※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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鬼さん達の夕涼み
夏、真っ盛り。
鬼の一族が集うこの屋敷も、うだるような熱気の中にすっぽりと包まれていた。
空気が重い、雰囲気の問題ではなく物理的に重い。
まるで風呂の底に沈められたかのように、身体にのしかかる熱と湿気。
風はそよとも吹かず、自分の吐いた息をそのまま吸い込んでいるようで、酸欠になりそうだ。
そんな中、セミだけが元気にジージーミンミンシュワシュワと盛んに鳴き立てている。
いや、元気なのはセミだけではなかった。
「ユキトラ、もう一本!」
「おっしゃ! 何本でもかかって来い!」
生きているだけでしんどい暑さの中、鎬鬼(ka5760)とユキトラ(ka5846)は諸肌脱いで組手の稽古。
がっつり組み合っては投げて投げられ組み伏せられて、泥だらけになって転げ回っている。
「あらぁ、子供はいつも元気ねぇ?」
そんな様子を座敷の奥からのんびり眺めているのは蘇紅藍(ka5740)、真っ昼間から冷酒を煽りつつ、はだけた胸元に扇子で風を入れている。
「まぁ子供にも色々あるみたいだけどぉ」
つんつん、蘇紅藍は奥の暗がりに落ちている物体を、閉じた扇子の先でつっついてみた。
「コレは生きてるのかしらねぇ?」
その物体がピクンと動いて、喉から生気の欠片も感じられない声が漏れて来る。
「あーつーいー、溶ーけーるー」
その溶けかかった物体はアクタ(ka5860)だった。
「アクタさん、そうやってゴロゴロしているから余計に暑く感じられるのですよ?」
通りかかったマシロビ(ka5721)が声をかけていく。
着物の袖に襷を掛け、頭には三角巾、手には固く絞った雑巾。どうやら掃除の最中らしい。
「アクタさんもどうですか? 部屋が綺麗になると気分もさっぱり、涼しくなりますよ?」
「うーそーだー」
動いたら死ぬ、今は辛うじて形を保って骨にくっついている肉が、溶けて崩れてゾンビになる。
「まったく、仕方のない人ですね」
呆れたように小さく溜息を吐き、マシロビはアクタを見捨てて去って行った……と思いきや。
ぴたり、アクタの額に何か冷たいものが乗せられる。
「これで少しは暑さも和らぐと思いますよ」
「あーりーがーとー、でーもー、これー雑巾じゃーないよねー?」
「……雑巾が、良かったですか?」
いえ、滅相もない。
しかし、そんな猛烈な暑さも日が傾くに連れて多少は和らいでくる。
薄紫にけぶる空にうっすらと月や星々が姿を現し始める頃には風も吹き始め、縁側の風鈴が涼しげな音を奏で始めた。
「やれやれ、ようやく人心地……いや鬼心地が付いたな」
紺絣の浴衣姿で縁側に腰をかけた瑞華(ka5777)が、団扇で風を送りながら風鈴の音に耳を傾ける。
「なんとも風情のあることだ」
「ええ、夏ですね……」
夏は夏らしく暑いのが一番と、隣に腰を下ろした白い浴衣の風華(ka5778)が微笑んだ。
しかし。
「あーつーいー、溶ーけーるー」
アクタはまだ潰れていた。
縁側は涼しくなったと言われてズルズル這い出して来たものの、陽に晒された床板はまだ熱を持っているし、風は生ぬるく空気を掻き混ぜているだけだし。
「あーーーつーーーいーーーーー」
普段の性別行方不明ぶりは真っ先に溶けてなくなったらしく、これなら鎬鬼にも女子枠認識されることはないだろう。
「まったく、しょうがないね」
見かねた一青 蒼牙(ka6105)が氷水を張った大きなタライを抱えて来る。
「ほら、これで足を冷やせば少しは涼しくなるだろう?」
まあ、さっきまでスイカを冷やしていたやつを持って来ただけだけど。
アクタはのそりと起き上が……起き上がろうとしたけれど重力に逆らえず、寝そべったまま足だけを縁側から下ろして氷水に浸けた。
「ふぁ、気持ちいー……」
生き返るぅー。
「ありがとー、そー。大好きー」
にへら、と微笑むと、蒼牙はたちまち唐辛子のように真っ赤になった。
「なっ、なに言ってんのバッカじゃないの」
「そー、かわいー」
「大人をからかうんじゃないってば」
「はいはーい」
足を冷やして調子が戻って来たのか、起き上がったアクタは赤面する蒼牙に慈愛の微笑みを向ける。
(「あんなに赤くなって熱そうだねー」)
