※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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微笑の陽光
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白い砂浜、青い海。真夏の太陽がこれでもかと降り注ぐ。
テオドール・ロチェスが背負っていた大きな荷物を下ろし、緩く背伸びする。
「海だよー! わーい、皆めっちゃ遊べー!」
「わーい海だー」
メロウが半分口を開いたままで、テオドールの顔と海を見比べた。
「てんちょ、海だー」
「海だねえ」
笑いながらテオドールは大きなビーチパラソルを開いた。
「折角海に来たんだから泳がないと勿体無いわよね!」
オーキッド=フォーカスライトがくるりと回ると、それにつれてポニーテールの赤毛が炎が舞うように揺れる。腰に巻いていたパレオは躊躇うことなく取り払われた。
露わになる引き締まった長い手足、グラマラスな肢体。胸元にフリンジのついた白のビキニの可愛らしさがあざとい程に、魅惑的なワガママボディである。
近くにいた男性達の視線が否応なしに集まった。が、プロのダンサーであるオーキッドは全く気にかける様子もない。
「行くわよ、メロウちゃん、ルシエドさん! あ、店長、これよろしくねー☆」
「ぶは」
オーキッドがふざけて放り投げたパレオが、テオドールの顔を覆う。
薄い布を払いのけると、続いて花飾りのついたサンダルが襲ってきて、テオドールは慌ててそれを避けた。
「姐さん、待ってー!!」
パーカーを放り投げてルシエドが駆け出した。
「あたしも~!!」
大慌てでメロウもふたりの後をついて行く。
「ふふ、転んで怪我しないように気をつけるのよ?」
パラソルの陰からウズメが顔を出し、空を見上げて目を細めた。
「こんな風にお日様の下に出るのは久しぶりかもしれないわねえ」
彼女の肌を覆うのは紫のビキニのみ。爪先まで手入れの行きとどいた美しい脚は、オーキッド同様商売道具でもある。無造作に投げ出して組みかえる仕草も、何処かリズムを感じさせるのだ。
とある歓楽街の一隅に『魅惑の微笑み通り(Charm Smile Load)』と呼ばれる小さな通りがあった。
そこには一帯を仕切るオーナーの元、様々な愉しみを提供する店が立ち並ぶ。夜毎、日が暮れるのを待ちかねたように華やかな灯が店先を彩り、賑やかな嬌声と楽の音がそこかしこから響き渡る。一夜の夢も、一夜の恋も、相応の代金を支払いさえすれば望むままだ。
彼らの店、『charmante』もそこにあった。
店長のテオドールがオーナーにおねだりして、従業員を引き連れたバカンスが実現したのだ。
「ほら、みんないっつも、がんばってくれてるしねー」
「まあ店で一番頑張ってないのは、たぶん店長のテオよねえ」
パラソルの日陰に寝そべるウズメがくすっと笑った。
それでも皆、この一見ふわふわでゆるゆるの店長を信頼し、それなりに(?)尊敬しているのだ。
「えー、今日はめっちゃ引率してるし? 荷物もちゃんと見てるし?」
そう言いながら、テオドールも敷物の上に寝転がる。
無造作に束ねた柔らかな金髪が海からの風に揺れていた。
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メロウはオーキッドとルシエドを追いかけて、波打ち際を駆けていく。
熱い砂が足にまといつくのも、潮風が頬に当たるのも面白い。
感情の動きが顔にでにくい性質ではあるために一見黙々と走っているように見えるが、内心ではわくわくしていたのだ。
「わーい」
水を跳ねあげて飛び込む白いワンピースの水着姿が、波間に消えた。
「がぼ……わー……い……?」
ざざーん。
白い二本の腕が波から突き出たまま、右へ左へ流されている。
「メロウちゃんー? 大丈夫なのー?」
オーキッドが気付いて声をかけた。
いや、どう見ても大丈夫じゃない感じである。ルシエドが慌てて波を掻いて近付き、メロウを抱えて浜へと運んだ。
「おい、大丈夫か?」
「えっと、うん、だいじょーぶ……!」
固い笑いでメロウが何度も頷いた。
「ちょっと休んでいらっしゃいな。大丈夫よ、海は逃げたりしないわ」
オーキッドが片眼をつぶって見せた。
メロウがパラソルの方へ行くのを見届け、オーキッドはルシエドを振り向いた。
「ねえ、あそこからの眺めはよさそうじゃない? 行ってみましょ♪」
子供のように満面の笑みを浮かべて駆け出す。その先にはちょっとした岩場が海から顔を覗かせていた。
岩によじ登り、オーキッドは濡れた髪をかき上げながら海を見下ろす。その姿はまるで海の底の国から遊びに来た人魚姫のようだ。
「やっぱりいい眺め! いくわよー!!」
ざばーん。
勢いよく飛びこみ、少し離れた海面に浮かび上がり手を振る。
その姿を、ルシエドは眩しいと思う。
暗い店の中で蝋燭の明かりを受け、音楽に合わせて躍動する手足も美しいが、明るい陽光の下の姿は生き生きと輝いて、とても綺麗だった。
「よし、オレも」
小柄なルシエドの身体が宙に踊り、トビウオのように輝いた。
(うわ、すっげ……!)
