※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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酔いの中、それとは気付かぬ再会
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程良い暗がりの中、囁くような会話と穏やかな音楽が混じり合う。
絨毯を踏んで歩くウェイター達は、トレイに乗せたグラスの触れる微かな音だけを残して通り過ぎて行く。
客同士は互いを詮索したり、無遠慮に話しかけたりしないし、店員は必要なタイミングで魔法のように現れるほかは、影のように潜んでいる。
悪酔いするような安酒は置いていないし、高価な酒を下品に煽るような客も見当たらない。
ここはそういう種類の店なのだ。
しかし普段なら、綸鳴 誠祐はこういう上品な店はあまり好きではない。
酒を飲んでいるという点ではそこらの路地に転がっている酔いどれとは何ら変わりないのに、気取った仕草でグラスを傾ける客は、見ているだけで苛々してくるのだ。
それに笑うにも声をあげるにも気を使わせる、型に嵌められるような店の雰囲気も肩が凝って仕方がない。
だがそういった「お高い雰囲気」も時には都合がいい。
誠祐にもひとりで静かに飲みたい日がある。
そう、いつまでも癒えない口の端の傷の原因なんかを、しつこく聞いて来る無遠慮な酔っ払いなどが居ない店で。
「……チッ」
強い酒が傷に沁みて、ほとんど反射的に舌打ちしていた。
「申し訳ありません、お口に合いませんでしたか?」
カウンターの中のバーテンダーが、控え目にナフキンを差し出してくる。
誠祐はそれを受け取り、軽く口元に当てた。微かだが鮮明な赤が白いナフキンに滲んだ。
「いや、そうじゃねぇ。口の端の傷は治りにくくて面倒だな」
忌々しげに顔を歪め、ナフキンをテーブルに置く。
「失礼ながらお客様、お強そうでいらっしゃいますが」
「ハハッ、世辞だとわかっちゃいても悪い気はしねぇな」
物事をよく弁えた店員の対応も、こういう店ならではのこと。
軽く回る酔いも手伝って、誠祐は珍しく饒舌になった。
「ま、夜道にゃ気をつけろって話になるんだが……」
グラスに慎重に唇をつけて語りだす。
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テーブル席での相席は、良くも悪くも無視できない存在だ。
だがカウンター席の隣に座った相手など、店の隅の鉢植えのような物。
並はずれて不快な奴でもない限り、その存在を気にかけることはまずない。
その日、目の端に捉えた男は、尾形 剛道にとってその程度の存在だった。
ただ椅子に座るまでの所作や、カウンターに手をつく仕草を、何処となく店に似つかわしくない粗野な男だと思った程度である。
それもさほど珍しいことではない。良く弁えたバーテンダーは、目線で席を変えさせるかと伺ってきたが、剛道は軽く手をあげてそれを制した。
どうせ2~3杯飲めば用は足りる。余計な騒ぎを起こされるのも面倒だ。
だが男が口元を拭って、カウンターに何気なく置いたナフキンに滲む鮮紅色が、剛道の身体の芯に潜むものを揺すぶった。
――血。
誰かの流す血。
熱く、甘く、この身を焦がすもの。
剛道はこんな物に反応する自分自身に半ば呆れつつ、ちらりと隣に座った男の様子を伺う。
口の端には、何度も治りかけては開くらしい傷口があった。
男はバーテンダー相手に何かを語っている。
「……細かいことはよく覚えちゃいねぇんだがな……」
何かやたらと気分の悪い夜に、通りすがりの見知らぬ男とやりあったこと。
相手は冗談みたいにでかくて獰猛で、それでも恐らく相手にも多少は傷を負わせただろうこと。
目が覚めた時には、血まみれだったこと。
「とにかく、あんまり安い酒で酔っ払うもんじゃねぇってのは良く分かったぜ」
そう言って、バーテンダーにグラスを示す。
剛道は手元のグラスを見つめながら、改めて意識を隣の男に向けた。
この気配。そしてこの声。
棘のような小さな不快感と同時に、それを解消したときのほんのひとときの満足感が心の中に湧き上がる。
危うく浮かびそうになる愉悦の笑みを押し込め、バーテンダーに手をあげた。
「おい。こっちのオニイサンに一杯。俺の奢りだ」
男は酔いに濁った目で、胡散臭げに剛道を眺めまわした。
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整った顔立ちの男だった。
だが椅子に座っていてもわかる長身と、鍛え上げた筋肉。
