※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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水面鏡
●交差
(どこだ、ここは)
初めて見る地形に、蓮(ka2568)の中で疑問が浮かぶ。過去に出向いた場所全てと照らし合わせても、今目の前に広がる光景に合致する情報は見つけられなかった。
身に着けた物は全てそのまま、身一つで見知らぬ土地に放り出された感覚。
幸いなのは、蓮自身が森の中を生き抜く術を持っていたことだろう。
それでも見覚えのない森には多少の不安が残る。森の規模、今いる場所の深度、本来の時間さえも判別できない状況で、まずは周辺調査だと動き始めた。
憧れていた風景を前に、一人のエルフが気の向くままに足を進めていた。
ただ村を出たい、その気持ちひとつを抱えて出てきたのだ。明確に目的地があるわけではなかった。
今はただ一人で歩いているこの事実に浸りたかったのかもしれない。
(本当に出てきちゃったんだな)
切っ掛けは一つの噂。大勢の転移者が現れたことによる世界の鳴動。それは時代が動く証に違いないと受け止めて、それまで暮らしていた村を出てきたのだった。
(これから、どこに行けばいいのかな)
出てきた後のことは、まだぼんやりとしか考えていなかったのだ。
カサッ
「誰だ!」
ジャキン!
「えっ?」
小さく上げてしまった足音。そこに知らない男の声が重なる。
見れば、銃口が自分に向けられている。状況がわからなくて、頭が真っ白になる。
「……っ!」
突如感じた気配に警戒をあらわにすれば、華奢な容姿の少女。しかも記憶に眠るあの人の面影のある……いや、彼女は亡くなっている、居るはずがない。
改めて相手の顔を見つめた。驚いたその表情を見る限り、自分の視線は厳しいものになっているのかもしれない。だがこの状況下では敵味方の判別に役に立つ。少女が敵ではないのだとわかり、蓮は視線を和らげ構えていた銃をおろした。
「すまない」
「貴方、怪我をしてる!」
落ち着きを取り戻していた少女が、蓮の腕や足の傷に気づく。どれも一つ一つが小さく浅い物で蓮としてはとるに足らないものだが、相手には違ったらしい。
「こっちに泉があるから、ついてきて!」
躊躇いもなく蓮の腕を引いて歩いていく。
華奢な少女だ、特別に力が強いわけではない。出会ったばかりで親しいわけでもない相手に、無防備に背中を見せる相手。かつて憧れていたあの人に似た……だからだろうか、抵抗する気も起きずに蓮はついていく。
●水音
少女に連れられて、辿り着いた先は清浄な水を湛えた泉。
「少し沁みるかもしれないけど、我慢してね」
手ずから水を掬い蓮の傷を洗いだす。
「自分でできる」
「これでも慣れてるから任せて」
親しい相手にするのと同じくらいの距離でかいがいしく手当をする少女を強引に引きはがすことができない。蓮は大人しく、様子を眺めていた。
(長い耳と、服。該当する情報が俺の中にない)
この場所だってそうだ。傷の手当てを受けながら、蓮は一番可能性が低いと切り捨てていた仮説を現実として受け入れる事を決意していた。
(世界が、違う)
これまでの常識では測れない場所だということを、認めたのだ。
傷を洗いながら、古い、数えきれないほどの小さな傷の跡を見つけた。
(どうして、放っておいたんだろう?)
手当すれば消える傷なのに。自分はそうやって小さな傷も残さない様にと教えられてきていたから、男が怪我に無頓着だということが理解できない。
(薬草がなかったのかな)
持っていた薬草も使って傷を覆い、布を巻く。これで治りも早くなるだろう。
「できたっ」
男の顔を見上げたら、思ったより近い場所で目があった。
「……え、っと」
手当する間、ずっと見られていたのだろうか。手際が悪かったのだとしたら恥ずかしい。
最初は怖い人に思えたけれど、何かするわけでもなく受け身でいてくれる。今も自分を見る目は厳しいわけではないようで。少し安心する。
(どこか、優しい目に見えるような……)
勘違いかもしれないけれど、無条件に安心できる何かを感じ取れた気がするのだ。会ったばかりの相手だというのに。巫子として過ごしていた影響だからなのか、自分でもわからないのだけれど。
「大きな怪我じゃなくてよかったね!」
そのまま泉で休憩することになり、何か話題をと話しかける。
(そういえば、名前を聞いてなかったな)
怪我のことにかかりきりで、そんなことを思う暇がなかった。せっかく一緒に過ごすなら、名前くらい聞いておいてもいいよね。そう思って男を見上げてから、大事なことに気づいた。
(村を出てきたんだった)
そのまま本名を名乗るわけにはいかなくて、どうしようという言葉が頭の中をくるくる回る。
「……みたいだな」
目の前の唇が動く。じっと見つめてしまっていたのか、うまく聞き取れなかった。
「今、なんて?」
