※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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かりそめの王国、雛の鳥籠
●森の兄妹
大きな樹がたくさんたくさん、どこまでも続く大きな森の奥深く。
とあるエルフ一族の里がありました。
外の世界の騒がしいありさまは森がさえぎってくれるので、エルフ達は静かに日々を送っています。
それは一族で一番の年よりの長老も覚えていない程の昔からそうなのです。
エルフは森の民。彼らにとってはこの森の中こそが世界なのでした。
その日は雨が降っていました。
森の木々は枝葉を広げて、その恵みを一身に受け取ろうとしています。
鳥や獣たちは大きな枝や岩場の影に身を潜めているのでしょう。今日は鳴き声ひとつ、足音ひとつ聞こえません。
ただただ、木やエルフ達のすまいの屋根にあたる、雨の音だけがずっと続いていました。
エルフ達はこんな日もまた、自然の姿として受け止め静かに過ごします。
エルフの少女、エルシー・リデルもそうでした。
自分の部屋で本を広げてずっと読みふけっています。
とはいえ、エルシーがこうしているのは雨の日ばかりではありません。
晴れた日も曇りの日も、エルシーは時間があればずっとこうして本を読んでいるのです。
本は窓のようでした。
森の奥にひっそりと暮らすエルシーに、知らない世界を見せてくれます。
四角く区切られた、世界の姿。それでもエルシーはその窓に夢中なのです。
元々エルフの一族では、外の世界に興味をもつこと自体があまり良いこととされてはいません。
それに森と共に暮らすためには、森のことを深く知らなければならないのです。
家の中に籠り、外の世界の空想にふけるエルシーは、一族の中でもたいへんな変わり者と思われていました。
エルシーにはお兄さんがいます。
お兄さんの名前はオーディ・リデル。活発で、利発で、うつくしい少年です。
エルシーが変わり者といわれながらも本を手に入れることができるように、オーディとエルシーは一族の中でも恵まれた家の子供でした。
けれどオーディはエルシーとは正反対。
家にいれば必ずだれかが誘いに来るほどに、いつも沢山の友達に囲まれています。
将来一族を率いるにふさわしい家柄と資質をもつオーディは、毎日友達をひきつれて森をかけ回っています。
友達はみんなオーディに従います。大人達もオーディの言うことには耳を傾けてくれます。
オーディには自分の思い通りにならないことはほとんどありません。
――けれどそんなオーディにも、お天気ばかりはどうにもならないのでした。
●雨の檻
雨はまるでオーディを閉じ込める、大きな檻のようでした。
「今日はウサギの罠を見て回る予定だったのに。どうして雨なんか降っているんだ」
形の良い唇を歪めてうらみごとを言ってみても、雨はやみません。
いつもは賑やかな友達もみんな、今日みたいな日はさすがに自分の家で静かに過ごしています。
すっかり退屈してしまったオーディは、妹のエルシーの部屋に行ってみることにしました。
扉をノックしても返事はありません。
オーディは勝手に扉を開けてエルシーの部屋に入ります。
思った通り、エルシーはそこにいました。
オーディが訪ねてきたことにも気付かないまま、紅玉の瞳を輝かせながら本に読みふけっています。
いつもこうなのです。
友達もいない可愛い妹のエルシーを、自分だけが可哀そうに思って訪ねて来たのに、顔も上げません。
「おい、エルシー」
部屋の入口で呼んでも返事はありません。オーディは眉をしかめて、数歩中に入りました。
「エルシー、呼んでいるだろう。聞こえないのか」
そこでようやくエルシーは顔をあげました。
まだ夢を見ているような表情のまま、それでもオーディの顔を見上げています。
「兄様どうしたの?」
どうしたもこうしたもありません。
オーディがこうしてわざわざ部屋までやって来た理由を、エルシーが知らないはずはないのです。
不機嫌そうな様子を隠そうともせず、オーディはエルシーに近付き、いきなり本を取り上げて放り投げました。
「あっ」
大事な大事な本に咄嗟に手を伸ばしたエルシーでしたが、オーディが手を伸ばしてほっぺをつねったので手は届きません。
痛い。
悲鳴を呑みこみます。
お気に入りの赤いリボンがほどけて、エルシーの金の髪がばらばらになります。
エルシーはようやく本の世界から、今の自分の世界へ戻ってきました。
