※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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男子、厨房に立つ
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小鳥の声が賑やかに響く。
ベッドで薄目を開けたブルノ・ロレンソは、久々に耳にしたその音が何を意味するのか、暫く考えていた。
「朝、か……」
厚いカーテンは日光を遮り、寝室は暗く静かだ。
いつもなら昼過ぎまでここで眠るブルノだったが、のそりと身体を起こす。
「……ツッ」
軽い頭痛に思わず顔をしかめた。
それを切欠に、昨夜のことがおぼろげながら蘇ってきた。
外したネクタイと上着を椅子に引っ掛け、靴と靴下を脱いだことを思い出す。
つまり、そのままベッドに倒れこんだというわけだ。
薄暗い中で目を凝らすと、脱ぎ捨てた物がちゃんと記憶通りの場所にあるのが見えた。
そこでまた、軽いが不快な頭痛。
――もう一度寝なおすか。
どうせ今日の仕事は日が落ちてからだからな。
だがそこで起きたばかりのブルノにしては珍しいことに、唐突な空腹を覚えたのだ。
(面倒だ。寝てしまえば忘れるだろう)
……と、ベッドに潜り込もうとしたが、一度感じた強い空腹はこのままでは収まってくれそうもない。
ブルノは諦めて、ベッドに暫しの別れを告げた。
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階段を降り、キッチンに向かう。
そこでキッチンに繋がる居間兼食堂に何かの気配を感じ、ブルノはウェストベルトに挟んだ銃に静かに手をかけた。
音をたてないように少しだけ扉を開き、身体は壁にぴったりと寄せ、室内を伺う。
はたして、一人の男がソファに寝転がっているではないか。
ドアを開き、ブルノはずかずかと部屋に入ると、ソファの角を(ソファが傷まない程度に)軽く蹴った。
「……何してんだ」
背もたれ側に顔を向けた茶髪の男は、小さくクックと笑っている。
笑いながらもその右手は、枕にしたクッションの下にさりげなく入っていた。
「君がここで寝ろって言ったんじゃないか」
そう言って顔をこちらに向けたのはオスワルド・フレサンだった。
「何?」
ブルノが顔をしかめる。
「そうだぞ、覚えてないのか? 俺は別にベッドで寝てもよかったんだが」
ブルノはまた、少しだけ昨夜のことを思い出した。
そういえばベッドに入りこもうとする誰かを、蹴りだしたような気もする。
鉛弾をぶち込まなかったという事は、一応家にいることを許した人間だ。
――ああそうだ。
ブルノはようやく思い出した。
昨夜はオスワルドが珍しく良い酒を持ってやってきて、一緒に飲んで、少し深酒してしまったのだ。
ソファの傍のテーブルには、酒瓶やグラスが残ったままだ。
この部屋にはときどき、こうして泊まりこむ奴がいる。オスワルドは自分で勝手に毛布を探し当て、ソファのクッションを重ねて眠ったというわけだ。
「寒くもない、そこで充分だろうが」
ブルノはそれ以上オスワルドに構わず、キッチンへ向かう。
「ああ、確かに寝心地はよかったよ。いいソファだね」
邪険に扱われたことを気にする様子もなく、起き上がったオスワルドは思い切り伸びをした。
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だがキッチンに入り一通り辺りを見渡したブルノは、重大な難問に気付いたかのように眉間の皺を深くしていた。
「……これだけか」
買わない食材がそこにあるはずもなく。
昨夜のつまみの残りであるベーコンひと固まりと、少し古くなった卵がいくつか、それに硬いライ麦パン。
これが使えそうな食材の全てだった。
普段は外食しかしないのだから当然である。寧ろこれだけあったほうが奇跡だ。
「これは有難い。丁度腹が減ってたんだ」
オスワルドがにこにこしながらキッチンに入ってきた。
「…………」
ブルノは舌打ちこそしなかったが、ますます渋い顔をする。
だが冷静に考えて、自分だけが食べるには多い量だ。そしてこのままでは、確実に卵もベーコンも腐る。腐るぐらいなら食わせてやってもいいだろう。
ブルノは無言で物入れを探り始める。
……最後にフライパンを使ったのは何時だったろうかと思いながら。
オスワルドも勝手にキッチンを探り始めた。
「こういうとき、結構勘が働く方でね。へそくりなんかが出てきたらどうしようか?」
「……フン」
ブルノの反応はそれだけ。
