※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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酔待月夜
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ほんの僅か満月に足らない月が、東の空に顔を出す。
澄み渡る秋の夜空には雲ひとつなく、カンと響くような天空は月が昇ってくるのを今や遅しと待ち構えているようだった。
月の光は全てに分け隔てなく降り注ぎ、全てを金色に輝かせる。
露に濡れる秋草も、伸び放題の木の枝葉も、そして廃屋の屋根をも。
斜めに差し込む月の光に、尾形 剛道は薄く目を開く。
雨風をしのげる屋根があれば上等とばかりに、この廃屋を今は寝床と定めていた。
闇を切り取る刃物のように、黄金の輝きは部屋に差しこんでいる。
剛道はゆっくりと身体を起こした。
その目は異様な輝きを帯び、その耳はぴたりとやんだ虫の音の理由を探る。
息を潜め身構えていた剛道だったが、暫く後にふと唇を緩めた。
庭を横切る微かな足音で分かる。やって来たのは佐久間 恋路だ。
かつてはサンルームだとか、テラスだとか呼ばれていたであろう、庭に繋がる部屋に降りていく。恋路も丁度、フレンチドアの前に立って声をかけようというところであった。
月の光に照らされて、硝子のほとんど残っていない大きな窓枠に収まる恋路の姿は、妙に芝居めいて見えた。
それは何かの前触れのように。
剛道の脊髄を、ぞわぞわと音を立てて駆け上がるものがある。
恋路の表情は暗くなっていてよく見えない。だから何を考えているのかも分からない。
それでも身から揺らめく殺気は、月の光では隠せないはずだ。
今日の恋路はいつもと違い、ただ無心にそこに立っていた。
「夜討ちか? 月のねぇ夜のほうが楽しめるんだが」
剛道の言葉に、恋路は手に提げていた紙袋を少し上げて見せた。
「今日は美味しいお酒頂いたんですよ。どうせなら一緒に如何です?」
柔らかく穏やかな声。
剛道は鼻を鳴らすだけで応えた。それは拒否ではない。
前の持ち主が残して行った古い長椅子に、どさりと掛ける剛道。
反対の端に丁寧に腰掛ける恋路。
とはいえ、手を伸ばせばいつでも互いの首に届く距離。いつもならとっくにそうしていただろう。
だが今夜は、ただ並んで座る。
「とてもひとりでは飲めそうもなかったんです」
そう言って恋路が取り出した瓶を見て、剛道は小さく笑う。
「こんな馬鹿みてぇな酒をてめぇに渡したのは、どこの馬鹿野郎だ」
火をつければ燃え上がるような度数の酒は、恋路には命取りとすらいえる代物だった。
――殺す気か。
からかいに混じる僅かな感情の揺らぎは、微笑む恋路には分かっただろうか。
「ええ、ですから剛道さんに手伝って頂きたくて。お酒は強いでしょう」
手にするグラスにも月の光が反射していた。
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月はその姿を中空に浮かべていた。
あと少し満月に届かない月を、宵待ち月と呼ぶそうだ。
「十三夜の月、明日の満月を楽しみに待つという意味だそうですよ。俺は待ちきれなくて来てしまいましたけれど」
恋路はそう言って、剛道のグラスに酒を注いだ。
「最高の瞬間を待ち焦がれるってぇのは、そんなに悪いものでもないだろうよ」
剛道の横顔を、月光が縁取る。恋路はグラスに唇をつける剛道を微笑みながら見つめる。
いつもはこんな風に、ゆったりと顔を見る余裕はなかった。
恋路の見慣れた剛道の黒い瞳は常に熱く自分を見据えていて、恋路は自らもそれに負けない程の熱さで剛道を見返している。
命を削り合う間の交感は、身体を焼き尽くす程の熱を伴っている。
だが今の静かにグラスを傾ける剛道の横顔は、手入れを済ませた刃のようだった。
触れれば指が切れそうな輝きと、まだそのときではないという空気の息詰まるような重み。
――ああ、なんて美しいのだろう。
恋路の身の内には、いつもとは違う処から生じる熱が駆け廻る。頭の芯が痺れて気が遠くなりそうだ。
それを振り切るように、恋路は瓶を取り上げた。
「如何です? 俺には良し悪しが分からないんですが」
「悪くねェ」