一緒に入ろうと誘ってみたら、ますます赤くなるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、蒼牙にお呼びがかかった。
「いいなー氷水! 蒼兄、俺もそれやりたい!」
「ソウガ、オイラにも! オイラにも氷水くれ!」
甚平に着替えた鎬鬼とユキトラが盛んにアピールしている。
「ああ、鎬鬼様にはちゃんと用意してあるよ、でも氷が足りないからユキトラの分は水だけでいいよね」
「ええっ、そんなあ!」
毎度お馴染みブレない差別待遇に、ユキトラは無駄だと知りつつも抗議の声を上げる。
だが二人の間を取り持った鎬鬼の言葉には、一族を率いる者としての流石の余裕と貫禄があった。
「心配するなユキトラ、氷なら俺のを分けてやる」
「ほんとかシノ、さずが太っぱ……んぎゃっ!?」
感激のユキトラ、だが感謝の言葉は言い終わらないうちに悲鳴に変わる。
青灰色の甚平の襟元に、氷の塊が突っ込まれたのだ。
「つめてーっ!?」
前言撤回、長殿はただイタズラしたいだけでした!
「シノ、てめーやりやがったな! ええい、こうしてやる!」
ユキトラは鎬鬼のタライから氷をごっそり掬い取ると、それを渋茶色の甚平の背中に流し込んだ。
「ぎゃあぁぁっつめてーキモチいいーっ!」
あとはもう水と氷を盛大に跳ね散らかして大騒ぎ。
しかし。
「あらあら、お行儀が悪いこと」
縁側から風華がゆらりと立ち上がる。
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その背には黒いオーラがじわりと滲んでいた。
その気配を感じ、二人はぴたりと動きを止める。
「風姉、大丈夫だ何も問題はない」
「そうそう、オイラたち仲良し! な、シノ?」
ほら、氷だって仲良く半分に分けたし、ちゃんと大人しく座ってるし。
だから風姉も座って座って、ね?
「そうですか?」
にっこり笑ってすとんと腰を下ろす風華。
((「「セーーーフ」」))
顔を見合わせ、二人は安堵の息を吐いた。
その様子を物陰からじっと見つめる少女がひとり。
(「これは一体、何事でしょう……?」)
聞いた話では皆で集まって鍛錬をすることになっていた筈なのに、どうも様子がおかしい。
来る場所か、或いは時間を間違えたかと踵を返そうとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「美風、遅かったね。もうみんな集まってるよ?」
そう言われて、美風(ka6309)は声の主に疑いの眼差しを向ける。
「蒼牙さん、話が違います。わたしは鍛錬と聞いて来たのに、皆さんそんな様子では……」
「ああ、うん。美風は真面目だから、遊びにおいでって普通に言っても来てくれないんじゃないかと思って……ごめんね?」
素直に謝られては、美風としても折れるしかなかった。
騙されたのだから、本当はもう少しくらい文句を言っても良いのだろうけれど、そんなことをするのは大人げない。
(「もう、子供ではないのですから」)
齢十一、背伸びがしたいお年頃である。
「でも、鍛錬でなければ何をするのですか?」
「夕涼みだよ」
聞いたことのない言葉だ。
「やってみればわかるよ、おいで?」
招きに応じておずおずと皆の輪に入ってみると、ちょうど座敷の奥から大きな盆を持ったマシロビが出て来るところだった。
「美風さん、いらっしゃい。冷やして置いたスイカはいかがですか? 甘くておいしいですよ?」
「スイカ! 食う!」
「おー、やっぱ夏にスイカは欠かせねえよな!」
どうぞと言われる前に脇から伸びてくる二つの手をぴしゃりと叩き、マシロビはにっこりと微笑んだ。
「鎬鬼さん、ユキトラさん、順番はちゃんと守ってくださいね?」
ここはレディファーストなのである。
「マシロビ姉、近頃ちょっと風姉に似てきたんじゃないか……?」
「ちょっとなんてモンじゃねーぞ、カザハナの姉さんが二人いるみてーだ」
ひそひそ、こそこそ、耳元で囁き合う二人。
「あらあら、お二人とも何か?」
噂をすれば、今度は風華その人の声が頭の上から降って来る。
「「いえ、なんでもありません!!」」
よろしい。
「お塩もあるので良かったらどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
恐縮しながら受け取って、美風はかくりと首を傾げた。
はて、これはどうやって食べればいいのだろう?
