※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
ケンカのあとで
畳の上いっぱいに広げた着物の海の中、氷雨 柊(ka6302)はちんまり座っていた。
「これは仕舞ってぇ……こっちも厚手だから仕舞ってしまおうかしらー?」
夏本番に向け、衣替えの真っ最中。好んで集めた着物は数知れず、裁くのも一苦労だ。
主の苦労を知ってか知らずか、棚の上では白猫がすぅすぅ寝息を立てている。
そんな中、
「あら? これはー……」
柊は奥から出てきた懐かしい着物を見つけ、目を細めた。
「お父さんが選んでくれた反物で仕立てたんでしたねぇ、これ」
そっと広げて肩にかけてみる。
桜花を散りばめた華やかな柄は、色白の柊をよく引き立てた。父が娘をよく見ていた証だろう。
「……そう言えば、最近お父さんに会ってませんねぇ。元気にしているかしらー?」
呟き、天井を仰ぐ。
柊は幼い頃の記憶を手繰り始めた。
●
「お父さん聞いて! 酷いのよ?」
扉を開けるなり飛びついてきた幼い柊を、父は優しく抱き止める。
「おや、珍しいね。今日はひとりかい?」
その問いに、ぐっと言葉を詰まらす柊。
「私は悪くないもん」
それだけ言って、父の胸に額を擦りつける。
娘の潤んだ瞳に、父は何がしか感じ取ったようだった。銀色の髪を手櫛で梳き、目を細める。
「一先ずあがりなさい、お茶を淹れよう」
その言葉にこくりと頷き、柊は履物を脱いだ。
リアルブルー人の父と、クリムゾンウェストのエルフである母。その間に生まれた柊と、妹。
両親は仲が悪いわけではないけれど、別々の家で暮らしている。
母と共に暮らす姉妹は、いつもは一緒に父の家を訪れていた。
「――……」
けれど、今日は柊ひとりきり。
訳あって、妹を連れず飛び出してきてしまったのだ。
もう何度もあがっている父の家なのに、妹が隣にいないだけで、なんだかそわそわ落ち着かない。
けれどそのことが何だか口惜しくて、柊は父にねだった。
「ねぇ。お父さんが居た地球のお話、して?」
「ああ、良いとも」
娘が故郷に関心を寄せてくれるのが嬉しい父は、いつものように地球――特に日本について色々と語って聞かせてくれる。
見知らぬ世界、見知らぬ景色、見知らぬ人々の織りなす生活模様は、好奇心いっぱいの柊をとらえて離さない。
聞いている内にのめり込み、未知の土地を散歩しているような心地になるのだ。
けれど今日はそうもいかなかった。
話に没頭したいのに、家を飛び出す前に見た、妹の顔が脳裏にチラつく。
目に涙をいっぱい溜めながら、唇をぎゅっと引き結んで、泣き出すのを堪えているような妹の顔が――
と、不意に頭を撫でられた。
仰げば、父が何もかもお見通しという目で柊を見下ろしている。
「どうしたんだい? 今日の話はつまらなかったかな」
それでも原因に触れてこない父に、柊はぷくっと頬を膨らせた。
「ホントは分かってるくせに。お父さんのいじわる」
言って、父の膝にお邪魔する。胸に背中を預けてしまえば、とりあえず顔を見られなくて済む。
父の穏やかな瞳に見つめられていると、本当に何もかも見透かされてしまいそうで。
それよりは、ちゃんと自分の言葉で話したいと思ったのだ。
幼い心で、頭で、妹だけをわるものにしないように、けれど自分の気持ちも分かって欲しくて、精一杯言葉を紡ぐ。
「あのね、ケンカ、しちゃったの」
「そうみたいだね」
「昨日ね、ホントはお弁当持ってピクニックに行こうって、約束してたの。でも私、咳が出てしまって……」
病弱な母に似て、柊も幼い頃は身体が弱かった。
出かける約束をしても、急な病気で反故にしてしまうことがよくあった。
昨日もそうだったのだ。
姉思いで、いつもなら気遣ってくれる妹だったが、昨日のお出かけを余程楽しみにしていたのだろう。
今朝ようやく元気になった柊の前で、珍しく愚痴を零したのだ。
「分かってるのよ、今までだっていっぱい迷惑かけちゃったし……」
「うん」
「でも、でもね? 私だって、好きで寝込んでいるわけじゃないの。ホントはいつも元気でいたいの」
「……そうだね」
