※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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●今夜、月の見える丘に
すっかり夏の日差しは影を潜め、天は高く青く澄んだ秋の様相を見せ始めている午前8時。
少し早めに待ち合わせの場所に着くように家を出たのに、その場には既に藤堂研司(ka0569)が来ていて、浅黄 小夜(ka3062)は待ち合わせ時間を伝え間違えただろうかと慌てて駆け寄った。
「あぁ、違うよ? 俺が楽しみ過ぎて早く出てきちゃっただけなんだ」
研司は面映ゆそうに頬を掻いて笑う。そんな研司の服装がいつもの迷彩服ではないことに小夜はちゃんと気付いた。
「お兄はん、その服凄く似合ってます」
「わ、ホント? よかったぁ、着慣れないからちょっと落ち着かなくてさ」
研司は紺色のステンカラーコートにざっくりとした白いニットセーター、黒のスキニーパンツというキレイめコーデだ。これは今帝国で人気のカジュアルテーラーで見立てて貰ってきた。
一方で小夜も今回の小旅行の為に服を新調してきていた。白黒ストライプのロングマキシワンピースにショート丈の黒いカーディガン。
「小夜さんのワンピースも可愛いね。五線譜みたい」
「……おおきに、です」
何となく気恥ずかしくなって2人は照れ笑いを浮かべ、「じゃ、行こうか」と研司が優しく小夜の背中を押した。
「荷物大丈夫? 持とうか?」
小夜は研司の申し入れを丁重にお断りしつつ、背中に感じる手のひらの暖かさに全神経が集中するのを感じていた。
旅行は一週間の予定だ。
目的地はシュレーベンラント州の端にあるザールバッハ。山と谷と森に囲われた大変辺鄙な所で『帝国内の辺境』とか『時代に置いて行かれた秘境』など散々な別称で呼ばれ、フランツ・フォルスター(kz0132)の『辺境伯』というのが爵位だけでは無いことを指す地域だった。
初めて小夜がその近くまで行ったのは雪深い3月のこと。
二度目は遅い春の初め。
今回、初雪が降る前にと計画を立てていた小夜だが、1人で行くには遠すぎると過保護気味な友人達に反対された中、「一緒に行っても良いよ」と名乗り出てくれたのが研司だった。
それは小夜にとっては青天の霹靂というか、棚ぼたというか、嬉し恥ずかしな展開だったが、「保護者として」と付け加えられた一言に小さな胸がきゅっと痛んだ。
その理由は良くわからないままだったが、行けるとなると張り切る心を抑えることは出来ず、服は全部新調したし、ご迷惑をお掛けしないようにと周到に準備を済ませてきていた。
一方の研司はちょっと長目の遠足に付き添うような気持ちだった。だから可愛い妹分が一生懸命計画を練って準備をしている様子を微笑ましく見守っていた。
研司自体はフランツと面識があるわけでは無い。だからこそ、ここまで小夜が逢いたい、行きたいと願う為人と場所に興味もあった。
道中で雨が降らない限りは転移門を用いず、馬や馬車で巡るという計画は順調に進んでいた。
「……懐かしいなぁ……あの時もここで……みんなでお弁当、食べたんです」
研司お手製のお弁当を食べながら小夜がしみじみと3月の旅を思い出し、ぽつりぽつりと研司に語る。
それは不治の病に侵された少女を実家の最寄りまで送る、という決して楽しいだけでは無い旅。それでも、語る小夜の表情は穏やかで、その旅と一人一人が選択した結果が間違いでは無かったのだろうと推測させる。
「やぁ、遠路遙々良く来てくれたね。疲れただろう? ゆっくり休むといい」
久しぶりに会ったフランツの好々爺然とした笑顔に変わりはなくて、小夜は安堵を覚えながら笑みを深めた。
「……お爺ちゃん、お久しゅう、です」
いつも通りに挨拶をしてから、小夜は「あ」と小さく声を漏らして小さく頭を下げた。
「この度は、突然の訪問にも関わらず……お迎えいただきまして、有り難うございます」
事前に手紙で訪問を告げ、実際に会ったときにはどのように挨拶をするのがいいのかとちゃんとシミュレーションして来ていたにも関わらず、フランツの顔をみたらうっかりその段取りが飛んでしまって、小夜はひっそりと唇を噛んだ。