「美風、これはな……こうやって食うんだ!」
兄貴風を吹かせ――いやいや族長として手本を見せようと、鎬鬼が豪快にかぶりついた。
がしゅっ! しゃくしゃく、ぷぷっ!
「タネはこうやって庭に飛ばすのが正しい作法なんだぞ」
本当だろうか。
念のために大人の女性――マシロビや風華、紅藍の食べ方をちらりと覗いてみると、頭からかぶりつくのは同じだが、タネは全て食べる前に丁寧に取り除いていた。
紅藍などは面倒なのかそのまま食べているが、タネは口元を隠しながら上品に出しているようだ。
男性陣も鎬鬼のように派手に飛ばしたりはせず、手に出したものを盆の上に捨てている。
(「なるほど、あれが大人の食べ方なのですね……」)
ならば自分もそれに倣って上品に食べてみよう、とは思うものの。
「いっただっきまーす!」
がしゅっ! しゃくしゃく、ぷぷぷっ!
鎬鬼やユキトラの元気で豪快な食べ方を見ていると、すごく美味しそうで――
「なあ、タネの飛ばしっこしようぜ!」
「お、やるやる! 誰が一番遠くまで飛ばせるか勝負だ!」
「よし、第一回スイカの種飛ばし大会、開催!」
ってことで選手募集!
「えー、行儀悪いよー」
アクタは「叱られても知らないよー」と気乗りのしない様子。
「そーはそういうの、好きそうだけど」
「やらないよ、子供じゃあるまいし」
そう言いながら、蒼牙は冷やしたキュウリを皆に配って回る。
「食べてみなよ、キュウリの丸かじりも美味いんだぞ。それにキュウリは火照った身体を冷やしてくれるんだ」
しかし。
「えー、スイカのほうがいいー」
「身体を冷やす効果はスイカや他の夏野菜も同じですよね」
「生で丸かじりとか河童か」
「お酒のアテにはお漬け物のほうが良いわねぇ」
以上、周囲の反応でした。
「いいけどさ、全部俺が食べるから」
後で欲しいって言っても分けてあげないんだからね!
でも少しだけなら残しておいてあげてもいいけど、ばりぼりしゃくしゃく。
「よし、じゃあ三人で勝負だな!」
気が付けば、美風は巻き込まれていた。
しかし勝負と聞けば生来の負けず嫌いの血が騒ぐ。
「ええ、受けて立ちましょう」
がしゅっ! しゃくしゃく、ぷぷっ!
豪快にかぶりつき、口の中でタネを選り分け、舌先に乗せて、思い切り息を吸い込み、飛ばす!
「……あ、けっこう飛ぶものですね……」
「なんの、負けるか……っ、あ、飲んじゃった!」
「オイラだっt……、げほっ、ごほがほっ!」
吸い込んだ拍子にうっかりタネを飲み込んでしまったり、気管に入りそうになって咳込んだりしながら、肺活量の限りを尽くして、飛ばす!
