※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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未来の先に
最近、酒の量が増えているのは分かっている。
邪神戦闘も一応の終結を迎え、クリムゾンウェストは新しい道を歩み出した。連合軍もいずれは解体。所属していた者達も各国へ戻っていくだろう。
そして、リアルブルーから来た転移者も時が来れば帰還する。
地球の凍結が解除されれば、クリムゾンウェストから転移する者も現れるはずだ。
忙しい事は、理解している。
ただ、もう少し――もう少しだけ、視線を変えて欲しい。
「……はぁ」
マリィア・バルデス(ka5848)の手にしたグラスの中で、氷が音を立てる。
モルトウイスキーに溶け出した氷は混じり合いながら佇んでいる。
その様を見ながらマリィアはため息をつく。
――心が、満たされない。
邪神ファナティックブラッドを撃破した事から狂気の眷属は消失。クリムゾンウェストに残された歪虚も徐々にではあるがその数を減らしている。
平和に近づいた。それ自体は喜ばしい。ただ、マリィアはその平和が近づくにつれて気分は重くなっていった。
「戦いたい、って訳じゃないのよね」
バーのカウンターに両肘をつく。
歪虚と戦っている間は、どうしても目の前の敵に集中する。その間、頭の中にあった悩みは消失する。だが、平和になればどうだ。その悩みは平然と露見して、消える事は無い。
悩みは悩みとして肥大化していき、マリィアの心を押し潰す勢いだ。
マリィアを悩ませる敵――それは始めから明確だった。
「……あいつ。私の事を、忘れているんじゃないでしょうね」
思わずマリィアの口から悪態が溢れた。
あいつは強化人間だ。寿命が短い事は把握している。元々年齢も二倍近く違うのだ。普通に恋愛しても同年代より一緒にいられる時間は遥かに短い。
だからこそ、マリィアは『今』を大事にしたい。
「今、か」
マリィアはグラスの端を爪で弾いた。
ガラス独特の高音がバーに響く。
マリィアもあいつも軍人だ。任務として命が下れば、確実に遂行しなければならない。
戦場で命のやり取りをしている二人にとって長期的な事柄はあまり大きな意味を持たない。
一秒一秒、今をどう過ごすのか。
命あるからこそマリィアはその一秒を大切にする。
あいつと一緒に過ごす一秒なら尚更だ。
少しでも長く、少しでも濃密に過ごしたい。
マリィアの願いは、ささやかだ。
だが、あいつにその願いが届いているのか――。
「何やっているのよ。私は、ここよ」
マリィアは再びため息をついた。
あいつは今頃崑崙で元強化人間の新兵訓練に携わっている。邪神が消えたといえどもクリムゾンウェストにはまだ歪虚が残っている。更にリアルブルーへ戻れば宇宙開拓の時代が始まるとも言われている。新たなる敵が現れるとも限らない以上、新兵訓練に手は抜けない。
傷付いた基地の修復で人材不足が叫ばれる昨今、あいつは新兵訓練に挙手したという訳だ。
しかし、それはマリィアに向けられるはずの視線が逸らされた事を意味している。
「今は、何が見えてるのよ。遥か先?
……私達に残された時間は、限られているのよ。分かってる?」
あいつに届かないと分かっていながら、マリィアは小さく呟いた。
あいつの視線はもっと先の未来。おそらく自分がいなくなった時代を見据えている。それは有意義で大切な未来なのだろう。
だが、マリィアにとっては有意義と分かっていても空しさが残る。
マリィアが大切にしている今を、あいつは見ていない気がする。それは二人の間に生じたすれ違い。まるでタイムスリップで生きる時代が異なってしまったかのような感覚。
「英雄として讃えられ、未来で石碑に名前でも刻まれるつもり? 生徒達はきっと『いい教官』だったと讃えるのでしょうね。
未来ある仕事。だけど……」
マリィアは続ける言葉を飲み込むようにグラスの中身を飲み干した。
『未来って今の先にあるものでしょう。今を見ないで、先は見えるの?』
それを言ってしまえば、マリィアもあいつも辛くなる。
だからマリィアはその言葉をウイスキーと共に飲み込んだ。
あいつの視界に、自分はいるの?
あいつの心に、自分はいるの?
浮かぶ疑問を振り払うように、マリィアは頭を振った。
考えても出るはずのない答えを前に、マリィアの苦労は続く。
次々と浮かんでは消えていく答え。
――ふいに、マリィアの脳裏に衝撃が走る。
「私も新兵の教官になれば……」
マリィアも新兵の教官になればあいつの近くにいられるのではないか。
それに気付いたマリィアだが、すぐにこの案は採用できない事に気付く。あいつがいるのはあくまでも新兵を訓練する為だ。マリィアが同席すれば公私混同。あれで不器用なところがある事を考え見ても、訓練場で距離を置きかねない。
一瞬、良い案が浮かんだと思ったのだが、現実は小説のようにうまく事は運ばない。
「本当に世話の焼ける……?」
ふいにマリィアの魔導スマートフォンが鳴る。
相手は――あいつだ。
「ちょっと。急に電話してきてどういうつもり?」
少々冷たい態度を取ってみせる。
本心ではない。ただ、そういう態度でも取らなければ気分が晴れない。
少しぐらいは困らせてやりたいと考えるのも当然なぐらい、放置されたのだから。
「……ええ、分かったわ。穴埋めは後日ね。で、どうしたの? 要件は別にあるのでしょう?」
慌てるあいつの声。
マリィアは少々気分が良くなった。
デートに誘うなら電話よりもサプライズで目の前に現れるタイプのあいつだ。何らかの要件であいつが電話かけてきた事は予想がついた。
あいつから伝えられる声。
そこからもたらされる言葉に、マリィアは呆気に取られる。
「は? ……私が、新兵相手にCAMの訓練?」
まさかの召喚に言葉が出ない。
だが、おかげで一度却下したはずの案が強制イベントとして発動する羽目になった。
(ふふ、あいつもそれなりに気を使ったのかしらね)
心の中でほくそ笑むマリィア。
言葉に嬉しさを乗せないよう注意を払いながら、マリィアはあいつの申し出を承諾した。
今夜の酒は、ほんのちょっとだけ――うまくなりそうだ。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
近藤豊でございます。
この度は発注ありがとうございました。
シングルノベルでもNPC発注は可能でございます。次回以降も是非ご検討いただければ幸いです。二連続バーでの依頼だったので少々確認がてら記載させていただきました。
次回もご縁がありましたら宜しくお願い致します。