※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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海に行く。一人で。
坂の上に浮かぶ入道雲をアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は見上げた。
あの坂を登れば海だ――逸る心に体の奥が何やらくすぐったい。
そのまま太陽へと視線を動かす。
「絶好の海水浴日和ダネ」
パーカーを羽織ってなお肌を焦がす凶暴な陽射し。だがアルヴィンの声は弾んでいる。
尤もアルヴィンのパーカーは日焼け対策ではなくお家騒動など作った傷を隠すためのものなのだが。
「炎天下……ってこういうのを言うのカナ?」
オールドリッチ家の跡取り候補として教育を施されてきたはずの自分は真夏の日差し一つも知らなかった、と容赦ない陽射しに目を眇めた。
海水浴だって物語でしか知らない。
麦わら帽子、空色のパーカー、深い青の水着、皮のサンダル、浮き輪も本で調べ揃えた新品たちだ。
「でもネ、僕でも知ってル事があるのサ」
太陽へ内緒話。
眼を閉じ大きく深呼吸。
「海の匂いと波の音……」
瞼の裏に先日の依頼で初めてみた海の光景が浮かぶ。
磯臭い、潮の香――書物でなら何度も見かけた。でも実際それを教えてくれたのはその海に他ならない。
しかし海に入ることは叶わなかったので、このリゼリオ近郊の小さな海水浴場へ来ようと思い立ったのだ。
実家ではアルヴィンに終身前に読む本を選ぶ自由すらなかった。外出なんてもってのほか。
だが今回は自分で決めた旅、坂を上る足取りだって軽くなるというものだ。
坂を上りきった途端に開ける視界。
輝く海。
沖合の小さな島。
遠く影絵のような船。
それらを映す青い瞳も海に負けず劣らずきらきらしている。
そんなアルヴィンの脇を地元の子供たちが駆け抜けていく。日焼けした足が蹴り上げる真っ白な砂。
「郷に入りテハ郷に従え」
アルヴィンもサンダルを脱いで駆けだす。
「っ! 熱ィッ!」
焼けた砂は比喩ではないと知る。
跳ねるアルヴィンを先ほどの子供たちが笑う。
「すごい熱いネ。驚いたヨ」
「海は初めてか? じゃあ楽しみ方を教えてやる」
年嵩の少年に海の家へと連れていかれ言われるがままにパラソルや椅子を借りて戻ってきた。
所謂「カモ」だが気にしない。
「これ見たことあるヨ!」
寧ろ浜辺に咲いた能天気なトリコロールカラーのパラソルや椅子に盛り上がる。
「サテ」次はお待ちかねの海。
日焼けを気にしてか上着を着たまま遊ぶ人もいるので、アルヴィンがパーカーを羽織ったままでもさして気にする人がいないのは良い。
濡れた砂を踏みしめる足を波が洗って引いていく。
「わ……ふふ……っぅわ!!」
足の裏、砂が波にさらわれ足場が崩れていくような感覚にバランスを崩し見事な尻もち。
水飛沫が顔を濡らし、唇についた海水を舌で舐めた。
「ウン、塩辛いネ」
もう一度、指で海水を掬って舐める。
書物にある通り塩分が含まれている。でも単なる塩水とは違う、もっと複雑な雑味がある味。
「どの海も同じ味なのカナ?」
別の海にも行かナイと――思い付きにやはり胸のあたり擽られるような不思議な感覚に襲われる。
立ち上がりアルヴィンは浮き輪を拾う。
波が腰を洗うくらいのところで浮き輪を腕に引っ掛け水底から足を離す。
ふわり、と浮く体。
上に下に、波に運ばれ。
「大物来る、ダヨ!!」
眼前に迫る波の壁。これも余裕で乗り越え――
バシャン!
……られなかった。頭から丸のみされた。
目を閉じる暇なんてなかった。
「……ッ」
手で目を抑えて天を仰ぐ。
海水が目に染みる。本当に痛い、痛いのだが――痛がる声にちょっとはしゃいだ音が混じった。
一人で騒いでいると先ほどの少年が足でもつったのかと心配して来てくれる。
「海水が目にしみてチョット楽しかったんダヨ」
「何言ってんだ」という視線。
昼食は海の家でと決めていた。
とあるハンターの記録に「海の家で食べる美味しくないのに美味しいラーメン」という記述が気になったのだ。
ラーメンもハンターになってから見かけただけなので気になるが、何よりもその矛盾!