が、あまり力みすぎると「ぶぶーっ」と音ばかりが大きくて、肝心のタネは足下にポトリと落ちたりして。
そんな戦いを、縁側に腰をかけた大人達はのんびりと生温かく見守っていた。
「こういうところは、本当にまだまだ子供ですね」
マシロビは三人のはしゃぎぶりに苦笑しつつ、年相応の子供でいられることの幸福を思う。
「うーん、鎬鬼様と美風はそれで良いけど、あのガキンチョはどうなんだろうね?」
蒼牙もまた苦笑い。
(「まあ、あいつのお陰で鎬鬼様が年相応でいられるっていうのも、少しはあるんだろうけど」)
なんてことは、本人には絶対に言ってやらない。
と言うか鎬鬼様親衛隊長としてはそれが羨ましい、寧ろそのポジションを代われ。
「若い子はすーぐ勢いだけで突っ走るんだからぁ、大事なのはテクニックよぉ、テ・ク・ニッ・ク☆」
アクタの酌でちびちびやりながら、紅藍は三人にアドバイス。
「ほらぁ、勢いだけじゃ痛いばっかりで、ちっとも気持ちよくないでしょぉ?」
え、タネ飛ばしの話ですよね? あれ?
「くっ、弾切れだ! マシロビ姉、スイカおかわり!」
「オイラも!」
「わ、わたしもお願いします!」
ますます白熱する戦い、しかし、そこに予期せぬ爆弾が投げ込まれた。
「知っているか? 西瓜の種を腹に入れると、腹の中で西瓜が育つのだぞ」
さらりと言い放った瑞華の一言に、三人の動きがぴたりと止まる。
「……瑞兄、今、なんて?」
問い返す鎬鬼の声が震えている。
「さては鎬鬼……飲んでしまったのか」
ことさら沈痛な面持ちで、瑞華は首を振った。
「腹の中で育つ西瓜は普通の西瓜ではない。人の精気を喰らって化け物西瓜になるのだ」
辺りはしんと静まり返り、風鈴の音だけがチリンチリンと涼しげに響く。
「西方にハロウィンという魔除けの行事があるのを知っているか。そう、南瓜をくり抜いた提灯を下げて通りを練り歩く、あの祭だ。
今でこそ提灯は南瓜の作り物だが、元々あれは人の腹を食い破って生まれた化け物西瓜を真似て作ったもので――」
「ぎゃあぁぁぁぁっっっ!!!」
鎬鬼の叫びが静寂を破る。
「瑞兄、どうしよう! 俺もう何個も飲んじゃったぞ! 吐き出せばいいのか、それとも下から……っ!?」
顔面蒼白、そして涙目。もうタネ飛ばし勝負どころではなかった。
「よし、オイラとミカゼで一騎打ちだな!」
「望むところです!」
ユキトラはタネを飲み込まないように気を付けながら、一粒も残さないように思い切り吹き出す。
だってもし口の中に残ってたら、そこから芽が出ちゃうかもしれないし!
美風は大人だから、そんな冗談を真に受けたりはしない。しないけれど、ほら、万が一ということもあるし、用心に越したことはないでしょう?
だからまだ白くてペラペラなタネだって、めんどくさいからといって飲み込んだりはしないのです。
大人の危機管理というものですね!
そして夢中になるあまり、二人は気付かなかった。
もちろん、涙目でパニックになっている鎬鬼も気付かない――風華がゆらりと立ち上がったことに。
「あらあら、元気が良いですね」
でも元気すぎて、少しばかりお行儀がお留守になっていますよ?
あら、誰も聞く耳を持たないのですね?
仕方がありません、では――
風華の背にじわりと滲む真っ黒いオーラが一気に膨れ上がった。
しかし本人はニコニコ笑顔のままでいるあたり、並のホラーよりも数段怖い。
背後からそっと忍び寄り、その殺気に気付いて振り向いたところに必殺のアイアンクロー!
