※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
散る羽願うは縁の一助
●曰く
囲め囲め
記憶(かこ)の中の烏(とり)は
何時もいつでも鳴きやる
夜明けの晩に
面(つら)も顔(かお)も滑った
後ろの正面どぉれ?
髪は丁寧に梳り、服のあわせを確かめる。襟は抜いて、着こなしはあくまでも少女の様に。
鏡台の前でくるりと回る。うん、今日も上出来。にこりと笑って、目の前の自分も笑えていることを確かめる。
(見せる相手は居ないけどね?)
姿を装い、面をかぶって、二重の鎧で楼(ka4581)は楼になる。
締めの言葉はいつもこれだ。
「今夜もいつものように遊びましょ」
かーこめかっこっめー♪
「にしてもいい場所が借りられたものだなぁ」
リアルブルーから伝来したと言われている童謡を諳んじながら、時雨(ka4272)はいそいそと古紙に筆を走らせていた。
その手つきは迷いなく滑らかで、紡がれる文字も流れるように紙面を彩っていく。ただ墨の黒一色だというにも拘らず、である。
まだ夏の最中、陽もまだ高いこの時期に鴉の面は暑く蒸れるはずだ。けれど時雨は楽し気に、自らがそうすると決めた作業を進めていく。
「ひい、ふう、み……ああ、これで五枚目か!」
全て揃ったな、後はこれを隠して、他にもいくつか準備して……
「楽しみだな、そう、皆の顔がな!」
ドッキリさせちゃうからなー! 皆待ってろ!
いつもの祠とは違うその場所で、座長は一人でも力いっぱい楽しさを表現しながらその時を待つのだった。
ここは曰くつきの墓地でな……噺のはじまりは朗々と。けれど次第に粛々と。
身寄りのない者ばかりが弔われた墓地なのだ。
弔われぬのも気の毒だ、きっと親御殿もそう思うだろう……そうして粗末ながらにも墓を得た者達の共同墓地、それがこの規模の小さな墓地の由来。
管理者が居たこともあったけれど、それもまた身寄りのない者ばかり。
ひとり、またひとり。
墓地に眠る者が増え、管理者も代を重ね……今は忘れ去られ、訪れる者も居なくなった墓地。
これ以上広くもならず、眠る者も増えなかろうと柵で出入りも制限された孤独な場所。
身寄りのない彼らには参る者などいない、盆に帰る場所もない。
だからこそ寂しく、そしてだからこそ集う。
盆であろうとなかろうと、彼らはこの地に留まったまま。
負のマテリアルが淀み溜まり、不死者になってはたまらない。
墓に参ってやらずともよい、ただ人の声を聞かせてやってほしい。
自分達の居場所はここではないのだと、その賑やかな声で気付かせてやってほしい。
正であり生を示すマテリアルをこの地に、ほんの少しでも明るさを……
それが肝試しであろうと、宴会であろうと問題はない。
それだけで、彼らは満足して再び眠りにつくだろうから。
……そういうわけだから、肝試しと行こうじゃないか?
(怖くないもんねっ)
幽霊? そんなのいるの? 歪虚でしょ?
似たようなものが居る時点で、楼は信じてなんかいなかった。
(歪虚なら倒せばいいんだよ。怖がらせるだけですぐ逃げちゃうような歪虚なんて、簡単だよ)
ボクたちは覚醒者なんだから、そういう力を持っているんだから。……本当は逃げるような歪虚が居るなんて思っていないけれど。だって弱い奴ほど本能的だもの。
(でも知ってるんだ、今日のこれはシグレの仕込みでしょう?)
冷静な目で現状を把握できている。
けれどその目は狸の面の下、顔の微かな違いは骨格と頬の動きだけ。目の動きを読みとるのは難しい……普通なら。
楼だけじゃなくて、皆、面を被る者ばかり。どこか似ていて、どこか同じ物を持っていて。……楼の本当を知っている者だって居るはずだ。
(シグレとか)
憧れのあの人は、ボクのことを分かった上で居場所をくれた。心地よく、自分を被っていても困らない場所。
……今は関係ないけどね?
