※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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婚礼衣装は依頼帰りに
日頃あまり表情を変えないクラン・クィールス(ka6605)だが、今は眉根をわずかに寄せ、後方を振り返っていた。
長物を抱え少し遅れてやってくる氷雨 柊(ka6302)は、彼の小さな表情の変化に気付き微笑む。
「大丈夫ですよぅ」
「……そうか?」
ふたりは今しがた雑魔討伐の依頼を終えたばかりだった。
心配性のきらいがあるクランは、以前から傭兵などをしていて戦闘に慣れた自分とは違い、経験の浅い柊を気にかけているのだ。
「持とうか?」
思わず差し出しかけた手を慌てて引っ込める。
傭兵になるよりも前――自身の経歴に思う所があるクランは、相手の手に触れることを密かに恐れていた。
けれど柊は気付かなかったようで、
「お待たせしましたぁ」
追いついてくるとクランにぴとっと肩を寄せた。
身長差があるとはいえ、吐息がかかりそうな距離で紫紺の瞳が見つめている。
「ち、近い」
「はいー?」
「その……距離が」
「はい、やっと追いつけましたよぅ」
(そうじゃない)
クランは男女の距離感について諭そうか悩んだが、無邪気さは彼女の良い所でもある。
何より、説明してもきょとんとされそうな気がしなくもない。
そろそろ人の多い通りに入る。年頃の柊にあらぬ噂が立っては……と、足早に歩き始めた。
「ああ、待ってくださいよぅ」
スタスタ歩けば、ぽてぽてと足音がついてくる。
その足音が離れすぎないよう注意しながら、クランは前だけを見て歩を進めた。
ところが。
ほどなくして柊の足音が止んだ。
慌てて振り返ると、一軒の店の前で足を止め、ショーウィンドウに釘付けになっている柊の姿が。
「どうした?」
尋ねても、余程夢中になっているらしい柊は気付かない。
仕方なしに引き返し、店の窓を覗き込んで「あぁ」と納得。
硝子の向こうでは、純白のウェディングドレスを纏ったマネキンが、ブーケを手に微笑んでいた。
近年、ここクリムゾンウェストにも挙式の文化が広まりつつある。
地域によって差はあれど、おおよそ上流階級のみで行われていたのだが、リアルブルーの影響もあってか庶民にも浸透してきた。
この店は挙式用の衣装や小物を販売・貸出する、いわゆるブライダルサロンらしかった。
「綺麗ですねぇ♪」
柊は硝子に額をくっつけんばかりにして、じぃっとドレスに見入っている。
クランは扉の貼り紙に気付いた。
「へぇ……試着もできるのか。興味があるなら、してみたらどうだ?」
「はにゃっ!?」
ようやくクランの存在に気付いた柊、飛び上がって驚く。
「いえ、でもぉ……クィールスさんをお待たせしてしまうわけにはー……」
そう言いながらも、柊の視線はクランとショーウィンドウを行ったり来たり。
すると店の扉が開き、ふくふくと丸っこい中年の女性店員が出てきた。
「まあまあ、可愛らしいお嬢様! ドレスに興味がおあり?」
「とっても素敵ですねぇ」
「ならどうぞご試着だけでも!」
店員は目にも止まらぬ動きで柊の背後に回り込むと、入口へぐいぐい押しやる。
「あ、あのぉ、」
「遠慮なさらずに! 貴方も中で冷たいお茶でも如何?」
柊を扉の中に押し込みながら、店員はクランへにっこり笑いかける。
有無を言わさぬ店員の勢いに苦笑いして、クランも扉を潜った。
●
「うわぁ、素敵なドレスがいっぱいですねぇ!」
中へ通された柊は、壁一面に掛けられたドレスにほぅっと吐息を零す。
シルクやレースがふんだんに使われたドレスは、どれも女性の美しさを引き立たせるための工夫が凝らされている。
感嘆する柊を、店内にいた女性店員達が取り囲んだ。
「お嬢様には淡い色味のものがお似合いになるかと」
「今はカラードレスが流行りですよ」
口々に言いながら次々にドレスを取り、柊の身体へあてがっていく。
鏡の中でくるくる色を変える自分の姿に、柊は目を白黒。
もうちょっとゆっくり見せてもらえないかしらー、なんて思っていたり。
「やっぱり白かしら、きっと銀の御髪に映えますよ。ねぇ?」
純白のドレスを手にした店員が、隅でお茶を啜っていたクランを振り返る。
クランの反応がちょっぴり気になった柊も、ちらり。
けれどクランは、何故俺に訊くんだと問いたげに首を捻っただけだった。
へにょっと眉を下げかけた柊だったが、
「どれになさいます?」
店員の声で我に返る。
(あらぁ? 今私、どうしてしょんぼりしかけたのかしらー……?)