スイカを卵のように握り潰すそのパワーで、鎬鬼の顔面をがっしりと鷲掴みにした!
頭蓋骨がミシミシと音を立てているような気がするのは、多分気のせいでも幻聴でもない。
「ぎゃあぁぁぁ風姉ギブ! ギブギブギブ! 割れる、割れるゥ!!」
続いてユキトラ、そして美風にも。
「あぎゃあぁぁっ!!」
「きゃあぁぁっ!?」
子供達を次々と戦闘不能に陥れ、風華は次なる標的に向き直る。
「兄様、あなたもですよ?」
「えっ、いや、ちょっと待て風華、俺はただ……っ」
「問答無用、ですね?」
……ちーーーん。
かくして第一回スイカの種飛ばし大会は勝者不明のまま強制終了と相成った。
「だから言ったのにー」
見事に撃沈した子供三人、そして大人げない大人の姿を見て、アクタはくすくすと笑みを漏らす。
「お腹で芽が出るなんて、そんな事ある訳ないじゃん」
スイカをタネごと飲み込んで、蒼牙がしれっと言った。
「なんで騙されるかな」
「ええっ、冗談だったのか瑞兄!?」
「ひでぇっ!!」
すっかり本気にしていた鎬鬼とユキトラは頭から湯気を噴き出す勢いで顔を真っ赤にしている。
だが美風は涼しい顔で目を逸らした。
「わ、わたしは別に、信じてなどいませんでしたよ?」
ただ勝負に負けるわけにはいきませんから、それでつい力が入ってしまった部分はありましたけど。
ええ、あくまで勝負に勝つためですから!
と、そこにふらりと現れた胡散臭い中年男。
「よお、相変わらず坊とお仲間達は賑やかなことで」
風来の商人、鴟梟(ka5769)だ。
「おっちゃん、久しぶりだな!」
「シキョウのおっさん、今度はどこまで行ってたんだ?」
その登場に、今まで膨れていたことは綺麗さっぱり忘れたように目を輝かせ、鎬鬼とユキトラが駆け寄って来る。
「今日も何か珍しい物を持って来たんだよな? それとも面白い土産話か?」
鬼達にとって、彼は広い世界に開かれた窓。
元々は一族と共に旅をしていたが、彼等がひとまず一つ所に落ち着いた暮らしをするようになってからは時折どこかへふらっと出かけ、珍しい品と土産話を持って前触れもなく戻って来るのが常だった。
「取り立てて珍しいもんはありゃあしませんが……これなんか、どうでしょ?」
大きな荷物の中から取り出したのは、太い筒状の物体に取っ手が付いた代物だった。
筒の中は殆ど空洞になっていて、空洞の上部には鋭い刃が仕込まれている。
「なんだこれ? 見たことないぞ?」
縦から横から斜めから、どんなに眺めても何に使う物なのか、さっぱりわからない。
「氷を食える雪に変えるとかいう、なんとかってぇカラクリだそうで」
「氷を雪に?」
「魔法か! 魔法の箱か!」
物は試しと、さっそく氷をセットしてみる。
「この空洞にに器を置いて、この取っ手を回すんで」
「こ、こうか?」
しゃーこしゃーこ、涼しげな音と共に薄く削れた氷がはらはらと器に溜まっていく。
「氷の削り節みたいだな!」
「はは、坊は上手いこと仰る」
その溜まった氷はかき氷、カラクリはかき氷機というものだ。
「お気に召したんなら、特別にタダで差し上げましょう」
「えっ!?」
その言葉に鎬鬼は目を丸くする。
どんなに安価な物だろうと、この男が何かを無償でくれたことなど、これまでにただの一度もないのだ。
「どういう風の吹き回しだ? それとも何か裏があるのか?」
「流石、坊の目は誤魔化せませんや」
