※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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苦しくも愛しきこの現世
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春咲=桜蓮・紫苑が少年を拾ったのは、クリムゾンウェストに来て間もない頃だった。リアルブルーに残してきた養父と連絡する手段も、故郷に戻る算段も、全く見当たらずに、静かに嘆いていた時だ。――残念ながらその状況は今も尚、変わらないままなのだが。
なににせよ人生は、何が起こるかなんて想像つかないことばかりだと、改めて紫苑はひしひしと感じている。
そう思い返す切っ掛けとなったのは、つい先ほどのこと。
何を隠そう、紫苑が拾ったその少年――鬼百合が、誰にも何も言わず、皆で暮らしていたリゼリオの家から出て行ってしまったからだ。
最近の様子のおかしさから、なんとなくそんな予感はしていたのだが。実際に少年が荷物を持って、家からそっと抜け出すのをこの目で見た時は、胸に迫るものがあった。
(ったく……。本当に家出しやがって……)
どこへ行こうというのだろうか。
いや、どこにも行く宛なんて無いのだろう。
それでも鬼百合は、あの家を去らずには居られなかったらしい。
紫苑は気付かれないように、そして鬼百合の姿を見失わない様に後を追いながら、眉を潜める。
すぐに鬼百合を引き止めなかったのは――何があったかは知らないが、何かがあったのは確かだったからだ。
今宵は月の無い夜。
空はいつもよりも寂しくて、風の音さえ聴こえてこない程静かで。
……そんな夜だからこそ。
静寂が鬼百合の心を少しだけ癒してくれるかもしれない。
だから、紫苑は鬼百合の背中を暫く見守っていた。
すると鬼百合は突如立ち止まった。
そして、おもむろに空を見上げている。
何を思っているかなんて、遠くから見ているだけでは分からない。
……でも。
きっと辛いのだろう。
それだけは、ちゃんとわかった。
だからこそ紫苑は深呼吸をして、鬼百合の元へと歩みだす――。
「ガキは仕事でも無きゃお眠の時間でしょう、鬼百合ちゃん?」
鬼百合は知っているだろうか。
鬼百合にとって“良い父親”となれるように日々努力してきたのだという事を――。
可愛い弟分であり、息子のように思っているという事を――。
紫苑は少年を見据え、双眸を細めていた。
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(なんでシオンねえさんがここに……!?)
鬼百合の心臓は早鐘を打っていた。誰にも気付かれないように抜け出してきた筈なのに、どうして――。
鬼百合は明らかに混乱している様子だった。
「ど、どうして……。オレは、皆に何も言わないままそっと……」
「そっと姿を消したつもりだった――って言いたいんですかぃ? 残念でしたねぇ。お前さんが家を出る瞬間も、しっかり見てやしたよ」
「……!」
紫苑の発言に、鬼百合は驚きを打つ。
そして口を噤み、気まずそうに俯き、おそるおそる訊ねた。
「オレを……追いかけてきてくれたんですかぃ?」
「・・・だとしたら?」
紫苑がもし――追い掛けて来てくれたなら。
だとしたらやっぱり嬉しくて。
でも同時に……、言葉では言い表せない胸の苦しさがあった。
「ごめんなせぇ、ねえさん……。シオンねえさんには数えきれないぐらいの恩がありまさ。なのに、黙って出て行って……」
鬼百合は声が震えそうになりながら告げる。
「でもオレ……もうあの家には……帰っちゃいけないんでさ……」
すると紫苑は眉を潜め、首を傾げた。
「帰っちゃいけねぇって……――どういう事でさ?」
紫苑の問いに、鬼百合は息を飲む。
眸の中で光が揺らぐ――。
そんな少年を見つめ、紫苑は言った。
「ま。何があったかまでは知らねぇが、何かあったってのは察してまさ。色々事情があるんでしょうよ。……でもな。何が何だか分からねぇままハイそうですかって納得なんざできやしねぇ」
鬼百合が自ら依頼に赴きしっかり働いているのを、紫苑は知っている。きっと少年は、これまでも色んな人々を救う為に力を奮ってきただろう。ゆえに感心もしていたし、心配もしていた。
「……鬼百合。言い辛ぇのかもしれねぇが、何があったか話してみなせぇ。俺はお前さんに出て行って欲しいなんざ一度も思った事なんて無ぇですぜ。あの家の皆だってそうだ」
