※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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背を支える優しさ
……気分が浮き立つ。
それは決して弾むと言えるような前向きなものではなくて、訳のない不安、焦燥とでも言うべきものが浅黄 小夜(ka3062)の心をざらつかせていた。
はたして自分が先程終えてきた事は正しいのか? 何か見過ごしてないか、間違えていないのか。
ナーバスになっていると言われればその通りで、きっと慣れない環境で疲れているか寂しいのだろう、そう考えていた。
だって、家族がいない、知り合いだって多くない。
この時の小夜は転移からさほど時間の経っていない12歳で、中学生にすらなっていなかった。
それなりに身につけていた社交性は小夜の口を噤ませ、相応の節度を持って外向きの顔色を繕わせる。
八つ当たりにならないようにひたすら頑張ったけれど、他人に優しく出来そうにもない今日の事を考えればやはり気分は落ち込むしかなく、小夜は憂鬱な顔色を拭えないまま床につく。
……寂しい、きっとその通りだ、気分が荒れてて、優しく出来ないとわかっているのに誰かに縋りたくてたまらない。
だがそれも今日限りの事、一度眠ってしまえば、気分を一新させる事は出来るから。
…………。
結果的に言えば、一夜経っても気分が晴れる事はなかった。
それどころか夜中に気づいたアクシデントにより余計な疲労を抱え込む始末だ。
いずれ自分の身に訪れるものだとはわかっていたけれど、それがこういう状況だという心構えは出来てない。応急処置だけしたけれどこのままでいいとは思っていなくて、でも余りにもプライベートな事だから、誰に相談すればいいかもわからなかった。
応急処置に使えるものだって決して多い訳ではない、現代世界ならば幾らでもやりようがあるのだけれど、ここは異世界だから心当たりすらない。
どうすればいい? 隠し通す事は出来る? 自分でなんとか出来る……?
抱え込むというのは決していい選択ではないのだけれど、小夜はそれがわかるほど経験を積んでいる訳でもなく、この世界に馴染んでいる訳でもない。
締め付けるような痛みが思考力を奪い去って、結局小夜は座布団の上に突っ伏して力尽きていた。
…………。
日が真上に登っても、小夜は未だに不調から抜け出せずにいた。
ご飯を摂る気力もなく、覚醒はしているけど朦朧した頭は体を動かしてくれない。
何からすればいいかわからないのもある、下手に動いたら悪化するのではないだろうか、上手く出来なかった、そういう思いが頭に広がって、ネガティブな気持ちが溢れ出してくる。
上手に助けを求める事は出来ず、一人でなんとかする事も出来ない。
なんて手のかかる子供だろう、他人に知られてしまったらきっと呆れさせてしまう。
でも、本当は助けて欲しいのだ。葛藤する気持ちを抱えながら、小夜はひたすら時間と不調が過ぎ去るのを待っていた。
少し日が傾いた頃に部屋の扉が叩かれる。
眠りは浅かったからのろのろと顔を上げ、小夜は細い声で返事をした。
「はい……?」
「小夜ちゃん、起きてるかい?」
良く通る声は多分寮母さんのものだろう、ほのかな緊張に後ろめたさが混ざって息を詰めたけれど、持ち前の律儀さで身を起こして扉を開け顔を出した。
「すみません……気分が……悪くて」
「おや」
縋りつけたらどれほど楽だろう、でもただでさえ世話になってるのにこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。
幼い小夜を迎え入れてくれるようないい人だと思うのだ、緊張から引っ込み思案になりがちだったのに良く声をかけてくれて、不便はないかと尋ねてくれる、よく世話になったけれど、だから甘えすぎるのも悪い気がして距離感は掴めてなかった。
「その様子だと何も食べてないのだろう、熱はあるかい? 少し横になって――」
寮母さんは小夜を部屋に戻そうとして、部屋を見て言葉が途切れた。
「――新しいかけものを持ってこようか、少し待ってるといい」
情けなさでぐちゃぐちゃだったけれど、差し伸べられた助けは涙溢れるほどに有難かった。
座布団があったとは言え床に寝るのはダメだとか、色々用意してもらった上でベッドに戻され、決して体を冷やさないようにと言いつけられる。
何も言えなかったのだけれど、きっと寮母さんには察してもらった。
此処まで助けてもらって、世話になって、だからもう勇気を出すのはこの瞬間しかないと小夜にだってわかっていた。
自身の困窮を打ち明ければ、当面を凌ぐための着替えを用意してもらえる。現代とは大分違うから戸惑いも強かったのだけれど、人生の先達が示してくれた方法なのだからとりあえず受け入れてみるしかない。
作ってもらった鶏がゆを椀ごと抱え、スプーンからすくって口にする。
生姜と塩の効いた優しい味で、堪らえようと思ったはずなのにうぇと声が溢れた。
――助けてくれて有難うございます。
寮母さんは退室した後だから口に出る事はなかったけれど、感謝は確かに溢れて、落ち着いた頃に改めて言いに行こうと思った。
数年先まで忘れる事のないだろう不安と、助けてもらった時の安堵。
異世界は怖くて、気が休まらなくて、でも決してそれだけではないのだと教えてもらった。
少し休んで、元気が出たら外へ出よう。
今度はきっと、もう少し勇気を出せるようになれると思ったから。