※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夜の海辺をあなたと共に
この日、自分の店に立つとジュードはちょっとだけ特別な気分になれる。
あの人の姿はここに見えないけれど、とても素敵な想い出だったから、記憶を温めるだけで幸福が溢れるような想いをした。
四年前の事だ。結んだばかりの絆はまだ頼りなく、未熟だったジュードは不安と困惑が強くて、なのに期待を捨てきれなかったから、想い人を追いかけながら浮足立つ気持ちにドキドキしていた。
バレンタインのお返しをわざわざ俺の店で買うような意地悪、なのに、閉店後の時間を全て俺のためにくれるような溺愛。
酔眼に見た錯覚じゃないかと一瞬思いもしたのだけれど、手元に残った色々が現実だと証明してくれたから、随分と救われた。
あの時の想いが今も残っているから、接客にも慈愛のような笑顔が滲む、当時は違う理由で力が入ってしまっていたのに、変われば随分と変わるものだった。
陽が落ち、恋人であるエアが店先に姿を見せる。
一足先にジュードへ差し出される花束が、夜を共に過ごして欲しいという誘いの合図。この日の夜が彼のためにあるのはもうお約束のようなものだけれど、欠かさず手を差し伸べてくれる彼をたまらなく愛しく感じる。
「今日の夜を、俺にください」
「喜んで」
最初の時は、いかにも遊び慣れてるといわんばかりの誘い方だったのに、絆が深まった今では逆にかしこまるのだからなんとも可笑しい。
約束を取り付けると、また後でと一旦分かれた。
予め用意していたスペースに花束を収めると、バックヤードが少し華やかに映る。
今年の花束はちょっと趣が違う、花束といえば花をメインに緑葉を添えるものが多いが、エアが今年用意したのは、枝をも美しさの一部とする雅な桃の花束。
この界隈では余り見ない種類の花だから、彼はこれを東方から手配したのだろう、その心境を推し量ろうとすると、ジュードはどう受け止めていいかわからない、くすぐったい気持ちになる。
言葉はなく、回りくどいが、エアは確実にジュードに気持ちを伝えようと苦心している。
少しだけ顔を近づけると、ほのかな芳しい香りがジュードの嗅覚を満たした。
花言葉は確か――『私はあなたのとりこ』。
…………。
店を閉じ、ジュードは奥に引っ込んでお色直しをする。
彼の人を想いながらするおめかしは、胸を踊らせる期待が伴って、それだけでも楽しい時間になった。
この日のために選びぬいた服を纏い、髪を結って、鏡で身だしなみを確認する。想うだけでもここまで幸せになれるけど、必要以上に彼を待たせる訳には行かないから、仕上げを確認したのちに待ち合わせ場所へと赴いた。
ジュードの軽い足音を聞き分けて、彼はすぐにジュードの方を振り向く。彼の唇から零れる息には、ジュードを迎えた安堵と穏やかな包容力に満ちていた。
「お待たせ」
使い古されたデートのフレーズも、彼とのやり取りならば愛おしい。スカートの裾をつまみ、エアを見上げて小さくカーテシーをすると、優しい声色が今来たところだと返した。
高級店に赴く事は事前に聞いている、ジュードの服はそういう場所でも決して侮られる事のない二重の意味での勝負服だし、エアも今日は値の張るスーツでフォーマル寄りに決めている。
エアの鍛えられた体格は服と自らをお互いに引き立てるけど、何よりも片目にかけられたモノクルがジュードの表情を緩ませた。エアの腕を取って甘え、機嫌の良さを示すようにして顔をすりつける。
「エアさん、すごくかっこいい」
店の事で立て込んでいたから、バレンタインのチョコは贈り物と共にユグディラに持たせて届けてもらった、その贈り物がエアのつけているこのモノクル。
フレームから下がった鎖が横顔にかかり、エアが持つ知的で思慮深いイメージを強調している。
「直接渡せなくてごめんね」
詫びを告げる言葉には申し訳無さの色がやや深い、手渡し出来なかった理由は伝えていて、エアが理解を示す事もわかって尚そうするのは、ジュードにとって愛情とかけがい、どちらも下に置くつもりがないと示すためだろう。
ワガママを聞いてもらったのは自分、その上で恋人を気にかけている事を伝えるのだって怠らない。
「気にしてないさ、埋め合わせに足りるものを十分もらっている」
エアに渡されたチョコは、ジュードが好む海のモチーフから取った貝殻の形。
自分の好みをチョコにして渡すというのが、彼の心の大切なものを分けてもらっているようで、意味を知るエアはそれだけでジュードの真摯さを汲み取る事が出来る。
「ジュードも綺麗だ、夜の妖精かと思った」
「っ、……ありがと」
こういう人だとわかっているのに、ジュードが一々ときめいてしまうのはもう許して欲しい。
不器用なのに、時々遊び人な手管を発揮するのはずるいと思っているのだ。
細かくセットされた髪に触れるのは遠慮したか、エアの空いてる腕がそっとジュードの頬をくすぐる。食事前にもうたまらなくなりそうだから、ジュードはエアの腕を突っついて、早く行こうとせかした。
