※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
心恋、来し方行く末
●
散り、と、爆ぜゆく火の粉が蝶のように舞う。
幽かに伸ばした爪先で捕らえようとすれば、それは死の淵へと昇っていった。
ひらひら。
はらり。
逃げていく。
露と、消える。
――お前には触れられない。
漆の黒に濡れた色が、薄い掌へ朱を刻む。
――お前には触れさせない。
紅を引いた唇が歪に震える。
――お前の想いは、全てを殺す。
それを呪いと言わずして、何と言うのだろうか。
「愛しいと想う者ばかりを喪うなれば……妾は、妾という存在は――……」
**
焼け野原の郷に、夜が落ちる。
深深と、心心と。
見えるものを隠し、見えないものを見せる異の刻は、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の心に棲まう恐怖を曝した。
歪虚に滅ぼされた、龍神信仰の地。
伝承による始祖と同じ髪、同じ瞳を色持つ黄泉還り――そう崇められた巫女は、脆いものが何時壊れるか、予言することが出来なかった。
愛する竜。
信を成した騎士。
喪った過去。
「前を見て、進むことしか知らなかった……そうしなければならなかったのじゃ。でなければ、折れそうな心が誠に折れ、粉々に散ってしまいそうだった……」
しかし、それは己の行動を正当化する為の言い訳。
心を寄せた友すら、邪神が死するまで保つか否かの“刻限”を背負った。その命はまるで、刈り取られるのを待つ稲穂のようだ。
「風は黄金の漣となり、尊い息吹を奏でることだろう……最期の瞬間まで、気高く――……っ」
しかし、その選択は、未来は、誰の所為でもたらされたのだろうか。
「妾の想いが死を招くと言うなれば、これ迄の妾の魂は如何程の業を背負うたと云うのじゃろうか……?」
歩み来る者を全て拒めばよかったのか。
触れ合う温もりを振り払えばよかったのか。
只只、命尽きるまで何人も慕わず、愛さず、孤独の奈落へ沈んでいけばよかったのか――。
「(妾の想いは“誰か”を殺す……人々の目に映る妾は差し詰め、禍つ神かのう)」
夜の海に浮かぶ海月を見上げる。
その揺蕩いに、色に想いを馳せるは、騎士。
頬を、髪を撫でる風を感じては想いを寄せる、友。
蒼に映る月。
滲む輪郭。
伏せる睫毛。
盃へ移る月――逆月。
その双つの月はとてもよく似ていた。
だからこそ、月と逆月の“生き方”が全く違うことを、蜜鈴は弁えていた。
「其方は言うたな……何が有ろうと“生きろ”――と……」
言の葉には力が宿る。
しかし、騎士の言霊は呪いへ姿を変え、蜜鈴に死ねぬ呪縛を刻んだ。
一生を、後悔と共に添い遂げることすら出来ない。
「死ぬ事すら許されぬ妾に、不器用にも生きる風の様な友の姿は……愚かにも、愛しく映ったのじゃ……」
禍に身を焦がされた身。然れど、民の為にと自身の命を削り生きる彼を護りたい――そう想うことすら許されなかったのか。
狂おしい程に仕直しを願った。
今更と叶わない、叶わなかった願いを求め、唯ひたすらに。
蜜鈴は唇をきゅっと噛み締めると、漂ってくる悲風から身を守るように肩を窄めた。
折れそうな心は、傷だらけの心は、治ったふりをしていただけ。
――お前の心など何時でも砕くことが出来る。
耳許で睦言のように囁きかけてくる呪詛。
逃げ場はない。
逃げる気も毛頭ない。
立ち止まれば、保てない。
「歩き続けなければ……顔を上げて……進み続けなければ……」
強く祈っても届かない願いがある。
「愛しい者だけでなく、大切な友人達にこの呪いが及ばぬ様に」
立ち止まれば、容易く砕けてしまう。
ならば、自分の手で成し遂げねばならない。
足掻いた日々が例え無意味だったとしても、運命が結末を選ばせてくれなくとも――
「彼だけでなく、彼女達迄喪わぬ様に……」
それが蜜鈴の生きる意味なのだから。
季節外れの春待ち花が一輪、首を垂らしポトリと落ちた。
その囁きに、蜜鈴の睫毛が、ふ、と、緩慢に持ち上がる。微睡み明ける蒼に映る世界。何故と問うよりも早く、懐旧の情が動いていた。
「此処は……妾の寝所で在った場、か……?」
横たわっていた身体を半身、やおらに起こす。
其処に、過去の形は既に無い。
しかし、確かに残っている空気と情景。
「妾は郷の外に居ったはずじゃが……はて、のう……――」
蜜鈴は吐息で語尾を掻き消すと、再び半身を沈ませる。
思考を放棄したわけではない。只、突き詰めるには野暮なような気がした。
青々と茂った草の香を感じながら、夜空に浮かぶ御月へ瞬きを落とす。
「……む?」
何時の間にか握り締めていた蜜鈴の手の中には、硝子玉のような石が付いた根付が眠っていた。
それは、幼い頃に騎士から受け取った、最初で最後の贈り物。
苦笑を漏らした口許が僅かに震える。
過去の幸せは全て喪った。
穢れたこの手が掴める己の幸せなど、僅かなものだろう。しかし――
「再会とは、顔を合わせるだけではない……か……――のう? “ ”よ……」
蜜鈴の意識で“黄泉還る”彼の背中は、此の地に残された慈悲だったのかもしれない。
溢れる慈しみに、閉じる瞼。
その身を月の光に青白く照らされながら、蜜鈴は掌の根付を、そっ、と、胸へ寄せたのであった。
何時か“許された”その時、蜜鈴の隣には――……
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
平素よりお世話になっております、ライターの愁水です。
幽世に隠された夏一夜、《海風のマーチ》ノベルお届け致します。
過去が在るからこそ現在(いま)が在る。現世でも常世でも、繋がりは永遠です。
解釈しきれていない部分がありましたら申し訳ありません。
此度のご縁、誠にありがとうございました。