※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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囲い込むなら貴方だけ
「ふふっ♪ 悪いことだって、知ってたんだよね?」
今日もまた、跳ねるような声が路地裏に響く。
「……あれ?」
夢路 まよい(ka1328)の声が楽し気に、倒れた男達に向かって、けれど言葉を返す者は誰もいない。
「もう、眠らないで頑張れるお兄さんは、居なくなっちゃったんだね~」
それはもう、随分と前からわかっていた事だった。守護者になる前から……いや、覚醒者となって、ハンターとして活動を始めて、気に入りの魔法を自由に試せるようになってから、まよいの箍は、柵は、ずっと外れたままだった。
リアルブルーに居たころは知らなかった自由を謳歌して、自分で決める生活を楽しんで、力を正義を常識を積み重ねていく時間は目まぐるしくて、でもいつも充実している。
クリムゾンウエストが好きだし、リアルブルーも好きだ。
世界にある精霊がどうだとか、そんな一部分だけじゃなくて。
知らなかったことを知ったことで、自分の感覚で確かめられるすべてが好きだ。
かつて“パパ”と呼んだ人がどんな想いをもってまよいの行動を制限していたか、なんて細かい事はどうでもいい。
当時も今も、これから先もきっと気にすることはないだろう。
ただ、彼に感謝はしていた。
普通の生活がどんなものか、そんなもの経験したことのないまよいは知らないけれど。
伝え聞こえてくる同郷の者達の語る話を聞く限り、自分の経歴は、リアルブルーでの生活は普通ではないらしいけれど。
あの時はあの時で別に不満はなかったし。
その生活があったからこそ今が楽しいと思うから。
あの頃はその生活が当たり前だったから、それが普通だったから。
この世界に来るまで知らなかったけれど、がんじがらめで窮屈に感じていたらしいと、知った。
だからこそ開放感を知った時に感動さえしたし、力を行使して、解き放った結果を眺める行為が好きだ。
まよいはまよいの思う通りに迷わず行動することそのものが好きだ。
それだけではいけない、と今では知っているし、必要な時は弁えることもできるようになったけれど。
それでも。
やっぱり、せめて、力を。
この世界に来たことで手に入れた力を、おしみなく行使する。
思う通りに物事が進む。
そんな瞬間が、たまらなく、好きだ。
「お呼ばれは~、してもらえないのかな?」
ぽつり、零れるのは新しい遊びへの欲求。
路地裏を、裏道を、光の当たらない場所を当たり前に歩む者達にとって、まよいの存在は随分と知れ渡ってきていた。
おあつらえ向きに商品向きの丁度いい獲物がいると、そう言っていた者達は皆物言わぬ姿で発見された。
初めは偶然と思われていたけれど、同じことが繰り返されるほどに彼等は警戒を強めたのだ。
少しずつ、まよいの特徴は知られていった。
おかげで少女の誘拐事件は減った、というのならまた誇らしさはあるけれど。まよいは、良くも悪くもこの界隈で、有名になりすぎたのだ。
意図して身を潜めようとしない限り、まよいの居場所は常に察知され続けているらしい、とは誰から聞いたことだったか。
悔し紛れに零れた言葉の欠片を少しずつ集めて、繋ぎ合わせて。
やっと答えに辿り着いた時は、確かに手応えのない者達にしか出会わなくなっていた。
「なぁ~んだ、かくれんぼかなあ?」
彼女のいない道を、彼女の向かう場所とは違う街へ。まよいの遊び相手となり得る者達は、彼らなりに情報をもってまよいへの対策を練っている。
まよいは特別隠密に長けている、というわけではなかった。
多少の技術を齧りはしたが、本格的に修める気はなかった。
あくまでも、ほんの遊びに使える程度の忍び足。
人より少しだけ、闇夜を見通せる暗視。