小首を傾げ、胸にそっと手を当ててみる。
けれど心は何も答えてくれない。
気を取り直し、店員達が勧めてくれたドレスを見回してみた。
どれも素敵で、どれも綺麗で、とても心惹かれるけれど、一着に決めるのは難しい。
どうにも『これ!』というものがないのだ。
(どれも本当に素敵なんですけどー……)
困り果てて宙てた柊の視界に、最奥に掛けられている一着の衣装が飛び込んできた。
「あれはぁ、」
柊の指さす先を見て、最初に会った恰幅の良い店員が頷いた。どうやら店長だったらしい。
「珍しいでしょう? 東方風の婚礼衣装なんですよ」
掛けられていたのは正絹仕立ての白無垢だった。店長はさっと奥から出してきて、柊の前に広げてくれる。
「綿帽子に角隠し、両方あるんですねぇ。ふふ、どちらも素敵ですー」
「あら、よくご存じで」
確かにこの辺りでは珍しいかもしれないが、日頃着物を身に着けている柊にとっては白無垢の方が馴染み深い。
それに。
リアルブルーの日本出身の父から聞いたことがあったのだ。
日本の伝統的な花嫁衣装がこういうものだと。
ドレスの海で溺れかけていた柊、この白無垢が一目で気に入ってしまった。
「これを着てみたいのですがぁ」
「かしこまりましたっ! さあ皆さん、お仕度を!」
食い気味に反応した店長、そして機敏すぎる店員達に攫われるように、柊は試着室へ。
「あっ、クィールスさんすみませんー、ちょっと待、」
言い終える間もなく、ドアの向こうに消えていた。
●
(……予想以上の勢いだったな)
ソファに座り、一連の出来事を目撃していたクラン。試着室の柊の無事を密かに祈っていたり。
「御髪も結いましょう」
「お化粧も是非っ」
にぎにぎしい店員達の声が、ドアの向こうから絶えず漏れてくる。
(まるで嵐だ)
思わずふるりと身震いした時。
ぽん、と肩を叩かれた。
ぎくりとして振り向くと、そこには――
●
柊が選んだのは綿帽子だった。
角隠しは色打掛でも付けられるけれど、綿帽子は白無垢にしか合わせられない。折角だからとそちらを選んだ。
けれど選んだ後は、なすがままされるがまま。
化粧の時に目を閉じるよう言われてから、柊はずっとそのままでいた。
「さあ、できましたよ」
促され、そうっと目を開ける。
付けまつげまで施されたせいか、少しだけ瞼が重い。
一瞬遅れて見えたのは――白無垢を完璧に着こなした、ひとりの清楚な花嫁。
それが姿見に映った自分だと気付くのに、たっぷり三秒はかかった。
「はにゃー……っ!」
驚きに声を上げたきり、続く言葉が出てこない。
店員達は柊の頬が上気していくのを見、満足げに頷き合っていた。
一筋の乱れもなく結い上げられた髪。
それを柔らかな輪郭で包む綿帽子。
胸元には錦の袋に納まった懐剣が差してあり、携えた祝儀扇には房飾りが揺れる。
唇へ控えめに差された紅が、上品な色香を醸していた。
「では戻りましょう。きっとお待ちかねですよ」
転ばぬよう、店長がそっと手を取ってくれる。
柊はもう夢見心地で、足許がふわふわ浮いているような気がした。
「あちらもお仕度できた頃でしょう」
が、店長の一言ですとんっと着地。
「お仕度……?」
何の? と尋ねる前に、店長はドアを開けた。
すぐ外で待っていたのは、一目で高価と分かる上品な黒――紋付を羽織った広い背中。
振り返った彼は、勿論クランだった。
「クィールスさん?」
「柊、これは……っ」
慌てふためくクランを、店員が柊の隣へ促した。
「おふたり良くお似合いですこと!」