鬼百合はどきり、と胸が締め付けられ、鼓動が大きくなっていった。
――少年は拾われた日のことを思い出す。
――あの頃は母を喪い、荒んでいた。けれど紫苑が、行き場を失った自分を導いてくれた。
「なのになんでお前さんが居ちゃダメなんでさ! それとも、あの家が嫌になっちまったってのか?」
「……っ、違いまさ……!」
――リゼリオの家で過ごした日々は暖かくて、楽しくて。
――あの家が大好きで。
――“ねえさん”が大好きで。
――だからこそ……。絶対に失いたくなかった。
「オレは“呪われてる”から……! もう、ねえさんと一緒に居ちゃいけないんでさ……っ」
「呪いだと……?」
紫苑が聞き返す。
すると鬼百合の目から、泪が溢れ出していた。
「母ちゃんもいなくなった。いっぱいいなくなった。オレやっぱ呪われてるんでさ!」
ぽろぽろと零れていく大粒の雫。
少年は刺されたような胸の苦しみを味わいながら、悲痛に叫ぶ。
そして、全てを話した。
何があったのかを。
どうして、離れなければならないと思ったかを。
「つまり……そのお前さんのいう呪いとやらで、俺が死んじまう前に……。出て行こうと思ったって訳ですかぃ?」
全てを知った紫苑の言葉に、鬼百合は頷いた。
依頼で大切な人をうしなってしまった……。
そのショックを抱えた時、思い出してしまったのだ。
かつて少年に、呪われていると云った人物が居た事を。
鬼百合は思った――その人の言う通り、呪われているから、関わった人が居なくなってしまうのかもしれない。
だから、だから“ねえさん”の傍から、離れなければ――と。
紫苑の傍に、自分は居ない方がいいのだと。
――そう零した後だった。
拳骨を一発、喰らったのは。
「……っ!!?」
鬼百合は動揺と混乱が隠し切れなかった。
すると紫苑はぽつりと呟く。
「ばかやろう…………」
その声は掠れ、どこか愁いを帯びていた。
そしてまっすぐ鬼百合を見据えながら告げる。
「殺してみやがれ。お前さんの言うそのくだらねぇ呪いとやらで」
「…っ!」
鬼百合は目を見張り、後ずさった。
「嫌でさ……! なんで……! なんでそんな……。そんな事言うんでさ……っ」
きつく目を閉じれば瞼に涙が溢れ、頬を伝って落として――
感情も激しく沸き起こると共に、鬼百合は紫苑の言葉を拒む。
そして、心の奥に閉じ込めていた言葉は漏れた。
「もうこれ以上オレは! 誰かが死ぬとこ見たくねぇ!!」
ずっと苦しかった。
――大事な人ばかり、いなくなってしまうから。
少年は喪う度に悲しくなるのを、止める事はできなかったのだ。
「もう、もう。……オレの方が死ねばよかったなんて、思いたく……、ねぇ……」
“もっと、ずっと、傍に居たかった”
そう伝えたくて堪らなくても……
この声はもう、届かない。
思い知るがゆえに、少年は泣く。
喪ったその事実を少しずつ受け入れながら……。
すると鬼百合の体はぬくもりに包まれていた。
紫苑に抱きしめられていたのだ。
このぬくもりは少年にとって、親からの愛のようだった。
しかし亡き母から貰った抱擁のぬくもりとは、少しだけ違う。
彼女から感じたのは――父のぬくもりだ。
「どうしても、それでも出ていきてぇなら好きにしなせぇ。お前さんが決める事でさ……」
目を見張りながら黙って聴き続ける鬼百合に、紫苑は紡ぐ。
「だがな。いくらお前さんの方が強くなろうが、本当に呪いがあろうが、俺は死にやせんよ。……誰ぞに云われた呪いより、父<俺>を信じなせぇ」
紫苑が囁くことばを聴いた時、鬼百合の心はゆっくりと解けていく。
――不思議な感覚だった。
自分は父を知らない筈なのに、なんとなく。
本当になんとなくなのだが、きっと、父はこんな感じだったんじゃないだろうかと、彼女に面影を重ねて視ていたのだ。
これまでも紫苑は、鬼百合を叱って導き、懐深く、鬼百合の見本となるような背中を見せてきた。
そして今も――彼女の強さに、鬼百合は憧れを抱く。
「シオンねえさん、お願いでさ。死なねぇでくだせぇ……。オレの前から、消えないで……」
「ああ。約束でさ」
鬼百合の願いに、紫苑は応える。
そうして“約束”が交わされた時、少年は安堵したのか、益々泣きじゃくった。
それは誰にも、自分にも、止められない涙。
――泣いて、泣いて。
涙が枯れ果てるまで、延々と泣き続けるのだった。
