※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
彼は『主』と出会い、彼女は『狗』をみつける


 深い緑に包まれた山の端から沸き立つ白い雲。肌を焼く強い日差しは地面に黒々と影を落とす。
 少年は手で庇を作り空を仰ぐ。
 四方を山に切り取られた眩い青空はこの地を覆う天蓋のようだ。やんわりと外へ行くことも外から入ることも拒絶している。
 もっともこの小さな村に暮らす人々のうちどれほどが外に出ることを考えているだろう。彼等にとって重要なのは自分たちの信仰を守り暮らすことなのだから。
 少年も村を治める神職に連なる家系に生まれ、本家の当主に身命を捧ぐよう教育されてきた。
 行く手に同じ年頃の子供達の姿。
 学校帰りだろうか、ランドセルをカタカタと楽しそうに鳴らし話に夢中だ。話題は、昨日見たテレビのこと、授業中の先生のこと。
 そのうち一人が少年に気付き、皆に目配せをする。子供たちは一斉に口を噤むと少年に向けて恭しく頭を下げてから、足早に通り過ぎていった。
 掛ける言葉もなく少年にできたのはかつての友人たちを無言で見送ることだけ。
 あぜ道にできた影は一つきり。ここ数年その隣に誰かの影が並ぶのを見たことはない。

 六歳の誕生日、少年の世界が変わった。
 禁足地である雑木林に奥社と呼ばれる社がある。普段なら少年は入ることができない場所だ。だが六歳になった日、少年はそこに通された。
 沈殿した冷気に混じる祭壇に飾られた蝋燭の燃える音と抑揚の無い祈りの言葉。
 『犬神降し』という儀式の最中であった。
 祈りを唱える長老が少年の名を書いた人形を祭壇の炎にくべる。人形を喰らった炎が風もないのに大きく踊り、刹那、少年を酷い耳鳴りと息苦しさが襲う。
 彼の家は『狗憑き』として代々『狗使い』と呼ばれる犬神を使役する家に仕える分家の一つである。
 『狗憑き』はその名が示す通り犬神をその身に降ろす者だ。分家筋なら誰もが降ろせるわけではなく、正確に『狗憑き』となれる者は少数である。
 そして少年はたった今『狗憑き』となった。
 「我が子が選ばれた。ありがたい、ありがたい」と拝みながらも喜ぶ両親に少しだけ誇らしかったのを覚えている。

 『狗憑き』となったが何も変わったところはないと少年は自身は思っていた。しかし周囲はそう思ってはいない、ということに気づいたのは家に帰ってからだ。
 父の場所だった上座が自分の席となり、昨日まで一緒に遊んでいた友人は誘いに来なくなった。
 無視をされるとか虐待をされるということはない。友人達も顔を合わせれば挨拶を交わすし、自分から「遊ぼう」と声をかければ答えてもくれる。
 しかし家族も友人も『大事な犬神憑き』と言う割には自分と目を合わせてくれなくなった。
 ひょっとして『犬神』が自分の目にいるのだろうか、そんな事を思って何度も鏡をみたが影も形もみつけることはできない。
 それでも最初のうちは、皆戸惑っているだけで少し経てば元のように接することができると信じて疑ってはおらず、積極的に声をかけたり、輪に加わろうとも試みた。
 だがそれは叶わぬ努力なのだと知る。
 ふとした時に友人が少年の影を踏んだ。影を踏んだくらいなんだというのだろう。以前は一緒に影踏みなどした仲だ。しかし友人は慌てて飛び退くと、思いっきり頭を下げたのだ。申し訳ございません、と。そのとき友人の瞳に浮かんだ感情が『恐れ』だと少年は気付いてしまったのだ。
 よくよく注意すれば周囲の人々の目にもあの日の友人と同じ色が浮かんでいるではないか。
(ああ……)
 そうか、と納得する。自分はこの世界において異端となったのだ、と。誰とも共に過ごす事のできない異端者なのだ、と。
 胸の中にぽっかりと穴が開く。
 その頃には、誇らしかった気持ちなどこれっぽっちも残っておらず、呼ばれる名すら自分のものとは思えなくなっていた。
 自分と世界の間には薄い、だが決して破ることのできない膜が存在しているのだ。

