ライブラリ

竹村早苗

ここはライブラリ。キノコが集めてきた皆の姿や声、
音楽なんかを見たり聞いたりできるよ。
新しい姿を頼んだりもできるから、試してみてね!

竹村 早苗(kz0014

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※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
僕らは今二人で生きていくことをやめられず笑いあう


 ――冷たい。
 最初に戻った感覚は雪の冷たさ。
「雪?」
 ルナ・レンフィールド(ka1565)は身体の半分を降る雪に埋もれていた事に気付き、慌てて身を起こす。
「ユリアンさん!?」
 呼べど探せどユリアン・クレティエ(ka1664)の姿は見えない。ユリアンどころか、バックパックも行方不明になっている。
 周囲を見回せど、一面雪景色の中で見つけることは出来ず。
 ともかくこのままここにいては雪に体温を奪われてしまうとルナはユリアンを探すために歩き始めた。
 鉛色の空からは止むことを知らない雪が降り注いでいた。

 氷姫の湖の鎮魂祭も終わり、もう冬も終わろうというこの日、氷姫の湖の奥に広がる針葉樹の森に狼が出たという情報が寄せられ、覚醒者である二人は調査のため子ども達を残して家を出た。
 今日は目撃されたとされる周辺を見てまわるだけの予定だったため、幻獣達も連れず、本当に二人きりとなったのは久しぶりだったため、「デートみたいね」なんていう暢気なルナの言葉に、ユリアンも笑って「そうだね」なんて答えていたぐらいだ。
 ここに居を構えて6年目。この辺りの山はだいぶ見て歩いたつもりだったが、ひとたび雪に埋まるとその印象はがらりと変わる。
 雪は音を吸収し、ただただ静寂だけが二人を包む。
 自分の呼吸音、雪の降る音、枝葉から零れた雪が雪の上に落ちる音。
 山を行くにつれ、雪と風が強くなり、今日はもう帰ろうと提案した時だった。ルナが足を縺れさせてバランスを崩した。ルナの名を呼びながらユリアンは手を伸ばし、ルナもまたユリアンに手を伸ばしたが、その指先は触れる事無く二人同時に谷へと転がり落ちてしまったのだった。

 自分が転がり落ちてきただろうと思われる山側を見つめる。
 途中の樹に引っかかることなく、ここまで怪我すら無く落ちることが出来たのは奇跡的と言うべきか、運が悪いと言うべきなのか。
「とにかく……ユリアンさんを探さないと……」
 もしかしたらユリアンは意外に山側で引っかかってこちら側まで堕ちてこなかったのかも知れない。
 しかし問題は、この谷沿いは上るにしろ下るにしろ、かなりの距離を行かなくては人が住む場所まで出ないことだ。
 雪のない時期なら良かっただろうが、足元も悪い。途方に暮れたその時。

 ――風が、鳴った。

 思わず顔を伏せ、風をやり過ごす。ユリアンならばこの風の声を聴けただろうか? 寂しさに泣きそうになりながらルナが顔を上げると、そこには一人の美しい女が立っていた。
「え、えっと……」
 こんな、雪の中に? 驚きの余り声が出せないルナに、女は「こちらへ」と指差し歩き始める。
「え、あ、待って……!」
 ルナは必死に女の後を追った。

 女の後を追って洞穴に入る。ようやく雪と風から逃れることが出来たルナはホッと息を吐き……そして目の前にいる狼の姿にギョッと身を固くした。
 最近、オフィスに通っていないが、まだ攻撃スキル使えたはず……とワンドを握り締めて……最近歌を歌うことしかしていなかった事を思い出す。
 一人、混乱に頭をグルグルしているルナを置いて、狼はふいっと奥へと入って行く。
「あ、ダメ! 奥には……!」
 慌てて蛇行した洞穴の奥へと入ると、狼は焚かれた火の傍らで両目を閉じて伏せていた。そして――
「ユリアンさん!!」
 雑に敷かれた枯れ草の上に横たわっているユリアンを見つけ、ルナは駆け寄った。
「……ぅ……ルナさん……?」
 揺り起こされ、目を覚ましたユリアンにルナはしがみついて安堵の涙を零す。
「牙狼が、見つけた」
 女の声は雪のようにささやかで、それなのにきちんと聞き取れる質量を伴っている不思議な声だった。
「がろう……? 貴女の、狼なの?」
 ルナの問いに女は頷き、狼の隣に座るとその頭を撫でる。
 よく見れば、無くしたと思っていた自分達の荷物もそこにあった。
「有り難うございます、貴女の……貴方とその狼のお陰で俺達は助かったみたいだ」
 ユリアンが頭を下げ、ルナも同時に頭を下げた。
 女は静かに首を振り、火に当たるようにと二人を促す。
「雪は、まだ止まない。火の傍に」
 二人はその言葉に甘えて雪に濡れた上着を脱いで広げ、火へと当たった。
 ジンジンと熱を持つ指先に、命の実感を得る。
「俺が、ちゃんとつかまえてあげられなくてごめん」
 ユリアンの突然の謝罪にルナは驚いて首を振る。
「最初に足を滑らせたのは私だもの! ユリアンさんは悪くない」
「でも」「でもじゃない」「だって」「だっても何もない!」

