※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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こたつにまつわる、猫のお話
結論から言うと、小夜のささやかな願望は挫折した。
コタツの概念こそ職人の間では存在したものの、動力源の都合が解決せず、高価な設備を要求される上にメンテも一苦労、とても民間が手を出せるようなシロモノではないという。
考えてみれば当たり前だった、こんなところで電気が普通に存在する現代っ子の癖が抜けてない。
寒いお部屋、凍える夜……そこまで考えてしょげ返る小夜を気の毒に思ったのか、別のツテを紹介してもらった。
「……仕方ないな。先生、うちの特産さ、工芸と紡績なんだよ」
頭をかきながら言う彼の出身は同盟でもかなり寒い場所にある山岳地帯。
コタツを用意するのは無理だけど、動力源がないなりの温まり方なら数多く知っている。
それでも良ければ教えるけど、と言う彼に対して、小夜は少し考えたのち、こくりと頷いた。
――用意のために思わず遠出してしまった。
転送門があるので都市間は楽に動けるが、それでもある程度の移動が必要には違いない。
小夜の背中には大荷物が背負われていて、寮母さんに怪訝な顔をされつつも、危ないものではないと説明してなんとか寮に運び込む。
最初にヤカンいっぱいの水を用意して、火にかける。
それをちゃんと意識の隅で気にかけつつ、部屋のスペースを開ける。絨毯を敷いて机の足部分を置いて、ふかふかの布団をかぶせた後に天井板を置いた。
これでコタツのガワは完成、続きが工夫のしどころである。
水が湧く間、まだひんやりとしたコタツにいそいそと入る。ふかふかした膝掛け持参で暫く待機すれば、寒さはまだあるにしろ、少しずつマシになっていく感じがした。
曰く、リアルブルーの極東に置いて、コタツの概念自体は古代からあったらしい。
かつて熱源として使われていたのは囲炉、もしくは火鉢であり、前者は専用の家屋が必要、後者は手間に加えて換気面に不安を抱えている。
室内を暖めるにはそれなりの手間と機材が必要だが、個人を暖めるならもっと簡単に出来るとの事だった。
お湯が湧いたのを確認し、手にミトンをつける。平ぺったい卵のような入れ物を用意し、ミトンをつけた手で支えながらお湯を注ぐ――要は湯たんぽである。
持続時間は限りあるし、やや不格好かもしれない。だが安全で、膝掛けを足して密度を増やせばそれなりの保温力がある。
タオルで包んだ湯たんぽを袋に入れて、コタツの中に入れる。暫く一緒に入って温まり具合を確認していたが、暖かな布団のせいで、危うく寝入りそうになってしまっていた。
「……はっ」
このまま寝入っても問題なくはある、だが小夜には他にやりたい事があった。
…………。
精一杯のおめかしをする。
レースの縁取りがついた黒緑のワンピースに、ストライプのタイツ、ミリタリーグリーンの冬コート。
自分でやるのは初めてでちょっと緊張したが、軽いメイクと、目元にオリーブのアイシャドウ。
コタツにはパステルイエローのテーブルクロスをかけ、これでお呼びしても大丈夫、と気合を入れて部屋を後にした。
+
「こたつ……っぽいものを、用意したので……。
よければ、一緒にどないかな……と」
研司のテントを訪れ、小夜は開口一番そう言っていた。
とりあえず頷きはしたが、研司はそれより訪れてきた小夜の姿に驚いている。
小夜がテントを訪れる事は今までにも何度かあった。だがその時はいつも少し心細さを感じる小さな姿で、尊重を意識しつつも庇護を感じていたのが、今日とくればいつの間にか背筋も伸び、一人前のレディとして研司に誘いを出している。
(身長……伸びたのかなぁ……?)