 小さくなっていく友人達の背に少年は背を向ける。
 頭を下げた友人達の目に宿っていたのはやはり畏怖。きゅぅと胸の奥が軋んだ。
(……一人が……楽……)
 何も期待しなければ傷つくことも無い。誰かと一緒にいなければあんな目を向けられることもない。聞こえてくる笑い声に耳を塞ぐ代わりに自分にそう言い聞かせる。
 すでに少年は自分から誰かに声をかけることを止めていた。

 いつの間にか名を呼ばれぬ存在となった少年は大事な年を迎える。
 少年が17歳となるその年は『狗憑き』として大いなる意味がある年であった。いや『狗憑き』を抱える分家にとって、というべきか。6歳となった本家の次期当主が、自らの『狗』を選ぶ年なのだ。
 両親を始め家の者はこの日のために自分を育てたといっても過言ではないだろう。『狗』に選ばれることは大変名誉なことである。

 青年となった少年は再び奥社に呼ばれた。
 自分以外の『狗憑き』が並ぶ様をなんの感慨もなく眺める。六歳のときは怖いくらいだと思った静まり返った空気も張り詰めた緊張感も今はなにも感じない。
 儀式が始まり、開かれる奥の扉。
 次期当主の登場。だが顔を上げることは許されない。
 隣の『狗憑き』がそわそわしている。
 何を期待しているのか不思議でならなかった。
 『狗』となったところで自分たちは『狗憑き』であり、異端なのだから……。
「どれにしようかな」
 幼い中にも凛とした芯のある声が頭上を過ぎる。
 下ろした視線の先に見える小さな爪先。「顔を上げよ」見届け人の声。
 青年はゆっくりと顔をあげた。



 禁足地である雑木林を背に白い壁に囲まれた広い屋敷が皇姫の世界のすべてであった。
 『狗使い』の次期当主たる巫女が世俗に塗れてはならぬ、穢れてはならぬとめったなことで外に出ることもない。
 しかし不自由を感じたことは無い。少なくとも物質面においては。
 何が食べたい、といえばすぐに食卓に上ったし、この本が読みたいといえば翌日には手元にやってきた。そう物心ついたときから皇姫にとって手に入らぬものはなかったのだ。
 そして皇姫もそれが当たり前だと思っていた。
 何故なら『狗使い』である皇姫はこの小さな村における神様のような存在なのだから。
 自分が望んで叶わぬことなどないのだ。

 ただ一つを除いて。

 お付を伴い庭の散歩中、表の社から子供たちの遊ぶ声が聞こえてきた。
 一族の者以外立ち入り禁止の奥社と異なり、表の社は村人に対し解放している。広い境内は子供たちの遊び場だ。
 足を止めた皇姫が声のする方へ視線を向ける。

「お祭りたのしみだね」
「新しい浴衣なの」
「屋台たくさんでるかなぁ」

 話題は夏祭りのこと。祭りには皇姫も参加する。御簾の奥に座し、さして面白くもない村の長老の話などを聞くのだ。正直なところこんな話を聞くなら家で本でも読んでいるほうが幾分生産的ではないかと思う。だが、これも次期当主たる皇姫の役目だ。
「注意してまいりましょうか?」
 数歩後ろに控えるお付の女が申し出た。
「いや構わぬ」
 短く答え皇姫は再び歩き出す。
「出すぎた真似をいたしました」
「煩い、というのであれば汝等の方じゃな。あれをしてはならぬ、これをしてはならぬ、と」
 畏まって頭を下げる女に、耳にたこができてしまう、と年に似合わぬ大人びた笑みで冗談めかす。
 皇姫は自分の発言力というものを知っている。多分、自分が「煩い」なり「黙らせろ」なり言えば社は立ち入り禁止となり、皇姫の不興をかったと子等も仕置きは免れないだろう。それはこのお付の女も同じこと。
 この地において皇姫は絶対の力を持っている。だからこそ自分を律しなくてはならない、とは教育係りの言葉だ。
「言われるまでもない」
 独白に女が「何かございましたか?」と問いかけてくる。
「三時の茶を庭で飲みたいのじゃ。準備をしてまいれ」
 皇姫を一人にすることはできない、と言うのを「さっさとせい」と追い立てた。
 子供たちの声はまだ聞こえてくる。
 今の生活に不満はない。多少口煩い者はいるがたいてい自分の思い通りになる。
 外に出ることができないのも自分の役目を思えば仕方ないことだろう。
 誰もいなくなった庭で空を見上げた。僅かに口角が下がる。
 何も不自由を感じてはいないというのに、時折こうして子供たちの声が聞こえてくると胸の中がもやっとするのだ。
 朝顔の浴衣なの、金魚すくいしたいな、林檎飴ってちょっと大きいよね……はしゃぐ子供たち。
 なんと実のない内容か。そう思いつつも胸に広がる何か。
「誰か!」
 それを誤魔化すように声をかければ屋敷から使用人が走ってくる。
「先ほどのはなしじゃ。茶は部屋で飲むことにしようぞ」
 退屈だと言えば話を読み聞かせてくれる者もいる。教育も不足なく受けている。話し相手になれ、といえば断る者はいない。
(しかし……)
 コツンと爪先が砂利を蹴飛ばした。
(妾にあんな風に話す相手なぞ……)
 他愛のないことを話す相手など……。
 周囲に数多人はいる。だが皇姫の隣には誰もいないのだ。

