※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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寸劇、食卓にて。
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それは普段通りの昼下がり。
セドリック・L・ファルツの元には、いつも通りの時間に使用人頭がやってきて夕食のメニューについて確認する。
「本日はよい鴨が手に入りましたのですが」
「ああ。それはいいね」
セドリックは資産家であるファルツ家の現当主で、立派な屋敷の主でもある。
だが華美を好まぬ性質であり、生活は寧ろ質素と言っていい程であった。
かといって決して吝嗇家ではなく、身分や立場に見合った出費を厭うことはない。
最新流行のデザインではないが、質の良い、手入れの行き届いた衣服をきちんと身につけ、常に穏やかに微笑み、物腰は優雅といえる程。
使用人達に対しても必要以上に尊大にふるまうことも無いため、関係は実に良好。広い屋敷は廊下の端々、庭の隅々まで心を籠めて、丁寧に手入れされている。
セドリックは有体に言えば、質実かつ温厚な、非の打ちどころのない紳士であった。
「今日は、何か祝い事でもあったかな?」
セドリックがメニューを指でなぞり、考えこむように目を伏せた。
「いえ。本日はお嬢様がご夕食を召し上がられるとおっしゃいましたので」
その言葉にセドリックは僅かに口元をほころばせる。
「成程。最後に一緒に夕食をとったのは、一週間ほど前だったかな? 宜しい、ではこの通りで」
「かしこまりました」
一礼して使用人頭は下がっていった。
夕刻。
決まった時間に、セドリックは食堂へ入る。
使用人が引く椅子は、テーブルのいつも同じ席。
規律を愛し、平穏を尊ぶ彼は、家に居る限りこの習慣を変えることを好まない。
セドリックが落ちついたのを見計らったかのように、もうひとりの人物が足音も立てず食堂に入って来た。
セドリックは少し目を細め、愛娘がテーブルに着くのを見守る。
背筋を伸ばしたディナードレスの若い姿は実に美しく、ワインレッドの髪は蝋燭の灯を受けて艶やかに輝いている。
一方、愛娘――正確にはセドリックの養女であるエルシス・ファルツの、髪と同じワインレッドの瞳は、養父の姿を映さない。
エルシスはそのままふたりには大きすぎるテーブルを回り込み、セドリックから離れた斜め向かいの席に腰を下ろす。
それと同時に、使用人達が一斉に動き始めた。
「ちゃんと時間通りだね。宜しいことだ」
セドリックが声をかけるが、エルシスの表情も喉も、全く動かなかった。
目の前に置かれたスープを静かにスプーンですくって、口元に運ぶ。
その所作は礼儀には煩い義父同様、無駄なく美しい。
だがどこか楽しげなセドリックの手元に対し、エルシスの動きはまるで良く出来た自動人形のよう。皿のスープが減っていることで、辛うじて喉に入っていることが判別できるという具合だ。
「最近はどうだい。危ない依頼には、いっていないかい?」
下げられたスープ皿の代わりに次の料理が運ばれてくる間に、セドリックが静かに尋ねた。
「相変わらずですよ」
エルシスの返事はそれだけ。実にそっけない。
それは一見すると、巷によくある、年頃の娘と父親の会話のようでもあった。
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温かなスープをはじめとした、心づくしの料理。清潔に整えられた食卓。
エルシスが最後にこの席で食事したのは、確か一週間ほど前だったか。
使用人に今日の夕食は家でとると伝えると、どこか華やいだ反応が返ってきた。つまりは、使用人たちは『お嬢様』が家で食事をすることを歓迎しているのだ。
エルシスは彼らを嫌っている訳ではない。そして彼女のために用意される食事は、充分に美味である。またそれらを差し置いてでも、敢えて外で共に食事をとりたい友や恋人がエルシスに存在する訳でもない。
では何故一週間、いや下手をすれば一ヶ月も、エルシスが自宅の食堂に現れないのか。
その理由はただひとつ。斜め向かいに座る男のせいである。
確かに、形式ばった食事は堅苦しい。
家での食事ではあるし、それ程華美なものでもないが、淑女の嗜みとして夕食時にはそれに応じたドレスに着替えねばならない。
だがそれには幼少時から慣れているし、それが普通のことだと思って育ったのだから何ら問題はない。
にもかかわらず、エルシスは、これも身についた完璧な所作でナイフとフォークを操りながら、まるで砂を噛み締めるように肉を食む。
――ああ、この男さえここにいなければ。どれだけ食事を楽しめるだろう!