小夜がメイクをしているのは気づいていたが、それだけでこうも変わるものなのか、女の子というものはよくわからない。
少し用意してから行く、と伝え、小夜も何か準備があるようでそれに頷き、少し後に小夜の部屋で落ち合う事で合意した。
感慨が後を引いているようで、研司は暫くはー、となりながら外出の用意をしていた。
…………。
小夜が下宿しているという建物についた。
来客を見張る寮母さんにご挨拶をし、小夜を訪ねてきたと丁重に伝えれば、既に話は通っていたのかすんなりと部屋の前まで通してもらえる。
こんこん、とドアにノックをする。
妹分とは言え一人前のレディでもあって、女性の部屋に入るのだという意識を自分に叩き込む。
ドアが開き、小夜が顔を覗かせて、研司を見るとその顔がぱっと綻んだ。
+
手土産の羊羹を小夜に渡し、丁重に部屋に上がらせてもらう。
小夜は渡された羊羹に顔を輝かせていたが、自分もごちそうしたいものがあると、小さく握りこぶしを作っていた。
先にコタツに入っていいと言われたので、言葉に甘えて入らせてもらう。
コタツの上には黄色のテーブルクロスの上に籠とみかんが山積みにされており、中々それっぽいと研司は感慨を抱く。
足を入れれば毛布のようなものと、ちゃんと温い感触。
布団をめくって中を覗けば、どうやらひざ掛けに湯たんぽを突っ込んでそれっぽい感じにしているらしい。
コタツには二人が入るスペースが十分にあったが、中に突っ込まれたひざ掛けのお陰で熱を失う事もなく、暫く入ってればかけ布団自体が温まり、中々よく出来ている。
「お、おお……? 工夫したなぁ……」
連れてきた飼い猫といえば、少し見知らぬコタツを警戒していたようだが、害がないと判断したのか、掛け布団に鼻をつんつんとしている。
布団をめくって入り口を作ってやれば、頭から潜り込み、中で丸くなっていた。
「作り方は……色々あったんどすけど……これが一番かなって」
網と餅を載せた火鉢を持って小夜が戻ってくる。
話しているのはコタツの事だろう、一度挫折したが、それっぽいものを用意するために色々工夫したらしい。
頑張ったと思う、そう素直に言えば、小夜は嬉しそうににへと笑った。
「部屋を……暖かくするより……。
自分を暖かくして、熱を逃さない方が大事だ、って」
コタツに入ってきた小夜は、一連の顛末と、教わった事を口にしていた。
個人を温めるなら食べ物が手っ取り早い、そう聞いた小夜は、コタツの件もあり、これはもう研司を呼ぶしかないと意気込んだのだそうだ。
二人で焼いたお餅をつっつく、他にもうどんとか作りたかったけど、ここはクリムゾンウェスト。レシピがなくて、と恥じらい気味に前置きして、作り方を教えてください、と頭を下げる小夜に、研司は慌てて頭を下げるのをやめさせ、それくらいはお安い御用だと言い繕った。
研司は知るよしもなかったが、普段ごちそうになっていた分、今回の小夜は自分がおもてなししたいと考えていた。
だが日本料理となればレシピもなければ教わる人もいない、そもそも小夜には存在しないかもしれない材料の代用方法すらわからなかった。おもてなしするにもスキルが足りない、そう気づいた小夜は暫く凹んでいた。
用意したお餅はコタツと共に故郷の思い出を共有したいという小夜の精一杯の背伸びであり、頭を下げたのはいつの日か、今度こそ研司をおもてなしするためだった。
「おおきに……有難うございます」
小夜自身の律儀さでもある。教えるついでに今度買い出しに行こうか、という彼に対して、はい、と小夜は微笑んで頷いた。
…………。
餅をつっつき、みかんを幾つか剥けば、暖かさもあり少しだらけた空気になった。
今日は驚く事が多い、と研司はぼんやり思う。妹分の成長かー…と思う横で、小夜が淹れたお茶と羊羹を持って来てくれていた。
有難う、と言って小夜が着席するのを待つ。今回持ち込んだのは全素材気合を入れて入手した特製羊羹だ。勿論、小夜に先に食べて欲しい。
そんな感じで小夜を促せば、小夜はおっかなびっくりと羊羹を切り分け、一口運んで、目を白黒させていた。
こくんと飲み込んだ後の満面の笑顔、内心ひっそりガッツポーズをする。
作って良かったなぁと心から思い、また何か用意しようとも思う。
暫くの間羊羹を突っついてたら、連れてきた猫である桜がコタツの中から顔を出してきた。何やら興味深そうにうろうろしていたが、猫に羊羹をあげる訳にもいかないので、代わりに煮干しを与えようとしたら、与えるどころか奪い取られた。
「こいつはなー…」
テントにいる間の猫の様子を話す。我がもの顔で居座るのは序の口、食材選びにも当然みたいな顔をして割り込んでくるし、間違いなく自分より偉そうに振る舞っている。
今回はコタツが気に入ったらしい、再び潜り込んだのをおーい、と突っつくが、全く興味なさそうにシカトされた。
「コタツが……気に入ったようどすなぁ……」
小夜がふふ、と笑う。小夜が手を伸ばすが、桜は雑に尻尾を振るのみだ。
小夜の飼い猫である紫苑もコタツは好きだったという、コタツを出し、まだ布団をかけてもいないのに周辺でうろうろするほどだと。
「最近、日本が懐かしくなってさ……コタツ、嬉しかった」
そう小夜に伝えると、まさに小夜の意図通りだったのか、小夜は元気よく「はいっ……」と応えてきた。
その様子を微笑ましいと思う、妹分がレディになって、自分の庇護を必要としなくなる日もいつか来るかもしれないが、まだ先の話だ。
「今年の大晦日は、おせちでも作ろうかと思ってさ」
用意したいものと、買い出しの材料を指折り数える。一緒に来るかい? と問いかければ、行きますと即答だった。
故郷は遠く、時折どうしようもなく恋しく感じる。
だがここにその思い出と、ぬくもりを共有出来る相手がいた。
今はそれで十分、この時だってとても大切なのだから――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/14/魔術師(マギステル)】
【ka0569/藤堂研司/男性/24/猟撃士(イェーガー)】
副発注者(最大10名)
- 藤堂研司(ka0569)