一瞬、オスワルドに調理を押しつけようかとも思った。
だが首を振って思いなおす。
自分の失敗の責任をとるのは仕方ないが、他人の失敗の後始末は御免だ。
――つまり、料理の技能についてはオスワルドにも期待は出来なかったのだ。
ブルノは真剣な顔でコンロに火をつけ、フライパンを置き、切ったベーコンを並べる。
じゅわっと脂が染み出たところでベーコンを裏返し、火が通ったところで卵を割り入れる。
パンは薄く切って余った脂で焼けば、バターがなくても食べられるだろう。
「コーヒーカップはこれでいいかな」
「……そいつはティーカップだ。間違うな」
「はいはい」
オスワルドはおどけた様子で肩をすくめ、カップを並べなおした。
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コーヒーの香りとベーコンの香りがキッチンに立ち込める。
オスワルドは、コーヒーを満たしたカップをちょっともったいぶってブルノの前に置いた。
「すごいな、君の手料理を食べられる日が来るなんて。夢にも思わなかったよ」
嬉しそうにそう言うと、自分の前にもコーヒーを置いて椅子にかける。
「俺もお前に食わせるつもりなどなかったがな。……まあ及第点だ」
オスワルドが淹れたコーヒーのことだ。
「それは光栄だね」
コーヒーは切らさず用意してあった。だがそれだけブルノがコーヒーの好みに煩いという事でもある。
及第点なら上々というわけだ。
ふたりは向かい合って朝食をとった。
オスワルドはしっかり焼いたサニーサイドアップにナイフを入れる。
「それにしてもよく卵があったね」
「いつのかわからんがな。夏でもない、黄身が潰れてなけりゃ大丈夫だろう」
「運が悪ければ君と心中か……それはちょっと勘弁願いたいね」
そう言いながらも、オスワルドは全く気にする様子もなく卵を口に運ぶ。
その後キッチンに響くのは、ほとんど食器の音だけ。
けれど無言はそれほど気づまりではなく。
敢えて言うなら古馴染みに特有の、共に創りだす空気を味わうような時間だった。
こんなところがブルノの店の連中に、オスワルドを「ブルノが気を許す数少ない友人」と思わせるのだろう。
だが当人たちがどう思っているかは誰にもわからない。
ふたりともそんなことをわざわざ言葉にするような歳でもない。
ほとんど食べ終わった頃、ふと思いついたようにオスワルドが呟いた。
「ねえ思ったんだけど」
「なんだ」
ブルノもフォークを置こうとしているところだった。
「これっていわゆるモーニングコーh」
トスッ。
「なんならもう二度と起きなくていいようにしてやろうか?」
ブルノの声が冷え冷えと響く。
「それは困るなあ」
にこにこ笑うオスワルドの、テーブルに添えた指のすぐ傍に、ブルノのフォークが突き立っていた。
「さて、ごちそうさま」
オスワルドは何事もなかったようにフォークを回収し、コーヒーを飲み干す。
「あぁ、もう作らん」
ブルノが顔を顰めている。だがこれはオスワルドのせいではなく、自分の手料理のせいだった。
死ぬほど不味いわけではないが、焼き足りないベーコンと焼き過ぎた卵の取り合わせは、あまり褒められたものではなかった。
口元をナフキンでぬぐい、ブルノが席を立つ。
「俺は二度寝する。出るなら鍵を掛けて行けよ」
「俺ももう少し眠らせてもらおうかな。ああ、ここは片づけておくよ」
オスワルドはひらひらと手を振る。
「好きにしろ」
ブルノはキッチンを出て、自室に戻って行った。
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その夜、仕事に出てきたブルノが何時にも増して顰め面をしている理由を、従業員たちは慄きながら推測したという。
理由が生臭いベーコンの悪夢であると言い当てられたものは、当然ながら誰もいなかった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1124 / ブルノ・ロレンソ / 男性 / 55歳 / 人間(CW)/ 機導師】
【ka1295 / オスワルド・フレサン / 男性 / 56歳 / 人間(CW)/ 猟撃士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、いつもありがとうございます!
お待たせいたしました、おじさんふたりの朝ごはんの一幕をお届けします。
番外編的なエピソードで、大変楽しく執筆いたしました。
コミカルに寄り過ぎて、キャラクター様のイメージから離れていないようでしたら幸いです。
副発注者(最大10名)
- オスワルド・フレサン(ka1295)