エルシスは十三歳の時に自分を引き取った、目の前の男を心底憎んでいる。
優しい両親を、なつかしい家を失い、この家に引き取られたあの日からずっと。
エルシスは知っている。温厚で柔和なあの微笑の下に蠢く物を。
叶うなら、今この肉を切るナイフであの表面を切り裂き、その奥に潜む邪悪な物をフォークで貫き、引きずり出してやりたい。
化け物。
化け物。
幾度心の中で叫んだかも、もう分からない。
けれどエルシスはお嬢様育ちの小娘に過ぎない。
何度も挑んで悟ったひとつの結論。エルシスには力がなかったのだ。
物理的な力、社会的な力。目の前の男に比べ、どちらも叶わぬことを悟ったエルシスは、時を待つことにした。
男の庇護の元、焦れるような日々を送りながら、力をつける。
傍で見張っていれば、きっとチャンスはあるはず。
どんなに僅かな隙も絶対に見逃さない。
そしていつか、必ずこの男を……。
穏やかな声がエルシスの名を呼び、思考は途切れる。
「エルシス、お友達とは仲良くしているかい。良ければ偶には家にも来てもらいなさい」
――ふざけないで!
言葉の代わりにあげた刺すような視線が、養父の視線とまともにぶつかった。
そこにあるのは、どこまでも優しい光を湛えた瞳。
エルシスは全身の血が逆流する様なおぞましさを覚えたが、それを必死で押さえこんだ。
「お義父様。お食事中のお喋りは感心しません。折角の料理が冷めてしまいますよ」
辛うじて平静を保って、会話の続きを封じた。
これ以上言葉をかけられたら、食事と一緒に飲み込んだ色々な物が、エルシスの中から迸り出てきそうだったのだ。
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食事が済み、デザートが運ばれてくる。
普段は質素にしているが、セドリックも実は甘い物を好む。
今日はエルシスが共に食事をするという理由で、セドリックの好物のショコラが少し多めに用意されていた。
「エルシスが一緒に食事をとると、祝い事のようだというのもどうかとは思うけれどね」
返事はない。
だがセドリックは、手塩に掛けていつくしんで来た養女の、完璧な所作に目を細めていた。
(家筋に見合うだけの淑女として、もう少し落ちつきがあれば申し分ないのだがね)
――例え多少の『おいた』があっても。
つまりはセドリックにとって、エルシスはまだまだ小さな女の子に過ぎないのだ。
家族との食事に満足し、デザートのショコラに浮き立つ善良な男。
エルシス以外の人間は誰もが、セドリックのことをそう思っているのだろう。
突然食堂の景色が回転し、男の声が意味をなさない純粋な音となって脳の中で反響する。
エルシスは激しい眩暈を覚えた。
夕食の団欒の光景という、この馬鹿馬鹿しいお芝居。
吐き気がする程下らない寸劇の、エルシス自身が演者であるという耐え難い認識。
それを正すために、エルシスは何度も考えた。
自分の方が狂っているのだろうか?
自分の記憶がどこかで歪んだのだろうか?
いや、そんな筈はない。
必死で無表情を装うエルシスの背筋を、撫で上げるように寒気が駆け上る。
エルシスだけが知る、誰も知らない真実。
目の前の男は、化け物。
穏やかに微笑む、慈愛に満ちた瞳の、立派な身なりをした、とんでもない化け物なのだ。
(いつか見ているがいい……)
エルシスは暗い決意を新たにする。
今は雌伏の時。いつか必ずこの男の化けの皮を剥がしてやる――。
それは一種の執着。
相手の事だけを考え、相手のために生きるも同じ人生。
そのことにエルシス自身はまだ気付いていない。
銀のポットを持った使用人が、セドリックの傍らで軽く一礼した。
「珈琲をもう一杯お注ぎしますか」
「ああ、貰おうかな」
温かく優しい蝋燭の灯を受けて、微笑む紳士の顔にくっきりとした陰影が刻まれる。
その暗い部分を見つめ、エルシスは息を潜める。
完璧すぎる仮面の継ぎ目を、そこに探すかのように――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4167 / セドリック・L・ファルツ / 男 / 40 / 人間(クリムゾンウェスト) / 聖導士】
【ka4163 / エルシス・ファルツ / 女 / 20 / 人間(クリムゾンウェスト) / 疾影士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。或る日の親娘団欒の光景をお届けいたします。
かなり繊細な内容のご依頼でしたのが、違和感がないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- エルシス・ヴィーノ(ka4163)