※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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気持ちの名前
胸躍るような、夢心地のような。
楽しい、には違いないけど、ふわふわした気持ちが続いている。
それは、見せてもらったものが余りにも綺麗だからで。
なんでそこまで心動かされるのかと問うのなら、きっと心に描いた美しさを目指して、一心に作り上げた純粋さ故にそう映るのだと。
気高くて、だから美しい。
夏が終わっても、暫しそれを忘れられずにいた。
金魚も、スイカも、夏だからこそ見せてもらった景色で、もしかしたら秋には違うものがあるのかもしれないと考えたら、好奇心に歯止めが掛からない。
誰かとそれを確かめに行きたくて仕方がない。
それもこの事をまだ知らない誰かが良くて、何故そう思ったのか解らないけど、心持ち逸るのにも気づかないまま、アルヴィンの足は知り合いがたむろってるだろうアジトへと向かっていた。
「ネェネェアオちゃん!」
「んー?」
アジトを覗き、唯一たむろってた仲間に声をかけると、気負いのない返事が返る。
視線だけ向けてくる姿はぞんざいで、多分前よりは気安くなってるんだろうが、アルヴィンが満面の笑みを浮かべているのに気づくと、葵は相対するようにげっとした顔をした。
これは多分碌でもない話だ、そんな心当たりがあるような顔。ちょっと色々引っ張り回したので致し方ないかなと自分でも思うが、大体楽しかったから問題ないだろう、少なくとも今回は大丈夫だ。
「行ってミタイお店がアルんダケド、一緒にドウカナ!」
…………。
「絶対碌でもない話かと思ったわ」
「ダヨネー」
甘味を食べに行きたい、それだけを告げると葵は警戒を下ろして出かける準備をしてくれた。
今日で大丈夫なのかと一応確認を取ったら、一瞥された後に「全然問題ないけど?」とあしらわれてしまった。
ダメだったらそう言っている、そんな言葉が振る舞いから伝わって来る。仲間の間に遠慮や我慢は相応しくない、少なくとも葵はそうしようとしていない。だから余計な気使ってるんじゃないわよと言われてる気がして、アルヴィンは噛みしめるようにして、「ワカッタ」と小さく呟く。
道中、仲間から店を紹介してもらった事、連れて貰って目にしたそれがとても綺麗で、葵も好きだろうから一緒に行こうと探していた事を説明する。
葵の機嫌や余裕次第では約束までに留めて置こうかとも考えてたけれど、彼女が大丈夫だというのなら、今日がいいのだろう。
――ダメだったらそう言っている。
そのスタンスをアルヴィンは好ましいと思っていた。
ダメな時に言ってくれるのなら、自分は今此処にいてもいいのだろうか。
彼女が向き合ってくれる度に、許されてるかのような錯覚を覚えてしまい、むずむずと落ち着かなくなる。
限度はある、甘え過ぎるのも良くない、わかっていたけど、つい反応を伺うようにうろちょろしてしまう。
――気を使うのは、彼女に負担をかける事も、嫌われる事も望むところではないから。
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件の店は、記憶通りの場所にあった。
メインストリートから少し外れた、閑静な一角。お品書きこそ一応あるものの、自己主張は控えめで、こんな店があったのかと葵は感心気味に頷いている。
風鈴は外され、店先の置物が月見団子に変わっていた。可愛らしいけど、余りにもさりげない存在感だから、ちゃんと周囲に気づいて貰えているのか少し心配が募る。
営業中である事を確認し、暖簾をくぐると焦げ茶色の渋いエプロンをつけた若者が礼儀正しく迎えてくれる。
バイトかなぁと思うがアルヴィンにとっては尋ねる程でもなくて、二人分のお品書きと考える時間を少しくれるように頼んだ。
品揃えはがらっと変わっていて、錦玉羹が変わらず載っている事にほっとする。
団子が変わった他、栗を使ったお菓子が多く増えている。とりあえず錦玉羹を食べられそうなだけ頼み、葵にも頼みたいものがあるかどうかと尋ねた。
「とりあえずアンタが頼んだ奴でいいわ、お土産の方に興味あるし」
最初から二人で食べられる分を頼んでいるので問題ない、葵はこういう時に一人で見るのを好むって知っていたから、アルヴィンは後を追う事なく、店を見学して回る彼女を見送った。
…………。
然程待つ事もなく、頼んだ品は次々と上がって来る。