やっとエルシーのほっぺから手を離したオーディは、不機嫌そうに腕組みして見下ろしています。
「僕よりもその本の方が大切なのか」
言葉は、手よりも硬く冷たく、エルシーの心をギュッと握りつぶします。
エルシーの視界がみるまにぼやけていきました。
「ごめんなさいオーディ兄様。せっかく来てくれたのに」
エルシーが涙ぐんだので、オーディは少しだけ表情を緩めます。
それでほっとしたエルシーでしたが、いつまでもしょんぼりしていてはまたオーディは怒りだすでしょう。
まだ本の世界に残っているエルシーの心を急いで連れ戻して、兄様と一緒にいられる時間を喜ばなければならないのです。
そして兄様が楽しんでくれるような何かを考えなければなりません。
「兄様、今日はずいぶんと雨が降るんだね」
目をこすったエルシーは、すぐにはにかむように微笑みました。
「嫌になる。まるで僕達を閉じ込めるための檻のようだ」
オーディは窓から見える景色を、そう評しました。
エルシーは立ち上がって、隣に立ちます。雨に濡れて濃く漂う森の匂い、たくさんの葉に雨粒が当たるリズミカルな音は、それはそれでとても素敵だと思いました。
でもオーディにはそう思えないようです。きっとエルシーの方が変わり者で、間違っているのでしょう。
オーディは何でもできます。大人達もみんなオーディを褒めます。
エルシーにとっては自慢の兄様。いつだって正しくて、いつだって堂々として。
だからエルシーは、オーディがこうしたいと思うことをなるべく早く思いつかなくてはならないのです。
ちょうど、今日のように。
「そうだ兄様、あのゲームをもう一度教えて」
エルシーは急いで、ボードゲームと駒を持ち出します。
何度やってもオーディに負けてしまう、エルシーにはどこが面白いのかぜんぜん分からないゲームです。でも兄様が面白いというゲームなのだから、一生懸命覚えれば、エルシーにも面白いはずなのです。
「またか。しょうがないな、エルシーは」
溜息をつきながらも、オーディは手早く駒を並べ始めました。
●心の王国
ようやく雨が止みました。
雲が切れ、顔をのぞかせた太陽が濡れた葉っぱをキラキラ輝かせています。
家の外でオーディを呼ぶ数人の少年の声がしました。
オーディは駒を置く手を止めて、すこし大げさに眉をしかめます。
「エルシー、おまえと遊んでやるのはおしまいのようだ。僕が行かないと彼らは何もできないらしいからな」
「そうだね、兄様。またこんど遊んでね」
エルシーはちょっぴり残念そうな顔で微笑みました。
雨の檻が消え、少年達は自由の身になって森の中へと駆けてゆきます。
窓枠から目だけを覗かせて、エルシーはその背中を見ていました。
みんなの背中が見えなくなって、明るく賑やかな声も聞こえなくなって。
エルシーはそこでやっと小さく溜息を漏らします。
部屋を見回すと、大事な本がひっくり返ったまま転がっていました。
エルシーは宝物のようにその本を拾い上げると、椅子にかけて膝の上に広げます。
オーディは小さな王様です。
エルシーは王様のことを尊敬し、王様の言葉に従います。
けれど本の世界にはオーディはいません。
王様のいない世界では、エルシーは自分の心の声にだけ耳を傾けていればいいのです。
こうしている間のエルシーは自分の心の女王様。本を開けば、思い通りの場所へ一瞬で飛んで行けるのです。
エルシーはまだ知りません。
四角く区切られた本の世界のその向こうに、エルシーはいつか行くことだってできるのです。
少年達が駆けてゆく森の奥より、もっともっと遠くへ。
エルシーの周りの誰もがまだ見たことがない世界へ。
小さな王国に君臨する王様の鳥籠の中。
金色の雛鳥は、ふるえながら、いつか飛び立つための翼を準備しているのかもしれません。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3891 / エルシー・リデル / 女 / 13 / エルフ / 籠の中の小鳥】
【ka5358 / オーディ・リデル / 男 / 19 / エルフ / 小さな王様】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回は発注内容のイメージから、お話風に纏めてみました。
空想で補った部分が多いため、ご依頼のイメージと大きく違っていないようにと祈るばかりですが。
お気に召しましたら大変嬉しいです。ご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- オーディ・リデル(ka5358)