たどたどしい柊の話を、父は遮ることなく聞いてくれる。
やんわりとした相槌に、段々気持ちが落ち着いてくるのが分かった。
背中をすっぽり包むぬくもりと、規則正しい鼓動。
落ち着かないと感じていた部屋は、いつの間にか柊の良く知る父の部屋になっていた。
湯気の絶えたぬるいお茶を啜る。
緑茶の香りが、胸につかえていたものを押し流して行くようだった。
「それで、柊はどうしたいんだい?」
全てを吐き出してしまったあと。父は優しく柊に問うた。
「どう、って。私は悪くないもん」
本当は妹が気になって仕方ない。
今頃ひとりで泣いているかもしれない。
そう思うとそわそわして堪らないのに、子供らしい意地が見て見ぬフリをさせる。
父の大きな手のひらが、柊の髪を優しく撫でる。
「そうだね。だけど、気になっているんだろう? あの子が今どうしているのか」
「別に、」
「本当かい? 心配で仕方ないって、顔に書いてあるけどな」
ぷにっと頬をつつかれて、柊はまた頬を膨らませる。
「でも、でもっ」
「気になるなら、会いに行くしか方法はないのさ。会って、柊が思ったこと、今みたいに全部言ってご覧?」
「……そんなことしたら、またケンカになっちゃう」
「そうかな? 柊も子供だけど、あの子はもっと小さいんだよ。気持ちが抑えられなくなることもあるさ」
「…………」
「でも、小さくたって優しい子だ。今朝はちょっと口が悪かったようだけど、普段はどうだい?」
柊は、寝込んでしまった時のことを思い出す。
『ねえさん、もう元気になったの? どこも苦しいとこはない?』
『お花を摘んできたよ。はい、ねえさんにあげる』――
心配そうに覗き込んで来る眼差しや、花を差し出してくれた時の笑顔が胸を過った。
「それに、ケンカは何も悪い事ばかりじゃない。お互いに思ってることを言い合ったら、お互いの気持ちが見えてくる。言わなきゃ分からないこと、ぶつかってみなきゃ知りえないこと、たくさんあると思うんだな、父さんは」
「……うん」
それでもまだ柊が膝の上でもじもじしていると、父は残っていたお茶を一息に飲み干した。
「さあ、父さんはまだ仕事が残っているんだよ。そろそろお帰り」
ウソ、お父さん今日お休みなのに。
とは、分かっていても口にしなかった。
背を押してくれているのだと、幼心に気付いたから。
柊もお茶を飲み干すと、ごちそうさま、と挨拶して立ち上がる。
「気を付けて帰るんだよ」
見送りに出た父にしっかりと頷き返して、柊は家までの道を駆けだした。
息があがる。
胸が詰まる。
けれど、一秒でも早く妹に会いたかった。
そして家へ辿り着くと。
扉を開けるなり、頬をぐしょぐしょに濡らした妹が飛びついてきた。
自分よりも小さな身体を、大事に大事に受け止めて、柊は柔らかな髪に頬を摺り寄せたのだった。
●
「……なんてこともありましたねぇ」
一通り記憶を手繰り終え、へにょっと眉尻を下げる。
肩にかけていた着物を下ろし、鮮やかな桜模様をじぃっと見つめた。それから胸に抱き締める。
「その内に顔を見せに行かないとー。昔から沢山心配かけていましたしねぇ」
すると、寝ていた白猫がむくりと顔を上げ、ナァと一鳴き。
「ふふ、一緒に行きますかぁ? さていつ頃にしましょうか。……とりあえず、衣替えをすっかり終えてしまってからですねぇ」
畳いっぱいに広げた着物達にふぅっと息をついたものの、選別を再開したその口許は、柔らかな笑みを刻んでいた。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka6302/氷雨 柊/女性/20/霊闘士(ベルセルク)】
【ゲストNPC/柊の父/男性】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
納期いっぱいお時間頂戴してしまいすみません。柊さんの思い出話、お届けいたします。
現在とは異なる柊さんの口調やお父様の口調、ケンカの理由など、
アドリブ歓迎のお言葉に甘え思うまま書かせていただきました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!