※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夢幻の異世界旅行
「なんですかねぃ、ここは……?」
春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)は、気が付けば見知らぬ部屋の中に居た。
玄関あけたらすぐ畳という、日本の単身者用アパートによくある構造――と言うか、アパートそのものに見える。
真ん中に置かれた炬燵は布団が外され、テーブルとして使われている様だ。
その上には割り箸を突っ込んだままのカップ麺の空容器が置きっぱなしになっている。
部屋の隅にはTVとゲーム機、そして自分が寝ていたらしい煎餅布団。
自分の部屋ではない。それだけは確かだ。
そして、ここがクリムゾンウェストではないという事も。
だが、かといって、かつて自分が暮らしていた世界に戻ってきたのかと言えば――どうやら、そういう訳でもなさそうだ。
鴨居の下には踏み台があり、その上にハンガーにかかった小さな制服が下がっている。
「こいつぁ久遠ヶ原学園の……」
それは、元の世界で読んだ事があるライトノベル「エリュシオン」の世界に出て来る架空の学園。
この部屋の主はコスプレの趣味があるのか、それとも――物語の世界に入り込んでしまったのか。
その時、外の廊下から誰かの声がした。
「紫苑サン、まぁーだ寝てるんですかぃ?」
ノックもせずにドアを開け、見知らぬ男が顔を出す。
「日曜だからって、もう昼過ぎで――」
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
不審者の登場に、紫苑は思わず条件反射で枕をぶん投げた。
「ぶへっ!?」
それは見事に顔面ヒット、不審者は玄関から叩き出されて廊下に転がる。
何がどうしてこうなった。
不審者、百目鬼 揺籠(jb8361)は顔面に貼り付いた枕を剥がし、尻餅を付いたままの格好で部屋の中を覗き込んだ。
部屋を間違えたわけではない。
確かにそこは妹分の部屋だし――その真ん中で、パジャマ姿で仁王立ちしているのも彼女に違いない。
ただ、あちこち随分と成長している様だが、それでも驚きはしなかった。
何しろこれで二度目だ。
この前と違うところがあるとすれば、お馴染みの赤い角がなくなっているところ、くらいだろうか。
「紫苑サン、ですよね?」
名前を呼ばれて、紫苑は仁王立ちのまま男を見下ろした。
この男は何故、自分の名前を知っているのだろう。
いや、自分もこの男を知っている気がする。
「この何とも言えねぇ胡散臭さ……あのちみっこにそっくりですねぃ」
胡散臭いとは失敬な。
だが揺籠にもそれを言下に否定は出来ない程度の自覚はあった。
ましてや、目の前の「そっくりさん」が本当に「妹分とそっくりなだけの赤の他人」だとしたら、これが初対面になるわけだ。
初対面の女性に警戒されるのは、まあ仕方がない。
「とりあえず、事情を聞かせてもらいましょうかね」
揺籠は服の埃を払いながら立ち上がった。
「ここは俺の妹分の部屋で、普段ならこの時分はまだ、そこの布団でカーッと大口開けて寝くたれてる頃合いなんですけどね?」
事情を聞かせろと言われても、紫苑にも何が何だかわからない。
昨日の夜、パジャマに着替えてベッドに入った事までは覚えているが――
「目が覚めたら、こうなってたんでさ」
これは夢なのか。
夢ではないとしたら、一体自分はどうなってしまったのだろう。
「紫苑サン――そう呼ばせて貰いますよ」
そう言いながら、揺籠は羽織を脱いで紫苑の肩に掛けてやった。
「名前も同じ、そっくりさん……ってぇ事になると、これはアレですかね。入れ替わっちまったんですかねぇ」
「入れ替わり?」
「ええ、紫苑サンのいた世界にも、俺にそっくりな生意気なガキんちょがいるんでしょう?」
ならば今頃、揺籠の妹分はそちらの世界でチビ揺籠と出会って――どうしているだろう。
ワルガキ同士で案外楽しくやっているのかもしれない。
「だったら、こっちも楽しまねぇと損ですよね」
「は?」
「まぁ任せてくださいよ。とりあえず、その格好を何とかしねぇとですね」
パジャマじゃ遊びにも行けないでしょう?
「それに靴も調達しねぇと」
揺籠は靴箱をごそごそ。
確か以前、デザインが気に入って買ったは良いが、大きすぎて暫くお蔵入りとなったサンダルが――ああ、あったあった。
「これなら何とか穿けそうですかね?」
そして連れて来られたのは、ファッションセンターむらしま。
低価格が売りの衣料品チェーンストアだ。
「ああ、これなら俺の世界にもありましたねぃ」
ちょっぴり懐かしい気もするが、女性の服を選ぶ為にまずココに来るというのは、男としてどうなんですか揺籠さん。
「俺は別にむらしまでも構いやしやせんがね……ええ、あんたもてねぇだろぃ」
「余計なお世話ですよ、安いは正義って言葉を知らねぇんですか?」
初耳だ。
けれどパジャマに羽織を引っかけて、小さすぎるサンダルに足先だけを突っ込んだ、脱走した入院患者の様な客を入れてくれる高級店は、多分ない。
そして脇目もふらずに向かったのはセール品のコーナー。
「ほら、これなんかどうですかぃ?」
「ってまた、そんな可愛いひらひらしたのを……」
ハンガーに掛けたまま胸の前に当てられたブラウスを、紫苑は蠅でも払う様に手で払い除ける。
「似合うと思うんですがねぇ、こういうのはお嫌いですかぃ?」
「俺はあっちので良いでさ」
「って紫苑サン、そっちは男物で……」
「別に拙い事もねぇでしょぃ、男がスカート穿くわけじゃあるまいし」
足を止めた紫苑は、ぷいっとそっぽを向いた。
昔は義父のお下がりの大きなシャツを羽織って、カッコイイなんて思っていた事もあったっけ。
「俺なんかナリはでけぇし、顔だってこんな――」
「そんなこと言うもんじゃありませんよ」
その背後から、揺籠は少し項垂れた頭の天辺に軽く手を置いた。
「ほら、この髪だってこんなに綺麗じゃありませんか」
流れる髪を指で梳いて、その感触を確かめる。
自分が知っている小さな紫苑の髪よりも、少し赤味が強い。
そのせいで桃色がかって見えるが、手触りは変わらなかった。
「ほら、こうして纏めれば……」
揺籠は自分の髪飾りを解いて、紫苑の髪に留めてやる。
「綺麗ですよ?」
「ばっ、ばっかおめぇ、なに歯の浮く様なこと言ってやンでェこのドスケベ!」
照れ隠しの腹パンずどーん!