悪びれた様子もなく、鴟梟は色とりどりの液体が入った瓶を並べて見せる。
「お察しの通り、こいつを買っていただくのが本命でしてね……なにしろかき氷ってやつは、そのままじゃぁただの雪みてぇなもんですんで」
それを聞いて、削るそばから「美味い美味い」とがっついていたユキトラの手が止まる。
「これ、このまま食うんじゃないのか!?」
「それじゃぁ味気ないでしょう?」
確かに。
物珍しさも手伝って美味いと思って食べていたけれど、よく考えたら冷たいだけで、そんなに美味いものではなかった気がする。
「この甘汁をかけると、そりゃぁもう格別で……試しにひとつ、いかがです?」
鴟梟は赤い色をした瓶の封を開け、削りたての氷にトロリとかける。
「さ、どうぞ」
それを受け取った鎬鬼は、恐る恐る匙でひと掬い……ぱくり。
「美味ぇっ!!」
「えっ、どれどれ!? シノ、オイラにも! オイラにも一口……うんめぇっ!!!」
「それはイチゴ味の甘汁ですね、西の方じゃシロップと呼ぶそうですが」
緑はメロン、黄色はレモン、白は練乳、青はブルーハワイ。
「はわいって何だ?」
「さぁ、なんでも蒼の世界には青い果物があるそうで、その名前じゃないかってぇ話ですが」
「へえー」
それはさておき、とにかく全部買った!
鴟梟、相変わらずの商売上手だ。
「これが、かき氷というものですか……」
マシロビは身に着けた浴衣と同じ、涼し気な青いシロップをかけたかき氷をそっと口に運ぶ。
「美味しいです」
「うん、雪を食べるのとはやっぱり少し違うんだね」
「蒼牙さんは雪を食べたことがあるのですか?」
「えっ、マシロビはないの?」
「普通は食べようなんて思わないんじゃないかな、ね、まー?」
アクタに問われ、マシロビは神妙な顔で頷いた。
「ええ、雪は細かなゴミの周りに氷の粒がくっついたものだと聞いたことがあります」
「……」
蒼牙は黙ってマシロビを見る。
その表情からすると、冗談を言っているわけではなさそうだ。
「今の、聞かなかったことにして良いかな?」
風華は緑のシロップをかけて味わってみる。
「緑色ですから、お抹茶かと思いましたが……これはメロンなのですね」
自分が知っているメロンとは、どうも少し違う気もするけれど。
「そうだな、抹茶や小豆を載せても美味そうだ」
そう言って、瑞華は真っ白な練乳シロップをかけながら、ちらりと鴟梟を見た。
「もっとも、それでは鴟梟の商売が上がったりか」
「ええ、まあ」
苦笑混じりに返す鴟梟の言葉は歯切れが悪い。
確かに、今はまだ珍しかろうと甘汁には法外とも言える値段を付けてあった――二本も売れば無償で提供したかき氷機の代価など充分に賄えるほどに。
「ただまあ、こんなものは言ってしまえばただの砂糖水ですからね、いつまでも買ってもらえるたぁ思っちゃいませんや」
トッピングの創意工夫、オリジナルシロップの開発、大いに結構。
「こいつが売れなくなる時分には、また何か珍しい物を探して来ますよ」
紅藍にはシロップは不要らしい。
「妾はこれでいいわぁ」
寧ろこれがいいと、とっておきのウィスキーを注いでかき氷割りに。
それを見ていた鎬鬼が何かを閃いた。
「冷麦のつゆ、これで割ってみようぜ!」
「おっ、いいな! シノあったまいい!」
濃いめに作ったつゆにかき氷を入れて、溶けないうちに冷麦を浸けて……つるるんっ!