●【壱班】
「怖くないし!」
そうは言っているものの、風花(ka4542)の肩はふるふると小さく震えている。
(嫌いなだけ、怖いんと違う)
言い聞かせながら体を、主に前へと進むための足を動かす。正直お化けとか霊とか妖怪とか、大っ嫌いである。
けれど一座の全員が揃う機会だ、年の近い者だっている。他の皆が平気そうにしている中で自分だけ怖いなんて言う事はプライドが許さなかった。
(弱みを見せたらいけない、知ってるっ)
既に周囲は皆知っているという現実には気付かない。とにかく自分の思う通りに事が運ぶよう、目の前の事、つまりは自分の体裁を作ることに終始する。
「怖くないし。うち、ぜんっぜんこわくないし!」
「はっはっは。風花かわいいなー」
時雨が風花の頭を優しくなでる。いつもならうれしいはずのその行為も、今に限って言うならば風花にとっては余計なお世話になってしまった。
「座長! うち十分に大人なんだからお化けなんて怖くない!」
そんなに弱く見るなと叫ぶ。風花自身は気付いていないが、どこか悲痛な響きを増していた。
それだけ必死に強くあろうとしているんだなと、風花に気付かれぬよう微笑んだ者、素直に将来を含めて信じる者、そしてその主張の様子を愛でる者。時雨はそのすべてに当てはまる。だって時雨は今より前の風花も知っているから。
「怖くないっていってるし!」
きぃっと威嚇行動の様に見えて、実際は害するような動きはしていない。風花自身時雨の事を保護者として慕っているのだから。
「壱班はアヤイとカザハナが一緒だね。よろしく!」
楼の声が明るく跳ねる。顔を隠していても、声音に感情が乗っている。
「幽霊……」
ビクゥ!
視界に収めた二人の肩が震えた事を確認し、しゃらりと首をかしげる鬼揃 絢戌(ka4656)。
(俺は良いが……どうして怖いんだ)
恐怖がどうこうというよりも、関心がないと言う方が近い。自分にとって大切かそうでないかが判断基準なものだから、大切の外側にある事柄にはぴくりとも心がふれないのだ。
だからだろうか、風花と楼が怖がる理由がさっぱりわからない。
こういう時どうすればいいのか。……考えた末、思い浮かぶのは弟が今より少し小さかった頃の事。
どうだったか。勢いよく駆けまわったりしていなかっただろうか。だとすれば今どうしておくのがいいのか。
(……とりあえず)
二人が奔りだしてもすぐに対応できるよう、気をつけることにする。自分は一人で、相手は二人。一時的にとはいえ自分は保護者なのだと意識を改める。二人同時に別方向へ走っていかれたら、詰む。見事に迷子の完成だ。
(先頭を行ってやった方が……)
思いながら体は前に出ていた。しかし、後ろを見ながら進むのは良くない。前方不注意になるのが目に見えている。
自らの服を見下ろす。……大丈夫、伸びる素材ではない。服に掴まらせておくことは可能だ。
振り返り声を掛けようと、二人の様子を伺う。
「転ぶなよ」
ガシャァァァァアン!
「「!?」」
突然響き渡る破壊音。混乱してはいないだろうかと二人の様子を伺いながら、じっとその音を聞き分ける絢戌。
(この墓場そのものは本物だ)
まぎれもなく墓石が鈍器のようなもので叩き壊された音だった。けれど墓を割るほど時雨も常識外れではない筈。
「……砕けたな」
「な、何がなん?」
風花の震えるような声に、甲斐はあったようだぞと頭の中だけで時雨に言葉を投げる。わざわざ同じ石を支度するとは、手が込んでいると思う。そこに敬意を示し、主催の努力を無にしない事も鑑みて、それが本当ならどうやって起きた音なのか、言及はしないでおく。嘘はつかない。ただ事実だけを述べればいい。
(にしても粉々にするとは)
その技量への敬意も追加しておこう。
ひゅぅ~どろどろどろどろどろどろどろどろ……
ブルブルと、作られた読み物の様に、作り物のような震え方だなあと自分でも思うけれど。聞こえてくる音だって作り物に聞こえるのだから、仕方ないよね?
