崩れ落ちる雑魔を見極めて射線をずらし、ハウンドバレットで前線近くへ沸き出してきた雑魔を突き抜いた。
「近いほど濃いみたいやね……みんなに雑魔、近寄らせんようにせんと」
白藤は制圧射撃で雑魔を足止め、崩壊するまでの時間を稼ぎに徹している。
「怖い音も近づいてきてるし、うちらは撤退路のことも考えとかなな」
鋭い視線を巡らせて狙いを定め、彼女はすり減った命にマテリアルを灯し、強く燃え上がらせた。今日を終わらせる道だけやない、みんなで明日に還る道もうちらが拓くんや。
「まだ終わってないの! みんなで生きて帰るの!」
自らも深く傷つきながら、それでも仲間を救うべくディーナは駆ける。もう守護者の“勇気”では戦線を支えられない。今、このときが彼女の戦いだった。
浄化の祈りを捧げて仲間と自らを癒したロニは、次の瞬間に削り落とされる命との差を計り、奥歯を噛んだ。
あと何人復活させられる? ひとりか、ふたりか? その後の回復は間に合うのか? ……いや、俺が弱気に沈み、膝をつくわけにはいかない。仲間を生かし続けるため、俺は立ち続ける!
そしてルカも、ニガヨモギをかき分けるように前線へ駆けつけ、他の回復役を守りつつ自らも回復に努めていた。
「いつでも呼んでください! すぐ行きます!」
それは確認であり、祈りだった。声音を発せられる者はすなわち、生者なのだから。
Uiscaが白龍へ捧げた祈りの歌が、仲間の足に力を与え、踏み出すための一秒をもたらした。
すでに攻めへ加わる余力はない。そしてどれだけ祈りを尽くしたとしても、長くは保たせられない……だが、しかし。
喉が枯れようと命が尽きようと、私は歌い続けるだけです。心を合わせ、怠惰王へ向かう皆を支え導くこの歌を。
そんな支援役の必死を嘲笑うこともなく、ハンターの攻めで自らが壊されゆくことにもかまわず、怠惰王はただニガヨモギを深化させていく。
ヴォーイはかすれる意識をかき立て、ディヴァインウィルで前線を支えている。
これはほんとに骨折り損かな。いや、10秒先にみんなを送り出せたら、俺の骨は折れても損にはならねーか。じゃ、後よろしく――
身を翻し、背に受けた雑魔の攻撃を振り払うと同時に、マテリアルまといし星神器と魔剣を怠惰王へ振り込むアーサー。その二連の斬撃は王の胸元をひび割れさせる代わり、濃密なニガヨモギを吐き出させた。
前のめりに倒れ込みながら、アーサーは胸中でうそぶく。きっかけは作った。悪いが、一足先に休ませてもらう。
そこへ空渡で突っ込んだのはカイだ。
「おまえに刻んでやる、俺たちの意志を!」
言葉が届かないなら、魂に叩きつける。一気に危険域にまで削られた命をそのままに、カイはあらん限りの力を押し詰めた二連突きでアーサーのつけた傷を抉った。
割り砕かれた怠惰王の欠片と共に落ちながら、彼は音にならぬ声で仲間へ告げる。続きは任せた……!
空いた包囲を埋めたレイアが二刀の三撃で、怠惰王の傷を貫いた。カイの攻撃でダメージが蓄積していた傷口が、レイアの攻めでさらにその裂け目を拡げる。
それでもなお虚ろを崩さぬ怠惰王の様に、彼女は念じた。
もう伝える術はないが思い出せ、おまえのそばにいた大切な者のことを!