「あぁ、やっぱり紫苑サンですねぇ」
けふけふ咳き込みながらも、何故か嬉しそうな揺籠さんはMですか。
どえむなんですか。
「それじゃ、これに決まりですね」
仕返しとばかりに、揺籠はとびきりヒラヒラの可愛い白ブラウスと、レースの付いたふわふわ空色スカート、そしてリボンの付いた赤いパンプスを手にレジに向かう。
「ちょ、それ……っ」
「気に入らねぇですか?」
「いや、別に……」
「似合いますよ、紫苑サンなら」
きっぱりとそう言われると、何だか言い返せなかった。
流されるままに着替えを済ませた紫苑は、揺籠の前で何故か仁王立ち。
スカートにパンプスで、大股開いてふんぞり返る。
「紫苑サン、せっかくのお洒落なんですから……何と言うか、こう、ポーズもそれなりに、ね?」
照れくさいのは、わかるけど。
「それで、こっからどうします?」
「どうするったって……」
とりあえず着替えを何とかする事しか頭になかった。
ここから先はノープラン。
「せっかくですから、デートでもしましょうか」
「でっ、でぇと!?」
「いや、まあ……そう言っちゃァ語弊がありますかね」
散歩と言い換えても良い。
「こっちの世界は紫苑サンにとっちゃ珍しいモンも多いでしょォし、俺もその……クリーム、ソーダ?」
「クリムゾンウェスト、な」
「そう、そのそれ……そこの話も聞いてみてぇですし。俺に似たちみっこの事なんかもね」
まずは何処かで軽く食事を済ませ――
「俺、パッフェ食いてぇでさ、パッフェ!」
何だろう、この既視感。
今、揺籠の目の前にいる紫苑と、あの小さな紫苑は別人だ。
なのにまるで、あの小さな紫苑が一足飛びに成長して、ここにいる――そんな気がしてくる。
小さな紫苑が、向こうの世界で小さな自分と仲良くやっているなら。
それならそれで……このままでも良いじゃないか。
「いや、ちっとも良くねぇや」
ひとり呟き、揺籠は首を振る。
はしゃいだ風に見えてはいるが、それも無理をしているのだろう。
(帰り道がわかんねぇんじゃ流石に堪えますよねぇ)
それに自分だって、ついいつもの癖で紫苑の左側――見える位置にばかり、立っている。
今の紫苑には、どちら側に立っていても自分の姿が見える筈なのに。
(それに、ゆっくり成長していくその途中の姿だって、ちゃんとこの目に焼き付けておきてぇじゃねェですか)
帰り道を、探そう。
「飛びますよ、紫苑サン」
「えっ!?」
聞き返した時にはもう、紫苑の身体はふわりと宙に浮いていた。
「探し物は、高いトコからの方が見付かりやすいんですよ」
「と、飛んでる! 俺、空飛んでやすぜ!?」
紫苑は揺籠の首にしがみつく。
「怖いですかぃ?」
「すっげぇ! すっげぇすっげぇ! 俺、生身で飛ぶのなんて初めてでさ!!」
ファンタジーワールドである筈のクリムゾンウェストにさえ、生身で飛べる者はいなかった。
なのに、現代世界を模したこの場所で、こんな風に自在に飛び回れるなんて!
「揺籠、お前さん一体何者なんでさ!?」
「さあ、何でしょうねぇ」
遙か昔、天から堕ちて来た者の裔。
妖怪百々目鬼。
名前は色々あるけれど。
まだまだ、自分は何者でもない。
自分ひとりでは、何者にもなれない気がする。
あの生意気な鬼っ子なら、いつか教えてくれるだろうか。
「どんなとこだってひとっ飛びでさ。大丈夫、帰り道くれぇ見つけてやりますって」
「頼もしいじゃねぇですかぃ、頼りにしてやすぜ!」
もし見付からなかったら――このまま、この世界に落ち着くのも悪くない、かもしれない。
けれど。
「向こうでもきっと、心配してんでしょォね」
揺籠似のチビ助はベソをかいているかもしれない。
強がって、背伸びして、大人ぶったふりをしようと頑張ってはいるけれど――
「まだまだ、俺が面倒見てやらにゃいけやせんからねぃ」
なんだか、無性に顔が見たくなってきた。
そう言えば、ずっと昔……義父と一緒に見た古い映画に、こんな台詞があったっけ。
There's no place like home.
自分の家ほど素敵な場所はない。
呪文を唱えて、靴の踵を鳴らして――
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3668/春咲=桜蓮・紫苑】
【jb8361/百目鬼 揺籠】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
いつもありがとうございます。
そして、例によってぎりぎりまでお待たせして、申し訳ありません。
There's no place like home.
これは1939年の映画「オズの魔法使」に出て来る帰還の呪文。
赤い靴の踵を三回鳴らして呪文を唱えると、無事に家に帰る事が出来るのです。