迷子の演技をよりそれらしくするためだけに必要な、地形把握。
ほんの少し、人の気を逸らすことができる気配の殺し方。
近場に潜みやすくさせて油断を誘うための、死角の把握。
そこに目いっぱいの遊び心と、幸運のお守りを添えて。
散歩感覚で路地裏に入り、宝物を探すように的を探していく。
隠してばかりじゃ、思いきり力をふるえないから。
好きな服を着れないなんて、そんなこと選ぶ気はないから。
演技とは名ばかりで、ただ好きなように、望んだ結果を引き寄せるだけだ。
まよいは迷いの思う自分の姿を、損なわせる気はないから。
そんなまよいにひっかかる獲物は、よほどの間抜けか片足を突っ込んで間もない素人ばかり。
それもまた、まよいの欲求を満たし切れず。燻らせていた。
「あれぇ、お兄さん運がいいのかなあ?」
たった一人だけ、幻影から逃れた男がひとり。仲間だったはずの者達が倒れ込んでいく中も、逃げなかった男がひとり。
その瞳には常にまよいを映していた。
「ふふっ♪ お兄さん達、沢山集まってどうしたの?」
四方を囲い塞がれたまよいを、怯まず男達に笑顔を振りまくその様子を、唇から零れる言葉を逃さないように、物陰から見つめ続けていた。
「遊んでくれるって、知ってるよ? だから最初っから、遠慮しないでいくね♪」
慎重に距離を測る男達は、けれど数を揃えても、結果が変わらないなんて、そこまでは知らなかったのかもしれない。
マテリアルは囲まれると気付いた時点で練り上がっていた。瞳の輝きは、笑顔で目を細めた瞬間に紛れてあまり、目立たなかった。
それでも風なくたなびく髪に身を震わせたのは、その男だけだった。
「あ~あ、あっけないって、知ってるのになあ」
ねーっ?
そう、まよいが視線を合わせて声をかけても、ただ、まよいの姿を追うだけだった。
「もう起きなくていいんだよ♪」
幻影に、夢の迷宮に捉われた男達ひとりひとりに丁寧に“おやすみ”の挨拶をしている姿を見つめて続けて、少しずつ熱を持っていった。
暗がりにいくつも咲き誇る朱い華が足元を濡らしても。まよいを見つめ続けることをやめなかった。
「それで、お兄さんは何か、言いたいことはある?」
ちょうど、幻影の範囲から独りだけ外れていたから。ほんの気紛れで放っておいただけ。
逃げる様子もないから、どうせ同じ結果になるのだから。後回しにしただけ。
まよいのすることは変わらない。
「せっかくだから、聞いてあげるよ?」
妙に熱っぽい視線は強くなるばかりで、気になるばかり。
だから聞いた。
覚えがあるような気もするけれど、薄れた記憶は必要な情報をもたらさなかった、
それだけ、なのに。
広げられた両腕。意味が分からない。
嬉しそうな笑顔。気味が悪い。
避ける。
脚をかける。
転ばせる。
伸ばされる手。気持ち悪い。
突然の睦言。聞くだけで不快。
懲りずに起き上がる男は既に、堕ちている。
熱はある、けれど濁り。
息はある、けれど鈍い。
「生まれ変われなんて、しないんだよ?」
覚醒しても、本質は変わらない。まよいはそれを知っている。
堕落しても、本質は変えられない。だからそれを断言できる。
「それに、私は捕まる気だってないんだから♪」
紫色と一言で呼ぶには難しい、様々な色を、清濁併せ持ってどうにかその色に収めたような。マテリアルが生み出した球体を男の心臓へ。
「プレゼントあげるから、これで逝ってね?」
ここには居ない、彼を想う。
自由な背中を守りたい。
自分の背中を任せたい。
まよいが囲い込むなら、貴方だけしかありえない。
まよいを囲い込むなら、貴方だけしかみとめない。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【夢路 まよい/女/15歳/魔壊術師/けれど言葉で届けはしない】
このノベルはおまかせ発注にて執筆させていただいたものになります。