 ――わふっ。

 二人の言い争いの間に少し気の抜けた声が割り込んだ。
 狼が大あくびをして、口元をモゴモゴと動かしている。
 二人は顔を見合わせて……少し笑った。
「つかまえてあげられなくて、ごめん」
「私こそ、心配かけてごめんなさい」
 そんな二人のやり取りの一部始終を女に見られていたことに気付いたユリアンは、小さな咳払いをして女の方へと向き直った。
「あの、貴女は……精霊、ですか?」
 女の美貌は人外のそれ。よく見れば薄手のローブ一枚のようだし、不思議な声音も精霊がヒトとコンタクトを取るために音を揺らしているのだとすれば合点がいく。
 女は静かに頷いた。
「お前達は、あの湖の畔に住む者だろう? 随分と賑やかになった」
「えっと……うるさくしてたら、ごめんなさい」
 ルナはぺこんと頭を下げた。何しろ子ども達はまだ遊び盛りだ。ルナ自身だって近隣に家がないことを良いことに一日中歌ったり楽器を演奏したりと好き放題音を楽しんでいる。
「いや、構わぬ。むしろ、歌ってはくれぬか」
「え、今、ですか?」
「無理強いはしない」
「あ、いえ……大丈夫です」
 ルナはバックパックの中からリュートを取り出すと、手早く調弦を済ませる。
「……では、この地方に伝わる歌を」
 ルナが静かに奏で始めたのは冬の歌。
 厳しい冬を耐え、春が来て、花開く。
 そんな少し寂しくて、でも暖かな歌。
 歌い終わり、女が小さく手を打つ。
 もう一曲、とせがまれて、結局続けて3曲披露すると、ようやく女はルナに礼を告げ、そしてユリアンを見た。
「お前は歌わぬのか?」
「俺は、歌は……」
 歌わされた事はあれど、決して他人様(特に相手は精霊だ!)に聞かせるような代物ではないとユリアンは大きく首を横に振る。
 しかし、ジッと見つめるその圧。
「俺が、今まで見てきた事なら……お話しできます」
「良い。話せ」
 何とか妥協点が見つかったユリアンは安堵の後、逡巡して……エルフハイムの話しを始めた。
 神秘の森で出逢ったエルフ達とのやり取りを。話せば長くなってしまうから、最近の事だけをかいつまんで。
 ユリアンの隣ではルナが即興で邪魔にならない程度の音量で弦を爪弾く。
 かいつまんで話すつもりが、補足をしたりしているうちに存外長くなってしまったのだが、女は狼の頭を撫でながら静かにその話を聴き、そして、満足そうに笑んだ。
「彼らも生き方を変えたのだな」
 女はそう告げると、静かに立ち上がった。
「雪は止んだ。この奥から行くといい」
 いつの間にか上着は乾き、狼も立ち上がると女の傍らに寄り添っている。
 二人は着替え、荷物を背負うと女の後を追って歩き始めた。

「あの、私達、この山で狼が出たと聞いて、調査していたんです」
 ルナの言葉に女は立ち止まり、ルナを見る。
「この山で、人の住むそばまで狼が降りてきたこと何て今までありませんでした。何かご存知ありませんか?」
 女は遠くを見つめ、そして再びルナへと視線を合わせた。
「彼らは、人里へは近付かない」
 ルナが「それなら」と問いかけかけたところを、ユリアンが視線だけで制した。
「だが、ヒトが領域を侵せば、彼らは彼らのルールを守るだろう」
「……先に侵したのは、ヒト、なんですか?」
 ユリアンの問いに女は静かに頷く。
「それでも、害を為さねば彼らも牙は剥かぬ」
「分かりました。そのように伝えておきます」
 ユリアンの言葉に、女は頷き、再び歩き始めた。
 洞穴は奥へ奥へと続いている。
 不思議な事に二人とも夜目が利く訳では無いのに、薄ぼんやりと互いの姿、そして女と狼の姿は見失うことがない。
 それでも一体何処までこの洞穴は続くのだろうとルナが不安になり始めた頃。
「ルナ」
 差し出されたユリアンの手をルナは両手で掴んだ。
 厚い手袋越しでも、二度と離すまいというユリアンの決意が伝わるようで、ルナもまた強く握り返した。
「出口だ」
 薄暗い洞穴の中、女が指差す先は日差しと雪の白さで明るい。
「「有り難うございました」」
 二人は女に頭を下げ、外へ出る。

「っ!」

 眩しさが暗闇になれていた両目を刺した。
 二人は繋いでいない方の手で目元を庇いながら、徐々に両目を開けていく。
 眩しさにたたらを踏んだルナは、サクリ、という足元の違和感に目を向けた。
「雪の、花……!」
 それはこの地方に伝わる御伽噺。

『雪山の主人は女主人。
 山の動物を従え、雪をもたらす雪姫さ。
 もしも雪姫に出逢ったらその機嫌を損ねちゃいけない。
 損ねて仕舞えば、たちまちのうちに氷漬けになるだろう。
 気に入られたなら、雪の花と祝福を贈られるだろう』

 今、二人の足元には雪で出来た雪の花が一面に咲いていた。
「ルナさん、家だ」
 ユリアンが指差す先に見えたのは、見慣れた我が家。
 どういう事かと振り返れば――もう、そこに出てきたはずの洞穴は見えず。
 二人は強く握った手を離さないまま見つめ合い、そして笑いあった。



 以来、山中で狼を見たという人も出ず。
 雪は溶け、無事春が訪れたのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/ユリアン・クレティエ】
【ka1565/ルナ・レンフィールド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、有り難うございます。葉槻です。

 遅くなってすみません。
 あの周囲にはきっと色んな精霊がいるだろうなと思ったらこんな話しになってました。
 時季外れにはなってしまいましたが、久しぶりに雪に閉ざされたあの地が書けて楽しかったです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。
 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ユリアン・クレティエ
(ka1664)
副発注者(最大10名)
ルナ・レンフィールド(ka1565)
クリエイター:葉槻
商品:おまかせノベル

納品日:2020/07/09 09:34:41