そのアンバランスさが、どういう訳か誠祐の脳髄をちりちりと刺激する。
餌を目の前に投げられた猛獣のような獰猛さと慎重さで、誠祐は男を睨むように見据えた。
「よう。景気がいいな」
「何。消毒だ」
相手は軽く肩をすくめて、自分の口元を指さす。
「ハッ、成程な」
結局、誠祐は遠慮なくグラスを煽る。
それから、空のグラスを手の中に包むようにして思案した。
強い酒の熱が身体を駆け巡るが、酔いに漂い鈍っていく筈の脳髄の刺激はどんどん増して行く。
「……あのときと似ているな」
「あのとき?」
隣の席の男は然程関心もないようで、相槌程度に返す。話したければ勝手に話すがいい、そんな感じだ。
だから誠祐も、聞きたければ勝手に聞けばいい、と虚空に向かって語る。
「ああ。あのときもだ。拳も、顎も、やたらと熱っぽいのに、この辺りがどういうわけかピリピリしやがって」
誠祐は親指で自分の首の付け根を示す。
「そんで大暴れしたはずなんだが、気がついたらゴミ溜めだったって訳だ。ホントのことだったかどうかも今となっちゃわからねぇが、傷が残ってるってことは、なんかやらかしたんだろうな」
「そりゃァ災難だったな」
長身の男はニヤリと笑い、新たな酒を注文する。
「まァ飲めよ」
「……」
誠祐の酔いに霞んでゆく脳内に、男の声が響く。
不思議だ。初めて聞いた声とは思えない。
だがこんなことを口に出したら、まるで女を口説いているようじゃないか。
誠祐は余計な事を語る前に、グラスで唇を塞ぐ。
「行きずりの相手に拳を貰うのも、酒を奢られるのも、大した違いはねェ」
――なんだって?
男の言葉がふわふわと漂い、意味を形作る前に霧散して行く。
「どっちも一時の気晴らしにしかなんねェが、それでも気晴らしにはなるからな」
思ったよりも強い酒だったようだ。誠祐の身体がぐらりと傾く。
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「いっそ羨ましいぐれェの潰れっぷりだな、おい」
剛道はカウンターに伏せた男を横目に、自分のグラスを空ける。
いつもの通り酔いは自分になかなか訪れない。
少し前、虫の居所が悪い夜。
あの日も酒の酔いは自分を包んではくれず。
代わりに憂さを僅かでも晴らしてくれたのは、野良犬のような男との殴り合いだった。
黒髪の頭を小突いてやろうかとも思ったが、店にあわせた振る舞いというものは流石に弁えている。
バーテンダーに声をかけ、椅子を降りる。
「わりィな、飲ませすぎた」
「暫くすれば目を覚まされるでしょう。……有難うございました」
そのまま歩を進め、店の入り口で一度振り返った。
カウンターの上でこちらを向いた男の顔が、蝋燭の明かりをうけて暗闇に浮かびあがっている。
「存外、顔を合わせてるかもしれねェぜ」
男には聞こえないだろう。
だが思わず口の端に冷たい笑みが浮かぶ。
なんというくだらない偶然。これが何かの導きによるなら、導いた奴は碌でもない存在に違いない。
そいつの思惑は剛道にはわからないが、面倒で、厄介で、それでも酔えない酒よりも多少はマシなものを与えてくれたのは確かだ。
通りすがりの男だからこそ、本音を叩きつけられることもあるのかもしれない。
あの男が、通りすがりの自分に『恥』を吐露したように。
「どうしようもねェ馬鹿野郎だぜ」
あいつにまた遭うことがあるかはわからない。
そして次に遭ったとして、そのときに振舞うのが拳なのか酒なのかも――。
薄い笑みを浮かべたまま、剛道は夜の闇に姿を消した。
石畳に響く靴音は、店に来た時よりも少し軽やかに響くようだった。
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誠祐のその日最後の記憶は、頬にあたる冷たいカウンターの感触。
隣席の男が誰だったのかはわからない。
いつ店を出て行ったのかも記憶にない。
ただ眠りに落ちる前の僅かな時間、目の端にピンヒールの脚を見たような気がした。
どこかで見たような、とてつもなく不愉快な……。
記憶は重なり、心の深い場所へと積っていく。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5315 / 綸鳴 誠祐 / 男 / 39 / 人間(リアルブルー) / 猟撃士】
【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました。偶然の邂逅再び、お届けします。
ご依頼のイメージに沿っていましたら幸いです。
またのご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- 尾形 剛道(ka4612)