実際、その酒はかなりの上物だった。
口に含むと柔らかに広がる香り、喉を焼き、胃の腑を焦がす熱。
恋路はあまり飲んでいない。すぐに酔ってしまうので舐める程度にしか口をつけていないのだ。
その分、剛道はピッチをあげる。
自分が簡単に酔うことはないという自信も自負もあったせいだが、何かが今日は違っていた。
どういうことか、月が二つに見えるではないか。
「なァ、恋路よ」
突然、剛道が恋路の肩を右手で掴んで身体を寄せた。
恋路の肩から伝わる熱に、心臓が大きく震える。
「どうしたんです?」
恋路の問いに、剛道は左手をあげて、月を指さす。
「なんだって今日は、月が二つもでてやがるんだ?」
「えっ?」
驚いて見上げる月は、唯一無二。そこで恋路はこみ上げた笑いを噛み潰す。
「珍しいこともあるものですね、剛道さん」
貴方が酔うなんて。
「あァ、珍しいな。どういうことだろうなァ、おい、恋路」
「何ですか?」
剛道は恋路を呼んでおいて、ただくくっと笑い、そのまま肩から手を滑らせる。恋路の腿に右手を支え、今度は頭を肩にぶつけるように乗せて来た。
「てめぇが珍しく酒なんか差し入れるから、月もびっくりしたんじゃねぇのか、おい」
そう言って、酔いに潤んだ瞳が至近距離から恋路を睨む。
「俺のせいなんですか?」
声が震えるのを必死で堪える恋路。そんな気も知らず、剛道は相変わらず笑いながら、恋路に寄りかかって来た。
「恋路、なあ、恋路ィ」
「なんです? 剛道さん」
答えはない。表情もあまり変わらない。けれど恋路の首筋に突然、鋭い熱が走る。
そうして暫くの後。
――どうしたんだろう?
恋路は、自分の腿の上に頭を預ける形で横たわる剛道に戸惑っていた。
(困ったな……)
まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。
剛道が自分に求めているのは、命のやり取りだったはずだ。
「もう、俺の気も知らないで」
溜息のように囁く。激しく振り払われるはずの指は今、髪に優しく触れていた。
その瞬間に焦がれ続けて来た。
激情をぶつけ合い、全身全霊を持って相手に対峙し、その果てに最期を迎える事を。
恋路がそう望む相手は今までずっと異性だった。だが剛道は同性で、歳もたぶんかなり上で。
なのにそう思う理由はわからない。
けれど。
「剛道さんがいいです」
俯けば、唇のすぐ近くに剛道の耳がある。
「剛道さんがいいんです。殺して下さい、待ってますから」
切ない程の思いを籠めて、震える声で囁いた。
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朝の光の中、剛道は愕然とする。
最初に目に入ったのは、至近距離で目を閉じてまどろむ恋路の顔。次に気付いたのは、白い首筋に残る傷。
「ああ……大丈夫ですか? 剛道さん」
うっすらと目を開いた恋路の微笑みは、いやに清々しく見える。
がばと身を起こし、剛道はソファに居住まいを正した。
何が起こったのか記憶を辿る。
酒の酔いが固い壁を僅かに溶かし、中から漏れ出たのは、欲。
相手の首に残したのは所有の証。
自分が最大級の愛情を籠めて手にかけるのは、他でもないお前なのだと。
他でもない自分だけが、お前を手にかけることができるのだと。
いつもほとんど表情を変えない剛道が、僅かに青ざめる。
「いいか、昨夜のことは全部忘れろ、いいな?」
上擦ったように漏らす言葉も、どこか負け惜しみのように響いた。
巡り合ったのは、月よりも遠い望みを叶えてくれる相手。
――役者は揃った。
喜びに酔う破滅の日、願いが成就するその瞬間を待ち望む、酔待ちのふたりがそこにいた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人】
【ka4607 / 佐久間 恋路 / 男 / 24 / 人間(リアルブルー) / 猟撃士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。
おふたりの関係の転機になるかもしれないエピソードとのことで、大きくイメージを損ねていないことを願うばかりなのですが。
お気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- 佐久間 恋路(ka4607)