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かなり高級と言える店で食事を取る。
大人の余裕があるように見えて、エアが金銭以外での甘やかし方を知らなかったなど、ジュードは気づくかどうか。
繊細なエスコートも、真っ直ぐな言葉も、全ては今日、ジュードのためにそうしようと思って行われた。
エアが想う唯一の至宝として、大切に大切に扱う。
食事は品良く済まされ、店を出たのちに、夜のリゼリオを巡る散歩がてらのデートが続けられた。
海辺へと向かう夜道を寄り添って歩く。重なり合った手に、指は固く絡められていた。最初はこんな事をするにもジュードは自分に言い訳していたけれど、今なら言い訳などするまい、理由を求められても『好きだから、恋人だから』で済ませるだろう。
「俺が贈ったチョコはどうだった?」
「……」
ジュードの問いかけに対して、エアは少し考え込む素振りの後、どこから語ったものかといった感じで笑った。
ユグディラがジュードの使いとして運んできた箱は鮮やかな海の色、かけられた白いリボンは浪か雲のようで、どれにせよジュードを想うイメージとしてよく合っていた。
「味が色々あったのに驚いたけれど、どれを食べてもジュードの事を思い出していた」
塩味の効いたキャラメル、南国の果実、東方を連想させる抹茶。食べる度にどうしてこのチョイスなのか考えていると、いずれもジュードと関わりのあるルーツだと思い至る。
「その……考えながら食べてる内に、気がついたら殆ど完食してた、美味しかった」
いい大人なのにまるで自制が効いてないようで、自白するエアには少しの恥じらいが見える、バツが悪そうに頬をかくと、ジュードは嬉しそうに笑って、いいに決まってるじゃないと身を翻した。
街区が途切れ、海辺にたどり着く。人影など当然あるはずもなく、無人の夜の砂浜をジュードはくるくると回りながら足跡をつけて歩いていく。
その後ろをエアがゆっくりと追った、エアが砂浜に踏み込むと、ジュードは砂浜の半ばで止まり、華やかな笑顔を見せてエアの方を振り返る。
「あのね、俺、エアさんが好き。前から恋してたけれど、今はもっと好き」
エアを見つめて、ジュードが逆告白のような言葉を告げる。
思いもしなかった言葉に、エアの動きが止まり、眼差しがただジュードを見つめていた。ジュードが何を言い出すのか予想がつかないと表情が語っている、でも、バレンタインというのは元々そういう日なのだ。
歩みを緩くしたジュードは一歩ずつエアの前に戻ってくる、誰もいないのだから愛を告げるのに遠慮する事はない、それでも尚感じる少しの恥じらいが頬を染め、それ以上の高揚がジュードの背中を押していた。
季節が巡る度に、大切なものをいっぱいもらった。
二人で過ごし、二人で驚き、二人で楽しんで、積み重ねた想い出は、心に降り積もってジュードを温めてくれている。
エアと共に過ごす日々で、恋というものを深く知った。最初は戸惑いが多くて、不安もあって、時には自分を見失ったりもした。
痛みも悲しみも決してゼロではない、でもそれらは乗り越える事が出来て、芽吹いた恋は、ジュードの力になってくれた。
「エアさん、俺と一緒に過ごしてくれて、有難う」
囁くような言葉を夜に紛れて語る。腕を組んで歩くのはとても心地良い、がっしりとした体は大樹を思わせて、安心するしドキッとする。
ごつごつした体に触れるのが好きで、無骨さに反して、その手が優しい事も良く知っている。
遠くを見る眼差しには時折切なくなる、でも、憧れも覚えていた、俺はずっと、遠くを見るのを諦めていた事があったから。
「これが俺からの告白」
受け取って欲しいとか、返事が欲しいとか、そういう事は言わなかった。
最後で遠慮してしまう癖はジュードも持っていたけれど、今度はそうじゃない、ただエアとの日々に後悔とやり残しはしたくなかっただけ。
「ジュード……」
「なぁに?」
何も知りません、そういった顔でジュードは蠱惑的に笑う。
嘘ではない、言われていない言葉はジュードにはわからない、推測はするけどそれを絶対とする事はないだろう、だからここまでの言葉は、ジュードが好きで語った事だ。
俺の存在そのものが、あなたの成し遂げた事。あなたと重ねた年月分の気持ちはこんなにも大きくて、俺を幸せにしてくれる。
あなたがくれた気持ちでここまで強くなったから、俺は前を向けるって伝えたかった。
……だから、ね。
「君がいてくれて幸せだよ、フォス」
この言葉が、あなたの心奥に触れますように。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男性/30/魔術師(マギステル)】
【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】
副発注者(最大10名)
- ジュード・エアハート(ka0410)