※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
愛は次元を超えるか


 窓から吹き込む風に、レースのカーテンが揺れる。
 柔らかく差し込む陽光の中、少女は少し困ったような微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「はぁ……っ」
 ジャック・J・グリーヴは今日何度目かの切ない溜息を漏らす。
 部屋には少女とジャックのふたりきり。邪魔するものはない。
 ジャックが遠慮がちに目を上げた。
 自分のベッドの上に、サオリたんが横たわっている。この震えるような背徳感はどうだ。
「お迎えして……良かった……!!」
 うっすら涙すら浮かべながら、ジャックは幸福に満たされる。
 がば。
 ジャックはいきなり床にひざまずいた。
「切ねぇ……でもサオリたんここにいてくれるだけで、俺様は……俺様は幸せだあああああ!!!!」
 それでもサオリたんの微笑みは変わらない。
 何故なら、彼女はこの部屋にいながら、この世界の存在ではないのだ。


 思い起せば、出会いは四角い枠の中だった。
 男に対しては強気すぎるほどに強気なジャックだが、実は家族以外の女性とはまともに口を利くこともできない。
 これではいけない。
 常々そう考えていたのだが、商売のネタを探して訪れたリゼリオ島のジャンク街で、何となく気になる商品に出会ったのだ。
 箱書きにはポップな文字が並んでいる。

 ★あなた好みの女の子と仲良くなって、楽しいスクールライフ★
 ★おしゃべりしたり、デートしたり……ドキドキでいっぱいの毎日★

 どうやらリアルブルー産の商品らしい。店番の男に尋ねると「ぎゃるげえ」というものだという。
(……こっそり女性との会話を練習できるってぇ訳か)
 これが運命の出会いだった。
 画面の向こう側から微笑むサオリたんの可憐さに、ジャックは雷に打たれたような衝撃を覚えたのである。

 需要のある所供給あり。
 どうやらサオリたんはかなり人気があったようで、関連商品も大量に出回っていた。
 可能な限りそれらを入手し、悩みに悩んだ挙句、ジャックはついに「抱き枕」の購入を決意したのだ。
 サオリたんをお迎えするにあたり、ジャックは念入りに部屋を掃除した。
 カーテンもサオリたんに相応しいレースに変え、軽くオードトワレ等も撒いてみた。
 悩みぬいて、部屋で一番くつろげる場所へご案内。そこがベッドの上だったというだけだ。ああ、やましい気持ちなど微塵もないのだ!

 が。
 ジャックは居心地悪そうにもぞもぞし始めた。
 ベッドに近寄っては離れ、また部屋の中を回ってベッドに近付く。
 遠慮がちに指を伸ばしたところで――
「ジャック兄さん、そろそろお茶の時間ですよ」
「ほわぁぁぁっぁああああ!?!?!?!」
 何たることか、気が急く余り扉に鍵をかけ忘れていたらしい。
 ノックの音と共に、弟のロイ・I・グリーヴが部屋に入ってきたのだ。



 遡ること、少し前。
 ロイは自室で机に向かっていた。
 書物や書類、メモなどを前に、もう随分長い時間そうしているのだ。
「……難しいな」
 腕組みして息をつく。
 会計学、経済学、統計学……そんな文字が書物の背中に並ぶ。

 グリーヴ家はいわゆる成り上がり貴族で、ロイはその三男として生まれついた。
 末の男子ともなれば普通は可愛がられ甘やかされて育つものだが、この家は代々自由すぎる自由人が多く、その分を真面目すぎる誰かがフォローするという役割分担ができあがっている。
 当代の苦労人ポジションである父の背中を見て育ち、ロイはいつの間にか兄弟の中でその役割を担いつつあった。
 だが不思議と兄弟たちはそれぞれに特別な才を持っていた。尤も、そうでなければとっくに家が潰れているだろう。
 ロイ自身は、自分には特別に輝く才はないと思っている。だから一生懸命努力するのだ。

「それにしても、兄さんはこういうことを勉強しているようには見えないのだが……」
 次兄のジャックのことである。
 彼には商才があった。
 目端が利き、押しが強く、他人との距離をあっさり縮める不思議な魅力(※但し男限定)。
 物の売り買いのタイミングや、次に何が売れるかを感じ取るセンスは、真似しようと思ってもなかなかできるものではない。
 勿論、得意分野はジャックに任せるつもりだが、多少なりとも自分も助けになれればと、こうしてロイは勉強を続けているのだ。

 ふと顔を上げると、お茶の時間が近かった。
 ロイは本を閉じ、思い切り伸びをする。
「少し休憩しようか」
 家にいる者とお茶を楽しみ、その後は軽く剣術の鍛錬でも……等と、実に健全かつ健康的な予定を立てて、部屋を出た。

 廊下を歩きながら、ロイは兄弟たちの予定を思い出す。
「ジャック兄さんは家にいるはずだな」
 普段何かと忙しく外を飛び回っているジャックだったが、最近は家にいるときは部屋に籠って出てこないことが多い。
 読書にふけるタイプでもないので少し不思議ではあったが、特に干渉するつもりもなかった。
 ただどうせ家にいるなら、お茶ぐらい一緒に楽しもうと思ったのである。
「ジャック兄さん、そろそろお茶の時間ですよ」
 声を掛けてノックし、ノブに手を掛けた。鍵のかかっていなかった扉は静かに開く。
 奇妙な吠え声が響き渡り、その向こうでは――