「うぅなんか不気味だよー」
楼がぎゅっと抱き付く先は絢戌である。落ち着いた物腰の彼ならなんとかしてくれる、そんな期待をしているように。
(なーんて、ね♪)
シグレは本当面白いものを見つけてきたんだな、なんて。胸の内で余裕をかましているのが実際のところだ。
かわいい風花が怯える様子が面白くて、可愛いなとか。ちょっとからかってみたい気分だから。
「キャー人魂ー」
今度は風花の服の裾も掴んだ。ぎゅぅ。
服に触れた瞬間にびくりと震えた彼女が微笑ましいなあなんて考える余裕もある楼である。
絢戌の言葉にびくりとするのもこれで何度目だろう。
暗いのは構わない、お天道様の高さに合わせて生きることは普通だったから。目だっていい方だ。
不自然な灯りは見慣れて居ないせいで怖い。火も、実は少し怖い。
風の音や木々がこすれる音。これも当たり前の音だから、全然気にならない。
自然ならざる音は怖い。人の足音、叫び声、意味の分からない音。理由が分からない音。真意が隠されたままの音。ずっとそれらを嫌って生きていたのだから。
だから突然流れ出す。調子もおかしい音は怖い。
(何なの、何があるの)
どうして怖いものばかりあるところに居るの。どうしてもっと奥に行かなきゃいけないの。
怖い。
怖い怖い。
怖い怖い怖い辛い痛い叫びたい。
「わぁぁぁ!?」
咄嗟に掴んだのは隣を歩く楼の服。ああそうだ、これは怖がらなくていいものだ。近づいて触れてもいいものだ。
ぎゅうぅぅっ
夢中で抱き付く。楼がどんな様子で自分を見ているかなんて気にする余裕はない。
これは信じてもいい居場所の一部、温かいのは当たり前。
少し息を吐いて、落ち着いた気がした、細く息を吐いて視線を他へと向ける。
そんな美味しい瞬間を時雨が見逃すはずもなかった。
ガサカサカササガサ!
「いっ、今何か!」
整っていない生物らしからぬ音はやはり怖い。更に楼に抱き付く腕に力を込めた。
「!?」
バシッ!
ぶにょん、とえも言えぬ生温かさと感触に微かに眉をしかめる絢戌。何を思ったかは知らないが、顔を狙ってこられれば応戦くらいはするというもの。しかし叩き落した手に残る感触は気分のいいものではない。
「面倒な……」
ほんの少しこぼした程度ではあったけれど、これまで一連の行軍で怯えが蓄積していた二人は再びびくりと肩をふるわせた。絢戌にしがみつく手にも力がこもる。
「え、何。なんなの?」
絢戌の動きが何なのか、理由が分からない。
(ちょっとまって、何か来てるなら言ってくれても……!?)
思うが言葉に出てこない楼。それこそ自分が驚いてしまっている証拠なのだけれど、それさえも自分で認識できる余裕がない。
ぴちゃん
「ヒィ!?」
そんな中隙を突かれたら、素の悲鳴だって出てしまうというものだ。
「何? 何? ぬるって、ぬるってした……!?」
らしくない声が出ているという自覚が追いつく前に言葉が飛び出す。楼は今本来の年齢そのままの行動に従っていた。
「……?」
様子が変わっているのはわかるが、それがどうしてなのかまでは至らない絢戌。血を分けた実の兄弟程に理解できる間柄ではないからだ。少なくとも、今はまだ。
慌てた様子の楼、どこかはっきりとしない顔の絢戌。
(何があったの?)
一瞬だけ、風花のそれまでの怯えが消え去った。だから油断をしたのだ。
ぴちょん
「~~~っ!?」
冷たくはないけれど生暖かい、人肌に近い何かが首に落ちた音。きっと水滴、そうは思うものの、熱くもなく冷たくもない、つまり自分の肌の温度に近かったことがいらぬ怯えを生む。
三人ともがじっと動かなくなる。
「俺☆参・上!」
はーっはっはっは!
