※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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時には昔の話しを
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白亜宮、と呼ばれる屋敷がある。
確かに一介の帝国臣民が1人で住むには大きすぎる豪邸ではあるが、豪奢な装飾が付いているわけでも、壁や床が大理石や御影石という訳でも無い。
ただ、白い漆喰で外壁を整えられた、どちらかと言えば質素で上品な印象を与える屋敷だった。
この屋敷の女主人も自分の住まいを『白亜宮』等と大それた名前で呼ぶことはない。
ただ、『聖母』と讃えられた彼女の人柄と、屋敷裏手にある大きな薔薇園の薔薇が香り立つ様から、人々は自然と『白亜宮』と呼び慕ったのだと言う。
その、女主人が老衰の為に亡くなった。
親交があったフランツ・フォルスター(kz0132)の元に、お別れ会を行いたいと連絡が来たのはそれから数日後。
親交のあったハンター達にも声を掛け、彼女が心安らかに逝けるよう助けて欲しいと声がかかったのだった。
これは、そのお別れ会の会場となった白亜宮の一角で語られた、昔々の話しと2人の秘め事。
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ルナ・レンフィールド(ka1565)の伴奏に合わせて歌が歌われる。
それは昔、授業で聴いたオペラに近い感じがしたが、浅黄 小夜(ka3062)にとっては新鮮な音楽にも聞こえた。
ユリアン(ka1664)にとっても何処かで聞いた事のあるような、素朴なメロディラインは何処か郷愁を感じさせる。
「……あぁ、懐かしい歌だ」
フランツの吐息のような呟きに、小夜は隣のフランツを見る。
「知ってる歌、ですか?」
小夜の問いに、フランツは目尻を落としたまま頷いた。
「……妻が、良く口ずさんでいた歌だよ。彼女とも良く歌っていたな……」
彼女、というのがここの女主人ということに気付いた小夜は、その表情からとても優しい記憶を思い出していることを察して微笑んで頷いた。
(私がいて何か出来る訳でもないかも知れないけど、お爺ちゃんはいつも私に優しくしてくれるから……お爺ちゃんの寂しい時くらい、側にいるくらいは)
「私の世界では、天寿を全うして……亡くなった人の場合……お葬式では、思い出話をして……優しく送り出す事もある、らしいから」
だから、聞かせて欲しいと小夜は微笑む。
そんな小夜の思いが通じたのか、フランツは少し寂しそうに微笑んだ後、「そうだのぅ」と窓から見える雨雲へと視線を移しながら過去へと想いを馳せた。
「そもそも彼女は妻の友人でね。妻から紹介されたんだよ……
“あなたが、フランツ?” 始めて逢うた、微笑む妻の横にいる彼女の第一印象は、派手な金髪の気の強そうな美人、だったのぅ。
“えぇ、私がフランツです。妻がお世話になっているとか” その物言いが気に入らなかったらしくてな、片眉を撥ね上げて彼女はわしの差し出した左手を払い除けた。
“あんたが、世話になってんでしょ? 何勘違いしてんのよ” 慌てて間に入った妻を自分の方へと抱き寄せて、彼女は牙を剥いたんじゃよ。
“この子は私の1番の友人なんだ。この子を下にするような物言いは許さない” とね」
「……なんだか、イメージと違います」
目を丸くしながら小夜が呟けば、ユリアンもまた驚きを隠さない表情のまま頷く。
「そうだろうねぇ。あの頃は、わしも、彼女も、まだ若かったからのぅ……
兄弟のいなかった彼女にとって恐らく妻は目に入れても痛くない程に可愛い可愛い妹だったのだろうね。
わしからすれば、なりたくともなれなかった覚醒者……聖導士としての実力も十分認められ、何一つとして不自由なく望みの褒美が貰える彼女が妬ましくないと言ったら嘘になる。
だが、そんな感情をむざむざぶつけるほど愚かでも無く、休みの度にわざわざ妻に会いに来る彼女がうっとうしいと思いながらも好きにさせておったのだよ。
その数ヶ月後、玉座が内乱によって荒れそうになって、わしは帝都に釘付けとなり動けなくなった。
しかしそのことで、わしは諜報課でのノウハウを掴み、ようやく情報を扱う事の“面白さ”を実感し始めてもいた。
ただでさえザールバッハは冬は豪雪により閉ざされる地。
わしはほぼ1年、家に帰る事無く働き詰めていた。
そんな春も終わろうかというある日。彼女が鬼の形相で駆け込んできた」
ユリアンが察した表情で頷く。小夜は不安気にフランツを見ている。
2人が真剣に耳を傾けていてくれる事に、フランツは言いようのない歓びを感じ、そして言葉を紡ぐ。
「“殺す。今すぐ殺す。お前を殺す。表に出ろ” あまりの彼女の激昂振りに周囲の者達も驚きすぎて……いや、今思い出すと笑い話だが。
それまで彼女は『戦乙女』として人望があったんじゃよ。
その戦乙女がまぁ、吃驚するような呪詛めいた言葉を吐きながらわしの襟首を掴んだりするもんだから、何事かとね。