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「はは、ひっでぇ面だな。鬼百合ちゃん」
紫苑がケラケラと笑いながらからかった。鬼百合の瞼は焼くように熱く腫れてしまい、思うようには開かなくなっていたからだ。
「……」
しかし鬼百合は嫌がる訳でもなく、恥ずかしがる訳でもなく、ぼんやりとしていた。
沢山泣いて、沢山疲れてしまったのだ。
そしてもう、家出をしようという気を起こしてはいなかった。
紫苑が「帰りましょうか」というと、無言でこくりと頷いて、歩き出す彼女の後ろを離れずについていく。そんな素直な様子を窺い、密かに微笑みを浮かべていたのは、俯いていた鬼百合の知らぬところであるだろう。
「……明日の朝は、お前さんの好きな物にしてやりやしょう」
「好きなもの……?」
「ああ。なんでも聴いてあげますよ。何が食べてぇんでさ?」
「……。……カレー、食いたいでさ」
「カレーかぁ。いいですねぃ。分かりやしたよ。お腹いっぱいに食わせてやりまさ」
――明日の朝の楽しみが出来た。
それは幸せな事だというのを、鬼百合は知っている。
朝がくる事。
大好きなカレーをお腹いっぱい食べる事。
そして大好きな家族が共にいてくれるという事。
全部、当り前じゃない。
――全然当たり前なんかじゃない、幸せだ。
鬼百合はごしごしと目を擦ると、前を向いた。
「ねえさん。オレ、ずっと考えてたことがあって……」
「ん?」
「母ちゃんは居なくなる前、自分は空に行くんだって言ってたんでさ。それからあの人も……、想いはずっと傍に居るって言ってた」
「……」
「その意味をずっと、考えてたんです。二人が伝えたかったことを……」
「……。そうか」
紫苑は穏やかな表情で微笑んでいた。
――子の成長を見守る、親のように。
「しっかり考えて、自分で見つけなせぇ。……でも、ま。お前さんが何処に居たって、独りじゃねぇんだって事は、俺にも分かりまさ」
「……どこにいたって独りじゃない。……うん、そうですねぃ」
そう呟いた時。ふと、鬼百合の表情は一変した。
その眼差しは、驚く程真剣に……。
まっすぐに、紫苑へと向けていたのだ。
「オレも……、ねえさんを独りにしませんでさ」
「え?」
紫苑はきょとんと眼を丸くする。
そして彼女の心が激しく動揺しているのを知ってか知らずか――
鬼百合は無邪気な微笑みを浮かべた。
ゆえに――
「いてっ! えぇ……!? なんで小突くんでさ!?」
「うるせぇ。家出未遂しておいて、いっちょまえな事言ってんじゃねぇやい」
紫苑は顔を背けて、歩き出した。
その足は少し速い。
……頬がほんの少しだけ赤くなってしまったなんて。
絶対にバレたくないからだ。
「ま、待ってくだせぇ……!」
そして親子は共に帰る。
みんなが待っている、リゼリオのあの家へ。
“大切な人”が居ること。
“大切な人”が居てくれたこと。
彼女達の愛を胸に抱くからこそ、
鬼百合は再び立ち上がり、
前へと進む。
苦しくも愛しき、この現世を――。
完
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3667/鬼百合/男/12/人の世に生きる鬼の子】
【ka3668/春咲=桜蓮・紫苑/女/22/父の面影、語る拳】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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頂いた発注文を読んで、奮い立ちました。
鬼百合くんが笑っていると嬉しくて、泣いていると悲しくて。そんなふうに影ながら見守っている私も、鬼百合くんが幸せに生きて欲しいと望んでいる一人です。
“また一人、大切な人が居なくなってしまった”――鬼百合くんの苦しみと思いを、そして紫苑さんが伝えたかったことを汲み取れるように、さまざまな角度から見つめ、丁寧に紡ぎたい物語でした。
その中で私が重点に置きたいと思ったテーマは、“鬼百合くんは人の世に留まる”という事。人の世に留まる理由となった“人との繋がりや御縁”。“父と子”。
そして鬼百合くんが“年相応の少年”として、大切な方々からの愛に包まれることです。
お二人のお話を描けて、とても光栄でした。
しかし完成まで大幅にお待たせしてしまい、深くお詫び申し上げます…。
こんなに長い間待ち続けてくださり、ありがとうございました。
すこしでも楽しんで頂けていたら、幸いです。