思いの外、岩の周囲の海は深かった。
水を掻いて潜ると、銀色に光る魚の群れがすぐ傍を通り過ぎていく。見上げれば、夏の太陽の欠片が差し込んでくる。
(綺麗だなあ……)
海の中、ひとりきり。波に抱かれたようにたゆたいながら、ルシエドは息の続く限りその光景を楽しむ。
ふとルシエドは足元に何か気になる物を見つけた。一度潜ってそれを拾うと、海面目指して浮き上がっていく。
水面に顔を出すと、オーキッドのほっとした顔が目に飛び込んできた。
「ずいぶん長く潜ってたのね。ちょっと心配しちゃったわよ」
「ゴメン。こんなの見つけたから」
立ち泳ぎで浮かびながら、ルシエドが手に持った物をカードのように広げる。彼の得意な手品のように取りだしたのは、かなり大きな幾つかの貝だった。
「すごいわね! 食べられるかしら?」
「たぶん。まだいる」
「じゃあ皆の分を獲らなくちゃね!」
オーキッドとルシエドは頷き合うと、大きく息を吸って勢いよく潜っていった。
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メロウはパラソルの陰に戻り、砂浜を飽きずに眺めている。
行き交う人は皆楽しげで、明るい。突然くるりと顔を向けると、テオドールを呼ぶ。
「てんちょ。泳がないの?」
「えー?」
あまり乗り気ではない様子に、メロウは残念そうに小首を傾げる。
「泳げないんだね……」
「いや、そんなことはないよー? じゃあちょっとだけ泳ごうか」
メロウが嬉しそうに頷いた。
1人で泳ぎに行くのは少し怖いけれど、もう少し海と仲良くなりたいのだ。
「あ……と、そだ、ウズメちゃんは泳がねーの?」
立ち上がりかけたテオドールが顔を向けると、ウズメが肩をすくめる。
「日焼けは嫌だもの」
ウズメはカクテルの入ったグラスを透かし、海原に視線を向けた。
「でも海を眺めるのは好きよ。だからここで見てるわ」
「じゃあ行って来るね~」
メロウもぶんぶんと手を振る。メロウの水着はリアルブルー風に言うと『白スク』と呼ばれそうなものだが、清楚な感じがメロウにはよく合っている。
ウズメは手を振り返しながら、色とりどりの水着姿の男女がはしゃぐ光景を楽しげに眺めていた。
だがその視界に、無粋な者が乱入してくる。
ウズメは目も合わせないまま黙ってグラスを取り上げ、ストローを口に含んだ。
「お嬢さん、良かったらボートでもどう?」
ついさっきまでパラソルの周囲を窺っていた数人の男達だった。テオドールがいなくなったので、チャンスと思い声をかけて来たらしい。
ウズメは黙って嫣然と微笑むだけ。拒むでもなく、誘いに乗るでもないその仕草に、男達が必死に言い募る。
そこに物売りが通りかかった。ウズメは視線で促すと、上物のワインやらサンドイッチやら果物やらをパラソルの中へと運ばせる。勿論、支払いは男達だ。
テオドールはそれに気付いた。心配そうなメロウに向けて大丈夫だというようにひらひらと手を振ると、すぐにパラソルの方へ戻っていく。
ウズメが姿勢を変え、近付くテオドールに声をかけた。
「ねえテオ、あの人、今日は来ないの?」
一瞬何のことかと顔を見ると、ウズメの目が悪戯っぽく光っているのに気づいた。
(なるほどねー)
テオドールは得心すると素知らぬ顔で答えた。
「ボスの行動なんて俺が知る訳ないっしょー? しらないよー、遊んでるのバレてまたヤバい事になっても」
「あら、私は平気よ? 怖いことなんかないわ」
「そうだけどねー……相手がねー?」
そこでいかにも意味ありげに、気の毒そうに、テオドールが男達を見渡した。
男達はそこで気付く。この緩い金髪男、ぼんやりしているようで何やら妙な自信を感じさせる、と。
「あら、行っちゃうのね? 色々ごちそうさま」
そそくさと立ち去る男達に、ウズメは軽く手を振った。
「悪い女だねー」
ウズメは耳元に囁くテオドールの顎に手を伸ばして無精髭を軽く撫でる。
「私は何も言ってないじゃなあい?」
そして大きく伸びをした。
「うん、偶にはのーんびりするのもいいわねー。景色は綺麗だし、可愛い子も多いし」