もちろん、その時はわしも何が起こったか分からなかったから、彼女が何か悪い歪虚に呪われでもしたんじゃないかと本気で抵抗したんじゃが……そしたらね、彼女はこう言ったんだよ。
“お前がもう1年以上帰ってきてないってあの子から聞いた! お前はあの子の夫だろう!? 自分の妻と逢う時間も取れないくらいなら、離婚しちまえ! てめぇなんか、あの子の夫失格だ!”」
「……なかなか……アグレッシヴな方だったんですね……」
ユリアンは言葉を選びつつ一口紅茶を啜ると、肖像画の老婦人を見て小さく笑った。
「お爺ちゃんにも……事情があったんになぁ……」
小夜はあくまでフランツ側に立って困り果てた顔をしている。
「でも、確かに簡単な便りぐらいしか出してなかったんじゃよ。それも、2度。彼女の誕生日が過ぎた後と、年明けの後」
「それは……怒られても仕方ないのでは」
ユリアンはちらりと演奏中のルナをみる。恐らくルナが聞いたら我が事のように怒るんじゃ無いか……と思った後、自分も旅に出ている間は似たような状況だった事を思い出し、口元を抑えて目を泳がせた。
「それで、お爺ちゃんは、どないしはったんですか?」
「抵抗するにも向こうは聖導士。覚醒されたら一般人に勝てる術は無くてのぅ。そのまま引っ張られて、転移門まで連れて行かれたんじゃよ。
初めての転移門はとにかく気持ちが悪かったのぅ。一気に体中の体力を奪われ、もう何日もまともに寝ていないのに深酒に付き合わされた後のような、とにかく心身を摩耗した状態に陥ったんじゃ。
そんなわしを今度は馬車に押し込むと彼女はどこぞへと走り出した。一気に気温が下がるのが分かって、その寒さに身体と歯を震わせる段階になって、ようやく彼女が何処に連れて行こうとしているのか合点がいった。
そしてそのまま気を失うように眠って、目的に到着した頃にようやく彼女はわしが凍死寸前になっている事に気付いたらしい。
目が覚めたとき、目の前には涙を溜めた妻がいて。その奥に罰の悪そうな彼女がいて……
……あぁ、1年振りに帰った家のベッドは温かかったのぅ」
「……良かったですね」
のんびりとしたフランツの言いように、なんとも言えない表情でユリアンがため息交じりに呟けば、小夜は大きく頷く。
「彼女は妻にこれ以上ないほどコテンパンに怒られたらしい。このままわしが目を覚まさなければ絶交だと言われたんだそうだよ」
当然だと言わんばかりに首を縦に振る小夜を見て、ユリアンとフランツは顔を見合わせて笑う。
「まぁ、彼女の強行のお陰でわしは1年振りの帰宅が出来て、妻と話す機会を得た。一年ぶりに見る彼女はやはり美しかったが、少し痩せたようにも見えた。……無理を強いたかと反省したのぅ。
それからわしは今まで以上に領地が領主がいなくとも回るよう対策を練ったんじゃ。
また、領地内で覚醒者としての素養を持ち、かつ信頼の置ける者を選別すると彼らを妻の護衛として傍に置く事とした。
そして、冬の間は無理だが、なるべく月に一度は領地に帰り、また妻が月の半分ほど帝都に出てくる事を了承してな。
本当は、歪虚よりも性質の悪い魑魅魍魎の跋扈する帝都になど寄せたくは無かったが、それで彼女が少しでも心穏やかになれるのならと苦肉の了承だった。
……いや、今思えばわし自身も彼女に会いたかったんだろう。
……そんなすったもんだがあって、それからかのぅ、夫婦交えて彼女と一緒に過ごす時間が増えていったんじゃよ」
フランツが目を細めて雨の庭を見る。
フランツのその表情を見て小夜もまた目を細めた。
子どもが産まれ、彼女もついに結婚し。幸せだった。本当に。
この幸せがいつまでも続くよう願った。
だが、常に不安定な治政は少しの気を許す事も出来ず、暗殺と裏切りに常に目を光らせる日々。
同時に亜人や歪虚との戦いに駆り出される彼女ともまた音信が途絶えがちになり。
妻の死を切欠に音信は途絶えた。
「随分と懐かしい話しじゃった。つまらなかっただろう? すまないね、ついついお言葉に甘えて昔話に付き合わせてしまった」
フランツの小夜を見る目は優しい。
小夜は首を大きく横に振って「お話、聞かせて下さって、ほんまに、ありがとう、ございます」と笑う。
そんな2人のやり取りをユリアンは少し羨ましいとも想いながら、演奏を続けるルナへと視線を移す。
ルナはチェンバロでの演奏を終え、次いでステージの中央に立つと、澄んだ湖畔を彷彿させるような静かでそして凛とした歌声を響かせた。
ピアニッシモから始まるこの曲は昔から帝国で親しまれている小さな恋の歌。
暫く3人はルナの歌唱に聴き入った。
そんな中でも小夜は聴き入るフランツの横顔をそっと盗み見た。
少しでもフランツの心の整理に役立てたならいい。そう、願いながら。
フランツの中に降る雨が、少しでも優しくなればいいと、心から願った。
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「少し、外の薔薇を見に行こうか」
演奏が終わり、緊張の糸が緩んで思わず泣いてしまったルナだったが、ユリアンがその涙を受け止めてくれたお陰でスッキリとした気持ちで今、2人きりでの散歩を楽しんでいた。