ラーメンを運んできたエプロン姿の女性から「息子が世話になったね」とサービスのラムネ。
あの少年の母親だそうだ。
フォークで器用に巻き取り一口。次はスープ。
「ムム」
のびたゴムに絡まる温くてしょっぱいスープ。正直美味しくない……けど。
楽しそうな声に波の音、揺れる木々の影……それらが合わさり。
「……美味しいヨ」
ラムネも温いが喉で弾けるさまが楽しい。
日陰から眩いばかりの浜辺をみれば、大勢の人たちがくつろいだり、泳いだり、遊んだり……
実家よりも沢山人がいるというのに皆笑ってる。
楽しそうダ……
また体の中がくすぐったくなる。
ラムネの空き瓶を揺らす。気泡が浮かぶ厚手の硝子。
不意に思い当たって目の高さに持ち上げた。
向こう側の景色が揺らいで「水の中みたいダネ」と笑う。
「海中の景色もみたいナァ」
でも海水は目にしみる、と溜息をついていると女性が「ゴーグル貸すよ」と。
「ソレがあればしみナイ?」
「勿論さ」
断る理由なんてどこにもない。
ゴーグルを装着し意気揚々と海へと潜る。
見よう見まねで足をばたつかせればなんとなしに泳げているような。
横切る小さな魚を追いかけ頭を巡らせる。
あ……
水面から射し込んだ陽射しがゆらゆら躍る。
体を動かすのを止めると一気に静寂に包まれた。
だというのにそこかしこに感じる人の気配。
不思議だナァ……。
光は伸ばした手からするりと逃げてしまう。
泳ぐ誰かの影が頭上を横切った。
海から上がると子供たちにスイカ割りに誘われる。
「右だよ、右」
「少し左だってば」
ふらふらの足取りのアルヴィンはアドバイスもむなしく見当違いのところを叩く。
「だめだなぁ」笑う子供たちと同じようにアルヴィンも笑う。また体の中がもぞもぞする。
割ったスイカを切り分けおやつタイム。
「塩かけると甘くなるんだぜ」
「ソウナノ? 僕にモ、僕にモ」
西瓜も温い――浜辺で口にするモノはたいてい温いらしい――が、甘い果汁が口に広がり乾いた喉に心地よい。
種飛ばしも参戦した。口に含んだものを飛ばすという初めての行為は難しく「もう一回」と繰り返し子供たちに呆れられた。
夕暮れ、家に帰る子供たちを見送りアルヴィンも宿へと戻る途中、坂の天辺で海を振り返る。
海は遠くに引き、小島まで細い道ができていた。
「干潮カナ?」
そこに海があったのが嘘のようだ。
「今度ハあの道を歩こう」
でもその前に他の海の塩辛さも確かめないと、砂風呂にも挑戦したい、次から次へと浮かんで自分の中を通り抜けていく。
体はくたくただというのに。この落ち着かない感じは何ダろう――胸のあたりを押える。
海に行こう――そう思った時から時々襲われるこの感覚は。
手に伝わる脈打つ鼓動。
砂の熱さ、海の塩辛さ、西瓜の甘さ。
水中から見上げた空。
「あぁ、楽しかったナァ」
心臓が高鳴っている。それだ。この感覚の正体は。
こんなにも鼓動が響いているのはいつ以来か。
楽しい――それこそが、それだけが生きてることを実感させてくれる。
「またネ!」
海に向かって大きく手を振った。
翌日、鏡をみれば頬や鼻の頭が赤い。
「これハ……」
日焼けカナ、と赤くなった手足を見下ろす。
体を動かすたびに衣擦れでヒリヒリするのもこれまた一興だと笑った。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃
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アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
初めての海水浴をお届けしました。
本当やかき氷や焼きトウモロコシ、花火などにも挑戦して頂きたかったのですが字数が足りず。
きっと貴族のアルヴィンさんは足の裏とか柔らかいだろうから焼けた砂はとても熱かっただろうなぁ、と思っております。
ハンターになることを実家の方々は快諾してくれたのか気になります。
気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。