隠れて脅かすだけの筈の時雨が何故か顔を出した。
「!?」
びくりと一度は怯えたけれど、その声に安堵して時雨へと駆けよる風花。
「おや―どうした?」
「座長のせい……なんだからねっ!」
「そーかそーか、怖かったかー」
ぴたりとくっつく風花。その頭を撫でながら時雨の声が穏やかになった。
「……札」
なぜか時雨の背に一枚。灯台下暗しという事だろうか。思いながら絢戌はそれを引っぺがした。
●【肆班】
座長の話は聞きごたえがあった、そう思いながらも鬼揃 紫辰(ka4627)は別行動となった弟たちの心配をしていた。
「これは座長の用意した精神修行というわけだな……!」
誰も時雨が楽しそうに童謡を歌いながら準備していたなんて事は知らない。更に紫辰は座員の中でも特に生真面目だった。
だからこそ、弟達がこの修行の中で怪我をしたりはしないかと、ありもしない可能性を見据えて悩む。精神修行で怪我の心配とは。
(繊細なあの子が何か衝撃的なものを見て傷つかなければいいのだが)
自分と違い年若い仲間達との班になった絢戌が、どんな話をしながら足を進めているのかの想像がつかない。そのせいか少しばかり心配になってしまうのは長兄のサガと言えるだろうか。
(末の弟だって、また誰に声をかけてしまっているのか……)
これは弟をというよりも弟の相手の心配、と呼ぶべきの気はするが。
ともかく、愛用の鬼面のずれを直しながら歩くその動きさえなければただの家族思いの兄だと言えるだろう。
鬼面を被っていれば普通に……外している時ではなくて、付けているとき?
「確かに修行にはうってつけの場所だ」
紫辰の言葉を鵜呑みにしている杜若(ka4559)。肝試しをやったことはない。むしろ人並みの娯楽経験がないと言ってもいい。
(あまり話をしていなかった者とも、交流を深められればいいが)
面をしっかり付けた状態での参戦には、そんな意図も籠もっていた。まだ故郷を出て日は浅く、仲間達との接触が薄い自覚があった。面をつけ仲間意識を強め、より一座の仲間となる……これはとてもいい機会だなと時雨に感謝している。
「しかし怨霊……斬れそうにないな」
手ごたえがない相手というのは雲をつかむような話だ。標的がそれだったらと思うだけで身の毛がよだつ。手を汚す覚悟を持っても斬れない相手。どこまでもこちらの覚悟を笑い、嘲笑い、見下してくるような存在。
物理的に、つまり力技でどうにもできない事というのはこれほど不安に駆られるものなのか。
怖いのとは違う、割り切れない感情である。苦手意識、というのが近いだろうか。
(だが、襲ってくるというならば斬り伏せるのみ)
皆は私が護らなくては。……肝試しを本当に理解しているのだろうか。
(なーんか俺だけ空気違うけど)
それぞれに忙しい様子を見せている紫辰と杜若を他人事のように眺めながら、月舟(ka4529)は欠伸を噛み殺し……訂正、遠慮なく欠伸をかましていた。
(べっつにどうだっていいけどさ)
何がそんなに気になるんだか、たかが時雨の用意した仕掛けなんだろ?
「あー、ねみぃ……」
ほんと、俺も何でついてきちゃったかなあ。ま、全員集合って言ったのあの時雨だけど。
(このままじゃなーんも面白くないよなあ)
眠気吹っ飛ばすような、ガツンと一発欲しいんだけど。
改めて同行の二人に視線を戻した。……まだ、考え込んだままだ。
(二人ともきっちり仮面つけちゃってまあ)
陽も大分落ちてきている。視界を制限するだろう面はやはり邪魔だと思うのだが……
(ああこれ、面白いんじゃね?)
自分の事で手一杯な二人は隙だらけだ。別にかまわないよな? 戦闘するわけじゃないんだし、じゃれ合いの範疇だろ?