「きれい……それに、良い香り」
雨の中でも薔薇から立ち上る芳香は衰える事を知らないらしい。
まだ固く閉じた蕾も多く、これからまだ暫くは薔薇を楽しむ事が出来るようだ。
「これは……オールドローズの一種だね……凄いな、育てるのが難しいことで有名なのに」
「そうなんですか?」
さすが、薬剤師の元で修行しているだけあってユリアンは時々こうしたルナの知らない事を教えてくれる。
「前に来たときにも思ったけど……本当にこの庭を手入れしている人は、本当にここが好きなんだなって伝わってくるよね」
「わかります。凄く優しい気持ちになれるし……一つ一つの花が愛情を貰って咲いている感じがします」
恐らく、夫人が手入れ出来なくなった後も、香りを届けようと人々が丁寧に庭仕事をしてきたのだろう。
ビロードのような花弁が水滴を弾き、輝く。
薔薇園の奥に行けば行くほど、その芳香は濃密になる。嗅ぎ慣れないルナなどはその芳香に当てられて少しクラクラするほどだ。
「大丈夫? ルナさん」
歩幅が狭まった事に敏感に気付いたユリアンがルナの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫……! ただ、凄い匂いだなって……いい匂いなんだけど、嗅ぎ慣れないっていうか……」
「そうだよね。まるでおとぎの国にでも迷い込んだみたいだ」
そんなユリアンの言葉に、ルナは白兎になったユリアンを必死で追いかける自分を想像してしまって、思わず声を上げて笑ってしまった。
「え? なに? そんなおかしな事言った???」
戸惑うユリアンに、ルナは首を横に振りつつ、「ちょっと、ぴったりだなって」と言って再び笑う。
こんな風に声を上げて笑うルナを見るのは久しぶりで。
よく分からないけれど、ルナが楽しそうだからいいかとユリアンはルナが落ち着くまで手を引いて歩みを進めることにする。
ひとしきり笑ったルナが落ち着く頃には東屋に辿り着いていた。
ここまで来ると風が抜ける為か、薔薇の匂いも中ほど濃くはない。
「ごめんなさい、なんだか1人馬鹿みたいに笑っちゃった……」
「いや、久しぶりにルナさんの笑い声が聞けて嬉しかったよ」
瞬間湯沸かし器のようにルナの顔は朱に染まるが、ユリアンはそんなルナには気付かないようでじっと薔薇園を見つめている。
(……これだから、天然は……!)
ルナは持ち上げつつも行き場が無い手で顔を扇ぎながらユリアンの横顔を盗み見る。
その表情は真剣そのもので。
どうしたの、と問う前にその視線に気付いたユリアンがふわりと笑った。
「今の薔薇を焼きつけておいた方がいいと思ったんだ。きっとこの薔薇園は守られて来年も花を咲かせるだろうけど……全く同じではないだろうから、夫人の想いの名残があるうちに」
「……そうですね。本当に、素敵な方だった……」
「あぁ、そうだ。伯に昔の聖母様とのお話を聞いたんだ」
思い出してじわりと涙がにじみ始めたルナに、ユリアンはフランツから聞いた意外な彼女の過去を話し始める。
この話しを聞いたルナは一体どんな表情を見せてくれるだろう。
そう思えば、自然と語る口の端が上がっていくのを止められないユリアンだった。
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人はいつか必ず死ぬ。
だというのに、人の死はいつだって悲劇だ。
その死が唐突であればあるほど。
その人が近しければ近しいほどに。
だが、その思い出を忘れずにいてくれる人がいれば。
ふとした瞬間にでも、思い出してくれる人がいれば。
その悲しみはいつか薄れていく。
そして、いつかまた笑顔でその人を思い出せるようになるのだろう。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女/外見年齢16歳/魔術師】
【ka1565/ルナ・レンフィールド/女/外見年齢16歳/魔術師】
【ka1664/ユリアン・クレティエ/男/外見年齢20歳/疾影士】
【kz0132/フランツ・フォルスター/男/外見年齢70歳/辺境伯(NPC)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。
小夜さんからはフランツの思い出話を、との事で、かなりおじいちゃんしゃべりまくりなノベルになってしまいましたが……ご期待に添えましたでしょうか?
いつも当方のNPCを気にして下さって有り難うございます。
また、ユリアン君とルナさんは薔薇園での一幕を、という事でこのような形になりました。
薔薇の香りって品種にもよるんですが、慣れないと結構強烈ですよね……
なお、兎さんのユリアン君とアリスなルナさんは絶対可愛いと思ったんですよ……!(握りこぶし)
口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。
またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
この度は素敵なご縁を有り難うございました。