「馬鹿な男もいるしねえ?」
笑いながら、テオドールは貢物の翡翠のような葡萄をひと粒、口に放り込んだ。
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大賑わいの人垣を分けて、ひと際目立つ水着姿が近付いて来る。オーキッドだ。
「ふふっ、目の保養だわねえ」
ウズメが目を細めた。弾むような足取りのオーキッドとルシエドが、両手に貝を抱えて戻って来たのだ。
「これ、食べられるかしら?」
それを聞いてメロウがとたんに生気を取り戻す。
「ごはん! 香草と、バターと、小麦粉と……!」
さっきまでのぽやんと海を見つめていた女の子と同一人物とは思えない、キリリとした風情で貝を吟味するメロウ。
すぐに必要な材料を調達しに駆け出して行った。
「あーあ、せっかく遊びに来たのに。偶にはゆっくりあそんでりゃいいのにねー」
テオドールが寝転びながら笑って見送る。
「ねえ店長さん~。お願いがあるの」
ずいっとオーキッドが顔を寄せた。手には色ガラスの小瓶。
「これ、塗って貰いたいの。いいかしら?」
「えー、マッサージ? いいけどー」
もぞもぞと起き上がるテオドールに替わって、オーキッドが敷物に身体を横たえた。
「化粧水なの。肌が荒れたままだとお店だって困るでしょう?」
「はいはい」
テオドールは掌を化粧水で湿し、オーキッドの裸の背中に滑らせる。
「ふふっ店長さん、マッサージ上手よねえ」
「気持ちよくさせるのは得意よ? 任せて~」
「じゃあ後で私もお願いしようかしら」
面白そうに眺めるウズメの前に、冷えたカクテルの入ったグラスがそっと置かれた。
「あら……有難う。気が効くわね」
ルシエドは黙ったまま、別のグラスを2つ、オーキッドの傍に運ぶ。
「ルシエドさんもゆっくり遊べばいいのに。でもありがとう♪」
オーキッドの微笑みに小さく頷くと、ルシエドは座って海に顔を向けた。
いつも何かと可愛がってくれる店のみんなに喜んで欲しい。
その気持ちが伝わったのは嬉しいけど、それが顔に現れるのは気恥ずかしい。ちょっと複雑なオトコゴコロなのである。
それから少し経ってから。
「メロウ、どこまで行ったんだろう」
ぼそりとルシエドが呟いた。
「そういえば遅いわねえ」
オーキッドが首を巡らせると、メロウが大きなお盆を抱えて戻って来たところだった。
「お待たせ! コンロを貸してくれるお店があったから」
ほかほかと湯気を立てる魚介のスープ、そしてグラタンが皆の前に置かれる。
「身体が冷えてるから。ちょっとあったかいもの、食べた方がいいと思うんだ」
「あら嬉しい。早速いただくわ」
ウズメは身体を起こし、メロウの差し出した取り皿を受け取る。それはさっきの貝がらだった。
「へえ、面白いねえ」
そう言うテオドールの目の前に、メロウがぬっと掌を差し出す。
「あれー? どうしたの、これ」
「貝に入ってたの」
小さくて少し歪んだ形ではあるが、独特の光沢を放っているそれは見間違いようがない。
「そうなんだ? これ真珠だよ、すっごいラッキーじゃん!」
言い終わるより先に、真珠はウズメの手に渡っていた。
ウズメが悪戯っぽく笑いながら、皆の前に真珠をかざす。
「ねえ、私前からやってみたい思ってたことがあるんだけど。いいかしらね?」
そう言うとぽとり、と、手にしたワイングラスに真珠を落とした。
「なあに? 何のおまじない?」
オーキッドが尋ねると、ウズメがグラスを日に透かすように見る。
「リアルブルーの伝説の女王が、こうやって真珠を溶かして飲んだっていう話を聞いたことがあるのよ。……でも、全然溶けないわねえ?」
ウズメはちょっと残念そうだ。
「勿体ないじゃんー、それ売ったらみんなで1ヶ月位遊んで暮らせると思うよー」
テオドールが不満そうな声を上げると、オーキッドがコロコロと笑いながらウズメにもたれかかる。
「あら、私ダンス大好きよ。1ヶ月もぼーっとしたくないわね」
「そうねえ、じゃあこれは」
ウズメはグラスの中から取り出した真珠を綺麗に拭うと、メロウの手を取って握らせた。