「シャリシャリで美味しいです!」
これならいくらでも食べられそうだと、美風が嬉しそうに声を上げた。
やがてとっぷりと陽も暮れて、お腹が膨れた子供達は思い思いの格好で縁側に寝転がる。
瑞華が用意した豚の蚊遣りから一筋の煙が立ち上り、そよりと吹く風が時折それを散らしていった。
「腹いっぱいだー」
「もう動けねー」
「わたし、幸せです……」
しかし、そのまま眠りの世界に誘い込まれようとした三人の耳に蒼牙の声が飛び込んで来る。
「あれ、まだ花火が残ってるよ? やらないの?」
言われて、鎬鬼は面倒臭そうにゴロンと寝返りを打った。
「だって線香花火だろ? あれなんか地味だし」
そこで蒼牙は一計を案じた。
「よし。線香花火で、誰が一番長く落とさずにいられるか競争だ! 俺が審判してあげるよ」
がばっ!
競争と聞いて瞬時に飛び起きる三人。ちょろい。
大丈夫、判定にえこひいきはしない。
心の中では鎬鬼様を全力応援するけどね!
「それじゃ、自分の花火を持って……よーい、はじめ!」
合図と共にロウソクから火を移し、勝負が始まった。
例の三人とマシロビの四人が輪になってしゃがみ、じっと息を止めて自分の手元を見つめる。
緊張のあまり思わず手が震えそうになるけれど、じっと我慢だ。
線香花火はバチバチと勢いよく黄金色の火花を散らす。
しかし、それもいつしかまばらになり、先端の玉が今にもちぎれて落ちそうになり――
鎬鬼の心に、ふと芽生える悪戯心。
――ふっ!
隣でじっと手元を見つめるライバルの手元に息を吹きかけてみた。
「わっ!」
驚いた拍子にポトリと落ちる火玉。
「……あああ、落としてしまいました」
してやったりとほくそ笑む鎬鬼の耳に聞こえる落胆の声。
だが、その声は予想していたものとは違っていた。
おかしい、隣はユキトラだった筈だと顔を上げると、そこにはがっくりと肩を落としたマシロビの姿があった。
「げっ!?」
やばい間違えた、やばいやばいやばい殺される!?
と、狼狽えた瞬間に手元が揺れて、ぽとり。
「あっ!」
「へっへー、そういうのを人を呪って墓穴が三つって言――」
ぽとり。
口を開いた瞬間、ユキトラの火玉が力尽きた。
「うあーなんでだよー」
いつもの癖でつい大袈裟な身振りを交えたせいか、それとも適当なことわざをでっち上げた罰なのか。
そんな中、美風はひとり黙々と火玉を見つめ続けていた。
勝利確定、あとは記録を伸ばすだけ……!
「落ちるのが早くても遅くても、頑張って燃えたことには変わりないのにねー」
アクタは勝負には参加せず、のんびりマイペースで花火を楽しんでいた。
「ねえ、かーは花火しないの?」
縁側を振り返り、風華を見る。
と、その膝には寝転んだ瑞華が頭を乗せていた。
「それじゃ動けないねー」
「いいのですよ、わたしはこうして皆が楽しんでいるのを見ているだけで、充分ですから」
それに、膝に感じるこの重さも心地良い。
もっとも、その重さに支えてもらっているのは自分のほうかもしれないけれど。
「そいじゃ、そっからでもよく見えるように、いっちょこいつを提供させてもらいましょうかね」
鴟梟が取り出したのは、蒼の世界で作られたという打ち上げ花火。
「騙した詫びと言っちゃなんですが、こいつはタダでお目にかけましょう」
このまま線香花火でしっとり終わるのも良いが、派手にぶち上げるのも悪くない。
「なぁに、元々譲られたものですんで気になさらんと。侘び寂びも一興、絢爛豪華も一興ですよ」
庭の土に筒の根元を埋めて、導火線に火を付ける。
鬼達が固唾を呑んで見守る中、バチバチと走る火花が筒の中に吸い込まれていく。
「……何も起きないぞ?」
鎬鬼が首を傾げた、その瞬間。
シュウゥゥゥ!