「おおっ!!」
振り上げられたシレークスの拳鎚が怠惰王の傷を叩き。
「たあああ!」
降り落ちてきた旭の魔槍がその傷を突き下ろす。
怠惰王の傷は裂け目となり、確実に拡がっていた。……同時にニガヨモギの発生量をいや増しながら。
龍血滾るその身を加速させ、ユウは怠惰王へ斬り込んだ。あまりに濃い毒は、半ば物理的に視界を塞ぐ。いや、意識が遠のいているだけかもしれない。
それでも。
「本当にあなたは、ただの怠惰王なのですか? オーロラ!」
応える声はなく、斃れゆく彼女は虚空に祈りを放した。
ほんの少しでいい。最期のとき、あなたが怠惰王ではない“オーロラ”でありますように――
決死を重ねて仲間たちが先を繋ぎ、そして倒れゆく中、リクは肚を据えた。
「ボルちゃん、一夏ちゃん、とどめ頼む!」
すでにこの場にある全員の耳に聞こえていた。鎖を引きずり、壁を打ち壊して迫り来る音――ゴヴニアの語った“獣”の音を。
「いろいろ考えたんだけど、結局はさ。怠惰王じゃなくてオーロラを送ってあげられるのはふたりだけだから」
ラストアタックのために残していた“正義”の光で怠惰王と雑魔を押し包み、その後ろから雪崩れ込んできた雑魔へ向きなおる。
「背中は護る! だから振り返るな!」
同時に、ロングアクションを重ねたディヴァインウィルを放ったシガレットが、続く雑魔を寸手のところで食い止めて。
「加勢するから手早く頼むぜェ。あァ、キヅカじゃないけど振り返るのはナシで」
ふたりの覚悟に押され、ボルディアと一夏は怠惰王へ踏み出した。リクとシガレットがニガヨモギに飲まれ、崩れ落ちる音を聞きながらも、けして振り返ることなく。
「ボルディアさん、続いてください!」
一夏は自身があと一歩の先に斃れることを知っている。しかし、回復で永らえるようなことはしない。その両手には託された思いが握り込まれていて、他のものを掴めはしなかったから。
「オーロラ! あなたを独りぼっちでなんて逝かせません! 私たちはそのために来たんですから!」
声音を追い越した到来拳が怠惰王の傷へ突き立ち、思いを込めたマテリアルをねじり込んだ。
「――っ」
大きく割れ砕けて仰向く怠惰王の眼前に、斃れ伏す一夏を追い越したボルディアが再び立つ。
「なぁオーロラ。俺たちがみんなで送り出してやるからよ、安心して眠れ」
守護者の技ならぬ純然たるボルディアの膂力をもって、怠惰王の胸元へ魔斧を振り下ろした。
●残照
ボルディアの一閃で爆ぜるニガヨモギ。
「わ は、わた は、わたし、は、私は」
割り砕けた体を花弁のごとくに散り落とすオーロラは、先に伏したボルディアの片脇へゆっくりと膝をつき、虚空に音なき声の軌跡を描いた。
「――」
果たして。
それに呼び込まれるがごとく、戦場へ黒き鎖を引きずり躍り込んできた“獣”が咆哮を上げた。
獣は見た。怠惰王の骸を。それを囲むハンターを。理性なき心が獣に告げる。このにおいは……おれの、なによりたいせつだった……をころしたもののにおい!!
「ゆ、るさん――しね――しねしねしねしねえええええええ!!」 と。雑魔のすべてがゴヴニアの姿へ変じ、獣へと向かう。
そして此の場に立つハンターたちへ彼方を指してみせ。
「危ういところで臭いを抑え、獣来たる前に終えられた。勝者たる人間よ、倒れた同胞を連れ行くがいい」
残骸が塞ぐ戦場の中、シガレットが雑魔を押し退け続けて作りだした道が、前線で斃れた者たちまで続いている。
未悠は視線をゴヴニアからもぎ離し、前線だった先へ駆けた。
最後の最後、思いは届けられた。次にすべきことは全員で生きて帰る、それだけだ。
「いしくれ……きさま、きさまああアアアアアア!!」
「此処は怠惰王の墓地となった。其れすら知れぬ畜生に堕ちたは……哀れよな」
ちぎられながらなお獣を押し包むゴヴニアどもの背後、魔導銃を手に救出へ向かった仲間を守る白藤は、思わぬ者の登場に目を見張る。
あれ、もしかしてバタルトゥなんやない!?
遅れて駆け込んできたのは、辺境に知らぬ者のないバタルトゥ・オイマトその人であった。
「……さて、今度は俺がお前を足止めする番か。……一筋縄ではいかんだろうが。仲間達を逃がす間、付き合って貰うぞ……」
バタルトゥはゴヴニアとなにを言い交わすこともなく、獣へと打ちかかる。
「お前達は、ここが崩れる前に早く脱出を……!」
残して行くのは後ろ髪を引かれるが、こちらはすでに戦える体ではない。白藤は小さく頭を振って思いを払い、運ばれてきた仲間を肩で受け取り、外へと走り出した。
ディーナを始め、魔導ママチャリや魔導バイクを持ち込んでいたハンターはそれを駆使し、速やかに救出を終えた。
そしてゆるゆると崩壊していく戦場を返り見て、思う。
このままでは終わらない。
獣と化した青木 燕太郎が、それをけして赦しはすまい。
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電気石八生 | 16人 |
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