※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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nichts unbekannt
たとえるなら、昔々、で始まる話でしょうか。鬱蒼とした森の奥に、エルフの里がありました。
集落それぞれにそれぞれのしきたりや、信仰があります。その数、いくら賢人といえど、全てを正確に並べることは難しいだろう、というくらい。
そんなエルフの里の、とある集落での話です。
その集落では、黒肌は災厄を齎すと伝えられていました――
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「ニエンテ様」
自分よりもずっと年上の大人たちに敬称を使われ、傅かれている少女――ニエンテ。
彼女の性質のなかで、周囲のエルフと比べて目立つのは、その肌だろうか……
彼女の世話をする女エルフの腕はすうっと透き通った泡雪のように白い。対し、ニエンテの肌はどこまでも吸い込みそうな深淵……と形容出来そうな黒だった。
「あの、」
女エルフが仕事も終えて出ようとしたところを、ニエンテがぐっと力を込めてその服を引く。
動きを止められた女エルフが不思議そうに一瞥すると、ニエンテは静かに部屋の一点を指差し、ただ一言、
「本」
とだけ言った。
「先日差し上げたものは、もう読み終わってしまいましたか」
ニエンテに無言で頷かれ、女エルフはにっこりと笑って告げる。
「では、また新しいものを用意しましょうね」
なにかあったらお呼びください――という声が扉の閉まる音と共に聞こえた。ニエンテは黙々とそれを見つめて、また部屋の奥へ戻っていく。
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その集落に表れた黒肌の娘は、人々に呪いと畏れられ、魔物とも謳われました。
娘が本当はどのようにして産まれたのかは定かではありませんが、ある人々の間では大樹の花から産まれたと謂われています。
さて、その災厄を齎す呪いを集落の人々はどうしたのでしょう。
忌み枝を刈り取るように、集落から追放したのか?
いいえ。人々は娘を神の贄として、花嫁として身を還す日まで大切に大切に……鳥籠に入れて育てました。
彼らの崇める神は、それはそれは恐ろしい異形の姿と邪悪な性質を持っていましたが――それでも集落の人々は純粋に、人々を導く神として崇拝していました。
そんな神の花嫁として鳥籠に入れられた娘の友達と呼べるようなモノは、対の獣だけでした――
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「アルファ……オメガ……」
ニエンテが名前を呼べば、二人――というより、対の獣が奥からぬるりと出てきた。
その獣のうち、アルファと呼ばれた方は目をぎらりと輝かせ、オメガは雄雄しい角を見せている。
アルファには角が、オメガには目と呼べそうなものが存在しなかった。
この獣がいつからここにいたのかはニエンテもよくわからないが、いつのまにかここにいて、トモダチ……ニエンテは、いつか本で見たそういったもののように獣たちと接していた。
本以外にも、この『鳥籠』の中にはたくさんのものがある。
でも、今までニエンテの遊び相手となってくれるようなエルフはいなかった。
度々この扉を叩いてやってくるエルフたちは皆どこかよそよそしくて、対等に接するような様子はどこにもなかったのだ。
言ってしまえば、この獣たちが彼女にとって唯一の友達であった。
だいたいはニエンテが獣に本を読み聞かせて過ごしていたが、獣は満足していたようで、どこも不都合はなかった。
ニエンテは、ある本を開いてアルファとオメガに見せる。
「外、出てみたい」
その本はクリムゾンウェストの地図が記されたものだった。
その地図に彼女の集落は書かれていないが……おおよその位置に、ペンで目印が書かれていた。おそらく、ニエンテの書いたものだろう。
「うん、集落の、外」
アルファとオメガが、じっとニエンテを見つめている。彼女の返事に獣は俯いているが、ニエンテは気にしなかった。
「楽しそう」
ニエンテは二匹を一撫でして、本を戻した。
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娘は、友達と過ごしながら本を読んでいく中で、興味深いものを見つけました。
それは、大変ありがたい学術書でも、絵空事の冒険活劇でも……どんなものからも見つけることができるものでした。
外の世界というものです。この鳥籠から連れられて、外に出てみても行くところといえば神の場所。
本に描かれているようなものとはあまり出会えません。
それに、どんなに大事にされていたとしても……自分がいずれどうなるのか、聡明な娘には全てわかっていました。
娘がそのことを知れば知るほど、より娘は一目でも良いから外の世界を見てみたいと思ってしまうのでした――
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それから数日。彼女が贄として捧げられる準備も整いつつある頃に、ニエンテはまたアルファとオメガに語ったのである。
「行きたい」
今度は迷いがない。外でニエンテを呼ぶ声が聞こえる。
「アルファ、オメガも、一緒に来て」
彼女は珍しく饒舌になっていた。二匹を呼び、連れて出て行こうとする。
鳥籠を守っていたエルフたちは、今は揃って花嫁が還る時を見届けようとしていた。だから、いつもよりも周囲はがらがらだった。
「お待ちを! どこへ行くのです?」
用意された装束のまま歩き回るニエンテにあの女エルフが声をかけた。
ニエンテは口を開き、嘘をついた。
「見たいものがある」
女エルフはそれが嘘とも気付かず、
「では、護衛の者をつけさせましょう」
とだけ言った。ニエンテは黙って首を振り、彼女の傍に佇む獣の頭を撫でた。
「ううん。大丈夫」
「そうですか。お気をつけて」
女エルフは不審に思いながらも、その場を通り過ぎていく。
ニエンテはそれを良いことに道を外にと進み、時には隠れて、とうとう……
「……どうしたの?」
集落を出て暫くしてから、ふと。ニエンテは後方で唸った二匹が気になって振り向いた。
しかし、どこにも姿は見えない。名前を呼んでも、ただ虚しく響くだけだった。
その耳に、葉の擦れる音が聞こえる。集落の人間が追ってきたのかもしれない。そう思ったニエンテは、ただ、足を速める。
時が流れてニエンテが旅巫女となった後にも、あの時消えてしまったトモダチとはもう二度と会うことがなかった。
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それから、娘が逃げだしたことに気付いた集落といえば、それはもう大変な騒ぎになりました。
慌てて『代わり』を探そうと思っても、それはまあ、呪いや魔物とされるほど珍しいものの代わりになるようなものなどそうそう居ないもので。
贄を差し出せなかった集落がどうなってしまったのか――それを知る者はいません。
だって、深い深い森の奥――物好きな旅人もあまり足を向けない場所のことですからね。
集落を出て旅巫女となった娘がどうなったかも、知る人はいないでしょう。
ニエンテという黒肌のエルフについて、尋ねてもおおよその人は不思議そうに聞き返すことだと思います。
ただ、この広い世界ですから、きっと、娘のような黒き肌を持つエルフは何人かいることでしょう。
もしかしたらその中に、かつて『ニエンテ』であったエルフも居るかもしれませんね。
これで、お話はおしまい。
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【ka0187 / 黒の夢 / 女性 / 26歳 / 魔術師(マギステル)】