今度は目をまっすぐに見つめる。
「翡翠みたいだな」
男からも視線がまっすぐに届いて、自分の目の事だと気づく。
「ありがとう。……名前もね、翡翠っていうんだ」
目の色を理由に、そう呼ばれていたこともあるから嘘ではない。そうだ、これからは翡翠(ka2534)と名乗ればいいんだ、そうしよう。嬉しくなって笑みが浮かぶ。これで、この人の名前も聞ける。
「貴方は? なんて言うの?」
「……蓮でいい」
認めると決めたものの、この世界について知らないことが多すぎる。自分のもつ技術がどこまで通用するのか、住人は皆翡翠のようなのか、それとも翡翠が特別親切なのか。
(知るべきことが多すぎる)
知識を補うためにも、この少女と話すことは有意義なものとなるだろう、そう思う。
(他意はない)
彼女の面影のある顔をまだ見ていたいなどと、そんなことは思っていない。断じて。
『蓮、貴方は先に行って』
庇われたあの時、既に彼女は覚悟を決めていた。先を見据えたうえで言葉をくれていた。前に進めと。
だからこれは、思い出してしまっただけだ。泉で無邪気に足を濡らす少女がどこか、彼女に似ていたから。
「蓮も入ったら? ……ごめん、怪我してたんだったね」
見てるだけだとつまらなくない? 大丈夫? そう言いながらこちらの様子をうかがう翡翠に目を奪われた。
「十分に休めているから、大丈夫だ」
この出会いは何を意味するのだろう。そう考えるのは不毛なことだろうか。
●灯火
気付けば、空が赤くなっていた。
「いけない、日が暮れちゃう!」
今日中に森を出るつもりだったのに。そう慌てる翡翠に蓮は落ち着くように促す。
「すぐに暗くなる。今動く方が危険だ」
だったら、水もあるこの場所で野宿する方がいい。技術もある蓮にとっては当たり前の提案だ。
「翡翠が気にしないのなら、二人で一泊すればいい」
年頃の女の子にとって、野宿、まして異性と二人きりというのはよいとは言えないだろう。そう思っての言葉だったのだが。
「野宿ってしたことないんだ! 蓮はあるの? じゃあ、教えてくれる?」
ピクニックでも行くのかと思える笑顔が返ってきた。
(……大丈夫なのか?)
これではこの先が心配だ。まして顔がかつての想い人に似ているからこそ、気になってしまう。
「わかった」
目が離せないのなら、それまで傍にいるだけだ。ここで翡翠を一人にして自分が後悔するくらいなら、まずは野宿の方法を教えて、心配がいらないように備えて……そこから先はこれから考えればいい。
簡単に火を熾して見せた蓮に賞賛を浴びせる翡翠。楽しげな様子を見ていたら、転移したという事実に多少なりとも感じていた不安が、紛れる気がした。
「蓮……あのさ」
「なんだ?」
声が返ってくる。まだ起きていたことに安堵しながら翡翠は言葉を紡いだ。聞きたいと思っていて、切っ掛けがつかめなかった疑問だ。
「蓮は、転移者なんでしょう? やっぱり、ハンターになるんだよね」
泉で休む間に、転移者の事や、ロッソの事、ハンターの事など、翡翠が知る限りのことは話してある。蓮は一人で転移してきたパターンだからこそ、クリムゾンウエストで生活していくためにハンターになるのが一番のように思えた。
(ここで、リアルブルーの蓮に会えたのは何かの運命だと思う)
村から出たばかり、森を出るより前の、本当であれば短いはずだった期間。この出会いは必然のような気がしたのだ。
巫子として過ごしている間もずっと、考えていたこと。それを形にしていいのだと言われているのだと、そう自分に結論をつけた。
「多分、そうなるな」
思考が途切れたところで、蓮の声が聞こえた。低く、落ち着いた声。こちらに背中を向けているから、少しくぐもって聞こえる。
「そのさ、ボク、前から聖導士に興味があって」
自分にできることで、自分の足で歩んでいきたいと思っていた。そのためにどうすればいいか、何が自分に出来るのか、ずっと考えていたけれど選べなかった。口に出すのも躊躇われる身分だったから。
(でも、今のボクは自由だから)
自分で決めた道を歩んでいける。
「ボクも、ハンターになりたくて。一緒に行ってもいいかな?」
森から出る道案内とか、役に立てるよと早口でまくし立てる。一人では心細いと感じていたことはばれていやしないだろうか。
「わかった」
短い答え。けれど明日を照らす言葉に、翡翠は嬉しくなってきてくすりと笑う。
「ありがとう! 蓮、これからもよろしくね」
「明日も歩くんだから、寝ておかないと辛いぞ」
「楽しみになってきちゃって。眠れないかも」
「目を閉じるだけでもいいから」
「わかった、そうしてみるね」
森を抜けた二人がハンター登録を済ませるのは、これよりも少しあとの話だ。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2534 / 翡翠 / 男 / 14歳 / 聖導士】
【ka2568 / 蓮 / 男 / 28歳 / 猟撃士】