「札、と言っていたな……」
提灯(これも時雨が支度したものである)片手につぶさに周囲を観察する杜若。やはり修行と思っているせいで目が本気である。
「杜若さんは探し物がお得意なんですね」
「慣れている」
「面なんかつけてたら、前見えねぇんじゃねぇの?」
ひょい
「!?」
月舟が台詞と共に紫辰の面を取り上げる。それは紫辰の心を守るスイッチでもある。
「な、ななななななな……!」
紫辰が悲鳴なのか怒声なのかわからない声を上げ始める。
(怒るか? 来るか?)
喧嘩になる前に返さねぇとだが。月舟が鬼面を持つ手に力を入れなおし、身構える。
「……や、やめてくれない、だろうか……」
勢いよく飛びかかるかと思われた初めの勢いはすぐになりを潜める。今は肩を小さく震わせ恥ずかしそうにも見えた。むしろ頬が赤く染まってもいるような。
(えっ何これ)
大の男がもじもじしている。
「その……返して貰えると、有り難いの、だが……」
ただでさえあまり多くない口数が声量も小さく、しどろもどろに近くなる。これはなんだ。聞いてないぞ?
紫辰と月舟の目線はそう変わらない。だから月舟が適当に高くにあげた面くらい紫辰ならとれそうなものなのだが。……恥ずかしがっているせいか、紫辰、あまり張りのない声で返してくれと言うばかりだ。
「二人ともどうした」
男2人の会話も聞かず熱心に探していた杜若が今気づく。振り返れば子供のような構図の男2人がぴたりと動きを止めていた。
「紫辰、面をとられたか……しかしどうした?」
熱でもあるのか、顔が赤いぞと距離を詰める。覗き込むようにして紫辰の顔色を確かめる杜若。
近い。
面があるとはいえ、女性が、近い。
しゅばばっ!
即座に距離をとる紫辰。奪われた自身の面のことよりもなによりも、女性が近い現実の方が頭を占めたのだ。
「い、いや……
うら若い女性がそんなに顔を近づけるものではないと言っていいのだろうか。いや恥をかかせたらいけない、言うのは行儀が悪いだろう。
そこまで考えて紫辰は口を閉ざした。杜若は生真面目にも紫辰を追ってきたのだ。
(仲間思いのいいお嬢さん……ですけど)
近いです、離れてくださいお願いします。
しかしその言葉は声として出すことができない。
「まだ赤いようだ、体調が悪いなら今日は控えておけばよかったのでは」
そのまま首を傾げた杜若は今にも紫辰の額に手を伸ばしそうだ。察した紫辰の目は既に潤み始めている。一方は完全なる善意、一方は蛇に睨まれた蛙。
(……へえ)
これはもしかしていい雰囲気って奴? 面白そうに眺める月舟は完全なる傍観者、背景になっていた。実際はそういう甘酸っぱいものではないと察しているが、わざとそう思うことにする。なぜならその方が面白いからだ。
フッと音もなく笑う。
「!? 今変な音が……」
紫辰が声を上げると、杜若が周囲の警戒を始める。
その隙に紫辰、掌に人、人、人……ごくん。
「なぜ空気をのむ?」
何もなかったぞと再び戻ってくる杜若。居場所を変えればいいのに紫辰、もうまともに移動することも出来ていない。
「羊が一匹、羊が二……匹っ!?」
「紫辰、眠いのか?」
なら札は任せておけ、しっかり休むといい、肩も貸すぞ。
「おい、流石に低いだろ、俺がかわるから札、頼むぜ」
「そうか、わかった」
月舟の申し出に頷いて道の先へと離れていく杜若。その背を見てあからさまにほっと溜息をつく紫辰。
「ほら」
ぽんと鬼面を紫辰に放る。すぐに身に着けて、今度は深く息を吐いていた、緊張疲れという奴だろうか。
(……にしても、だ。俺らだけ脅かされんのも不公平だよなぁ)
これは完全に時雨からの一方的なものだ。座長だからと上に居るわけでもない相手なのだが。
ニヤリ
「なあ、壊さずに解除って可能か?」
「わかった」
月舟の問いかけに、意図が分からないまま頷く杜若。