紅葉を散らし、底に華やかな鞠を転がしたもの。
夜空をモチーフにしたものは前回にもあって、夏の時は眩い銀河だったものが、秋は透き通るほどの群青に月が一つだけ浮かんでいる。
月を思わせるような薄い黄色に、影絵だけの兎。それを暫し見つめて、アルヴィンはそわそわと葵が帰ってくるのを待った。
葵が帰ってくるなり、アルヴィンは錦玉羹をすすっと彼女の前に差し出した。
あら素敵、と口にした彼女が席に戻る横で、ダヨネダヨネと頷くアルヴィンの気配が告げている。
ニコニコと楽しそうな表情、それだけ見ればいつも通りなのだけど、葵はアルヴィンを一瞥して、アンタもそういう反応するのねと告げた。
「ン? 何のコト?」
「幼児退行」
あんたがやってる事、宝物を見せびらかす子供のそれでしょ、と言われて、アルヴィンはぱちくりと目を瞬かせる。
「ウーン……?」
そうなのだろうか、言われても良くわからない。
「僕は元からコンナ感じダヨ?」
「あーはいはい」
そういう反応しか出来ない顔と、本当にそう思って実行する奴は違うでしょうに、と葵はめんどくさそうにアルヴィンをあしらう。
取り合ってくれる気がなさそうなので、アルヴィンは自分で考え込む。
自分はただ美しいと思ったものを見せて上げたくて、それが「子供らしい行為」なのかどうかはよくわからなかった。
言い換えれば大人らしくないのだろうけれど、それに対する気持ちは不思議さに満ちている。
そうなの? という驚き、少しの不安と、少しの動悸があって、それもするっと心の壁を流れていく。
「だったらイイねぇ」
結局、出てくるのはこんな可愛げのない言葉。立派に振る舞えと、言いつけられた事がアルヴィンを留める。
錦玉羹を縦から切り分けて、絵柄を残したまま二人で分けた。
相変わらず言葉はない、絵柄の鑑賞と、味わうためだけの時間があり、運ばれてきたものを次々と片付けていく。
影絵の兎が感傷を誘うようで、アルヴィンはぼんやりと物思いにふけていた。
好き好んで生き残った訳じゃない、そう思い出して、浮かぶのは怒りだろうか、悲しみだろうか。全くわからなくて、ただ苦しいとだけ思っていた。
生きろと、生きて務めを果たせ、亡くした人もそれを望んでいると繰り返し告げられた。
そんなのもうわからないのに、言葉は呪縛のようで、その通りにせざるを得なかった。
やる事は前と変わらない、結局張り付いた笑顔だけが浮かぶ。
子供らしさ、そんな事を言われても困る。
こうであればいいと思い描く姿はあるけれど、それが正しいかどうかなんてアルヴィンにはわからなかった。
「アオちゃん」
「何?」
「キレイだネ」
「そうねー」
葵もきっとアルヴィンにそこまでの興味がある訳じゃない。
興味はないけど無関心とも少し違うようで、どうであれ好きに生きろと、そう思われてるような気軽さがある。
沈黙にも種類がある、そう思った。
無関心は寂しくて、気持ちを突き返されるのが苦しくて、嫌いだった沈黙は、きっと黙殺という名前がつくのだろう。
存在を許容されている、気持ちをなかった事にされていない、そんな接し方を自覚して、有り難く思えた。
最後に兎を口にする、少し名残惜しかったけど、寂しくなったら、また会いに行こうと思った。
…………。
会計を済ませて店を出る、相変わらず言葉はないままアジトへの帰途を辿り、もうすぐ着くだろうかと言ったところで、葵がお土産から袋を取り出して、突きつけて来た。
「今日のお礼よ、こういうの、好きでしょ」
差し出されたのは巾着風の袋に詰められた、薄く虹色に光るきらきらした金米糖。
葵には自分の好みを伝えたっけなと疑問が浮かぶが、あながち外れてないので、素直に受け取った。
「アリガトウ」
「いい店だったわ」
「ウン」
君を誘って良かったと、そう思っている。
「アオちゃん」
「んー?」
誘った時と同じ、ぞんざいな返事。
「マタ誘ってもイイ?」
「ダメな時はダメって言うわよ」
好きにしていい、叶えるとは言えないけど、その気持ちが黙殺される事はない。
ワカッタと微笑んで別れを告げる、気持ちを押さえつけられない感じは自由と言えばいいのだろうか、それとも寛容さを受けているのか。
何にせよ、居心地は悪くなくて、帰り道の間、少しの高揚を感じていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】
【ka3114/沢城 葵/男性/28/魔術師(マギステル)】
副発注者(最大10名)
- 沢城 葵(ka3114)