筒口から溢れるように火花が吹き上がったかと思うと、光の玉が弾けて飛び出した。
二つ、三つ、たくさん。
真っ暗な夜空を背景に、打ち上がった火の玉は色とりどりに弾けて消える。
紅の世界では見たことのないような色と光の饗宴を、ある者はポカンと口を開け、ある者は歓声を上げながら、ただただ吸い寄せられるように見つめていた。
「すっげーな、花火ってこんなにすげーもんだったんだ……!」
「シキョウのおっさん、もっとないのか!? オイラもっと見たいぞ!」
「すごくキレイでした! まるで夢みたいです!」
子供達が手放しで喜んだのはもちろん、マシロビやアクタ、風華までもが期待の眼差しを向けている。
だが、鴟梟は「もう何も持っていない」と言うように両手を広げて見せた。
「なかなか手に入りにくいものでしてね。まあ、次に来る時にはもう少し数をそろえておきましょう……ただし、お代はいただきますがね?」
やっぱりか!
打ち上げ花火の興奮も醒めやらぬ中、しかしそろそろ今夜は解散の頃合いだ。
「花火は消えたと思ってもくすぶっている場合があるそうですから、しっかり水に浸けてから土に埋めましょうね」
敗北のショックから立ち直ったマシロビは、率先して後片付けに精を出す。
(「鎬鬼さんへのお仕置きは勘弁してあげましたけれど、多分その代わりに紅藍さまが……」)
ちらりと目をやると、今まさに紅藍が鎬鬼の背にでろ~んと覆い被さっているところだった。
「しぃ~のぉ~ぎぃ~、おんぶぅ~☆」
「えっ、ちょっ、おもっ!?」
「あらぁ、こぉんなか弱い美女を捕まえて重いだなんて失礼ねぇ?」
それとも鍛え方が足りないのかしら。
「それじゃぁこのまま、家の周りをウサギ跳び百周~」
「無理!」
せめて普通に走らせて!
そして族長は、のしかかってくる美女をおんぶして走るマシーンと化すのであった。
そんな喧噪も過ぎ去り、屋敷の周囲に静けさが戻った頃。
のそりと起き出した瑞華は暫く黙って宴の後を見つめると、残っていた線香花火を一本取り出した。
炎に対しては良い思い出がないが、これくらいならばと火を点ける。
線香花火は細かな火花を散らしながら、やがて燃え尽き、ぽとりと落ちた。
「……光る時は華やかだが、落ちる時の……なんて寂しい事か……」
寂しげに呟く。
けれど、その脳裏に蘇る言葉があった。
『落ちるのが早くても遅くても、頑張って燃えたことには変わりないのにねー』
生ある間に精一杯に光り、眩い輝きを放つなら。
散り際は寧ろ潔くあるのが美しいのかもしれない――
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka5760/鎬鬼/男性/外見年齢10歳/自爆王】
【ka5721/マシロビ/女性/外見年齢15歳/鉄爪を継ぐ者】
【ka5740/蘇紅藍/女性/外見年齢20歳/おんぶおばけ】
【ka5769/鴟梟/男性/外見年齢43歳/謎の商人】
【ka5777/瑞華/男性/外見年齢29歳/大人、時々子供】
【ka5778/風華/女性/外見年齢26歳/微笑の鉄爪】
【ka5846/ユキトラ/男性/外見年齢14歳/不動のお子様枠】
【ka5860/アクタ/男性/外見年齢14歳/高温注意】
【ka6105/一青 蒼牙/男性/外見年齢16歳/実は河童でした?】
【ka6309/美風/女性/外見年齢11歳/線香花火の女王】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お世話になっております、STANZAです。
バレンタインに引き続いてのご依頼ありがとうございました。
今回も楽しく書かせていただきました。
一部、マイペの設定ではなくシナリオで使用されていた口調を採用させていただきました。
マイペの通りにということであれば、遠慮なく修正をお申し付け下さい。
その他、気になるところがありましたら、ご遠慮なくリテイクをお願いします。