「いやいや、小夜嬢もすっかりレディになりましたの。本当に月日が経つのは早い」
ほっほっ、と笑って孫を見るかのような優しい目で小夜を見つめ、その眼差しを受けてようやく小夜も顔を上げた。
「えっと、それで……こちらが藤堂のお兄はんです」
「初めまして。藤堂研司です。小夜さんの付き添いで来ました」
「フランツじゃ。ここまで道中は大変だったじゃろう? 何しろ落ち葉で道が分かりづらくなるからのぅ」
ザールバッハへ近付くほど、周囲は秋色に染まり始める。紅葉した山林はただただ美しいものとして2人の目に映った。
しかし、最寄りの町からこのマインハーゲンの村までの道中は、たまたま通りがかった配達人が道案内をしてくれなければ、確実に迷っていたレベルでほぼ獣道だった。
以前小夜達が訪れたときは馬車を借りていたが、帰りはそうした方が安全そうだと2人は配達人と別れた後に即決する程度には参ったのだ。
研司の苦笑を肯定と受け取って、フランツは楽しそうに笑った。
笑うと顔がくしゃりとしわだらけになり、穏やかな口調で話すフランツに小夜が懐いた訳を研司は察する。
研司から見てもフランツは稀に出会う“地元の名士”といった普通の高齢者に見えた。
しかし、小夜や他の仲間達からの話しを総合すると、とても“普通”じゃないし、“地元”が“帝国”に置き換わるぐらいの人物だ。
(文字通り帝国の酸いも甘いも知っている人物)
こういった人物と小夜に繋がりがあるというのは、ある意味で心強く、一方で不安も増える。
(……って、これじゃ本当に保護者みたいだな)
「明日はシウニン草原へ行く予定だったかの? では早めに夕食を用意させよう」
「お世話になります」
2人揃ってフランツに頭を下げると、フランツは「時間までゆっくりしていなさい」と退室していった。
夕食はチーズの風味が活きたシチューとパン、デザートにはりんごとサツマイモのパイだった。
特産品のワインを、小夜はぶどうジュースを飲みながら、共通の知人達を話題に花を咲かせた。
「そうか、皆元気そうで何よりじゃ」
フランツの口から出てくるのも、この地域の特色であるとか、今年は小麦が豊作だったなどの気持ちの良い話しばかりで、3人は穏やかな時間を過ごした。
「……来てよかった」
フランツとの食事を終え、食堂から部屋への移動中、小夜は胸の前で祈るように手を組んで息を吐いた。
デザートも食べ終わった頃、以前、小夜が参加した結婚式の夫婦に子どもが産まれたとフランツは教えてくれた。
「名前は“アンネ”と付けたそうだよ」
それは一足先に駆け抜けて逝ってしまった少女の名前から取られていて、小夜は揺れる視界を必死に留めていた。
「ねぇ、小夜さん。ちょっとだけ夜のお散歩に行ってみない?」
後ろを歩いていた研司の思わぬお誘いに、小夜は驚きつつも「はい」と満面の笑みで答えた。
暗い夜道だ。
帝都と違い外灯など無く、家の窓から漏れる灯りと月明かり以外には光源は無い。
見上げれば満天の星が見えるが、満月せいかやや控えめな印象だ。
研司がフランツから借りたランタンで足元を灯し、「転ばないように」と2人は手を繋いで目的の丘へと向かう。
「さっき、フランツさんが教えてくれたんだ。この時期には夜にだけ咲く花があるんだって」
今日は満月だから、比較的安全に行って帰ってこられるだろうとフランツが勧めてくれたのだという。
次第に目が慣れてきて、隣を歩く研司の横顔もはっきりと見えるようになってきた。
そうすると、真っ暗な世界に二人きりのような気がしてきて小夜の心臓が跳ねた。
「あぁ、あれかな?」
そんな小夜の動揺には気付かない研司はランタン持った手で前方を指差した。
「見える? 小夜さん。夜なのに黄色い絨毯みたいになってる」
示された先、緩やかな坂の上に言われて見れば夜なのに黄色と分かる丘が広がっている。
2人は転ばないように細心の注意を払って早歩きで目的地へと急いだ。
ざぁっと秋の風が駆け抜ければ辺り一面が黄色い水面のように揺れた。
「凄い……一面、黄色」
丘に着くなり、研司はランタンを吹き消した。
月光と星の光り以外の光源が無い中、その僅かな光りを吸収し輝いているような黄色い花畑に小夜は魅入って言葉を失った。