「……一体それは何ですか、兄さん」
 ロイの声は絶対零度の冷気を纏っていた。
 ベッドに伸びたジャックの手は、あられもない姿で頬を染める少女の巨大なイラストを握りしめていたのだった……。



 ジャックはこの状況をどう取り繕うか、必死に考えた。
 だが突然の出来事に、いつもは鋭敏な脳もパニックを起こしていた。
「い、いきなり、何だよ、てめぇはァ!」
 こんなつまらない言葉しか出てこないのだ。
「お返事の前に部屋に入ったことは謝ります。ですが、それはなんですか」
 腕組みしたロイが、冷たい視線でジャックの手元を見つめていた。
「な、何って……」
 ジャックはそこで自分の手が、あろうことか、サオリたんの絶対領域を鷲掴みにしていることに気付いて卒倒しそうになる。
「ち、違う! これは事故だ!! 俺様は決して、サオリたんにやましい気持なんて持ってねぇ!!」
「サオリたん……?」
 ぴくり。
 ロイの頬が引きつった。
「ほら、こっち側! こっち側が正しいんだ!!!」
 ジャックは、サオリたんを普段着側にひっくり返した。
 裏側はチラ見するのも恐れ多いと思っていたのに。三日位して、サオリたんがいいのよって言ってくれたら拝むつもりだったのに!!

「ジャック兄さん」
 ロイの低い声が地を這うように響く。
「俺はこれでも、兄さんを尊敬しています。ですが……流石にその趣味はいただけませんね」
 ジャックがピクリと肩を震わせる。
「兄さんが少し女性が苦手なことは知っています。だからと言って、破廉恥な姿絵にそのような……情けないとは思わないのですか」
「俺様のサオリたんを破廉恥だと……ッ!!」
 ジャックは突然、獣のように敏捷に動いた。
 ロイの襟元を掴み、吠える。
「てめぇなんかにサオリたんの素晴らしさがわかってたまるかよ! 謝れ、サオリたんに謝れ!!」
 ロイはこめかみがぴくぴくと引きつらせ、ジャックの腕を掴み返した。
「兄さん、少し頭を冷やしたらどうです。おっしゃっていることが滅茶苦茶ですよ」

 そこからはお決まりの兄弟喧嘩だった。
 掴みあい、頭をぶつけあい、足を蹴りあい。
 ただ不幸なことに、そこは室内で。ジャックの頭突きでよろめいたロイは、敷物に躓いてベッドに背中から倒れ込んだ。
 無我夢中のうちに、手に触れた物を力いっぱい振り上げると、ジャックの物凄い悲鳴が響き渡る。
 ――気がついた時には遅かった。
 最愛のサオリたんはジャックに激突、縫製の甘さもあって脇が裂け、中身の綿をぶちまけていたのだ。
「な、なんて、酷いことを……!」
 怒りも忘れて床に座りこむジャック。
 震える指先が、はみ出た綿をかき集める。
「しっかりしろよ、サオリたん……こんな傷、すぐに治してやるからな……ッ!!」
 うおおおおお。
 無念の叫びを上げ、ジャックは床にくずおれた。

 反撃に身構えていたロイは、その姿に拍子抜けした。
 続けて、どうしようもない後味の悪さがじわじわとこみ上げる。
 ロイは部屋を出て、裁縫セットを持って戻ってきた。
 だが、キズバンを握りしめるジャックの姿に尖った声が出る。
「キズバンで直る訳がないでしょう!」
「治る! 俺様が治してみせる!!」
「貸してください」
 ジャックを押し退け、ロイは溜息をついて抱き枕を取り上げた。
「サオリたんに針なんか刺すなッ!!」
「傷口が大きいから縫うんです! 手術です!!」
 いつの間にかロイもジャックのノリに巻き込まれている。

 ロイは意外にも器用に、抱き枕を補修した。
「……これでいいんですね」
 改めてそのイラストにげんなりしつつ、ジャックに押しつける。
「ああ……よかった、サオリたん……大丈夫、キレイだよ……!」
 溜息をついて、ロイは裁縫道具を片付けた。
「それで、そのサオリたんは何をしてくれるんですか? 商売が上手くいくお守りか何かですか」
「ロイ」
 ジャックが真面目な声を出したので、思わずロイも顔を上げる。
「てめぇにはわからないのか? 世の中にはな、金で買えない物もあるんだってことが」
「……何ですか」
 気圧されるロイに、ジャックは重々しく告げる。
「例えば、サオリたんの愛だ!」
「いい加減にしてくださいッ!」
 今度は普通のクッションを選んで叩きつけるロイ。
「あっ、てめぇには聞こえなかったのかよ! 今、サオリたんが『ありがとう、もう大丈夫よ』って言ったじゃねぇか!!」
「聞 こ え ま せ ん」

 ジャックが二次元の世界に戻るのが先か、サオリたんが三次元世界に来てくれるのが先か……。
 それは誰にもわからない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男 / 19 / 夢追人】
【ka1819 / ロイ・I・グリーヴ / 男 / 18 / 針職人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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楽しいイラストから連想して、かなり好きなように執筆致しました。
おふたりのイメージを損なっていなければいいのですが……。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
副発注者(最大10名)
ロイ・I・グリーヴ(ka1819)
クリエイター:樹シロカ
商品:WTツインノベル

納品日:2015/08/27 18:03