まずは既にある仕掛けを温存して後発の組に対応できるかどうか、自分達で試す。それを参考に……時雨にもやり返すのだ。
「ほら。……悪かったな」
「いや、戻ってくれば問題ない……彼女の動きも、月舟殿が?」
杜若が栄養満点の血のり(野菜ジュース)のトラップに向かっている間に月舟は紫辰に面を返している。
ひと心地つきながら余裕を取り戻した紫辰は、改めて月舟の落ち着いた物腰、そして度胸について考えていた。杜若と自分が常と違う様子でも月舟は変わらなかった。……素直に羨ましいと思う。
「いーや、そういう奴なんだろ」
「……そうですか」
今後も似たことは繰り返される予感が、紫辰の脳裏をよぎった。
●由縁
ボロボロになった時雨は復路を急いでいた。場所を借り、準備を整え、皆を脅かし、反撃を受け。
けれども充実していることだけは確かだと実感しているから、その足取りは軽い。
(皆それぞれの場所になっていけたらいいがな、うん)
夜闇に紛れて、顔を隠して。
過去などなかったかのように、捨てきるわけではないとして。
面に連なり世闇に紛れ。
生まれ持った全てを捨てられるわけではないから、ほんの少し隠すだけ。
それまでと違う視点を得れば、世界も違って見えるはず。
新たなる面妖な生を選んで、ほんの息抜きができるようになるのなら。
小さな面ひとつ、それが鍵になるのなら。
それぞれが好きにやれて、それぞれの帰る場所になる。
若い鴉が群を為すように、皆の家であろう。
(その先駆けとなっていれば……なんて、そんなのは建前だ、建前)
理由なんて後付けでよい。
人生を彩る遊戯、あればあるだけ楽しくてよい。
生きるに楽しい気持ちは必要で、それは人に取ってだけではないのだ。
畦で気持ちを昇華する。それこそが一座の目的だから。
羽団扇で舞い上げて、人の華を遊戯の華を。
祀りたてる先は……
「にしてもだなー、誰か気付いてくれそうなものなんだが」
もうすぐ辿り着く、その一瞬が命取り。
回収を忘れていた人魂が視界を掠め、ついつい追ってしまうのは本性ゆえに、といったところだろうか。
光る物に釣られぬ道理はないのだ。
そこを更にこんにゃくが飛来して、自分が用意したはずの音楽が鳴り響き。
もう誰もいないはずなのに、皆居なくなっているはずなのに、墓石にひびが入り、赤い水が滴り落ちる。
誰かがうまく利用した罠が時雨を捉え、かと思えば自分で用意した事さえも忘れていた落とし穴へと落ちていく。
「誰も引っかからないものを覚えてなんていられるかー」
油断が招いたこととはいえ、偶然が重なりすぎではないだろうか。一人で落ちても出られない程度の深さなのだ。皆は二人組、三人組と、助け合う手があるから大丈夫だろうと、縦穴を深めに掘っていた。
一人で掘った時はどうやって出たのだったか。
「それも人生という名の遊戯……!」
とりあえずそれらしいことを言ってみる。誰か気付いて助けに来ないかなぁ。
悲しくなんかないよ。だって俺座長だもの。
鴉 なぜ歎く
鴉は祠に
可愛い七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
鴉は嗤う
楽し 楽しと
羽搏くんだよ
山の古巣へ
行つて見て御覧
丸い眼をした……
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka4272/時雨/女/18歳/霊闘士/大鴉面/畦座長】
【ka4529/月舟/男/24歳/猟撃士/黒兎面/気紛し】
【ka4542/風花/女/10歳/疾影士/般若面/角折り】
【ka4559/杜若/女/16歳/疾影士/天狗面/録奪い】
【ka4581/楼/男/13歳/闘狩人/狸面/重被り】
【ka4627/鬼揃 紫辰/男/22歳/闘狩人/鬼面/草食み】
【ka4656/鬼揃 絢戌/男/18歳/猟撃士/鬼面/華食み】