「こちらでは『月光草』と言うらしいよ。他の草花と相性が悪くて、肥沃な土地では逆に生きられない植物なんだって。それでも根は根菜として食べられるし、種は油になる。煎じれば咳止めにもなるからみんなで大事に育てているんだってフランツさんが教えてくれたんだ」
背は小夜の膝ぐらいまでの高さで、緑の小さな葉に黄色い小さな花がまるで月を見つめるように天に向かって咲き乱れている。
「アンさんもこの花が好きだったんだって」
小夜が大きな瞳をさらに丸くして研司を見る。
「だから、この時期に小夜さんが来てくれたなら是非見せてあげたいっておっしゃっていたよ」
小夜はギュッと柳眉を寄せて、黄色い花畑へと身体を向けた。
関わった時間はほんのひととき。
それでも小夜にとって彼女との出逢いは沢山の意味があった。
いや、意味のない出逢いなんてないのだろうけれど。
それでも『故郷に帰りたい』という彼女の一途な想いは、同じく『帰りたい』場所を持つ小夜にとって衝撃を与えるには十分だった。
帝国にあって『辺境』と言われる程だ。美しい場所ばかりではないハズなのに、彼女がこうして見せてくれるものは全て美しい。
この美しい故郷に帰って、そして大好きな人達に看取られて、幸せだったと。そう彼女が言っているようで。
小夜は堪えきれず零れた涙を静かに拭うと、研司のコートの袖口を引いた。
「……見せてくれて……連れてきてくれて……ほんま、おおきに」
そんな小夜を見て、研司はフランツが言った『レディ』という言葉を思い出した。
(そうか、小夜さんは……)
初めて会った時はまだ小夜が転移して来たばかりの頃で、あどけなさが際立つ少女だった。
けれど、あれから3年が経った今、小夜は着実に大人になろうとしているのだと気付く。
冷たさを増した秋風が吹いて、研司は着ていたコートを小夜の肩に掛けると小さく頷いた。
「流石に冷えてきたね、そろそろ帰ろうか」
「はい」
頷く小夜に、研司は来るときとは違う思いを抱いて手を差し出した。
その手を嬉しそうに握り返す小夜。
(兄代わりの保護者気取りだったけど、そろそろ妹離れしなきゃ、かな?)
何事にも一生懸命で、思慮深く優しい『妹』。小夜ならきっといい人を見つけるだろう。
そんな研司の横に並び再び歩き出した小夜は、一度だけ丘を振り返った。
月明かりの下、秋風に揺れる黄色い花は、その名前の通りまるで月の魔力を受けて輝くよう。
(また、来たい、な)
その時はまた研司も一緒に来てくれたら良いな、と願った次の瞬間、研司の匂いに包まれている事に気付いて酷く幸せになった小夜だった。
向日葵が太陽に焦がれ追うように、月光草は月に焦がれ花開く。
そうして、満月が過ぎ、新月の頃静かに枯れていく。
月光草が枯れる頃、この地域には雪が降り始める。
ゆえに、長く厳しく、全てを白で閉ざすような冬の到来を告げる花でもある事を、2人は知る由も無かった――
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女/外見年齢14歳】
【ka0569/藤堂研司/男/外見年齢24歳】
【kz0132/フランツ・フォルスター/男/70歳/辺境伯(NPC)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。
大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
お二人の関係に一石投じるような形で……と思ったら思いの外フランツが張り切ってしまって必死に止めたりしておりましたが、如何だったでしょうか……?
これからのお二人がどのような経過を辿るのか、世界の片隅から見守らせていただけたらと思っております。
なお、月光草はモデルとなった花はありますが、実在しません。
口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。
またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
この度は素敵なご縁を有り難うございました。