「はいー、クィールスさんとっても良くお似合いですよぅ♪」
(柊、多分その『お似合い』じゃない)
心の内でつっこみ、クランはこっそりと柊に耳打ちする。
「その……どうやら、勘違いされてしまったみたいだ」
「勘違い?」
柊、きょとん。
「だから、その」
「ああ、クィールスさんもお試着希望だと勘違いされてしまったんですねぇ」
「いや、そうじゃなく」
「えー?」
柊、目をぱちくり。
気付けばまたふたりの距離が近い。
慌てて離れようとしたクランだったが、至近距離で見下ろしている内にふと気付いた。
(柊の瞳、こんなに鮮やかな紫だったか? ……全身白い衣装だからそう感じるのか。化粧の色味が抑えてあるのも、瞳の色を引き立てるためなんだろうな……)
そんなことを考えている間、傍目には見つめ合うお熱いふたりに見えていて。
「お綺麗でしょう?」
店長の声にハッとなった時には、勘違いは訂正しようがない程深まってしまっていた。
返事を迫られたクランは観念し――それでも気恥ずかしさに、柊から視線を背けて――小さく頷く。
「……そう、だな」
柊は嬉しそうに両手で頬を押さえる。
「クィールスさんとっても格好良いですよぅ♪」
「からかうなよ、和服は着慣れていないんだ」
「たまには着てはいかがですー? 着付け、教えてあげますよぅ?」
そんなやりとりをしていると、カシャッという音と共に、ふたりを強い光が包んだ。
●
「ふふー♪」
帰り道。
柊は店で貰った記念品を眺めながら歩く。
それは一枚の写真。婚礼衣装のふたりが並んで写っていた。
クランはまだ決まりが悪そうにしていたが、あんまり嬉しそうな柊を前に何も言えず。
ただ一言だけ口にした。
「それ、柊が持ってたらいい」
「良いんですかぁっ♪」
内心、一枚しかないのでどうしようかと思っていた柊は、写真を大事に大事に胸に押し抱く。
胸がじんわり温まるのに、どんどん鼓動が早くなる。
(……私、どうしてしまったのかしらー……?)
考えれば考える程、息さえ苦しくなってくる。
足を止めた柊をクランが振り向く。銀の髪が傾いた陽を浴び煌めいた。
「どうした?」
先程と同じように、かすかに眉を寄せたクランの顔。柊の胸が甘く疼いた。
「……ありがとうございます、大切にしますねぇ♪」
写真で顔を隠し、ぽてぽてと歩き出す。
クランはまたスタスタと先に行ってしまうけれど、ふたりの距離は決してそれ以上開かない。
安堵と切なさがない交ぜになった息をつき、柊は不愛想で優しい背中を追いかけた。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20/霊闘士(ベルセルク)】
【ka6605/クラン・クィールス/男性/18/闘狩人(エンフォーサー)】
【ゲストNPC/女性店員達/ブライダルサロン店員】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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納期いっぱいお時間を頂いてすみません。可愛らしいおふたりのノベル、お届けいたします。
ハンターとして活動するおふたりの、日常の中の甘酸っぱいハプニング。
そんな素敵な一場面を書かせて頂き、大変嬉しゅうございました!
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!
副発注者(最大10名)
- クラン・クィールス(ka6605)