 六歳の誕生日。皇姫は父に呼ばれた「自らの『狗』を選ぶように」と。
 目の前の重い扉が開かれる。薄暗い社に並ぶ分家の『狗憑き』たち。一様に頭を下げている様子はなにやら辛気臭くも見えた。
 緊張で強張る肩や背。どれを選んでも一緒であろう。ならばせめて見目が良いのを選ぼうか、などと少しばかり不謹慎なことを思って内心で肩を竦める。
「どれにしようかな」
 節をつけつつ指で一人ずつ指していく。
 だがその中で一つ、目を引く異質な存在。緊張した様子もなく、かといって泰然としているわけでもない。ただただそこに在る、といった風情の。
 言うなれば迷子の子供というものかもしれない。いや迷子の子はもっと自己を主張するか。
(……妾の話し相手になってくれるのかの)
 気づけば皇姫はその『狗憑き』の前に立っていた。



 青年と少女の視線が重なる。
 それぞれの瞳に互いが映った。互いの瞳に宿る色を見る。
 うむ、と皇姫は小さく頷く。
「今日から、汝の名は『艮』じゃ」
 よく通る声が『狗』の名を告げた。
 その瞬間、己を覆っていた薄い膜が取り払われ世界が鮮やかに艮の中に飛び込んできた。
 まるで『艮』と呼ばれるのが決まっていたかのように、いいや元々己の名がそうであったかのようにその響きが染み込んでくる。
「……わん」
 自然と零れる返事。よし、と皇姫はご満悦だ。
「では行こうかの」
「わん」
 他の『狗憑き』には目もくれず踵を返す皇姫、艮も同じく周囲を気にすることなく当たり前のように己の主人に従う。

 とん、と皇姫が艮の影を踏んだ。大きな影に小さな影が重なる。
 儀式から季節が過ぎ、夏真っ盛りだ。
「艮は日避けに丁度良いのじゃ」
「わぅ……」
「なんじゃ、不服か?」
 ジト目で振り返る皇姫に艮は大きく首を横に振る。
 主とその『狗』として二人は儀式以来、共に過ごすようになった。皇姫の傍らには常に艮が、艮の傍らには常に皇姫がいる。
「当然じゃな、艮は妾の狗なのだからのう」
 ふふん、と得意気な皇姫。
「そうじゃ、祭りの装束が届いたのじゃ。飾り紐は艮の髪と同じ色にしてもらったぞ」
 嬉しいか、と言わんばかりの皇姫に艮は「わん!」と力いっぱい首を縦に振る。
「うむ」
 皇姫が浮かべる満面の笑み。それはかつてこの庭でお付きに向けた上に立つ者としての笑みとは違う。
「さて装束を見に行こうかのう。先に着いた方が勝ちじゃぞ?」
 言うが早いか走り出す皇姫を艮が追いかけた。追い抜くと不機嫌になるので少しだけ遅れて。
 白い砂の上、一つきりだった影が二つ並んでいる。
「早ようせい」
 狗のくせに足が遅い、と腰に手を当て振り返る皇姫。
 艮は眩しそうに目を細め「くぅ……」と喉を鳴らした。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka4667  / 艮   / 男  / 21   / 霊闘士】
【ka5121  / 皇姫  / 女  / 10   / 聖導士】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼ありがとうございます、桐崎です。

お二人の出会いの物語いかがだったでしょうか?
リアルブルーでの故郷の様子や儀式など色々と想像が膨らみ楽しかったです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
(ka4667)
副発注者(最大10名)
皇姫(ka5121)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:野生のパーティノベル

納品日:2015/07/27 18:09