「お料理のお代よ。やっぱりメロウが貰っときなさいな」
びっくりしたようにメロウがみんなの顔を見回す。みんなが1ヶ月遊んで暮らせるような宝石なんて、どうしていいのかわからないという顔だった。
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メロウの手料理は、あっという間に空っぽになった。
「うん、美味かったよ」
余り思う事を口にしないルシエドがそう言った程である。勿論、自分で獲って来た貝だからというのもあるが。
メロウはこくんと頷きながら、まだしっかりと真珠を手に握っていた。
「ちょっと加工して、ネックレスにでもすると良いんじゃないかなー? それまではほら、ここに入れとくと良いよ」
テオドールがハンカチを取り出して丁寧に真珠を包むと、それをメロウの手首に巻きつけ、しっかりと結んでやる。
「ありがとう」
メロウは自分の手首をじっと見つめて、それからテオドールを見上げた。
――やっぱりてんちょはいい人だ。
それからみんなを見渡す。
――みんなもいい人だ。
たぶん他にはこんなに働きやすいお店はないだろう。お客さんが多くて忙しい時はちょっと辛いけど、やっぱり皆と一緒に働いていきたい。
改めてそう思う。
お腹いっぱい、それに加えて大人はほろ酔いで、皆で並んでパラソルの陰から海を見つめていた。
メロウは重い瞼を必死に開けようとするのだが、ぐらりと揺れる世界はもうどうしようもない。
普段の凛々しい眼差しはどこへやら、ウズメも穏やかに微笑みながら、舟を漕ぎ続けるメロウの頭を肩で支えてやっている。
潮風とお日様を浴びた髪は、暖かくて何処か甘いような不思議な匂い。
ウズメがメロウが起きないように、少し抑えた声で言う。
「本当に楽しかったわねえ。ねえ店長、また連れて来てね?」
「いいよー。オーナーにまた頼んどくから」
相手は厳しいがケチではないことは確かだ。みんなが頑張ってくれるなら、また交渉してもいいとテオドールは思ったのだ。
「嬉しいわ。……あらあら可愛い顔しちゃって、ふふっ」
横から覗き込んだオーキッドが笑いを堪えている。
とうとうメロウは倒れ込んで、ウズメの膝に頭を乗せてスヤスヤ寝息を立てはじめたのだ。
オーキッドがメロウの白い頬を軽く指でつついてみるが、むにゃむにゃ言うだけで起きる様子もない。
「最高の膝枕ねえ? 普段だったら高くつくわよー♪」
「可愛い子には特別サービスよ」
柔らかな桃色の髪を撫でるウズメの指が優しい。
ルシエドが大きなバスタオルを1枚広げて、そっとメロウにかけてやる。
太陽がふかふかに温めたタオルは、羽根布団よりも優しくメロウを包みこむ。
夏の長い1日も、もうすぐ暮れて行こうとしていた。
でももう少しだけこのままで、せめてメロウが目を覚ますまで。
西に傾きつつある太陽の光を惜しむように、みんな黙って海を見つめ続けているのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0138 / テオドール・ロチェス / 男 / 24 / ゆるっと店長】
【ka1240 / ルシエド / 男 / 10 / 複雑なお年頃?】
【ka1307 / メロウ / 女 / 16 / ラッキーガール】
【ka2578 / オーキッド=フォーカスライト / 女 / 21 / 白蘭の舞姫】
【ka2587 / ウズメ / 女 / 26 / 紫衣の艶花】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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微笑み通り御一行様、お昼の部です。
夜の蝶や花たちも、真夏の太陽をいっぱいに浴びて、一層生き生きと輝くことでしょう。
バカンスを通してお店の皆様が、これまでよりもっと仲良くなれましたなら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!